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「医学革命」とは薬からの解放への「個人の気づき」の事である。雑多な情報も「取捨選択」&「鵜呑み厳禁」はセルフサービスにて

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  • 02/06/13--14:24: 宗教の解剖
  • 人類にとって「宗教」は切っても切れない存在 でした・・・

    僕にとっても

    しかし、宗教の時代はもう 終わりになってきているというのです。

    それは「卒業」とするのでしょうか。

    要するに新世紀には古いというものになるのでしょうかね。

     

    救世主信仰は分離の幻想から産まれたという

    人類にとって永遠に顕れない、  それは外へ求めているからだという

     

     

    そのまま

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

      
    宗教(religion)


                                     第一節


    それでは皆さんの星で宗教と呼んでいる概念について話を始めてみましょう。
    このテーマを最初に選んだのは、宗教が、人類が地上で肉体を持った存在として自らを認識した
    初期の状態から派生したものだと言っていいからです。それ以来様々な変化は、
    創造主であることから自らを分離することによって創り出されました。皆さんが本来宗教と呼ぶ
    考え方のすべてがそこから生まれてきたのです。

    皆さんの時間にすると約2万5千年前、皆さんがアトランティスと呼んでいる場所で
    (彼らの言葉で「Atalundi[アタルンディ]」と呼んでいました)、創造主であることから
    自己の分離が正式に始まりました(地球上に何らかの形で分離が姿を現したのはもちろんそれ以前のことですが)。
    その時代の人々にも集合意識レベルで「大いなる全てと自己との統合が必要ではない」という選択が
    あったことを 皆さんは理解するでしょう。
    自分こそが創造主だと思い込めるように、統合の変わりに大いなる全ての完全性から自らを分離し、
    物質的な形に投影することによって自分の力を直接に振るうほうを選択としたのです。そして
    この投影を続けるに従い、ある意味で物質的な形そのものが分離であり制限であることがわかってきました。
    その結果、魂が物質的な形態または肉体次元を体験すればするほど、ゆっくりと、しかし確実に
    肉体次元のエネルギーパターンに慣れていってしまったのです。
    彼らは次第に、非物理次元では出会ったことのないような概念、感覚、感情、して概念を感じ始めました。
    そして、この制限という魅力ある観念を創り始めたのです。大いなる全てが非物理的次元の中でできる
    さまざまな体験と同様に、この物理次元の中で可能な全てのものが体験できるように、
    この次元に自らをがんじがらめにしてしまいました。こうして彼らは「知恵」からの表現よりも、
    感情、思考、そして概念を通して物質的な方法で表現することに慣れてしまいました。
    もしくはそういう習慣を創り出したと言ってねいいでしょう。
    この習慣がある程度進んでしまうと分離がいくらか完結したことに気づきました。この頃には
    内なる「知恵」のからはだいぶん離れてしまってました。そして自分たちが輪廻転生という
    肉体のサイクルを創造したことに気づいたのです。地球のエネルギー場にどっぷりと
    つかってしまったと言ってもいいでしょう。地球の意識の一部になったのです。地球が彼らの
    意識の一部地なったのです。

    彼らは地球と同じ波動になり、時間と空間が作用し創り出されているこの特別に凝縮された
    濃度のゆえに、この強度なエネルギー密度のゆえに、地球を取り巻く一番表面に近いエネルギーの
    様々なサイクル、輪、または層の中に閉じ込められてしまったのです。そして、この種のエネルギーに
    対する魅力に勝てず、統合なくしてこれらの輪やサイクルを破ることができなくなってしまいました。
    このように、彼らは自ら、輪廻転生による道を創り出したのです。

    魂が物理次元に現れたのは、皆さんの時間で2万5千年よりももっと以前のことでした。
    初めの頃、人々は魂が「知恵」の部分とつながっていることに気づいていました。
    その後、地球上で様々な現実が創り出されました。地上の楽園または天国と呼ばれるものを
    現実化できるエネルギーや物質のコントロールが盛んに行われたのもこの頃です。
    しかし、内なる自己を見失ってしまうほど繰り返しのサイクルが進んでしまうと、人々は、
    環境や周りの人々を自分の思い通りにできなければ元の状態に戻れないと思い込み始めましたる
    お互いのつながりが感じられなくなり、もう実際にはつながっていないのだと思い込むようになりました。
    自己のうちに存在する自然なつながりを感じられなくなったために、代わりに、環境と周りにいる
    人を支配すればそのつながりを永続できると思い込んだのです。

    このようにして情報という概念が始まりました。全体に属さない考えをひとりで心に抱くことが
    可能であるという考え方、そしてそれをあたかも個人にとって価値のあるものだというフリを始めたのです。
    この結果、ある特定の個人が他を支配しコントロールすることをもたらしました。
    これは、自分の力を感じられなくなって人々が、その力を他人の中に見ることによって感じながら、
    自己の成長を体験するひとつの方法に過ぎませんでした。
    この分離から(すなわち、全てはつながっているという考え方ではなく、物は隠したり、
    離したり、判断したりすることができ、しかもそれらは永続することが可能だという考え方から)
    宗教、そしてある意味では政治という概念が創造されました。こうして人は自分を守るために、
    敵がいるぞといっている人たちに力を預けてしまう繰り返しのサイクルを創り出したのです。
    敵が実際に存在するかしないかまったくわからないまま、過去2万5千年間様々な形でこれが繰り返されてきました。

    皆さんの言葉で「キリスト意識」と呼ばれる高次元から意識が投入された時も、
    分離のサイクルがあまりにも完全であったためによく理解されませんでした。
    その「キリスト意識」が伝えていたメッセージは、簡単に言えば、人はそれぞれ
    キリストのような意識を持っているということ、実際には、人はキリスト意識そのものである
    ということでした。しかし分離のサイクルは皆さんの意識の中にあまりにも深く習慣となって
    根をはり、意識自体を硬直させ、その防壁を強化してしまいました。そのため、
    自分自身が実践者や指導者になる代わりに、これらのメッセージを受け入れるためには、
    すべての力をその個人(キリスト)に委ねて信奉者となるしかなかったわけです。

    気づいてほしいのは、キリスト意識は決して他人の指導者になるという望みを持っていなかったのです。
    決して指導者的立場を望んでいませんでした。彼は単にイエスという個人を通してひとつの鏡と
    なることを望んでいただけなのです。すべての個人が神または大いなる全ての延長もしくは
    (聖書的言い方をしたければ)子供であるという考えを反映する鏡となることでした。

    ですから皆さんが宗教と呼ぶものはすべて(すなわち、人々は指導者を必要とし、自分が神聖なる
    者以下の価値しかなく、そして神聖なる者に審判される立場にあると思うことを探求する概念)は、
    常に大いなる全ての内部における分離なのです。この宗教と呼ばれる概念はすべて、
    指導者自身が無意識の中に存在する無力感の真っ只中にもかかわらず、その力を維持してほしいと
    あなたに望ませることによって、他人や、自分もしくは指導者を大きく見せることを通して行います。
    人々は、自分は無価値であり、神聖なる物の一部ではないと思い込んでいるのです。
    しかし、自分が神聖なる者の一部であることを知ることは全ての人のもつ特権です。

    宗教に人が集まり、その上おびただしい数となるの、おおいなる全て(すなわち本来の自分)より
    事故を分離することから生じる混乱の自然の結果だということがわかります。
    「知恵」が放棄され、性格(物後に対する考えかたが肉体次元に表現されるメカニズム)だけに
    焦点をあわせる時、すなわち、様々な概念が知的部分によってのみ解釈される時、
    このような多様化されたものの見方が創り出されます。

    これは、宗教が発生したことに対する批判ではありません。皆さんの文明が選択したのです。
    皆さんの文明の意識がグループとして、大いなる全てから事故の分離を通して、
    あらゆる否定的な表現を探求してみることを選択したのです。これも大いなる全ての中の偉大な創造であり、
    それ自体には、大いなる巣へ手が自分自身をそのようにも見ることもできるという事実だけを考えれば
    別に否定的なものではありません。
    大いなる全てにとって、自らをあらゆる方法で表現するために究極的な目的は必要ないことを理解してください。
    大いなる全てはあらゆる表現をすることが可能であり、そしてそれをただ行っているだけなのです。
    これは存在自体のひとつの定義でもあります。目的という考え方が生まれた以前に存在していたものは、
    その存在を続けるために、目的は必要ありません。これは本来そういうものだというだけのことです。

    現在、宗教団体や静止組織そして社会組織の中で、統合や変化が頻繁に起きているのは、
    皆さんが2万5千年前に始めた分離サイクルの終わりに近づいているからです。
    そして今、「自分」というものもひとつの概念であり、ひとつの均一な現実であり、
    ひとつのエネルギー、ひとつの意識である徒を理解し、怖れをも自分の一部だと認めています。
    自分の人生は自分で創造しているという責任を取り戻し始めているのです。

    皆さんはその昔、この物質次元に自らを投影し、この惑星の輪廻転生のからくりの中に
    自らを委ねた時代の意識へと再び目覚め始めているのです。皆さんは今、始めにした同意を
    思い出すところに来ています。そして、自分をただの信奉者にしてしまい、自己の本来の神聖さを
    それ以下に見てしまい、
    自分がすでに完全であり何者からも救われる必要がないことを知る価値が
    ないと思わせてしまう宗教と、全ての分離から目覚め、真の自分を認識し始めました。
    大いなる全てが創造した本来のあなたを認め始めたのです。

    いわゆる救世主という概念、それがイエスであれブッタ(仏)であれモハメッドであれ、
    または、皆さんがそれらの意識に名づけているどのような名前であれ、地球上の肉体次元に
    具現化されたこれらのすべての存在の高次な見方たのすべては一致しています。
    皆さんが救世主と呼ぶ概念を通して表明された意識のエネルギーは、元々食い違いはありませんでした。
    救世主が一番最初に知っていることは、彼らが誰をも救いに来ていないということです。
    救われるべきものは何もないということです。様々な文献に見せれる食い違いは、皆さんの
    文明に存在した人々の個性と、その人の自身の考え方を通してみた救世主の解釈の産物なのです。
    それらの文献の食い違って見える部分はすべて、それらが伝えられた時代に存在した人々の
    個性を通して表現された結果です。

    このように、大いなる全てから自己の分離という否定的な側面を見せてくれる「救世主」という考え方も、
    自己の完全性を計る物差しとして、その目的を果たしているといえます。皆さんが
    救世主と四手いる存在が説いてきた生き方を、実際にいき始めることを自分に許していいことに気づいてください。
    彼らについて行くのではなく、自己の内なる存在に耳を傾け、宗教と政府(怖れているものすべてから
    個人を守ってもらい、案全を保ち高級の平和と安らぎと保証を得るために自分自身の怖れと
    力と強大な力に委ねるという意味で、政府も宗教のひとつと見ることができるでしょう)と
    呼ばれる組織は、人々が自分自身の怖れと責任を自分のものとしてみようとする意志の欠如から
    創り出されたものだということに、気づいてください。
    一度怖れから創造されたものは、それ自身を維持したいという欲求を持ちます。
    怖れから創造されたものが、自らの存在を維持するただひとつの方法は、更に怖れを創造していくことなのです。
    本来の自分から分離し、そして、より痛いなる力を持つ者と比較し、自分には価値がなく、
    責任を取る力もなく、自分の人生すら自ら生きることのできない幼い子供なんだと信じ続けることなのです。

    ここでわかってほしいのは、皆さんが組織を創造することを自分自身に許したとしても、
    その組織が皆さんに代わって皆さんの人生を生きることはできないというとです。組織は、
    皆さんに奉仕したいという意志を持った人々により提供される皆さんへのサービスであり、
    皆さんが組織に奉仕するためのものではありません。組織を動かす人々が、心に内在する
    「自分は無力である」という無価値間を認めないですむように、力があるんだと思い込ませてあげるために、
    皆さんが優越感を増す助けをするのが組織の目的ではないのです。

    自分の力を取り戻しましょう。自分自身が自分の政府、宗教となることを許してあげましょう。
    皆さんは社会の中に存在するこれらのどの概念にも自らなれるのです。説教する牧師も皆さん自身です。
    自分の説教に耳を傾けそれに従うために、皆さん自身が頭の名が手創り上げるだけなのです。

    これを覚えておこうと決めたものは、皆さんの中に存在する牧師の部分の一部となります。
    あなたが耳を傾けることを選択すれば、この部分が常に「自分は無価値な存在」とか
    「自分を創造した聖なるもの以下の存在」ということを繰り返し思い出させてください。
    皆さんを創造した聖なるものは、皆さんのことを低い存在とはまったく考えていないことを理解してください。
    皆さんの真の姿を知っています。聖なる者は、自らが意識であることを知っています。
    それと同時に、すべての意識の集合体であることを知っています。そして、皆さんの間に存在する
    「関係」という概念を理解しています。この「関係」が、分割することのできない完全性の中に
    存在する多数の対立する極、そして意識の多面性を創っているのです。そこには「関係」のみが存在し、
    また「関係」が多面性を持つ神、そして唯一絶対神と言う概念の定義となるのです。
    この「関係」そのものが実はおおいなる全てなのです。それがあなたなのです。あなたが「関係」そのものです。

    皆さんが肉体次元鳥輪廻転生のサイクルを自ら選択したにも関わらず、皆さんの全ての宗教、
    そして、全ての分離の概念は、この「関係」というひとつの考え方によって、すなわち何万年も何十万年も
    昔に皆さんが気づいていた知恵と理解の中へと溶け合い、融合していくのです。
    これが全ての救世主やメッセンジャーが皆さんに一番伝えようとしたメッセージでした。
    すなわち、「自分自身を知りなさい。自分自身を知ることによって神を、
    おおいなる全てを知ることができる」ということなのです。

    ここで指摘しておきたいのは、地球上のどんな宗教で使われている文献や経典にも、
    実際に述べられたことをすべてを記述しているものはないということです。いかなるメッセンジャーが
    述べたことも、その完全な記録はありません。部分的なもの、乏しい記憶、おおざっぱな記録、
    そして大半が実際に述べられた何年も後に記録されたものです。これらの文献はすべて歴史を
    描写しようと書かれたものではなく、「救われたければこれを信じなさい」と人々を納得させるために、
    もしくは納得させる試みから書かれたものです。

    宗教の教えの大部分は、自分が無力でゆえに、他人を自分の宗派に改宗させることによって
    自分の力をもっと感じられるということに関連しています。

    性格の構造を通して皆さんの存在の完全性を外に表現するには制限があるのと同様に、
    逆に性格を通して来る「ものの見方」もすべて、文献も含めて、それがどんなに創造的で素晴らしいものであれ、
    皆さんが宗教と呼んでいる、宇宙と自己との関わりの中でおきた大いなる全てからの分離という
    雄大な歴史ドラマを、どれだけ完璧に代弁しているものであれ、制限は避けられません。

    宇宙とのかかわりの中で自己を振り返ること、これが宗教となりました。ただこれは、
    宇宙と自己が分離しているという考え方や見方を通しての観点であることを、忘れないでください。

    この章の後半では、宗教と政府という障壁が解決した時に地球上に何が出現してくるのか、
    そして、皆さんのうちに存在する「知恵」の部分との融合に伴って、
    自己や性格の大いなる全てに対する新たな関係がどのように変化していくかを見ていきます。

    ここで言う「変化」は、力や暴力、そして憎悪による変化ではないことを理解してください。
    すべては今、皆さんが自己の内に気づき始めている大いなる全ての無条件の愛からおころ変化となるでしょう。
    宗教とか政府に対する皆さんの考え方に関係なく、そこに存在する障害や人工的な境界や仕組みを
    昇華してしまう愛です。
    この融合によって、宗教や政府が、皆さんの性格というフィルターを通して何通りにも分けてしまった
    全能の哲学のうち、たった二通りの概念に過ぎないということと理解できるでしょう。
    いわゆる、「唯一の道」はないことも理解できるでしょう。もし「唯一の道」があるとしたら、
    地球上に人間が一人いれば足りてまいます。
    地球上に存在するすべて、大いなる全てのひとつひとつの異なる面なのです。すなわち
    皆さんは、「ワンネス(ひとつであること)」の中に存在する全ての異なる面を通して自分自身を
    見ているだけなのです。

    この章の後半ではそれに加えて、大いなる全ての無条件の完全性とサポートという立場から
    皆さんの社会全体、そしてその社会の中に存在する個人を楽しみながら見ていきたいと思います。
    その過程で、皆さんは大いなる全てに奉仕していることが分かるでしょう。
    そして、これはとりもなおさず、大いなる全てが皆さんに他なりません。皆さん自身も大いなる全ての
    一部なのですから・・・・。もう分離は必要ありません。自噴には救いが必要だと感じる必要もありません。
    皆さんが救いそのものなのです。皆さんがすでに天国なのです。楽園そのものなのです。

    2部につづく

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

     


    0 0

    先回のつづき

     

    http://page.freett.com/sterdast210/meta-8.html

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

      
    宗教(religion)


                                     第2節


    この節でも宗教と政府という概念を統合する立場から見ていきます。
    皆さんが無条件の愛を通して自分の力を取り戻していく時、すなわち自分が宗教や政府と対等である
    ことを認め、そして大いなる全てと対等であると認め始めた時、社会の中においても、
    性格の部分を通して、皆さん神聖さを創造的に表現することが可能であることが理解できるでしょう。
    (「性格」自体は肉体をもつ以上存続するものですが・・・・)。
    このようにして皆さんのいう地上の楽園が創られるのです。
    ここでは皆さんの宗教によって創られてきたシンボル(象徴)全てを見ていきます。
    それらがいかに地球上に形となって現たかも見ていきます。シンボルのメカニズムも理解できるでしょう。
    自分自身の典型的なエネルギーに触れそれが意識の奥深くに地下水のように流れているのを
    感じるかもしれません。そして、元型エネルギーが潜在意識の中でいかに幻想とシンボルを
    創りだしているかを見るでしょう。このエネルギーは、皆さんが周りの世界と関わり合う手段として、
    元型からの全てのシンボルを創造するために使われているだけなのです。その関わり合いの相手が
    本当は自分自身、すなわち創造主である大いなる全てであると気づくまで、これが続きます。
    元型のエネルギーから一度この分離を創り出すと、今度はその分離を強化するために必要な
    シンボルを常に使い始めます。これは皆さんが心理学呼んでいる一つの考え方を通して理解できます。
    実際にはすでに、心理学が宗教に取って代わり始めているのです。

    このようにして、自分が分離した存在であるという考え方から創造した、多数の意識の流れが
    あることが分かります。皆さんは自分の意識の中を、表層意識、無意識、潜在意識、超意識、
    集合意識、そして皆さんの性格の様々な部分にと分離してしまいました。

    今まで(といっても2万5千年サイクルの中ですが)これらの様々な性格に分離してしまった部分が、
    悪魔、天使、その他の宗教的なシンボルを生み出してきました。これらのシンボルの背後に、
    実際の意識エネルギーがまったく無かったとはいえません。しかし、皆さんの新しく統合された
    観点をもってすれば、これらの概念の多くが自分の高次の意識の一部の反映であり、
    人工的な人格化を施すことによって、いかに自分自身の目にとまるようにしていたかを理解するでしょう。

    自らが創りだした分離の中で、元型のエネルギーを用いることによって、自分たちが理解できるような
    シンボルを創造してきました。大いなる全て、「知恵」、ワンネス(本来のあなたであるすべてに
    ひとつである状態)、これらから分離帯したいという望みがあったために創りだした「怖れ」を
    強化するために、これらのシンボルを創造したのです。

    皆さんの心理学や精神医学と呼ばれる道具を用いて、これらのエネルギーの流れや考え方を、
    自分や他の意識のもつ様々な側面に関わり合いというスクリーンを投影していることを理解し始めています。

    ひとつの例としては、皆さんは複数の次元にまたがって演じている全てのドラマ、
    全ての人生を見始めるでしょう。救世主と思われていた人々の様々に行為は、単に物理次元に
    限られた行為ではありませんてじた。それらは超自然的な行為でもあり、物理次元のみならず、
    多くの異なるレベルにわたってなされた行為でした。
    このようにして「ひとつの意識」がもつ数多くの側面の相互関係を理解し始めるでしょう。
    例えば前述したように、キリスト意識は、皆さんがイエスと呼んだ人物を通して表現された
    だけでなく、預言者エリヤ、洗礼ヨハネ、そしてユダの三人の関係が、同じく洗礼ヨハネと
    イエスとユダの三人の関係と重複しながら表現されたのです。この二つの三角関係は
    同じ意識から派生したものです。エリヤは町で叫びながら、皆さんの言う予言をし、それから
    行われるドラマがスムーズに演じられるよう事前に準備していました。大いなる全てからの
    分離というドラマの中で、その時代の人々が創造していた元型のエネルギーのすべての側面を映し出すために
    必要な鏡となるドラマの幕を開けるために。

    これらの分離のサイクルを通して、目に見えないところで常に起こっていた相互関係やつながり、
    そして共時性(シンクロにシティ)のパターンが皆さんの目に見えてきます。これらの出来事は、
    常に、明らかなつながりを持っていたにもかかわらず、皆さんが創造した性格や制限、
    そして、意識の分離がちょうど曇りガラスの役目を果たして、皆さんの目に届かなかったのです。

    今、皆さんは自分自身より透明にする作業を行っています。皆さん自身の人生においてて、
    透視能力が身につき始めている言っていいでしょう。透視とは透明に見ることができるという意味です。
    ですから、心理学者や精神医学と共に、今度は超能力も表面に浮上してきます。
    これは皆さんが、時間と空間を越えて存在するすべての意識と自分自身のすべての側面とが、
    常にコミュニケーションしていることに気づくことを許し始めているからです。
    これが精神医学を生み出すのと同じエネルギーで反対の極をなす、超能力(サイキアトリー)という
    側面なのです。超能力(サイキック)と精神医学(サイキアトリー)は同じエネルギーの両極です。
    自己を物理次元に創造する限りに極性は常に存在します。これが次に皆さんに理解してほしい
    もうひとつの見方です。すなわち、物理次元を定義付けるものとしての二極性なのです。

    分離した自己を融合させていき、再び大いなる全てとなる統合の立場からのシンプルなものの見方が、
    すでに皆さんが宗教と呼ぶものから何百歩も先に進んでいることを理解してください。
    このエネルギーが、地球上の他の全ての求道手段といかに自然に融合していくかという基礎を、
    すでに創り始めてます。これから、各章に進んでいくにつれて、これらすへてがどのようにつながっているか、
    そして基礎となる考え方が以下にすべてこの統合という観点から作られているかがわかるでしょう。

    ここまで来ると、哲学とは、統合されて宗教と呼んだ方がいいかもしれません。そして、
    哲学のその二極性を伴った表現が物理的次元を定義付けしていることを、皆さんは理解するでしょう。
    最初に宗教から派生して皆さんが体験するものはが、先に述べた超能力と精神医学です。
    同様に原子構造が、原始の雲状の性質から粒子を生み出すのも同じようなメカニズムに基づいている
    ことを理解することができるでしょう。

    ある意味で単純なひとつの原始の雲のような性質から粒子が生まれるのと同様に、
    皆さんの社会が、より深い気づきをもって現実の持つ性質を定義付けしていることを学ぶ時、
    この精神医学と超能力という分極された考え方が、宗教という曖味な雲の状態から出ていることがわかります。
    このような二極性の並んでいる状態、または(原子の例で言えば)粒子の並んでいる状態は、
    話を簡単にするというよりは、より混乱させるかもしれません。しかし、自分自身や自分の考え方を
    見ていく方法を通して、ちょうど皆さんの物理学者が「統一場」と呼ぶ基本的なものの見方に
    到達しようとしているように、二極性のエネルギーそのものに関しての基本的な理解を
    深めることが出来るでしょう。

    ここで取り上げた例には、直接的な関連性があります。すなわち、超能力と精神医学は、
    哲学より統一場的な場から派生する二極化された二つの成分なのです。そして、この基本的な概念が、
    この見方が、皆さんの社会学的な考え方のものの見方を融合し統合する基礎となるだけでなく、
    皆さんが科学そして経済と呼ぶものまで融合、統合する基となるのです。

    こうして以前に述べたように、皆さんが統合というものの見方を持ち始めれば、
    どのような分野においても、分離の中で創り出された間が赤宝非常に速く離れることが出来るようになります。
    そして、特定の概念の中に存在する多くの特徴を捨てることができます。
    超能力と精神医学は、自分の外にある慈悲の力にすがり、自分が判断される立場にあるという、
    宗教のもつ大きな特徴を最初に失います。超能力と精神医学は、両者共に自分自身を、
    そして大いなる全てと自分との関係を理解する試みのひとつです。ます、自分の力を取り戻すこと、
    コントロールする力を取り戻すこと、すなわち自分の人生の全ての面において、自分が選択権を
    もつていることを知ること。大して理解のできない外部の力や判断に、そして、神秘的な神、
    女神、神々などの非合理的な行為の慈悲にすがるのではなく、皆さん個人個人がそして集合的に、
    自分で望む社会を作る道具として、このコントロールが使えることを知ることです。

    私達が神という言葉を使う時、皆さんが社会の中で創り出した制限のある神について話していることを
    理解してください。私達は、創造とは、単に「大いなる全て」そのものだと考えています。
    この大いなる全ては、全てを包括し、それ自身ですへべてであり、そして自ら大いなる全てであることを
    知っている存在なのです。
    ここで気づいてほしいのは、神、女神、神々などという言葉の違いも、大いなる全てという
    概念に何らかの制限を与えてしまうということです。「神は全能である。しかし、どういうわけか
    神は私ではなく私の外にいる。そして私は神の外にいる」などという矛盾が出てきます。
    定義からすると、神はすべてであり、すべての場所にいるならば、皆さんは神の外には存在しないことになります。
    神も皆さんの外には存在しません。皆さんが紙なのです。定義からして、紙が皆さんなのです。
    ですから私達は、大いなる全てという言葉をこのんで使います。この呼び方にはそれほど制限はありません。
    皆さんは、神はすべての中に存在するという考え方の中でさえ、どういうわけか自分の内にだけは
    存在しないということを考え出してたしまいました。

    融合という観点から見ていくと、皆さんの定義づけにも制限があること、また、それらの定義は
    皆さんの現在の価値観や、これなら安全だと思っている観点を反映しているだけだと気づくでしょう。
    皆さんが怖れの観念を創り出している限り、皆さんの性格、観念、感情または知性のどこかに
    危険な部分が潜んでいと考えてしまいます。皆さんの歴史に常にあったように、それが融合された時、
    異端者が出てきます(異端とは、皆さんの社会がそれまで認めていたもの以外に、個人の気付きが
    起こったときに対する社会の反応です)。皆さんが寄り基本的なことで、すべての宗教のカノン
    (キリスト教信仰および行為の基準)など現在までの分離主義に反するものです。

    このようにして、二極性そののは、皆さんの融合された新しい観点から見ると、時間と空間と同様に、
    この物理次元の定義付けのひとつだということがわかるでしとょう。し遊興と融合された観点から見た時、
    分離主義という性格を失い、そして皆さんが科学と呼ぶ概念により近づいていきます。
    こうして、第2章の「科学」へとつながっていきます。
    第2章は科学ですから、分主義の時代に創造されたため、他の様々な学問の融合または統一できなかった
    多くの概念についても見ていきます。科学自体の統一化を通して、その統一化等定義の性質上、
    これ待て長い間科学の分野ではないとされていたものすら、その中に組み込まれ始めていることを見ていきます。

    それではこれから、各章の最後に毎回行うように、代表的な質問を受けることにしましょう。
    それぞれのテーマについて、この本を読んだり、もしくは人から読んでもらったりしている意識の中に
    浮かんでくる様々な考えを整理するために、質問を受けましょう。
    いま、質問してくれてもいいですし、各章の終わりに皆さんの社会からのコメント、もしくは個人としての
    コメントを私達と共に、この宇宙連合の精神にのっとって共同創造するのもいいでしょう。

    ここでは、皆さんの文明に私たちの宇宙連合の一部として参加する機会を提供していと思います。
    それによって、ステップ・バイ・ステップ、一歩一歩、一章一章と、手に手をとって融合という考え方を
    共闘創造し、皆さんの文明、私達の文明、意識のすべてのレベル、そしてこの本を共に創造してくれている
    巣へ手の人のカタルシス(感情の浄化)となるようにしていきたいと思います。
    今は、私達の文明は皆さんの文明とは異なるという考えの上に、この共同創造をしていきます。
    しかし、この本の終わる頃には、わたしたちはすべてひとつの文明という見方を始めることができるかもしれません。
    手に手をとって、共に探求し、助け合いながら新しい考えを創り、私達の探求する大いなる全てを、
    より深く認識する機会を私たち自身に与えていきます。言葉を変えて言えば、新たな宗教と
    読んでもいいかもしれません。しかし、これは皆さんが現在宗教と呼んでいるものとはまったく異なるものでしょう。

    それでは、この章について質問を受ける、分かち合いのときにしたいと思います。
    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     


    0 0

    日本では神人合一というものなのかな?

    分離の時代に産まれた宗教

    そえが融合の時代にはどうなるのかという疑問に答えているようです。

    他に(他人も)神をもってきて唯一とする思考は分離からきているようです。

    イエス様、お釈迦様・・・教祖様・・・皆、他人をもって神、もしくは神人合一者としてみて、

    私はまったくそれに値しない存在だとするから教祖と信者の関係が成立する。

     

    しかし、「あんたもおなじなんだよ」と彼らが言ってたようだ。

    すると、「いえいえ、トンデモナイ。私など無力で無知で無能だ。だから貴方様にお任せ致します」式なんだろうけど。

    ぜんぶお任せ致しますは、そういう分離の思考でみた神(もしくは人)に任せるのはなく、

    宇宙の究極の意思にお任せという事らしい。

    この地上で過去に教祖とされたいかなる偉大な人物であっても、それはその神ではない。

    いや、偉大なる先駆者として言うことは「貴方もわたしと同じなんだよ」と言うのだろうね。

     

    「私は主神だ」とか「私は救世主」だという事自体が夜の時代においての分離した思考から出てくる言葉のようだ。

     

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

     

     

      
    宗教(religion)


                                     質問コーナー


    [チャンドリー博士]

    −−−−あなたの目から見て、すべての宗教に共通するものは何ですか?
    そして宗教はこれからどのような方向に進んでいくのでしょうか?

    [宇宙連合]

    −−−−今までお話したように、共通は部分、ある意味で、自分はどういう損座であるかと信じたいかを
    探求することといえます。皆さんが、本来の自分の姿である大いなる全てから自分自身を分離している限り、
    この探求は皆さんの外で行われます。これに伴って儀式というものも創り出しました。
    皆さんの現実に含まれるすべてを、自分に対して反映し理解するための儀式を創り出しました。
    しかかし、皆さんはだんだん統合されてきています。この探求が自分の内へと向かっていくことを知っています。
    儀式化された道具がもう必要なくなり、皆さんがひとつりひとつりが、自分自身の道となること、
    自分自身の宗教となることを認識していきます。
    こうして、大いなる全てと自分自身との関係を理解するために作り上げられた宗教という形は
    必要なくなります。これで、答えになっているでしょうか?

    [チャンドリー博士]

    −−−−はい、大体わかります。それでは、私達を救ってくれる一番の儀式は、何なのでしょうか?
    もし、今の私達と儀式が不要になった私達、この二つを橋渡しするように、私達の統合がより加速されることを
    許してくれる儀式があるとしたら、宗教的な観点から見た時、どのような儀式になるのでしょうか?

    [宇宙連合]

    −−−−それは無条件の愛を表現することです。地球上でのすへての宗教の根底にある原理は
    無条件の愛なのです。これは、創造は創造物に対して無条件の愛を持っているという考えが基礎になっています。
    皆さんが創造主なのです。そして、皆さんが創造物なのです。自分自身を愛してください。
    そして、お互いを愛してください。皆さんが統合する必要のある儀式は、人生と愛、この二つです。

    [チャンドリー博士]

    −−−−それでは、宗教的な儀式を自分自身、もはく度分と人をつなぐために使っている人からの
    質問に対して、あなたの答えは「その儀式は無条件の愛」ということですね?

    [宇宙連合]

    −−−−もし、皆さんが自分たちの習慣から創り出した儀式について質問しているのでしたら、
    もし、まだ儀式が必要だと思っているのでしたら考えてみてください。
    皆さんが儀式を創り出してきた目的は、皆さんを創造した創造者の内に存在していたと感じる
    「創造の愛」を表現するためだったということです。そうすれば、その習慣からきている全ての儀式を、
    無条件の愛の表現に帰することができます。すると、空虚な儀式ではなく新の積極的な分かち合いとしての
    儀式として見ることができるでしょう。皆さんが宗教と呼んでいるものが、地球上で、実際に
    役立っているところを見ることができるでしょう。

    [チャンドリー博士]

    −−−−どうもありがとう。宗教という考え方とちよっと違ったところで、宗教的な体験について
    質問があるのですが、宗教的体験における「一体感」に関して、コメントをくださいますか?
    そして、その一体感の文化的な違いについても話してください。

    [宇宙連合]

    −−−−それについてもある程度、今述べたと思います。「一体感」または「ひとつつである」という
    概念は、皆さんは全てであるという認識を基礎に置いています。皆さんは同じ概念をたくさんのことなっる
    方向から探求しています。これらの異なる観点が存在するのは、単なる異なる個人がたくさんいるということです。
    大いなる全てであるあなた自身を理解するためのただ一つの方法、一つの道というものは存在しません。
    もし、一つの道しかなければ、人間は一人いれば足りてしまいます。二人以上の人が存在するということは、
    同じ理解に到達するための道はたくさんあるということに他ならないのです。

    [チャンドリー博士]

    −−−−どうもあがとう。あなたの見方からすると、宗教の共通点に対する質問と
    すべての予言のもつ方向性に対する答えは同じになりますね。

    [宇宙連合]

    −−−−ある程度は、そうです。ここでもう一度言っておきますが、私達の観点からは、
    未来の予知とか予言というものは存在しません。予言は、その予言がなされた時に存在するエネルギーを
    感じ取ったものに過ぎません。宗教の中には集合意識に関する予言が非常に多く含まれていますが、
    それらはエネルギーの流れがどの方向に向かっているかということに関しては性格に捉えていたと言っていいでしょう。
    しかし、それらの予言に対しての皆さんの解釈の多くは、皆さん自身が大いなる全てであるということを
    理解するために選択している方法論に影響されたものです。本来の皆さんの姿である大いなる全てから
    自分自身を大きく分離していた時代には、統合という概念すら真実から外れているとみなした宗教もありました。
    現在、地球上で起きているこの統合は、彼らから見ると悪と呼ぶものに見えます。そう考えると
    簡単に理解できると思います。が、全ての予言、いわゆる予言は同じことを言っています。
    皆さんは今、統合の時代、変革の時代にあるということです。自分自身の捉え方が新しいものに
    変わっていくということです。しかし、審判とかハルマゲドン、非難そしてすべての分離の概念、
    平和と調和の中で生きるに値する価値を見出すためには火の試練を通して努力しなけばならいという考え方すべて、
    これらの予言がなされた時代がもっていた見方の産物なので。

    [チャンドリー博士]

    −−−−ノストラダムの予言についても同じことが言えるのですか?

    [宇宙連合]

    ーーーーある程度は言えます。未来の予言はありえないのです。予言は、単にその予言がなされた時点で
    存在指定したエネルギーを感じ、もし、そのままエネルギーが進化しなければ、将来一番現実化しやすいで
    あろうと感じるとることです。多くの場合、予言がなされた時点で、それを知ったことによって
    意味がなくなります。エネルギーがある特定の方向に流れていることを予言により知った人が、
    エネルギーをその方向に臨まないと主場その人の態度が変わり、それによってエネルギーの方向と
    量が変わり、結局その予言が意味がないものになるのです。

    る特定の時間枠の中でなされた予言、もしくは感じられた出来事は、その時代でよく知られている
    象徴を使っています。たとえば、その時代が、破壊のない変革というものを想像できない時代だあれば、
    変革を察知した時、ちょうど今皆さんの世界で起こっていることですが、破壊という象徴を使わずして
    その予言をすることができないことになります。

    今、皆さんが、自分自身の内に潜む力に目覚め始めています。そして、破壊ではなく分解という
    形で創造し現実化する能力を持っています。

    質問を分かち合ってくれて、どうもありがとう。思い出してほしいのは、質問を考え付いた時、
    もうすでにその中には答えが含まれているということです。質問という形式をとる時、
    皆さんの中にすでに含まれている答えを、知識から分離しています。でも、このような形で、
    皆さんの探究心を表現してくれる意志に、再び感謝したいと思います。そして、私達の文明と
    皆さんの文明が永遠に分かち合いを続けますように。
    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     


    0 0

    いつも題名だけは時間かけないとねえ。

    といいつつ、今日は題名構想24時間!!

     

    世界の医学界に原発並みの大衝撃を与えるであろう!

    おじいさんとの対話シリーズ 

    構想10年!

    2003年 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2013年

     

    ついに完成!  忍者サウンドボックスへ入れました。

       (質)ところで、この10年間の空白はず〜っと思案してたんですね。

       (答) いや、その・・・あの・・・・単に忘れてたって事かなあ・・・

     

    電子出版もDL-MARKET

    これは!!

    世紀の対談となっている。医学界の原子力発電所だ!

    え?

     なあに、時代の大転換という意味じゃよ。

    破壊分裂から融合共和の時代じゃよ (おじいさんのコメント)

    まあ、おもしろく読めるように(あんまりおもしろくも無いかな)大編修した

    そのため、ある程度の苦情は覚悟している。

     

    もちろん、医学研究者も医者も新しい医学論を採り入れないと

    これからの時代はやっていけなくなるから、今の内にべんきゃうしておこう!

     

     

     超トンデモ医学論目次
    ーーーーーーーーーー

    おじいさんとの対話           himaari著(チョ) 14章に別けて、病気、主に伝染病を主にした新医学論です。 現代医学から見るとトンデモ論となりますが、医学者にも読んでもらいたいものです。 目次 まえがき 第1章 1 病気礼讃の弁 第2章 2 病気は果たして恐ろしいか 第3章 3風邪(インフルエンザも同じ)の原因と原理 第4章 4 薬の対症療法の限界と手術の進歩は医学の退歩&「夜昼転換」 第5章 5 天然痘と浄化作用  ばい菌の役割 第6章 6 天然痘と種痘の関係(復習)   第7章 7 伝染病の解明と黴菌有用論  第8章 8病気の原因と感染症の関係&人体浄化作用の原理  第9章 9 病菌の食べ物と血液中の毒素   第10章 10結核の原因と原理&排毒作用 第11章 11,結核の経路から新型肺炎SARZまで 第12章 12、免疫と抵抗力&薬毒の効果と夜昼転換論 第13章 13、麻疹と日本脳炎 &医学の進歩とは 第14章 番外編・逆転の免疫理論ー白血球と細菌の関係 奥付 PDF 2点  縦書き版&横書き版 epub版 1点 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーまだこれだけではホンの一片にすぎないんでね。股次を掻いているが・・・ボリボリ濃うご期待!え? しない・・

    0 0

    最後の悪あがきの間違いでした。

    わざとでしょうか?

     

    いえ、技です。

    わたしゃ、表の面だけを気にします。気にしないでください。

    これは悪あがきです。

    あ、ただのガキです。

     

    何千だか何万だか知らないけど、彼らの役目は終わりに近づいたようで。

    !彼らと言っても入れ替わり立ち替わりその時代にお役目になる人が居たんでしょうから、

    もしかしたら

    僕もそーとーな悪だったかも知れない。

    だから越後屋なんだな。

    でも最近は武蔵屋さんに押され気味だ。

     

    彼は全国民の意思をねじ曲げる事も出来るからねえ。
    ムサシの集票機械はもの凄く優秀らしい。

    それに対抗するには

    鉛筆書きを止めて

    ボールペンを持参しなければならない駄郎。

     

    いや、太マジックにしようかな?

    「ちょっと、ちょっとそこのジイサン!」

    「ん、なんじゃね?」

     

    「だめですよ〜〜、そんな所で墨すってたら〜」

    「ううむ、筆ペンにすればよかったのう〜〜」

     

    緩和及第

     

    鍋底にへばりついていた汚れが表面に浮いて来た状況をみて

    あ、これはかなわん!

    と思ってしまうが、

    鍋はきれいになってゆくのだ。

    表面の汚れは鍋の外にこぼれて消えて行くのを待つんだ。

     

    え、解説要らない?


    知ってるじゃ無いかキム炊く鍋ちゃんよ。

     

    諸行無常、諸行無常・・・・チーーン

    無情じゃないよ

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    http://www12.plala.or.jp/gflservice/ManuscriptOfSurvival267-130212.html

    古いシステムの時間切れが近づいています、動揺が表面化し、その兆しがあなた方に

    ももう見えています。予期されていた兆しもありますが、どこからともなく現れてく

    る動揺もあります。もう何も、誰も、不変と見なされるものはありません、それを存

    分に見せられることでしょう。今のところ、あなた方の画面を横切る最新ニュースは

    これから起こることの前兆と見なしてよいでしょう。

    以前にお伝えしたように、突然

    の破綻、大声での叫び、武器の発射音などが世界の複数地域で現れるかもしれませ

    ん。

    しかし、もう一度言います、恐怖に陥れようとする罠に落ちないようにしてくだ

    さい。

    独裁者達の最後の叫びです、これら独裁者達は何百万もの人の思考を支配し、

    またはこの地球上の小さな地域を自分達の領土と呼んで支配しています。

    これらの出

    来事がメディアを大きく占めようとも、またいつも通り陰々滅滅と希望を持てないよ

    うなやり方で見せつけられても、見た目そのままに捉えるといった罠にはかからない

    でください。

    以前にお伝えしたように、今は多くが底流で起こっています。あなた方

    に見えているのは、そこから表面に上がってきた泡のほんの僅かな一部分だけです。

     

    ですから、優れた判断力を行使することがここでは重要です。

    離れて客観的に全てを

    見るのです。

    あなた方が見ているのは、あらゆる形で繰り広げられている芝居の最後

    の上演です、決して忘れないでください、この古い錯覚の幕が下ろされる前のこの展

    開は、奇想天外な形をとることでしょう。

     

    私達はあなた方を怖がらせようとしてこれを言っているのではありません、最も予期

    しなかったところから勃発している全ての公然の大騒ぎは、あなた方を本当のニュー

    スから目を逸らそうとする意図で起こっているのだということに気づいていただきた

    いのです。あなた方がもう慣れ親しんできたこの本当のニュースとは、良いニュース

    でしかありません。あなた方は三次元の密度の濃い世界での謎解きゲームから完全に

    分離し始めています、彼らが騒ぎ立てれば騒ぎ立てるほど、その喧騒からあなた方は

    退いてゆきます。あなた方がこの古い戦いに共有するものは何もありません、あなた

    方はすでに明日へと足を踏み出したのですから。

     

    ですから、彼らには叫ばせ、いくらでも武器を振り回させておいてください。そして

    彼らがいくら頑張ってもあなた方には触れることはできない、ということを知ってい

    てください。あなた方には彼らのごまかしが全て見通せます、その実態が見えるので

    す、崩壊してゆく帝国のお粗末なグループが寄せ集められた惨めなショーに過ぎませ

    ん。彼らは自らを強力で邪悪な存在として見せようとしますが、公園の遊び場で金切

    り声をあげているただの不機嫌な小さな子供達でしかありません、もうお気に入りの

    おもちゃに手を触れることができず怒っているのです。

     

    親愛なる人々よ、彼らはあな

    た方を失いました。もうあなた方は誰のおもちゃでもありません。あなた方は本来持

    つべき権利を手に入れました、ですから、あなた方を線の中に踏み込ませようと彼ら

    の望み通りにあなた方を操作することは誰にもできません。

    ですから傍観し、彼らが

    自己崩壊してゆくのを見ていてください。

     

    彼らは遠い昔に、貪欲なために自分達の巨

    大な樹の芯を食いつぶしてしまいました。彼らはとても熱心にこの巨大な生き物を育

    ててきましたが、それが倒れかけています。初めはゆっくりと、そして勢いをもって

    倒れるのです。あとに見えるものと言えば、欲深い、怒った小さな蟻たちが新しい隠

    れ穴を探そうとあちこちに動きまわるのみです。

     

    これは楽ではありません、闇が光の

    下にさらされたのですから。

     

    彼らの選択肢は実に限られています。あなた方は自分の

    ハートにとりいれた光の中にいてください、もうあなた方を覆う影はないということ

    を知っていてください。あなた方はハートから選びました、そしてそれは良い選択で

    した。その選択によって、あなた方には太陽の内に永久なる場所が既に与えられてい

    るのです。

    ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー

    鍋の中でいくら暴れてみても、もう終わりヨ。

    浮いてくる灰汁(悪)はすくってしまうからね。 (鍋奉行談)

     

    夜の時代は終わった。昼の世界に入ったのだよ。

    夜明けはもう始まったのだよ。(天狗のおじさん談)

     

     

    早う、布団かたづけんかい!

     

    あ、おれ?

    さってっと〜

     

     

     


    0 0

    おじいさんとの対話シリーズ 

    第三章音声版

    あたらしく雇った美人秘書に読ませました。 

     

    前の秘書がやっかんでいます。

     


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    現役医師 内部告発1

     

    いま注目の現役医師の告発ブログです

    崎谷研究所ブログ   ここは和すのコメント 安らかにしにたい・・・・ アホ、現実を知らないで気楽に言うな! 自宅で死にたい? ヌカシテロ! 現実は9割病院じゃ!     介護という名の『現実』 介護という名の『現実』         ここからもわたすのコメント いま自然治癒方法で終末を迎えるのは至難のわざとも言えるでしょう。   それは社会的に認知されていないからです。   薬や手術を拒否する・・・・トンデモ無い違反行為だと。 何に違反かというと、   道徳的、道義的にです。   医者にもかけない人非人!    これは家族や親戚からも言われます。 戦時中の非国民のような状況を思い浮かべてください。 (戦時と違って自由意思が通りますが)   それにまず打ち勝てるかどうかということ。   次に経済的困窮です。   相当な資産があれば別ですが。 まず一般庶民としては貯蓄などあっという間になくなります。   介護人が働けなくなるからです。 社会的援助制度も活用できない・・・・医者にかからないからです。   もちろん、大反対の親戚も当てにならないでしょう。   私の場合は夫婦だけの二人でしたので、 ひとりが 倒れるともうひとりがつきっきりの介護となります。   その心身の疲れは予想以上。   なぜなら、軽い病なら良いですが、もう死の境目くらいの重度になると いつ死ぬかも心配しつつそのストレスは大きすぎます。     介護制度などは重度の病にはかなり認定されにくいところがあります。   なぜこれほどの重症を医者にかけないのだ?   これに対していくら説明しても無駄です。 それが制度なのですから。   少なくとも医者にかかっていないと駄目です。 私の場合はかなり回復してからようやく認定されました。   診断は受けなければなりません。当然です。   まず医者にかかること。絶対必要です。 万が一死亡したら、不審死にされてしまいます。   身内、社会からももの凄い非難をあびます。 小さい子だったら犯罪ものです。     それは   「見殺しの罪」でしょう。   見殺し・・・なにも治療しない・・・犯罪   その「治療」とは現代医学の医療にかかるという事です。   ゆえに薬や手術を拒否するというのは後が大変なことになりますよ というタケシの健康番組のようなものです(苦笑)     まずそれに逆らって自分の死に方を選ぶなどというのは   そうとうの覚悟が必要なのですよ。   結局、最後はたいてい病院に入ります。   そうしないと上のような事になるからです。     幸いなことに、私の場合は最後までクリアできました。   途中では病人の家族から総スカンくいましたけど(苦笑) そして、孤独の中で守り通してきたのは   病気のなっている本人の固い意思があったからです。 もちろん、私の意思も強かった(笑い)のですが。   最後まで薬を飲まないで逝きました。 そして活きました。   彼女(妻)はサムライでした。 本当のサムライニッポン!チャッチャチャを上げるのはわが妻だけです。   スポーツで使っているサムライなどヘナチョコ親父です(あ、若いか)   それはともかく、脱線してしまいましたが、     日本人でいま死に際を大切になどとあまい言葉を使っていますが、 いざ、現代医療と決別したら   アンタ、 収入は断たれる 保健は効かない 応援は得られない どころか 批判、非難轟々(難しい痔だな)   そして、重度の場合は独りぼっちで介護しなきゃならんぞ。   ほんと出来るの?     そんな奴が居たら・・・     バッカアアモ〜〜〜ン とは言わない     何か手助けをしたい!     そんな訳でまず   吾が収入を得る!!   どうも最後はいつも腰くだけじゃなあ〜〜        

    0 0

    久しぶりに岡田茂吉氏の医学論です。

    なぜ「師」にしないのか?

    それは僕が「第三者の立場」をまもるためで。

    「岡田茂吉研究者」は公平でなければならない。
    つまり、ひいきの引き倒しがあってはいけない。

    ゆえに信者さんは「研究」ができない。
    崇拝しては公正な批判はできない。ぜんぶ鵜呑みになるから。

     

    研究とはその対象に対して批判するものである。

    対象に対して取捨選択をしなければならない。
    その研究をする前に一筋でも先入観があってはならない。

     

    「岡田茂吉研究」が将来始まるだろう・・・ご自身の遺言


    「研究の対象」とは「岡田茂吉という人物では無い」のです。
    信者さんはまず、人物を対象にします。
    その人物を通して神を崇拝するのです。

     

    だが、研究者は最初に人物を崇拝してはいけないのです。

    ゆえに信仰者は研究はできない。研究にならないのです。

     

    それは科学界でも同じこと。

    科学界のの大御所とかノーベル賞を戴いたとか、大発見、大発明をしたとか・・


    研究にはそのような「権威」はむしろ無い方がよろしい。

    対象はその「論」ですから。

    「論」とはいかに大自然の実態に合致しているかどうかで検討する。

    論と実際が合っているかどうかです。

     

    まあ、小難しい事はどうでもいいのです。

    だから岡田茂吉論文やお話を全部丸呑みする事も全部否定する事も同じなんです。

    そこには批判精神が無いということです。

    全部否定も鼻から研究心が無いということでは丸呑みと同じです。
    取捨選択眼も無いと言うことです。

    全肯定と全否定は同根。

     

    くだらない前置きはこれくらいにして

    肝心の「対象」をここに残してあとはセルフサービスでどうぞ。

     

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    丸の内中央亭御講話

    昭和16(1941)年9月11日

    より一部抜粋

    病気は浄化作用であるというのは、汚いものを押し出す作用である……これは苦しいからみんな嫌がり、それを止めようとした。それがいままでの方法である。


     ちょうど部屋にゴミが溜まっている。それを掃除する。部屋がもし生身とすれば、さぞ痛いであろう。せっかく掃除してやろうとしてすると、だれか来て止める……それが医療である。


     熱が出ると捨てておくと悪くなると思う。蛋白が出ると、これをすぐに止めなくてはいけないとする。これが根本的誤りである。


     故に私のほうの治療では熱が出ればありがたいと言う、これが根本である。


     身体にあってはならぬ毒血がある。どうして毒血があるかというと、人間の身体は絶えず浄化作用が行なわれてる。血液の循環により、浄化作用がついでに行なわれる。

    一つ所へ汚いものを押し出す作用、一つ所へ寄せるというのは第一浄化作用である。

    肩が凝るというのは肩へ寄るのである。するとだんだん固まる。それを外へ出さなくてはならぬ。それが第二浄化作用である。

    そして熱が出る。

    固まると風邪を引くという。熱で溶けたのが、肺の中へ入り、咳で痰になって出る。首へ溜まると溶けたのが鼻汁になって出る。それで水っ洟(ぱな)が出ると軽くなる。風邪などすてておけば治るに決まっている。

    風邪くらい治りやすいのはない、治療すると早い。風邪はできるだけ引くようにしなくてはいけない。

    いままでは風邪を引かないから、つまり掃除しないようにした。風邪をたまたま引く、熱さましを服む、冷やす、湿布する、薬を服む。本来、薬はない。薬では効かない。

    毒でなくては効かない。良く効く薬とは、毒の強いものである。

    ですから、眠り薬などは猛毒だから効く。毒を入れると身体が弱る。身体が弱ると浄化作用が弱る、故に病気症状は軽減する。


     風邪が治ったときは、第二浄化作用の起る以前に還元したわけである。本当に治ったんでないからまた引く。風邪を引くたびに殖えてゆく。だんだん風邪が重くなってゆく。ついには熱さましなどをやっても熱がとれなくなる。すると、医者は肺尖が悪いとか、肺門淋巴腺とかいう。


     かくのごとく風邪を引かないようにする。また風邪を引いても固めてしまうことによって結核が殖えて行く。そういうことをやっている。どんな人もそうしてる。それからが問題で……


     風邪がコジれて治らぬという。医者が診ると必ずラッセルが聞こえる、ついでにツベルクリン反応をやる。赤く腫れると結核菌が入り、免疫になったという。ところが腫れない人は結核菌がないわけであるが、肺が侵されたことになり、いつ侵されるかしれぬから危険だという。腫れたのは陽性。
     腫れないのは結核の危険がないからいいが、いつ入るか判らぬから危険ありという。
     これは……
     血をとって試験管に入れ、濁ったのは淀む。早く淀むほどいけないという。これは私の理論と合っている。重いから早く淀む。これは結核に関係はない。血液に濁りがあるため、結核でもなんでも起りやすい。


     レントゲン写真もはなはだ怪しい。たいへん確実なようで、これほど不確実なものはない。写真は平面に写る。深部にあるものも上かわにあるものも同じく写るからである。


     最初風邪をこじらし長びくと、そのとき医者は肺浸潤とか肺門淋巴腺とか結核の初期のように言うが、患者はなんともない。なぜかと言うと、だいたい首の周りとか肩とかの毒というものは肋骨、腋の下などにからまる、また臍の周り、腎臓などへ固まる。咽を使うと咽喉へ、腕を使う人は付け根へ、腰を使う人は腎臓などへ固まる。


     兵隊から帰る人はよくマラリアになる、あれは腕の付け根へ固まる。
     注射の毒素は腕を使ったり、腰を使うからその部に固まる。そして熱が出るとマラリアと言う。故にその部を治療すればわけなく治る。毒素はほうぼう探るとどこかにある。風邪引いても、熱が出て肩と首の外を少し念入りにみるとほうぼうへ溜まっている。特に股などは、咳や痰が出る。


     先に肺壊疽の若い男を治したことがある。これは右の股をやって治った。探ってみると意外な所に固まってるものである。
     ほうぼうへ固まったのが人により一、二カ所溜まるのと、ほうぼうへ固まるのとある。そして溶けたのはみな肺へ入り肺を通過して痰になって出る。


     そういうとき医療のほうでは、熱さましや湿布などいろいろ手当する。それはみな弱らす方法である。その他栄養食などしても弱らす。すると毒素がどんどん溶けて肺の中に入ると今度は止まって出なくなる。


     安静にして咳も弱くなる。すると痰も出てこぬので、肺の中へだんだん停滞する。これを医者は肺浸潤と言うのである。

    だんだん浸潤して、肺中にだんだん固まって塊ができる。ほうぼうへ塊ができる。

    すると呼吸困難になってくる。肺の中に塊ができると肺の大きさがそれだけ減ったわけであるから一定量だけしか吸えぬ。

    それでたびたび吸うから息苦しくなる。中には肺の中には入らず、肺の中がいっぱいになり、肺の外に溜まる人もある。身体が弱ってくると、肺の中に浸潤する力がなくなる。それで外へ固まる。

    そして肋骨と同じように固まって呼吸困難となるのがある。そういうのはたいてい片方の肺だけ板のようで、呼吸のできぬのがある。


     いろいろあるが、ふつうの肺病は、肺の中に塊ができ、だんだん固まると、医者は肺の中に結核とか壊疽とか癌ができてるなどというこれが本当の肺結核で、そうなってからは痰を調べると黴菌がある。早期には菌はない。菌のあるのは古い痰である。


     菌は自然発生するのである。痰が長い間肺中にあると、体温により腐敗する。そこで黴菌が湧く。故に肺病は絶対に伝染はしない。
     私の家では肺病患者を泊めたことがあり、子供六人一緒にいたが、一人もうつったものはなかった。うつるようにみえるのはわけがある。


     いま言った具合に肺の中に塊ができる。これは間違った療法によってこしらえたもので、肺尖とか肺門淋巴腺などは、安静とか注射などそのことが真の肺病にすることになる。


     医学が進歩するほど人間が弱るというのは、そのことである。

    昔、漢方医学の先生は薬はみんな毒であると言ったが、毒によって浄化を停止するのである。
     六〇六号はエールリッヒ博士が発見した。これは砒素剤がもとである。すなわち亜砒酸である。これは非常な猛毒で、耳掻き一杯で人が死ぬ。

    だからこの毒のためできかかった黴毒のおデキも引っ込んでしまう。浄化によって外へ出されたので結構なのをそれを引っ込ます。

    おデキなら押し出されたのであるから外へ出たほうがよい。これはたとえば、せっかく外へ出ようとしている泥棒を追っかけて門の所まで行ったのを呼びとめる、するとまた後戻りするようなものである。六〇六号は一時的停止させるものであることを医学でも言っている。

    ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー

     

     

     

    ううむ、たまには掃除しなくちゃ・・・ (僕の部屋)

    散らかしっぱなしの部屋で

    天罰転倒!?

    足がひっかかって

    だめだめ、こんな事書いちゃ! 

     

    上のは無しね。

     


    0 0

    まえがきの話に乗ってはいけない。

    これから本当のまえがきが始まるからだ。

     

    現代人は病気といえばすぐ「薬」と誰でも言う。

    だが、薬は毒だ

    これは古今東西においていつも真実だろう。

     

    もしそうで無いという人がいたら教えてください。

     

    病気の原因と原理は肉体的、精神的両面からみないと解決できないのだろう。

    肉体的にはその「ネタ(種)」が仕込んであるとすれば、

    それに引き金を引くのは精神の方かも知れない。

     

    だから、万病を治す治療法は無いというのが世界中の真実なのだろう。

    方程式があって無いようなのが、肉体的と精神的レベルの差があるからなのだろう

     

    ただ、医学ではでて来た症状を「悪」とみなすから

    それを抑えつけることを主とする

    それが毒を使うことである

    その毒の種類が何万種の薬となるのだ。

    だから薬が効くというのは抑圧したということだ。

    それでは真の解決にはなっていない。

    いつか再び、もしくはまた次世代に再生してからやり直すかも知れない。

    現代はその繰り返しをシャットダウンする、いや真の原因を無くしてしまうという

    そういう時代に入った野田。 (あ、野田さんどうしているかなあ・・)

    以上、まえがき

     

     

    次のまえがき(ん?)

    小児病

    夫婦と親子関係、どちらも欠かせない不利密接な関係ですが、
    俗に言う、肉体的には他人の夫婦関係、血の繋がった親子関係。

    そこで、肉体的と精神的レベルで子どもの病気について考えてみる絶好の機会を与えられました。

    ひさびさのお問い合わせが来ましたので、それについて調べて見ましたので、以下に心身両面から。

    (お問い合わせの内容は書きませんが、子どもの浄化作用の事でした)



    まずは岡田茂吉の医学論文集から

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
    ―― 岡田自観師の論文集 ――     

        小児病

    『文明の創造』昭和27(1952)年執筆

         単に小児病といっても、その種類の多い事は良く知られているが、小児病は突如として発病するものが多く、しかも物心のない赤ん坊のごときはただ泣くばかりで、何が何だかサッパリ判らないので、母親としてただ困るばかりである。

    まずそれからかいてみるが、生まれたての嬰児に多いのは、消化不良という青便や泡便が出る病だが、これは消化不良というよりも、母親の毒素が乳に混って出るので、つまり親の毒が子を通して浄化される訳だから、実に結構なのである。

    従って、放っておけば出るだけ出て必ず治るものであるが、それを知らない医療は乳児脚気などと称し薬毒を使うから、反って弱ったり、発育不良となったりする。

    これが将来虚弱児童や腺病質の因となり、年頃になると結核になり易いので、近来結核の増えるのも、右のような誤りが大いに原因しているのである。

         また生後間もなく、種痘をしたり、何々の予防注射とか、栄養のためとかいって注射をするが、これがまたすこぶる悪い。何しろまだ体力が出来ていないから、注射などは無理である。

    このため多くは発育不良の原因となり、よく誕生すぎても首がグラグラしたり、歩行が遅れたり、智能も低かったりするのはみなこれがためで、医家に対しこの点一層の研究を望むのである。

    またこういうものも偶(たま)にはある。それは生後一、二ケ月経った頃吐血する幼児で、医診は胃潰瘍などというが、これは滑稽である。

    何となれば胃潰瘍は消化薬連続服用の結果であり、こちらの原因は出産前後、母親の古血を呑んだのを吐くのであるから、その後食欲も増す事である。


         それから少し大きくなってから、発り易いものとしては百日咳、ジフテリヤ、脳膜炎、麻疹(はしか)、日本脳炎、猩紅熱(しょうこうねつ)、疫痢、小児麻痺等であろう。

    それについてこれからかいてみるが、まず百日咳であるが、この原因はヤハリ出産前母の悪露(おろ)を呑んだためで、それが一旦吸収され保有していたものが、時を経て浄化によって出るので、何よりもこの病に限って、猛烈な咳と共に、必ず泡を吐くのである。

    そうして百日咳の特徴は、咳する場合必ず息を引く音がするからよく分る。つまり右の泡を出し切るまでに百日くらいかかるから、その名がある訳だが、浄霊によれば発病後間がなければ三週間くらいかかり、最盛期なら一週間くらいで全治するのである。

    急所は胸が第一、背中が第二、胃部が第三と見ればいい。すなわちその辺に泡が固まっているのである。

    この病はよく肺炎を起し易いがこれは咳を止めようとするからで、溶けた泡が一旦肺に入り、咳によって出るのが順序であるのに、その咳を止めるから泡が出ず肺の中へ溜り固まるので、溶かすための高熱が出る。それが肺炎であるから、言わば百日咳だけで済むものを、誤った方法で肺炎という病を追加する訳である。


         次にジフテリヤであるが、これは喉に加答児(カタル)が出来、その部が腫れて呼吸困難になり、ついに窒息するという恐ろしい病気である。

    医学は臨床注射や予防注射をするが、これは一時的浄化停止で、相当効果はあるにはあるが、この注射薬は猛毒とみえて、悪性の病気が起り易く、しかも非常に治り悪いので、生命に及ぼす場合さえよくある。

    ところが吾々の方ではこの病気は特に治り易く、浄霊するや早いのは十分、遅いのでも三、四十分くらいで全治するので、実に奇蹟的である。しかも薬毒などの副作用がないから安心である。ジフテリヤの原因については霊的が多いから後に譲る事にする。


         次に脳膜炎であるが、この症状は発病するや前頭部に火のような高熱が出ると共に、割れるような激痛で、眩しいのと眩暈(めまい)で、患者は目を開けられないので、これだけで脳膜炎とすぐ判るのである。

    この原因は毒の多い子供が、物心がつくに従って、頭脳を使うから、頭脳に毒素が集注する。それが前頭部であって、学校へ行くようになるとなおさらそうなるから、事実、その頃起り易いのである。

    ところがここに見逃し得ない問題がある。というのは熱を下げようとして極力氷冷するから、せっかく溶けかかった毒素を固めてしまうので、頭の機能の活動は阻止され、治っても白痴や片輪になるので、特に恐れられるのである。

    ところが浄霊によれば毒素が溶けて、目や鼻から血膿になって沢山出てしまうから、頭の中の掃除が出来、反って頭脳は良くなり、例外なく子供の学校成績も優良となるのである。従ってそこに気が付きせめて氷冷だけでも廃めたら、いかに助かるであろうといつも思うのである。


         麻疹(はしか)は衆知のごとく、生まれてから罹らない人は一人もあるまい程一般的の病気であるが、この原因は親から受継いだ毒血の排除であるから、実に有難いもので、むしろ病気とは言えないくらいである。それを知らないから、無暗に恐れ当局なども予防に懸命であるが、全く馬鹿々々しい努力である。

    ゆえに麻疹は何らの手当もせず、放って置けば順調に治るものである。それを余計な事をして、反って治らなくしたり、生命まで危なくするのである。

    ただこの病気に限って慎むべきは、発病時外出などして、風に当てない事である。というのは麻疹の毒が皮膚から出ようとするのを止めるからで、昔から言われている風に当てるな、蒲団被って寝ておれとは至言である。というのは発疹を妨げられ毒が残るからで、再発や他の病原となるので注意すべきである。


         そうして麻疹は人も知るごとく肺炎が最も発り易いが、これは氷冷など間違った手当をするためで麻疹は外部に出ず、内部を冒す事となり、肺胞全体に発疹するためで、肺の量が減るから、頻繁な呼吸となるが、その割に痰が少ないのはそういう訳である。

    この肺炎も何ら心配せず、放っておけば二、三日で必ず治るものである。また麻疹が治っても、よく中耳炎や目が悪くなる事があるが、これは毒の出損なった分が、耳や眼から出ようとして、一旦その部へ固まり、高熱で溶けるのだから、放っておけば日数はかかっても必ず治るものである。


         次は日本脳炎であるが、この原因も簡単である。子供が夏日炎天下に晒されるので、頭脳は日光の刺戟を受けて、背中一面にある毒素が、後頭部目掛けて集中する。その過程として一旦延髄部に集結し、高熱で溶け液体毒素となり、後頭部内に侵入する。

    そのため眠くなるのであって、その他の症状も多少はあるが、右の液毒は脳膜炎と同様、目と鼻から血膿となって出て治るのである。何よりも発病するや、たちまち延髄部に棒のごとき塊が出来る。これはいくら溶かしても、後から後から集注して来るから、浄霊の場合根気よく二、三十分置きくらいに、何回でも浄霊するのである。すると峠をすぎるや、目や鼻から血膿が出始める。

    それが治る第一歩で、驚く程多量な血膿が出て治ってしまう。まず数日間と見たらよかろう。

    これで見てもこの病気は何ら心配は要らないのである。ところが医学は原因も判らず、毒を出す方法もないから、無暗に伝染を恐れる。これも脳膜炎と同様、氷冷が最も悪く、そのため長引いたり、命に関わったり、治っても不具になるのである。

    近来医学で蚊の媒介としているが、これは怪しいものである。しかし吾々の方では簡単に治るのだから、そんな事はどちらでもいい訳である。


         猩紅熱(しょうこうねつ)もヤハリ簡単な病気で、原因は先天性保有毒血が、皮膚から出ようとするもので、一時患部の皮膚は真っ赤になって、細かい発疹が出る。重いのは全身にまで及ぶが、大抵は局部的か半身くらいである。

    これも放って置けば治るが、医療は氷冷や色々の手当をするので、長引いたり危険になったりするのである。この病気は治りかけた時、毛細管から滲出する毒が、乾いて細かい瘡蓋(かさぶた)になり、これが伝染の危険多しとして非常に恐れるが、浄霊によれば二、三日ないし一週間くらいで全治するのだから問題ではない。


         疫痢は割合多い病気で、かつ死亡率も高いから、最も恐れられているが、この症状は最初から頻繁な欠伸(あくび)が特色で、全然食欲もなく、グッタリして元気がなく、眠りたがる等で、それらの症状があれば疫痢と見ていい。

    この原因は上半身にあるほとんどの毒素が、浄化によって胃へ集まり、それが脳に反映し、脳症が起り易いので、医師は恐れるのである。しかし浄霊によれば実に簡単に治り、一日か二日かで全治する。


         小児麻痺も、近頃は仲々増えたようで、当局が最近法定伝染病の中へ入れたくらいである。しかしこの病気は日本よりアメリカの方が多いようで、これも人の知るところである。

    この病原は霊的と体的とあるが、霊的の方は滅多になく、世間一般小児麻痺というのは体的の方で、言わば擬似であり、必ず治るものである。症状は足が満足に歩けないとか、片手が利かないとか、腰が動かない等であるが、なかんずく足の悪いのが一番多いようである。

    この原因は遺伝薬毒と、生後入れた薬毒のためで、どちらにしろその毒が、足の一部に凝結するので、足を突いたり、動かしたりすると痛むのである。特に足の裏が多いが、この診断は訳はない。足や手全体を順々に押してみれば、必ず痛い所があるから、そこを浄霊すればズンズン治ってゆく。

    ところが医療では一耗の毒も除る事が出来ないから、苦し紛れに色々な手当をするが、まず気休め程度で、本当に治るのは一人もないという訳で、世界的恐るべきものとされているのである。
         そうして霊的の方は真症で、仲々深い意味があるから、これは後の霊的事項中に詳記する。以上のごとく小児に関した病気は大体かいたつもりであるが、追加として二、三の心得おくべき点をかいて見よう。


         まず子が生まれるや、淋毒を予防するためとして眼に水銀注射をしたり、昔からよくマクニンなどを服ますが、これも異物であるから止した方がよい。乳もなるべく親の乳を呑ませるようにし、母親の乳だけで不足する場合は牛乳やミルクを呑ませてもよいが、親の乳が出ないという事はどこかに故障があるからで、それは毒結が乳腺を圧迫している場合と、胃の付近にある毒結が胃を圧迫し、胃が縮小しており、そのため食事は親の分だけで子の分まで入らないという、この二つであるから、どちらも浄霊で速やかに治るのである。

    それからよく赤子の便が悪いとさきにかいたごとく、母親が乳児脚気のためなどと言われ、乳を止めさせるが、これは誤りで親の毒素が乳に混じって出るのであるから、むしろ結構である。次によく微熱が出ると、智慧熱とか歯の生えるためなどというが、そんな事はない。ヤハリ毒のための浄化熱であるから差支えない。

    また乳は誕生頃まででよく、誕生過ぎても平気で呑ませる母親もあるが、こういう児童はどうも弱いから注意すべきである。

    また良く風邪を引いたり、扁桃腺などで熱が出るが、これも浄化であるから結構で、それだけ健康は増すのである。それから寝冷えを恐れるが、寝冷えなどという言葉は滑稽である。

    下痢などの場合、真の原因が分らないから作った言葉であろう。だから私の子供六人あるが、生まれてから一人も腹巻はさせないが、十年以上になった今日、一人も何の障りもない。また私も三十年来腹巻をしないが、今もって何ともないのである。

    ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー

    次は
    現代のスピリチュアル的医学から転載してみました
    これは私も勉強になりました。

    人に問われるという事は自分の学びになります。


    「自分を愛して!」
    リズ・ブルボー 著
    ハート出版
    より
    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


    ●感情的なレベル
    子どもが病気にかかるのは、その子が、まわりに起こっていることからストレスを受け、その結果として激しい怒りを感じたためなのです。

    子どもはそうした自分の感情をうまく表現することはできません。
    どうすればそれができるのかが分からない場合もあれば、親からそれを禁じられている場合もあります
    特に、子どもが、親から充分な関心を与えられていない場合、また、充分にかわいがられていない場合には、子どもは病気になりやすいものです。
    子どもが病気になると、ほとんどの場合、皮膚に赤い斑点ができます。
    そこで「皮膚が赤くなる」のです。

    ●精神的なレベル
    もしあなたのお子さんが病気になっており、そして今あなたがこの本を読んでいるとしたら、どうか、子どもは、何歳であっても、たとえ赤ちゃんであっても、この本の内容を読んであげれば理解できる、ということを知ってください。


    病気は、子どもがまわりの世界に対して感じていることを、からだのレベルで表しているのだ、ということを教えてあげてください。

    また、こどもが新しい世界にすぐ適応できず、とまどいを感じているのは、まったく当然なことなのだ、ということも教えてあげてください。


    とはいえ、子どもが、さまざまな思い込みという荷物を持って、この地上に産まれてきた、ということもまた事実なのです。
    そして、子どもは、地上で、他の人たちのさまざまな思い込み、限界、欲求、怖れに適応して行かなければならないのです。

    また、子どものまわりにいる人たちは、それぞれ、自分のやるべきことを抱え込んでいるため、いつも子どもに関心を向けることができるとは限りません。

    そのことを、子どもは知る必要があるでしょう。
    親がそれを教えてやるべきなのです。

    子どもはさらに、自分が感じた怒りを表現してもいいのだ、ということを知らねばなりません。
    たとえ親がそれを歓迎しないとしても、子どもは怒りを表現していいのです。

    子どもは、やがて、他の人たちもまた、この世界になかなか適応できずにいる、ということを知るでしょう。そして、彼らがそうできないとしても、それは彼らが悪いわけではない、ということも知るはずです。

    必要があれば、それぞれ個別の病気の項も参照してください。

    ●スピリチュアルなレベル
    307ページを参照してください。

    ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー

    (本を買うと読めます。・・・・全ての病気の根本として共通な原因がある)

    「自分を愛して!」
    リズ・ブルボー 著
    ハート出版
    (帯から)
    これはスピリチュアルな「読む救急箱」です。スピリチュアル版・家庭の医学


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  • 03/02/13--14:57: 暗黙の了解
  • 世界医薬産業の犯罪

    医療殺戮

    医療の犯罪(千人の医師の証言集)

     

    という様にちょっと昔こんな本にはまってしまった。

     

    現代医学は西洋医学と言われる様に、

    その西洋医学は根本は対症療法であり、

    その対症療法のまた根幹をなすものは

    医薬品治療ですね。

     

    しかし、西洋医学だけが世界の医学かというと

    そうではない。

    昔から、東西南北どこにでも医学はあった。

    ただ、体系づけられたものでは無く

    単に経験から学び、それが結果として良いのでは無いのか程度

    であって、いまの様にいや、科学的根拠だとかエビデンスだとか

    そんな七面倒くさいことは言わなかった。

     

    ただ、病気をしたら治ればそれでよい。

     

    ただただそれだけのことだった。

    それが近代西洋文明によって医学というものができあがった。

    そしてすごく顕著な成果を上げた。

    ただし

    それは短い期間であった・・

     

    あった・・・というのは、これから使う言葉かも知れないけど。

     

    いまの世界はどうだ。

    すべては近代医学は薬物療法を柱として成り立っている。

    そしてその治療効果はバツグンだと宣う。

     

    が、上記の様な本が、それも西洋から出てきた。

    日本ではまだそういう本は少ない。

    未だに西洋医学が大流行になっている。

    だから

    ピロリ菌だの予防接種だのと庶民はわらわらと集って行く。

     

    悪いとは言わないが、無知だと思う。

    どうしてこんな事に我々人類は、特に日本人は・

    引っかかったのだろうか?

     

    そして引っかかって足が絡まって突っ込んで転んだりしても

    まだ目が覚めない。

    どうしてだろうか?

     

    世界医薬産業の犯罪なのだろうか?

    いやいや、そうではない。

    では、実際にそこに乗り込んで行ったとしてどうなる

    まず、受付の女性

    全然他意は無い、親切だ。

    営業部に行ってみた。

    普通のサラリーマンと変わらない。
    売り込みに忙しい、営業成績が命だ。

    製造部

    忙しそうに箱詰めしたり、検査をしている作業員は皆人が良さそうだ。

    じゃあ、経営陣か?

    これもどこかの経営者と同じ、似たり寄ったりに見える

    当然、経営者も時代と共に変わる。

    では

    研究者か、薬の開発者か?

    彼らは毎日毎日あきもせずに試薬品の単純作業に没頭したり

    毎日ネズミを相手に格闘している地味な学者さんたちだ。

     

    みんなこうして

    ひとりひとりが、自分の持ち場でそれを一生懸命仕事をこなしているだけだ。

    それぞれの存在がそれぞれの役割をこなしている。

    どこに犯罪性や嘘ねつ造などの邪悪性があるというのだ。

     

    ところが・・

    21世紀も半ば頃になると(運が良ければもっと前になるかも。俺死んでいるな)

    なんだかおかしいぞ

     

    と気づくだろう。

    個々は良いのに、全体としてみるとなんとばかげた、間違ったことを・・

    こんな風に

     

    だから陰謀論じゃ解決できないのね。

    陰謀論、印歩論と同様、成り立たないのね。

     

    でも、ちゃんと組織としてはその役割を引き受けているという

    この矛盾は何か?

     

    その答は

     

    なんとなく、みんなでそういうことにしようという

    曖昧なルールが

    完全なる現実として起こってしまった

    しまったあ〜

    というじゃないか。

    起こってしまったのである。

     

    だんだんと落ちてきたこの論

    最後に結膜ってしまうが

    ここに至るまでの土壌というものがある

    それが

    薬で病気が治るという錯覚を

    思い込んでしまった。

    現実的にそれが見えたので真実そうだと思い込んだ。

     

    そのなれの果て(笑い)が

    いまの現代医学という学問とういうわけさ。

    だから

    学者も長屋の熊さんも

    同じ穴のむじな

     

    しかし、人類は昨年の末頃より

    方向転換を選択した

     

    もう、思い込みはやめようとね。

    だが

    そこに至るまでには時間もかかる

    人間ゲームには時間が必要なのだ。

    なぜか

    過程を楽しむ事に意義あるからだ。

     

    旅行に行くだろう?

    その過程が楽しいのだ。

    o(^-^)oワクワク

     

    しかし行ってみると

    案外

    o(;-_-メ;)o ワクワク

    だったりして

     

    そんな門駄労

    いまこの日本の医療界は最後の思い込みの駆け込み寺状態だ。

     

    もう今後こういう事はできないぞ〜

    最後の追い込みじゃ

    張り切ってやろうじゃないかあ〜〜

     

    と呼び込みもすごく張り切ってるし

    駆け込むしょ民(しょうもない民の略)も大喜びで駆け込む。

     

    これをみている僕も

    おいおい・・・こちらも・・・・

     

    と声かけるのだが

    さっぱり古ぼけた顔が気に入らないのかどうか

     

    見向きもしないのであった・・・

     

    全然下書き無しで書いてるとこういう作文ができあがるのだった。

     

    せんせ〜〜どうでしょうか?

    あ、ちみね、よく出来てるよ

     


    0 0

    ずっと視聴しています、崎谷先生のお話です。

    崎谷研究所ブログ 記事の一番下に「次の投稿」がありますので、順に進んでくださいね。      013年2月8日金曜日 『ゆっくりと殺される』現代人  こんな題名でおどろく人がいるでしょうが、まだ寝ぼけまなこで生きていると   なんだひどい事を言う奴だ! などと怒り出す人や   バカ言ってんじゃ無いよ とあきれ顔の人   目が点になったり、ドングリ眼になって
    意識不明になる人(笑い)     なぜそんな現代人が多いのか?   それは三猿伝染病がずっと大流行して、あまりにも拡大増加してしまった ために   自分自身が感染しているなどとは夢にも思わなかった為でしょう。     しかし 夢から既に覚めているひとは   なんだ、そんなの知ってたよ とか ようやく現役医師が気づくようになった とか   特別びっくりもしないで冷静に聴いていられるのです。     こういう現代医学の完全洗脳から覚醒した医師が増えてきたのは まさに時代の転換が始まったということで まことにお目出度いことです。   ぼくのおめでたさとはまあちょっとラベルが違うかも知れないけどね(苦笑)     すでに岡田茂吉が現代医学の真相を説いていたのが80年以上も前
    だったようで、僕は30年以上前にそのことを知った新参者ですからね。     医者がなぜ病気を治せないのか?   このことも大正天皇の侍医であった入沢達吉博士が喝破していました。 慶応大学の医学部門の大先輩である博士の言葉が残っているようです。   「私がひとを救ったのはたったひとりだった。それは河へ身投げをしようとしていた女性と助けたことだ。」   なんと、博士は医療ではひとりも救っていないと告白していたのですよ!     でも、ひとは医者や病院でちゃんと治っているじゃ無いか!     この答が「治るのは自分自身の生命力でしかない」という事です。     この答がなかなか理解できないのでしょうが、まあ、もう少し医学が進歩すれば 嫌でも答に突き当たるでしょうから、後は時間待ちとなりますね。   それでは僕もいま一生懸命習っている崎谷先生のお話を・・ (もちろん、これだけが100パーセントとか、唯一だとかは言いません)     崎谷研究所ブログ 記事の一番下に「次の投稿」がありますので、順に進んでくださいね。        


     


    0 0

    先回の記事では医師の告白をずっと聴いたり読んだりしてると

     

    医療は99,9パーセントの病気を治せない

     

     

    という衝撃的告白が、いや正直的告白がありましたが・・・

     

    いまのところ、正直者は極少数のようですね。

    今日も全国どこの病院でも「治して貰う」「治せる」と思い込んでいる

    人たちが集まっているわけですが¥¥¥

     

    ¥¥¥¥

    なぜこのような事が延々と行われているか?

    ¥¥¥¥¥

    ↑ のマークですよ。(失笑)

     

    今回は末期ガンは手をつくしてはいけない

    というタイトルの本です。

     

    終末医療、老人医療に限ってと言う

    まあ、いまのところは狭い範囲だけの医療批判ですが。

     

    末期ガンは手をつくしてはいけない


    0 0

    こちらにも貼っておこうか

    腐りきった世の中をどうにかしよう!

    なんて、そのまえに自分ちを片付けたらどうなの?
    って言われるのは必然だからね。

    医学と言う泥沼にはまってしまうと、もうその汚さが快感になって
    しまって(笑い)ちょうど私の部屋が汚れっぱなしの状態と同様
    住み心地がよくなってしまうのだ。
    自分じゃ分からなくなる状態(自慰色とも言うか?)

    まあ色情症よろしく、周りなどお構いなくひたすら自慰にふける様を言う。
    などと意味不明な言葉を並べているが、当人が分かっていないのだから
    もうどうしようも無い。

    これは私個人のことだけでは無いと強く主張しておく
    (まだ言っている。その前に部屋掃除しろよ!)

    まえおきはこれくらいで勘弁してやろう。

    題して

    古き悪き日の日本の心象風景

    なんだこりゃ!
    題名と全然あって無いじゃ無いか!
    などという文句あったらこれ読んでから逝け


    さて、感染学舎さん達が自慰行為で目を白黒している様はまことに見苦しいものだが・・
    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    「動物の脳細胞から作った殺菌されたウィルス、あるいは混合ワクチンは、動物を保護することはできても、人間に非経口的に接種された場合は危険をもたらす可能性がある。
    生きたウィルスを動物に与えるのと、人間に行なうのとでは、まったく事情が違う。」
    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

    全然的外れなことを自分たちだけで無く

    トッテモイイカラきみたちも、やってごらん
    的、ワクチン推進運動
    大政翼賛会、大日本婦人連合会、●●支部なんかもあるかもね。
    いや鴨葱しょって待っているアヒル顔のニッポん人たちへ


    実験室のネズミやその他の動物に行なった実験の結果を信じることを我々がやめないかぎり、がんの治癒どころか、原因発見の真の進歩は見られないだろうと言いたい。

    癌学会はネズミ博士達が牛喰ってるらしい。
    いや、牛耳って いるらしい。


     「動物実験が進めていることは、多くの面で実践医療の基礎を脅かすものだ。病状というものは実験動物に正確に複製できないのに、こうした実験をなぜしっこく続けようとするのか?」

    止められない止まらない、ただそれだけ〜〜♪
    医学上の基礎データなどデータらめだ。
    ネズミ博士は寝ずの番で研究中だが、ネズミはあっという間に死んでしまう。
    いや、それがうさぎだろうが猿だろうが同じ事。
    恋愛塾の塾長が
    「みなさん、この法則は立派な科学的根拠があります」
    とか何とか言っているけど。
    「それはネズ太君とチュー子さんの交際で確かめられているエビデンスです」
    とか何とか
    エエエ〜〜〜!

     「実験のデータを人間に置き換えることが誤りである例がここにある。人間と同じように感染に反応する動物はいない。」


    と言うことでネズミ博士はリッパに癌を治したというのだが・・・
    じつはネズミやその他の動物をわざわざ病気にしてから治すという
    のだから、いやはや・・

     「実験室で議論の余地のない事実は、まったく不当なやり方で臨床に応用されている。その一番いい例はホルモンの見境いのない利用で、医師はホルモン研究を褒めまくるセールスマンの偏った言葉をうのみにして、簡単にそれを受け入れている。」

    あ、だめだめそんなやり方じゃ〜
    え? 患者さんは無知蒙昧、馬化ですから・・
    だめだよ、ばれていざという時どうするんだ!
    あ、ばれちゃったときね・・
    そうだ。その前にクッションおかないと直接文句言われるだろ!
    あ、そうか

    と言うことで当者の営業方針としましては

    まず
    医師を・・・
    なるほど〜〜、すぐ鵜呑みにしますからねえ〜〜当者のエビデンスパンフレットには・・


     「生体解剖がビジネスだと気がついている者は少ない。その他のビジネスを始めるのと同じ理由で、彼らはこのビジネスを始めるのである。つまり、金儲けと己れの利益を増やすために。 このビジネスの先端をいく者たちは、それがいんちきだと知っているはずである。」

    ムサシ屋さん、おぬしも悪よのぅ〜〜
    へへ、お代官様ほどでも・・・
     うわはっはっははあ〜〜〜〜(両者大笑い)

    なんだ ↑ は?

    いえね、最近のワルの筆頭はムサシ屋さんらしいですよ。
    むむ、そうか・・・えちご屋程度ではもう程度が低いのか?



    それにしても「インチキだと知っている」のには驚かされますねえ〜

    腐った、クソみたいな業界・・あれ、これどこかで聞いたな・・
    セミナーか・・・



    それよりも、オマエの部屋、いつになったら掃除するんだ?
    (あ、またあ〜〜)

    余計な解説付けるから誰も読まなくなる駄郎菜・・なと・・・
    親切に引用文だけにする



    「アメリカ医学協会は、医学ギャングやいかさま師に牛耳られているので、この協会は国で最悪の不正な儲け商売を行なっている。」


    「すぐさま人間に動物実験をもとにした結論を当てはめてはいけない、という警告がなされている。強力な発がん物質のどれも、猿ではがんを発生させるにいたらなかった。」


     「私は胃潰瘍の原因究明のために行なわれた研究について話すつもりはない。というのは、話したところで結論がないのだから。研究はほとんど動物に実験されたもので、動物は胃潰瘍にはかからない。」



    「予防接種は、白血病の発生原因となる。」 


     「完璧な食物摂取法がネズミから分かる、と思っている者がまだいる。私にとってそれが導くものは、ゴミの山だけである。」


    「過去五十年間、大量の動物実験に携わってきた科学者たちは、がんの発生原因となるものを七〇〇見つけだした。しかしその治療の方法は一つとして発見できないでいる。



    そのう、え、薬害は現在さらに顕著になっており、医学関係の論文には、患者がもとの症状よりも、治療薬による薬害からの苦痛の方が大きくなった例が多く見られる。」


    「動物実験を基に悪いところなしとされた薬など、一つもない。臨床の場で人間に使用されるとき、多くの患者は、自分がモルモットにされていることを知らないのである。」


     一九二八年か二九年頃の講義のノートがあったなら、諸君、それを読んでみたまえ。その頃、項点にいた者の知識の乏しさに 気恥ずかしい思いをするだろう。しかし我々は、今でも同じように無知なのである。それ以降も次々と新しい実験が行なわれて、さらに多くの誤ったデータを手 にしたのだから。それを我々は自分自身にさえ認めようとしないだけなのである。」


     「動物実験の結果について私が教わったものは、そのどれも病気の診断にも治療にも、いささかでも価値のあるものなどまったくなく、むしろその逆であった。


     「ワクチンは、それの投与を受けた人間の体質を変えて、アルカリ性酸化体質、つまりがんの体質にしてしまう。この事実はもはや否定できない。」


    「肺結核の撲滅におけるもっとも驚異的な業績は、アイスランド、ハワイ、オランダなど、BCGがほとんど使用されていなかった地域、あるいはまったく使用されていなかった地域において成就されたのである。」


    「動物にがんを誘発して得られる実験からの情報を、人間に適用するのは不可能である。」


    「調査研究は、直接商売としての収益に完全に隷属している。現在、製薬業界にとって病気が主要な収益源の一つであり、医師は喜んでこの儲け仕事の片棒をかついでいるのである。」


     「何種かの動物に特定して行なわれたおびただしい数の薬物毒性テストで得た結果が、人間の患者に適用できることはめったにないのだから、それ自体薬の安全性を評価するには、価値の疑わしいものである。」


    「実験室で充分なテストをした後で、動物に無害な薬であったとしても、人間には害になることが分かるものも出てくるかもしれない。」


     薬害を起こすことがまったくなく、いいことづくめの薬などありはしない。動物実験はその危険を予防できないし、優れた薬物の使用の妨げになることさえあり得るのである。我々は何らかのリスクを負うこと、あるいはもっと賢明なのは、新薬なしでやっていくことである。」


     「今日の医学はどんづまりに来ている。もはや変容、修正、再調整もできない。今日の医学は再生のために一度死ななければならない。我々は完全に新しい医学を作らねばならない。」



    0 0

     「流感、はしか、おたふくかぜ、小児まひなどの予防接種設計は、人間のRNAが好ウイルス性を形成するようになっている。それはリューマチ性神経痛、多発性硬化症、紅斑性狼瘡、パーキンソン病やがんなどの種々の疾病の原因となっている。」


    これはどういうことかな?


    予防接種設計?  なんだそりゃ・・・・


    そこで、翻訳師みてきたような嘘をつき


    じゃない!


     


     


    これについて講釈してみると


    「流感、はしか、おたふくかぜ、小児まひなどの予防接種設計


    これも難しいように見せかけているだけだ。


    言葉など小賢しい表現方法にすれば、みんながフ〜〜ンとつい納得してしまうが


    実際には、「はて、何を言ってるんだろうなあ。。」


    と心の中でざわついているのだ。


     


    流感・・・・流行性感冒、まあ、インフルエンザと思ってよいだろう。


    はしか・・・・麻疹。 マシンとオレは読んだ・・・無知○出汁


    おたふくかぜ・・・ご存じ、お宅も奧さん・・・じゃない!  ぷっくりふくれ面(つら)の様(さま)を言う。


    しょうにまひ・・・小児痲痺。 


    以上の様な病気を予防しようとして


    接種したものが次の病気の予約をする事になる。


     


    ここまではイイかな?


    解説間違っている? 


    ま、こんな門じゃ焼き


     


    で予約の結果として


    リューマチ性神経痛、多発性硬化症、紅斑性狼瘡、パーキンソン病やがんなどの種々の疾病の原因となっている。


    要するに、いろんな予防接種を薦めているが、あとでエライ目に遭う覚悟があるの?


    と言う事に過ぎない。


     


     


    「近代医学は健康を否定するものである。人間の健康管理を供与するように組織されておらず、制度として自己によいようにのみ組織されている。それが治癒する人の数よりさらに多くの人々を病気にしてしまう。」


    健康を否定する? だって。


    人間の健康を否定するだって?それが近代医学とすれば、一体、医学の進歩とは?


    ナンナンダ〜〜


     


    動物実験の結果を人間に使用するということは最大の悲劇の@つであり、医学史上最大の過ちであると思います。でも残念なことに、我々はいまだに自己の過ちから教訓を得ていないのであります。」



    人々は薬のために病気になり死亡した。新しい薬の時代が始まった。それは医者、医療に起因する医原病の時代である。アメリカ合衆国で、毎年薬の服用のために入院する患者が少なくとも一五〇万人いて、その多くは死亡する。史上始めて、医学が病を治すのではなく、災厄の原因となっているのである。」







    0 0

    あ、オマエの顔?

    いらんいらん

    じゃねえよ! わしの顔出したら持てて持ててどうしようもなくなっちゃう!


    ほう〜〜 おばあちゃん達におおモテね〜〜
    それとも、重いゴミ袋でも持たされるの?


    o(;-_-メ;)o ワクワク・・・ワクチンだよ!ワクチン。


    おお、ワクチンか。売れて売れてどうしようもないって事か?


    それは政府、ああせい厚生省と製薬メーカーだろうが。
    出てくるのは、ワクチンの正体だよ。
    本当の顔が暴露されてくると言ってんだ。

    なに、しわくちゃ顔か?


    なにーー!
    そうじゃない。ワクチンの真の顔だよ
    ええ〜〜い、自分で書くのもじれったいから
    あっちへ飛んで見ろ。

      ↓  ↓

    ワクチン神話から目を冷ませ!:ワクチン接種は百害あって一利なし!

    みなさん、こんにちは。

    催眠術にかかっている人を正気に戻すには、「いち、にー、さん、パチン」とやれば、目が覚める。マインドコントロールにかかっている人を正気に戻すには、「数年の精神的リハビリ」が必要である。

    では、完全に科学的マインドコントロールにかかって信じ切っている人を正気に戻すには、どうすればいいだろうか? (ましてや、大学大学院で博士号取得という、長期にわたる訓練によって科学者マインドコントロールにかかってしまった人、その結果として権威主義者になってしまった人、科学至上主義者になってしまった人を正気に戻すにはどうしたらいいのだろうか?)



    ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー

    君たちは催眠術にかかっている。

    しかもだ・・・・

    それは自分でかけた催眠術だ(笑い)


    なんで?どうして?まさか?そんなことが?

    催眠が解けたときにこういう言葉が自然に口から出てくるようになっている(爆)


    そりゃショウガナイね。
    そういう世界を体験したくて、自己催眠法を使ったんだ;門^^;


    学者も医者も患者もみ〜〜〜んな一緒に自己催眠中!



    モシモシ、もしもし・・・・
    (起こしているのだが)


    ・・・・・・・(反応がない)

     

    三猿主義の人間顔した猿どもは見ないでください ↓

    今では、アメリカのノーベル賞級の医者や生物学者たちが、自分の職の危険すら冒して、ワクチン接種に反対する時代になったのである。
    米国の医師・学者83名が署名した「ワクチンのすべて」日本語版リリース:為清氏の快挙!



    「ワクチン予防接種は効いた試しがない!」 転載記事
    http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/793.html


    0 0


    おじいさんとの対話 1
      病気礼讃の弁


    himaari:えーーと、急におたずねいたしますが、いろいろ質問などさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いします。まずは、病気というものについて基本的なことをお伺いしますね。病気に罹ると僕らは一生懸命病気と闘おうとします。だから「闘病」と言って、病気に負けてはいけない、自分を励まし、奮い立たせてがんばるのです。家族も友人も励まします。「病気に負けてはいけないよ。最後まで闘うんだ!」と。映画やテレビのドラマでもずっとそうして来ましたし、僕らは決して病気になど負けてはならないのです。


    おじいさん:ほほーう、病気と闘うのかね君は。ほーーう、病気という悪魔と闘う精神と言えばかっこいいが、わしから見たらナンセンスだね。


    himaari:えーー!それはないでしょ。病気になってそれに負けないようにがんばるんですよ。闘ってはおかしんですか?


    おじいさん:なあに、わしらからみればこれ程間違った言葉はないんだよ。まったく病気の根本原因を知らない為とはいいながら、こちらから言えば「愛病」といい度い位だね。

    himaari:え、なに!? ・・・・・あいびょう

    おじいさん:つまり病は「愛すべきもの」「ありがたいもの」、「感謝すべきもの」と思うのが本当であるからだよ。


    himaari:感謝ですって! そんなひとが居るんですか、この世の中に!?


    おじいさん:本質を知ればね。ところが医学においては、一度病気に罹るや悪い意味に考えてしまう。ちょうど悪魔が体内に入り込んだかの様に心配する。


    himaari:そうです。僕らは悪くないのに病気という悪魔が入り込んで・・・


    おじいさん:よく「病魔」という言葉を使うがその意味であろうし、又「闘病」という文字も敵が体内内に侵入したので味方の肉体と大いに戦うという意味であろうから実におかしなしな話である。


    himaari:どこがおかしな話ですか?


    おじいさん:それは吾々の人体には始終毒素が溜り易く、それがある程度を越えると活動に支障を及ぼすから、その毒素を排除すべく、自然作用が起り働くのに差支えない程度に清めてくれるのだよ。それで健康体になるのであるが、その毒素排除には幾分の苦痛が伴うので、その苦痛を称して病気といったのだよ。だから、病気程結構なものはない訳で、まったく神様が人間の健康を保持せんが為お造りになった事がよく分るであろう。


    himaari:うーーん、健康保持の為に病気があるーーーーとは、いかにして?


    おじいさん:何よりも病気の際、痰や鼻水が出たり、盗汗をかいたり、下痢、嘔吐、痛み、痒みみ等の症状にみても汚いものが色々の形になって出る事が判るのである。だからその場合、苦痛を有難いと思って少し我慢さえすれば、割合楽に相済み、後は体内が綺麗に掃除されるから健康は益々良くなるのである。


    himaari:そう言えば、鼻みずにしても黄色くなったり、汚い痰が出たり、下痢になりますね。


    おじいさん:以上の如く、人間にとってこれ程結構なものはないとしたら病気になったら喜んで大いに祝うべきたね。だから、感冒でも結核でも伝染病でも結構、大いにおいで下さいと歓迎する位だ。


    おじいさん:そんな心境にはとてもほど遠いですけど、これが真実なら「闘病」とか「病魔」などという言葉を使わないで済みますね。しかし病気を歓迎する気持ちには未だなれませんけど。


    おじいさん:でも、これはとても大切なことなんだよ。病気の不安感から解放されるだけでも病気の回復には大きな力が加わるものだからね。


    himaari:そうですね。その考え方は病気の焦燥感や不安感などよりもずっと良い影響を与えますね。病は気からという様に人の気持ちが大いに影響しますから。「病気よありがとう」か。大いなるプラス思考ですね。


    おじいさん:これは本当のことだからね、最初は半信半疑でも試しにやってご覧。病気に感謝してね。病を愛すれば愛するほど早く治るというものだ。


    himaari:嫌だと思ってもですか? でも試してみますかね。言われてみれば、風邪などひいた時に濃い鼻水が出ると嬉しくなるかも知れませんね。「要らないものがどんどん出てくる。ありがたいね」ってぐあいにですか。


    おじいさん:実際にありがたいと思う想念でさえも症状が軽くなるからね。ところが世間一般を見るとどうだろうね。風邪をひかないようにと言って年がら年中ビクビクもので、結核は恐い、伝染病に罹ったら大変だ、外出から帰ったら必ずうがいをしろ、手を洗えなどと面倒くさい事を言ったり、マスクを掛けさしたり実にうるさい話である。


    himaari:そうなんですね。あのO-157の時も大騒ぎでした。それに今回のSARS騒ぎなどを見ていると決まってそうなんですね。果たしてマスクや手洗いがウイルスや細菌予防にどれだけ効果あるのかな?風邪やインフルエンザなどが流行すると罹った人は嫌われ者扱いになりますからね。「病魔をうつすな!」って具合に。


    おじいさん:それは伝染病を恐怖しているからじゃ。そして、政府は政府で毎年何百億の無駄な金を使って大騒ぎをしたり、お医者はお医者で年中七難しい顔をして顕微鏡と首っ引きしている有様は、こちらからみればかわいそうどころか馬鹿馬鹿しくてお話しにならないのだがねえ。


    himaari:ええーー、そこまで言う!でもお話の通り、毎年莫大な研究費を使い、予防接種を繰り返し行なっているにもかかわらず、感染症は一時消えたと思いきやこの頃は増えてきたようです。エイズにしても、未だに効果ある治療薬など出来たものはないですね。結局は無駄なお金を使って無効な研究をして来たんでしょうか。国民医療費三十兆円。毎年ですから三年で九十兆円、五年で百五十兆円。
    ふーーーー。


    おじいさん:ここでちょっと気づいて欲しいのだがね。君は今どこで話して居るんだったかね。


    himaari:あ、そうか。半世紀前のおじいさんのところにお訪ねして居たんでしたっけ。
    ということは・・・・・あれから、ちっとも変わっていない・・・・のでは?


    おじいさん:そうだよ。それに気づいたら、もっと真剣にわしの話を聞いても良いだろう。
    いつも上の空で聞いているように見えるのだがね・・・・・


    himaari:あ、いや、その・・・・
    今回はどうもありがとうございます。ではまたお尋ねします。 さよなら。 


    おじいさん:(無言)・・・・・・・・・


    ・・ということで、途中でちょっと通信不能になってしまいました。また次回にでも再び「トンデモ医学論」をテーマにお伺いします。



    0 0
  • 03/15/13--14:59: 最後の大判振る舞い
  • 先に逝って奥が・・・

    眉につば付けてから聞こう
    いや、読むのだから、目にでもつけるか・・
    あ、ばあさんヤメロよ。キッタネー 和紙の目に何をするんじゃ!

     

    好景気らしいですね。

     

    ああ、そうらしいな・・
    たしか、何年か前にも空前の好景気だとかいう話があったな?

     

    ああ、あれね。なんとか景気とか呼んでいたみたい。

     

    あれも、わし関係ないような気がしたけどな・・・

     

    どこかで効いたんだけど、もう「景気が良くなることはない」と
    聞いたことがあるぞ・・・

     

    だって、いま好景気になりそうですよ。
    これってアベノミックスのせいかも知れませんね。

     

    アベノミックス? なんじゃい、それ?
    食い物かい?

     

    だめだこりゃ。好景気にはいつもありつけない奴じゃだね。
    とにかく、ジイサン聞き名。
    少しでもデフレから脱してインフレ気味にしないと景気が良くならないんだよ。
    雇用も産まれないし、生活も安定しないのね。

     

    ふ〜〜ん・・・・わしらの生活の面倒見てくれるために
    そのアベノミックスどんぶりでも食わせようというわけか・・・

     

    嗚呼、丼飯にしてしまった。
    ま、いいか。
    その美味しいごちそうを食べさしてやると言ってるのですよ!
    待ってなさいね、そのうちジイサンの所にも回ってくるからね。

     

    その前に腹空かして死んじまうかもしれん和紙・・
    しかも上の奴らがみんなあべのミックス丼の上の美味しい具を食べて
    残りは丼に残ったかけ汁が少し染みたご飯少々じゃないのかい?

     

    まあ、そんな食い意地はっていないで、上から順番に回ってきますよ!
    なにしろ、セーフが大判振る舞いしてくれるというんだから!

     

    そう金え〜〜〜
    ただ金食い虫に喰わして、和紙らには回ってこないんじゃ無いの鴨葱
    あれは和紙らの、なけなしの金使って大判振る舞いしてくれるというじゃ無いの金?

     

    だって、ジイサンの金なんて微々たるものでしょ?
    大企業さんが一所懸命稼いで出してくれるってさ。

     

    ばっかも〜〜〜ん。
    誰の金じゃと思ってんじゃ。そのチリほどの金を吸い上げて
    たらふく食っている奴らこそ、金食い虫じゃ無いのかね?
    損な金食い虫たちが喜ぶようなどんぶり飯など期待してオランダ!

     

     

    という事で、

    いつも国家をあげてやることに六な事は無いと思っている

    ひねくれジイサンのお話を聞いて参りました。

     

     

    え? 聞いてきたのでは無く・・・

    そのまんまオマエの話じゃ無いのかって?

     

    め、滅相も無い!

    わ、和紙は(あれ?)・・

    医学関係の話でしか、ひねくれ話はシナイんじゃ! (あらら・・)

     

    まあ、インフレ陰座の方が良い、だから好景気になって下々の者が癒されるとか

    なんとかイッチャッテ居るが・・

    中にはデフレケーキの方がまだ増田という御仁もいるらしい。
    後は結果を松の実じゃな。

    和紙にうまいどんぶり飯が回ってくるかどうか、その前におっちんじゃうか・・

    さあ、どっちになるか


    チ〜〜〜〜ン (開始の合図)

     

    チ〜〜〜〜ン (ごりんじゅうです)

    (やっぱ食えなかったじゃないか! あべのミックス丼・・裏飯屋〜〜)

     

     

    今回も前置きがながかったですね・・

    そりゃそうじゃ。タダの磔じゃ貼り付けになってしまうじゃろうが。

    もっとも、引用の引用ジャガ芋

     

     

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    ■とうに理論破綻しているデフレ恐怖論

     デフレ恐怖論を一生懸命に説いている学者、識者たちは、「デフレになると、消費者はモノの価格がもっと安くなると思うから買わなくなる。だからどんどん価格は下がりつづけるし、買われるモノの量はどんどん少なくなる」というような論を展開していますが、これは嘘っぱちです。
     彼らはまるで世の中にたった1人しか消費者が存在していないかのように考えてしまっているからそうなるのです。しかし現実には、消費者は百人百様でさまざまな個性をもち、さまざまな予算をもった個々バラバラな人たちなのです。
    ;=================================================================== CliPla ====
    ■「とにかくデフレ脱却せよ」と洗脳される国民

     先の衆議院選挙においては、ほとんどの政党が「デフレ脱却」「デフレ退治」を政策論争に掲げていました。デフレ恐怖論を説く学者、識者を総動員する大メディアもその後押しをしているように見えます。残念ながら、一般市民の人たちもそうした主張に?洗脳?されている感が強いのです。
     インフレで得をするグループとはいつでも、いくらでも、何度でもお力ネを借りることのできる特権的な連中です。たとえば、国であり、一流企業であり、金融機関であり、大金持ちでありといった社会的影響力の大きい人たちなのです。彼らが自分たちに有利な世の中をつくるために「デフレ脱却」「デフレ退治」を懸命に宣伝、喧伝するわけです。
     それをあたかも庶民も同じようにインフレで得をし、デフレで損をするかのようにすり替えて語っている。当然ながら彼らは、インフレで自分たちだけが得な世の中になるから、みんな一緒にやりましょうと言ってもだれもついてこないから、「デフレ脱却」「デフレ退治」はあなたがた貧乏な庶民の方々にとって素晴らしいことなのですよと宣伝するのです。
    ;=================================================================== CliPla ====
     ■都合の悪いデータはひた隠されている

     問題なのは、デフレ恐怖論を説く学者、識者たちが、デフレとはまったく何の関係もないこと、あるいは円高とは何の関係もないことを、強引にデフレのせいだ、円高のせいだと強調していることです。一番極端な例が、「日本はデフレで円高だから失業率が高くなった」という指摘なのですが、これはどう考えても嘘なのです。
     なぜなら、日本は世界中の主要な先進国でも一番失業率が低いのです。インフレの国のほうがむしろ失業率が高い。でも、メディアに登場する彼らは、日本はデフレだから失業率が高いとしたり顔で説いています。
     加えて、「デフレで円高だから、正規雇用が減り、非正規で非常に低賃金かつ長時間労働に就く人が増えている。とくに若い人たちが多く、彼らはこれから先ずっと働いていても賃金も上がらないし、職の安定も確保できない。この状態から抜け出すためには積極的なインフレ政策を採るしかない」と主張しています。
     これもまた大ウソです。外国の就労事情が実際にどうなっているのかをきちんと見ていないと、こうした嘘にすぐに騙されてしまう。
    ;=================================================================== CliPla ====
    ■創造性を必要としないインフレ期

     インフレ環境下のほうがさまざまな芸術が盛り上がっていたようなイメージを持つ人がいるでしょうが、それは錯覚です。
    インフレ期には同じモノを量産する、とくに借金にギアリングをかけて量産すればそれで儲かるので、あまり工夫する必要はないのです。工夫より資金調達力で勝負がついてしまうような味気ない世界です。
     つまりインフレ期とは、もうすでに名の通った人たちが巨大な収益を得るためには適した時期ですが、新しいモノを生み出す環境ではありません。インフレ期にはそれこそ小屋を借りるのだって、どんどん箱代が高くなるわけですから、無名のパフォーマーたちなどお呼びではないということになります。
    ;=================================================================== CliPla ====
    http://homepage2.nifty.com/motoyama/index.htm

     

     

    国を挙げてワッショイワッショイして良かった事もあるが

    戦争、原発、呼ぼう接種などもあるからね。

    広告野郎たちが言う事には

    じゅうぶん眉につば付けて聞こうじゃないかい

     

    ばっかも〜〜〜ん。和紙の眉に付けるな、きったねえぞばあさん。

     

    ん? 

    おじょうちゃんのはどうぞ〜〜♪ 

    いっぱいつけてね〜〜♪

     


    0 0

    さっぱり分からんが

    何が反対なのか

    何が賛成なのか

     

    街に出て聞いてみましょう

     

    え? 政治家でもよく分からないのに?

    聞いてどうするのよ。

     

    でも、アベノミックス丼食うにはこれは・・

    アベちゃん(失礼)も言ってるじゃない・・・

    今が最後のチャンスだとね。

    じゃあ、なんでTPP反対で騒いでいるのかなあ?

     

    わし、知らんわ。

     

    みんながよく知らんと言っているのね。

     

    じゃあ、なんで急ぐの

     

    だからチャンスだって!

     

    なんのチャンス?

     

     

    ううううう・・・

    それも知らんわ。

     

    でも、アベちゃんも言ってるよ。
    前は猛反対していたってね

     

    じゃあ、なぜ今大賛成の方に回ったの?

     

    それも知らんわ。

     

    まあ、全国のほとんどのじいさん、ばあさん、ぼっちゃん、おじょうちゃん

    これはもう確実に「知らんわ。」でしょうね。

    じゃあ、

    その変のばかもん、じゃない、若もんは?

    おとっちゃんは? お姉さん、おかあチャンは

     

    まあ、きっと「知らんわ。」でしょうねえ。

     

    こうしていま自民党の中でもo(^-^)oワクワク

    じゃない

    o(;-_-メ;)o ワクワク

    して綱引きしているらしい。

    最後の晩餐をしているのかな自民党って?

     

    大判振る舞いしたり、そのなんとかTPPとかで    T(PP);; 顔

     

    でも、これって江戸末期の黒船みたいなものかな?

    イテテテ〜

    と刺激して本物を呼び覚ます

     

    毒をもって刺激するが、成功すれば日本は覚醒しちゃう。

    失敗すると、その毒でおっちんじまうかも知れない危険性も秘めている

     

    なんちゃって

    よう分からん・・・・

    だいいちこんな事に時間割いている場合じゃ無い駄郎我。

     


    0 0

    あんたね、根比べじゃないの。

    コンクラベ

     

    同じじゃ無いか?

     

    もういい。
    で最後の法王と言うのは

     

    まあ、人類ゲームがもうすぐ新しくなって行くからね

    そうなると、ひとりの人間を神のようにあやまる、じゃない
    あがめるという事は終わりになりそうという事ね。

     

    え、だって宗教ってのはそういうかたちで成り立っているのじゃないのか?

     

    そうそうそう。そうそうそうそうろう

     

    あ、入れたな禁句を。

     

    まあいいじゃ無いか、君はかなり早老気味だからね。
    人類ゲームの基盤として、誰か超優秀な人材を選んで
    この人こそ神の代理人とした。
    もしくは、神に選ばれた。とか神の現し身だとかね。
    それが救世主という思想にも繋がる


    あ、もう映画や小説でもどこでも出てきますね。
    「救世主」というキャラクターが


    そう、どこから見ても神のような存在
    それを人類はどこかで願望のようなものが無意識下にあったのだろう
    それが長い間支えてきた宗教の根幹となるもののひとつだね。

     

    じゃ、なぜそれが要らなくなるような事を?

     

    昨年変わったというだろう?
    全然意識出来ないがね。
    でもそれによると舞台が変わったというのだ。
    替わったのかな?

     

    舞台が替わった?

     

    そうそうそうそうそうろう
    舞台が替わるとその独りの人間が神で後は多田の人という
    ような思考ゲームも変わるのだろうね。

     

    すると救世主も・・・

     

    そうそうそうそうそうろう
    どこかに独りの神のような存在が現れるという話は
    もうボツね。
    だって神は自分の外にある
    という思考ゲームから
    神は自分の内に在る
    というゲームに変わったというらしいぞ。

     

    そのそうそうは止めて欲しいね。
    で、どうしてそれが分かるの?
    ひょっとして、貴方が啓示を受けたの?

     

    そうそうそうそうそうろうジャナイ
    股聞きだよ。

     

    なんだ。また聞きじゃね。

     

    だって、今までもみんなほとんどどれもこれも

    又聞きだろうが?自分で調べたとかほとんど無いから
    人の話だったでしょ。
    その宗教上の話でもね
    ただ僕の違いは

     

    股聞き?

     

    そうそうそうそうそうろう!
    素直に人の話を聞かないように、

    わざと、頭を下げて後ろ向きになって股の間から
    覗いて見たり聞いたりするのね。
    すると、世間とは反対に取ったりできるしね。

     

    なんだ! タダの天の邪鬼思考じゃないか!

     

    そうそうそうそうそうろうジャナイ
    天地をひっくり返してみるとよく分かるんだよ。
    いまのシナリオでは逆様ゲームのようなものだったからね。

     

    逆様ゲーム?

     

    そうそうそうそうそうろう
    人間はそのさかさまが本当の方だと錯覚するように
    自分で魔法をかけてしまったんだからね。
    だから逆様の景色を逆様に見ると正当に見える

     

    ほんとかいな?
    まあ、コンクラベも知らないで。

     

    いや、あれはやっぱり根比べだよ。
    あんな我慢大会のようなものは。

    でも最後になるという意味は

    滅亡とか壊滅とかいうような不吉なことではなくて

    みんなが飽き飽きしたという事だろうね。
    こんなゲームには。

     

    でもまだまだ熱狂しているようだよ。

     

    ああ、いいんじゃないの・・・・

     

    ↑ ↑  これって何の益も無いような話だったね・・

     

    お口汚しに(オイオイ)

     

    宗教とはいったい何だろう?

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    1、宗教

    ?第1節
    ?第2説
    質問コーナー

     

     

     


    0 0
  • 03/16/13--15:24: ワクチン効果はある
  • 以前書いていた「ワクチンの呼ぼう効果」

    え?また漢字変換が間違っている?

    まあ、いいじゃないですか。 ここはセルフサービスが売り物ですから。

     

    でわ。本当のワクチン高価とは・・・・

    あまり感じにこだわらないでね。第一ワクチンは儲かるのだから
    これで良いのですよ。

     

     

    前からのボロ愚読者は知っているでしょうが、これは僕の憶測です。
    すべて想像ですからね。あ、創造か。

    ーーーーーーーーーーー

     2010年4月22日 07:24:41:

    A病気にかからない身体にする

    B病気にもかかれない身体にする

    この違いが判れば予防接種の意味も判ったことになります。

    本来病気とは体内の汚染を少なくするために起こる自然浄化作用で
    す。

    汚染とは本来あってはならないもの。つまり、汚物、毒素、異物等
    というものです。

    免疫力とは体外からそういうものが入らない様に監視するとともに、
    入ってきた汚物、毒素、異物等を排泄する力のことです。

    ゆえに病気にかからない身体と言うのは、そういう汚染毒素などが
    少ない身体という意味です。体内にある汚染物の質や量によって起
    こる浄化作用なのですから、その異物毒素が無くなれば、少なくな
    れば当然その浄化作用も起こる必要がないわけです。

    浄化作用を病気を呼んだわけですから、病気にかからない身体とい
    うのは体内汚染度が低いという意味です。病気にかかる必要がない
    から「かからない」のです。

    「病気にもかかれない身体にする」というのは似ているようでまっ
    たく正反対の状態なのです。

    たしかに今病気にかかっていないとしても、それは「かかれない身
    体」となっているのです。それはなぜか?というと。

    本来浄化作用とは自身の生命力(自然良能力)が体内毒素を排泄さ
    せるために起こしているわけですから、その生命力の強弱によって
    浄化力、つまり病気の発生力が左右されてしまうわけです。

    病気とは体内汚物毒素の排泄作用、排毒作用ですから、これを弱め
    て排毒を止める、毒素を固める、抑圧する、内向させる・・・事で
    病気が起こらなくなるわけです。

    しかし、それは見かけ上だけで一時的な健康状態にしか過ぎません。
    その体質は毒素、異物などが体内に溜まったまま動かない(固まっ
    た)状態なのです。

    しかし、それを排泄する力がわくほどにはならない。つまり生命力
    (浄化力)が少ない状態というわけです。

    本来の健康とは逆の体質になっているわけですが、毒素の排泄する
    力がまだわいてこない状態というわけです。

    そのままその人の人生で固まりきっているとしたら良いのでしょう
    が、いつかまた生命力が浄化作用を引き起こすのが普通です。

    もしくは次世代に引き継がれて子孫の誰かがそれを引き受けること
    になります。

    自分は真っ新なゼロ状態の身体をもらって産まれてきたかどうか?

    自分の子孫に真っ新な状態で引き継ぎが行われるかどうか?

    親と子の関係は身体を異にした連続線上にあるようなものです。

    幼い子供が病気にかかった場合、産まれてから思い当たる事と、そ
    うでない事があると思います。

    この幼い子供が精神的原因だけで病気になるのか?などと考えるこ
    とも多いでしょうが、自分と親、自分と子の関係を考えてみると、
    ずっと繋がった生態系の様にあるのでしょう。

    病気にかからない身体とは体内汚染が少ない状態。

    病気にかかれない身体というのは体内汚染が高いのだけど、その排
    泄力が弱体化している状態。

    この違いを判ると「予防接種の作り出す免疫」と「自然の作り出す
    免疫」が「似て非なるもの」である事が判るでしょう。

    要するに予防接種とは体内にとって異物である毒素を入れて、生命
    力を弱体化させてしまう偽免疫状態を作り出すことなのです。

    体内に異物毒素はあるのだけど、それを押し込めることで一時的な
    安定状態を作り出すことです。

    しかし、毒素は以前としてあり、予防接種に含まれている毒素まで
    追加されて体内汚染度はかえって上がっている状態です。

    一時的な抑えつけですから、本来は「病気にかかるべき状態」であ
    るものを「病気にもかかれない程【病的な身体】にしてしまう」わ
    けです。

    これで自然の免疫と反自然の免疫の違いがまったく正反対であるこ
    とが判るでしょう。

    自然の免疫は体内汚染の現象によってつくられるのです。

    したがって「かかるべき時はかかってしまうこと」が本当の免疫を
    得られるわけです。

    その事の例として麻疹などに見られる「自然感染者は生涯の免疫を
    得る」のに反して「人工的免疫(予防接種)」は大人になってから
    かかる人が多い・・のです。

    出すべき遺伝的毒素の排泄作用としての麻疹などは、一度排泄され
    ると二度とかからない種類のものですから、子供ころかかった方が
    軽く済む様に自然にそうなっています。

    しかし、それを予防接種等で偽免疫で抑圧させると大人になってか
    ら浄化させられるのです。しかもずっと重度の症状になってです。

    たった一巻のお経も拡げると何百巻

    個々の感染症についての予防接種との関連を突き詰めると、たった
    一巻にまとまります。

    自然の浄化作用の一形態としての感染症は自然にそった対応で生涯
    免疫ができる。かかるべき時にかかる事が健康になれることなのだ。

    予防接種というものは偽の免疫力を一時的に作り出すだけのこと。

    しかも、異物毒素を入れることでもっと身体の状態を悪質化させて、
    次の病気を作り出す。

    これだけ判っていれば、今後どの様な感染症が現れて、その予防接
    種や治療薬が現れても原理原則からはずれていたら直ぐ判断できま
    す。

    これは民間療法でも同様です。

    ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー

     


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