Are you the publisher? Claim or contact us about this channel


Embed this content in your HTML

Search

Report adult content:

click to rate:

Account: (login)

More Channels


Showcase


Channel Catalog


Channel Description:

「医学革命」とは薬からの解放への「個人の気づき」の事である。雑多な情報も「取捨選択」&「鵜呑み厳禁」はセルフサービスにて

older | 1 | .... | 5 | 6 | (Page 7) | 8 | 9 | .... | 71 | newer

    0 0

    昔かいておいた

    阿修羅掲示板にコメント投稿したものだが

    一切修正せずに転載。

     

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    悪乗りして「ウイルスの存在する理由(わけ)」

    以下は個人的な妄想論ですので、ご理解を。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    細胞に目印をつけてから始めよう

      ド素人が考えたウイルス有用論 (妄想論と言う人もいるが)

    身体の中の細胞すべてにウイルスが浸食しているわけではありません。

    まず特定の細胞に侵入して、そこで増殖してから、さらに新たな細胞に侵入するという意味は、先ず特定した細胞の中身が問題です。

    普通の状態の細胞にはウイルスは侵入しない、侵入できないのです。
    特定の細胞だけに侵入してその細胞の情報を読み取り、同じ性質の細胞をめがけて侵入して拡散して行くわけです。

    では特定した細胞とは何かというと、毒素の集まった細胞です。
    ウイルスの目的は体内清掃夫のお手伝い役の様なものですから、毒素の排除に関わる体内免疫系のお手伝いをするわけです。

    要らない細胞、あってはならない毒素のある細胞は体外へ排泄されなければ邪魔になります。
    その様な毒素の集まった細胞は血液の滞りや循環を妨げて各機能を低下させています。ある程度集まった毒素が局部に集中して細胞毒が、例えば心臓や肝臓などの臓器の活動を邪魔をします。

    毒素は臓器の周囲には集まりやすいので、その周囲の細胞は毒素が多いということになります。
    それを生命力の行う浄化作用(免疫力)が毒素排除の活動を起こすわけです。
    発熱は毒素を溶かして液状にして体外に運び出します。
    出口はいろいろな形がありますが膿状や血液に混じったり、薄いのは水状として排毒されます。


    ウイルスの手助けはまず対象となる細胞の性質を読み込んで目印をつけて、特定の細胞のみに侵入するわけです。
    そして、細胞を内部から破壊するという手助けをしてやる。
    破壊された毒素細胞が膿状となって移動しやすくなるわけです。

    またウイルスが高熱に弱いという事は、「役目がおわったから退場する」という意味でしょう。

    本来人間の持つ浄化装置は固まった濃縮毒素を溶かす事が第一歩です。
    その為に局所に高熱を発するわけです。

    一時的に局所細胞(毒素の集まっている箇所)に熱を集中させることで高熱となります、その際、周辺からの熱を集めることで減熱となります。
    それが一時的に寒気(悪寒)がして、その後高熱が発生するという様な経験をすることがありますが、寒気は全体的に、高熱は局所となるわけです。

    固結毒素の溶解が始まるとウイルスが内側から細胞破壊した毒素が溶かされる段階に入り、役目も終わりという事で退場するのです。

    ウイルスが火付け役となって、火が燃えさかればもう必要ない事になります。
    だからウイルスが盛んに活動しているのに、なぜそのまま繁殖拡大を続けないのかという疑問は、単なる高熱で消えるという意味だけではなく、「役割が終わったから」と見た方が主点でしょう。

    ウイルスは体内から発生できる。
    外からのみと見るのは間違いです。じつはずっとウイルスは体内にあるという見方をしていた医師もいたそうです。

    しかし、実際はずっといると云うよりも潜在しているという方が正しいのでしょう。
    物質科学ではエネルギーという物質的に発見されない次元の事は「無い」とされているので、それを証明できないのですが。

    波動とか振動の世界がエネルギーという非顕在系の次元です。
    すべては振動と波動であり、それは見える世界で起こるような波動共鳴現象が当然起こっているのだということです。

    そしてそこは大調和の原則が働いている。
    右に偏れば左に戻す。左に偏れば右に戻す・・というような振り子が大きく振れると基へ戻す力が働く原理の様に、人体内の世界も常に調和するというバランスが支配しているのです。


    偏ってしまった原因は体内に溜まった毒素であるならば、自然のバランスはその毒素を排泄して元に戻そうとする為に働きます。

    その毒素を集めた細胞を破壊するウイルスだとすれば、それは身体の調整作用と協調している、一種の共同作業でしょう。


    ウイルスが必要なら出現して役目が終われば自然消滅するという事です。
    だから、永遠に増殖することはないのであり、感染というよりも情報伝達の共鳴現象、因があれば伝播するというような誘因というものでしょう。

    またそれでなくても自身の内から発生できるわけですから、調和維持として身体との共鳴現象だと思います。

    これを鏡の法則とも言われています。
    つまり自分の廻りに現れる人も現象もすべて内側にあるものの対象であると。


    ウイルスはあくまで主役ではない、主役は自身の浄化力、調和活動なのですから、特定の細胞に合わせて活動するウイルスは、おそらく主人の要請があるからこそ、細胞に侵入できるのでしょう。

    言ってみれば人体細胞の方から「お出でなさい」と鍵を開けて待っているような。
    鍵をむりやり開けて侵入するのではなく、細胞の方から鍵をあけわたしているからこそ入り込めるのでしょう。

    それは大目的に合致した共同行為、自然界に仕組まれたコラボレーションでしょう。

    黴菌(病原菌と言われるもの)は直接的に細胞毒を分解する食毒作用。
    白血球に含まれる毒性分を食べて増殖する。食菌作用ではない所がミソ。

    ウイルスは自身では食毒出来ない、毒素を含んだ細胞破壊の役割。

    どちらにしても身体の浄化作用の為に出現して活動するアリガタイお手伝いなのだ。

    こうしてみると現代医学とはまったく逆の視点で同じものを見ているわけです。

    その視点が違うと見える姿まで異なってしまう、活動までまったく正反対に見えてしまうものです。

    免疫力の意味もそうです。
    体内に異物毒素が多いと病気に罹りやすい、病気は浄化作用だからです。
    それを免疫力が弱まっているから病気になると思うのが医学の視点。

    浄化作用を起こす力がわいたから病気になれるというのが逆転の医学の視点。

    問題は免疫力を上げて病気にかからないようにする。という意味の微妙な違いです。

    体内に異物毒素を入れない、あったら排泄させる事が本当の免疫力を上げる事。
    それが病気にかかる必要がないからです。

    しかし、
    体内に異物毒素を入れて、既にあったものまで排泄させない事を免疫力と言っているのが医学の視点。

    これでは最終的には人類という種の滅亡へ向かうことです。
    それは動物でよく見られる現象です。
    人間はさすがに他の動物に較べて丈夫に出来ています。そこまで行くに時間がかかるのですが、いつかその臨界点を越えたときから下り坂を降りている事に気づくのでしょう。

    予防接種が偽に免疫力をつくるという意味は、最終的には人類という種の終焉をめざしているということです。

    人間から病気という解放装置を取り上げてしまったら、体内の毒素は溜まる一方です。
    地球環境が悪化して人類が滅びるか、人類の体内環境が悪化して自ら滅びるか、まさか競争しているわけではないでしょうが・・・・・
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    0 0

    決定版 プロも知らない「クスリの正体と真の免疫学講座」 テキスト&音声転載
    http://www.asyura2.com/09/iryo03/msg/297.html



    なるほど、自信たっぷり出ないなあ〜〜

    プロが知らないって?
    それはプロじゃ無いんじゃ無いか?

    という素朴なツッコミは底に置いといて・・・・

    とにかく、奇想天外な論を読んでみてからコメントしましょう。


    0 0

    自分で書いたのを読むと

    あまりにもバカバカしいと思う今日この頃でございます。

     

     

    しかし、引用や、転載記事は

    じつに立派なものがおおいなあと改めて感心する今日この頃でございます。

     

    モンサント破れたり!!

    小次郎破れたり!

    既に実践の前に予告してその通りになったが
    こちらも既に予告しておいたはずじゃ。

    モンサント破れたり!

    そら当たり前だのクラッカーだ。
    先日某スーパー腹新にて、ついに夢にまでみた、その「前田のミニ・クラッカー」なるものを発見した。

    早速、嬉々として買い求め
    食ってみた。

    あまりおいしくなかったぞ・・・
    添加物おおいんじゃない?

    それはともかく

    モンサントが世界に仕掛けようとしていたインポが
    ついに西欧からまずはスカンを喰らったらしいぞ。

    ニッポンは?
    もちろん、ニッポン!アチャチャ〜だからね。
    最後になるだろうが・・・

    世界で一番お人好しのお国柄ですからね。
    お人好し=ばか

    詐欺師のいちばん上得意様
    (⌒^⌒)bうふっ   ヒッカリヤスイアルネ


    でわ。


    おっと〜〜〜
    閑人の記事を貼り忘れるところだった

    モンサント社の株価が急落! 
    http://www.asyura2.com/13/hasan80/msg/320.html



    世界一農薬や化学肥料が使われていると噂されているニッポン!アチャチャ〜
    奇跡のりんごの木村さんが

    かまどけし

    と村八分にされたニッポン!アチャチャ〜だからね。
    命より金が大事

    儲からない、楽出来ない生産者と
    きれい、見かけが立派好きな消費者と
    コラボレーション

    かくして、ニッポンのこどもたちは
    すでに汚染証明つきの身体に。

    おとなは立派に滅んで行けば酔い。

    こどもはそのツケを持たされて・・・
    文句付けようと思ったら

    もう居ないアチラに逝ってしまったぞ。
    先祖の写真でも取り出して

    石でもぶっつけてやろうか!

    怒れよ!もっと。
    悶さんとお仲間の連中を!



    0 0

    思いだし笑い

    ってのはよくある。

    それは他人さまの事だとなんだか浮き浮きしちゃって。

     

    だが、自分さまのことだと

    汗たらりとだしながら・・・

    まあ、嗤って済まそう。

     

    ↓ ↓

    ウイルスの逆襲21996年の記事抗生物質が効かない。うん、それって細菌でしょ。題名ちがうんじゃない????ウイルスには抗生物質はもともと効かないんだよ!!えええええ〜〜〜〜〜!20年以上も経ってから気づいた?じゃあ、題名直せよ!それもなんだかめんどくさいし・・・めんどくさがり屋のこだわりとしましては・・・・お口直しにーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー           スーパーバグ(抗生物質が効かない菌)について米専門家がオバマに訴えています。 どうやら、抗生物質が効かないバクテリアが繁殖しているようです。その主な原因が、家畜に大量の抗生物質を与えたことらしいのです。特にアメリカでは家畜 に大量の抗生物質を与えていることは知っていましたが、その結果、牛肉や豚肉、さらに牛乳にまで。。クズリ漬けになっています。   このような食品は人体に悪 影響をもたらしています。人間も、病気の治療だからと言って抗生物質を使い過ぎると逆効果となり健康を害してしまいます。   動物に大量の抗生物質を与えるの ですから、抗生物質に耐性のある菌が発生するのも当たり前のことです。薬漬けの肉を食べたり牛乳を飲んでいたりすると人間の身体に影響が出ないわけがあり ません。   アメリカでは抗生物質が効かないバクテリアに感染したケースがありますが、今後、このような薬漬けの食品を食べ続けると人間の身体は益々弱くなっ てしまい、バクテリアに攻撃されて死んでしまいますね。どこの国も同じような状況でしょうが。。。このような記事を目にする度に店頭に並んだアメリカ産や カナダ産の牛肉や豚肉はどうも口にしたくないと感じてしまいます。
    http://www.thedailysheeple.com/hundreds-of-health-professionals-to-obama-act-on-superbugs-now_062013

    (概要)
    6月6日付け:
    家畜に大量の抗生物質を与え続けた結果、人々の健康にも大きな問題が生じています。

    800 人もの専門家が、オバマ大統領に対し、家畜に大量の抗生物質が使われている問題に関して早急に対応するようにと文書で要請しました。

     

    大量に抗生物質を与え られた家畜により抗生物質が効かないスーパーバグ(超強力な細菌)が発生しており、人々の健康に大きな脅威となっています。


    地域の病院でも抗生物質が効かないスーパーバグを治療するのが困難な状況です。抗生物質を大量に与えられた家畜の肉を食べることで、このようなスーパーバグが体内で増殖してしまいます。

     


    家 畜の成長を早めるために抗生物質が与えられます。家畜は、産業化した農業システムにより、非常に狭い場所に押し込められ、不健康な状態で育てられていま す。アメリカ国内では、医療に欠かせない抗生物質の70%が人間の病気の治療にではなく、家畜に使われているとされています。

     


    専門家グループは、昨年WHO事務局長が語った、抗生物質を使わない時代(現代医療の終焉)を考えるべきである、という言葉を引用しました。また今年初めに、米疾病管理センターも同様に、抗生物質が効かない非常に危険な死のバクテリアが繁殖していると警告を発しました。
    また英保健相も、抗生物質が効かない菌の繁殖は人類にとり大きな脅威となっていると懸念しています。


    専 門家グループは、この問題に対する米食品医薬品局の対応は不十分であり、現在のガイドラインを見直さない限り、医薬産業はこのまま家畜に大量の抗生物質を 与え続けることになると文書で訴えています。彼等は、オバマ大統領に文書で、食品医薬局は早急に、病気の治療以外の抗生物質の使用を禁止するように訴えて います。


    また、政府は酪農における抗生物質の販売流通量や、抗生物質使用パターン、耐性傾向、抗生物質を与えられた家畜のモニター結果など、さらに詳細に報告すべきであるとも訴えています。

    ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー

    だそうです。

     

    そのうち、じんるいはスーパーバグに食い尽くされてしまうんじゃあ〜〜(嗤い

    毒漬け人間は地球にとって大きな脅威となりつつある。

    ロイター通信はこう伝えている(か?

     


    0 0

    パスツールの遺言より、疫学思想を読み解く
    http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/626.html
    投稿者 寅蔵 日時 2010 年 5 月 24 日 10:21:29: 8X/teMCB5Xc.E

    口蹄疫騒動のまっただ中において、話しの腰を揉むような話しで申し訳ありませんが。

    細菌、ウイルスは真の病源なのか? たしかに感染はするだろうし、ウイルスも細菌も病体にて発見されるのだが。

    しかし、この医学の(獣医学も同様)病理観だけでみていると、「病気に罹ったなら治す」という感覚がほとんど無い様な気がします。

    「治る」とか「治す」とかいうのではなく、「治らない」「治せない」という方だけが中心になっているから今の様な防疫対策が行われるのでしょう。

    ただ「隔離」とかかかる対象物が居なくなれば罹患する事はないから「殺す」という方法しか無い様にされているのでしょうが、

    なにか巨大な世界的な医療産業の「刷り込み」が無いのか?
    治らない、治せない病気が(特に感染症はあっという間に拡大するから)あるから成立できる産業体とすれば・・・

    これは日本だけではない、世界中で行われている感染症対策はどこか根本が間違ってるとしか見えません。

    この家畜の防疫対策のやり方では、いずれは人間にも通用させる危ない思想である様な気がします。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下過去記事引用ーーーーーーー

    パスツールの遺言▼                               ひまあり異学 2002/03/13

    現代西洋医学の中興の祖とでも言うのだろうか、フランスのパスツールが今の
    医学に与え続けてきた影響は計り知れないだろう。そう、すべての病気は細菌
    (ウイルスも含めて)が源にあるという「病原微生物説」が現代医学を支配し
    ているからだ。彼はヒポクラテスの遺言を忘れてしまったのだろうか。

    そのためにその一派は「魔法の弾丸」を唱えて、ひたすら微生物である細菌の
    発見とそれを攻撃することに血道をあげてきたのである。
    その時から人類は細菌との戦争に入ったのである。

    そして時代を経て、その結果出現したのが超耐性菌スーパーバグの出現であった。
    ここで人類は細菌との戦争に打つ手を失い始めたのである。
    抗生物質が効かないのである。

    さらに恐ろしいことに、「魔法の弾丸」そのものからスーパーバグが出現する
    という事態が世界中で起こり始めているのだ。

    「院内感染」とは言い換えれば「病院内の薬から湧いてくる細菌感染」という
    ようなものである。医師達はまさか「薬から湧く」などとは思わないから違う
    言い方をしているだろうが、実状は病院内で抗生物質を使うところにその強力
    な耐候性物質細菌が出現しているのである。

    パスツールとその一派は当時の医学界において論争を勝ち抜いた。そしてその
    後の医学の思想を支配したのである。
    「病気を引き起こすのは見えない微生物なのだ」と。
    「微生物を発見せよ。そして皆殺しにせよ!」
    「我々の敵は微生物なのだ。敵を攻撃する兵器を発明せよ!そして徹底的に叩くのだ。
    この世界から病気を作り出す細菌を壊滅させるまで!」

    まるで今の世界のテロ撲滅運動を叫んでいるかのように。

     そして、その檄を受けた信奉者たちは血道をあげて細菌対策に取り組んで行
    った。そしてその成果が目に見えて上がっているかに見えたのだった。
    人類は細菌との戦争に勝利したかのように見えた。
    まずは天然痘撲滅宣言はまさに人類の科
    学が今後の細菌との戦争を勝利したかと思わせるものだった。(実際は種痘が
    天然痘を解決したという証拠は何もないのだが。その事実は「危ないぞ予防接
    種」に克明に書いてある)

    しかし、結果は(百歩譲って)天然痘撲滅以外に細菌との戦いに勝利をあげた
    ものは何もない。それどころか敗戦が確実となった証拠ならいくらである。も
    ちろん、大本営はそんな発表はしたくもないし、できるだけ隠そうとしている
    。院内感染はその予兆であるのだが、いずれは世界の巷にも超細菌スーパーバ
    グは出現することになるだろう。そのときにはもう「魔法の弾丸」は役に立た
    ないのである。人類がやっきになって開発した抗生物質に耐性を持つ細菌は直
    ぐに出現するからだ。
    今の医学では超スピードで進化する細菌に立ち向かう能力はないのだから。も
    し新しい抗生物質が出来ても、直ぐ細菌は進化するのだ。その薬剤に負けない
    もっと強力な細菌となって出現してしまうのだ。しかも進化は超スピードであ
    る。

    ブラックジョークではあるが、ひとつだけ細菌に勝てる方法があるのだが。そ
    れは一発で人間も殺ってしまうほど超強力な毒薬を用いることである。
    笑い事ではないが、死んでしまえば細菌など怖くもない。とりつく身体がない
    のだから。
    抗生物質の最後の切り札と言われたバンコマイシンはその毒性の強さゆえ、余
    程のことでなければ使われなかった強毒薬であった。超細菌はそれにさえも耐
    え得る力を得たのであるから、まさに恐るべしスーパーバグなのだ。

    もうこの後は敵(細菌)だけでなく、本体の味方(ヒト)もやっつけなくては
    ならなくなったのが現実なのである。テロを撲滅しようとして味方も撲滅して
    しまうという事態を招いてしまったのだ。きっと彼の世のパスツールもおちお
    ち眠りについていられないだろう。それにはわけがあるのだ。
    これほどパスツール神話はその後の世界に大きな影響を与えてしまっていた。
    そしてそれは大失敗だと分かったのだ。しかし、それでもいちど信じてしまっ
    た病原微生物論者の一派は止めることをできないでいる。
    あくまでも「奴ら(細菌、微生物)を叩け!皆殺しにせよ!」と突っ走ってい
    るのだ。
    ここらで宗祖パスツールの遺言(死に際の言葉)に耳を傾けてもよいのだろう
    が。

    当時のヨーロッパにおいて論争を繰り広げた反パスツール一派があったのだ。

    その代表的人物がフランス人生理学者、クロード・ベルナール教授であった。

    彼は、「病気は外部から侵入することによってではなく、私たち自身の内部に
    その原因がある」とした。すなわち外部環境主導でなく、内部環境主導だとい
    うのある。
    ヒトの体の内部環境のバランスがなにかの原因で崩れた結果が病気をなって現
    れるのであって、感染症以外の病気ばかりでなく、感染症と言われる病気に対
    しても
    私たち自身を正常な環境に導くことで解決できるものであるという論であろう

    しかも病気に対しては治療するというよりも、予防するということが最良であ
    るというのである。今の医学が対症療法と言われ、予防よりも治療に主眼をお
    いているのはパスツール一派の方が優性を占めた結果なのだろう。しかも治療
    はあくまでも「攻撃」性を主としたものである。薬とはもちろん毒物だから有
    害物が肉体臓器を攻撃し、手術は肉体を切り刻むという攻撃性をもち、放射線
    も正常な細胞をも巻き込んで攻撃することだし、遺伝子を変成させるという。


     つまり、医療が成り立つのは予防よりも治療の方が利益になるのである。き
    れいな空気や水。自然で質素な食事、自由な環境での生活など、いくら予防を
    指導しても利益にならないのである。病気になってこそ医師達は出番があると
    思っている。
    また患者も病気の予防には関心がない。病気になってから他人の手に身を任せ
    れば良いのだと思っている。それは病気の原因が外からのものだという考えか
    ら来るのだ。つまり、自分は何も悪くないのに突然外から病原がやって来ると
    いうのだ。

    しかし、ベルナールは反対の見方をしていた。そして今日に至っては結局それ
    が認められつつある事だ。この様な病気の見方を「地球論」と呼ぶそうだ。
    しかし当時の論争はパスツール一派の勝利に終わったのは確かのようだった。
    現代医学が未だに外部病原説が大勢をしめているのだから。


        パスツールの遺言

    当初は勿論だが、晩年のパスツールはそれに満足していたのだろうか?
    人は死に際に本当の事を知るという。パスツールの場合もその様だった。
    彼は死に際の床で次のような言葉を語ったと言う。
     
       「病原体はなんでもない。すなわち、地球がすべてである」

    地球=環境

    ここで「地球」と訳されているフランス語の単語は  teriain 。
    これは「環境」という意味にもとることが出来るそうだ。
    もしあなたの外部環境が健全であれば、そしてあなたの身体がよく耕された土
    壌の様に十分に栄養をとっていれば、あなたの病気は十分抵抗できる  とい
    うことなというのだ。ここで一つ付け加えると内部環境を狂わす有害物を摂取
    していない事が大切な条件になるのであろうが。
    (これは自分自身だけでなく、その親の代、そしてその祖先からの環境も含め
    てではあるが)
    このようにパスツール自身においては、死を迎えての床でその真実が分かった
    ようである。しかし、すでにパスツール神話は一人歩きを始めてしまっていた
    のだ。その後のコッホをはじめとして、病原菌は医学者により世界中で次々と
    発見され行った。そしてその細菌に対しての「魔法の弾丸」と呼ばれる抗生物
    質は人類の救世主の様に登場したのだった。一時は世界から病原菌を撲滅出来
    るものと錯覚するほどの戦果を挙げたのだった。(ーーと、見えただけであっ
    て事実は抗生物質の効果とは無関係にそれらの病気が自然に減少して行った事
    実は「危ないぞ予防接種」を参照)

    というのもつかの間、次々と登場したそれらの「魔法の弾丸」は効力を失い、
    さらに新しい抗生物質の開発。そして耐性菌の出現、また新しい抗生物質の開
    発・・・と続くのであった。
    そして今、世界中で抗生物質の効かない超耐性菌が次々と登場して来ている。

    抗生物質の開発は間に合わないのだ。というよりも、新しく出来る抗生物質に
    は新しい耐性菌が直ぐ出現するのだ。まるでその薬剤を待ち受けているかの様
    に実に素早く耐性菌は現れる。あたかも「薬から菌が湧く」ごとくである。

    世界の細菌学者のトップの告白では、「もう人類は細菌との戦争に勝てない事
    が分かった。これからは細菌との共生を考えないと人類は生き残れない」とい
    う証言が出始めているのだ。
    我々人類は今大変重要な岐路に立っているようだ。
    このまま細菌との戦いを続け味方まで巻き込んで自滅するか。
    それとも敵であった細菌を根本から見直し人類との共生を考えるか。
    事実、細菌にとっても宿主がいるから存在し、宿主と共存共栄する細菌の方が
    はるかに多いのだから。
    病原菌と呼ばれる細菌にしても普段はおとなしいのであって、「何かの理由」
    で突然繁殖して猛威をふるうと言われている。
    原因が外にあるか、内にあるかという見方でヒト側が対処する方法や認識が百
    八十度違ってくるのだ。
    病原外部説にしがみついてしまう人は病気は治療するものだという考え方で、
    自分の健康(生命)を他人である治療者(医師)に委ねてしまうことだろう。

    「自分は悪くない。原因はすべて他から来る」というのだから、解決も他に任
    せる。

    しかし、病原内部説を主とする人は予防に心を向けるだろう。
    故に自分の健康(生命)は自分で守る事に重点を置くことになる。治療といえ
    ども他人任せにしない。そして病気と言うものの真実が見えだして来るだろう
    。自分の身を他に委ねていた時に見えなかったものがゆっくりと見えだしてく
    る。
    そのとき見えない呪縛の様にまとわりついていたパスツールの亡霊から解き放
    たれるのだ。

    もともと病原細菌説には無理があったのだ。この世から細菌を一掃しようなど
    という馬鹿げた考え方が始まりから間違いであったのだから。
    この地球は細菌たち微生物で成り立っていたのだ。
    土の中や海水の中には微生物でいっぱいなのだ。世界中微生物なくして植物動
    物すべてのものが生存することなど不可能である。
    もちろん、人間の体でさえも例外ではない。人間にとっても細菌たち微生物な
    しでは存在などできないのだ。それを知らないで細菌を「バイ菌」と言って忌
    み嫌っていたのだから身の程知らずなのはヒトの方なのだ。

    自分自身は細菌なのだという事実。細菌が絡み合って細胞が生きている肉体な
    のだから細菌によってヒトは生かされている。
    「細菌をやっつける!」などと叫ぶのは「自分自身をやっつける!」と叫んで
    いるのと同じことであったのだ。
    この肉体を「無菌の存在でありたい」などという馬鹿げた願いは愚かを通り越
    している。非文明人の思想を科学的思考と錯覚している野蛮人の思いでしかな
    い。
    抗菌グッズ思想で汚染された頭にはそれが分からないのだ。
    菌が居ないのが清潔だと思いこんでいる。「あなたの身体のどこを覗いても細
    菌だらけなのだ」と聞いて驚くことはない。それが正常な身体なのだから。
    それでも、「すべての細菌を殺さないと気が済まない」のなら自らの命を絶つ
    のが最良であろう。

    そして細菌たちを有益菌と有害菌と分けていた愚かさにも気がつく時が来るだ
    ろう。すべては内に有り。良いことばかりが内にあるのでなく、悪いと思われ
    る事も内にあったのだ。細菌はそれに協力しただけのことである。細菌にその
    責任を押し付けていただけのことである。
    それぞれの細菌にはそれなりの存在理由があり役割があったのだ。ただ、医学
    、生物学など人間の方でそれを認識できないでいただけのことである。
    ゆえに「有用微生物」とか「有害微生物」とかで人間の都合で区別していたの
    であろうが、まさか自分の方に責任があるなどとは考えたくもなかったのだ。


    出発点が「細菌病原説」であったから以後の研究には見えない制限が出来てし
    まっていた。
    体内に常在する細菌が急に変身してヒトに悪さをするーーーという様に見方を
    位置づけられてしまったのだから本当の事が見えてこない。確かに普段は何も
    ない普通の細菌が急に変身して病原菌として働くーーーーかの様に見えるだけ
    なのだ。
    そこに「原因外部説」と「病原内部説」との反対の見方で違って見えるのだ。

    (近年大発生しているアトピー皮膚炎、杉花粉症なども見方を変えて見ると真
    相が見えてくるだろうが)

    さらに進んで最終的には、「病気は悪いもの」と「病気は良いもの」というと
    ころまで行き着くことだろう。
    それはこういうことなのだが。

     病気とは外部からの攻撃(原因)で起こりそれに負けてはならない。攻撃す
    るものの多くが微生物(でありウイルス)である。これがパスツール派の主張

     その正反対の論を言うとまったく逆のことになってしまうのだが。
    それはクロード・ベルナール派の内部環境説の様になるだろう。

    しかし、ベルナールさえも細菌の本性までは見つけられなかったのか、細菌味
    方説まで説いたかどうかは不明である。
    そこで一つの論を付け加えてみた。(この論はすでに今から半世紀以上も前に
    出されていた)


    病気とは内部に原因がある。しかもそれは人間にとって必要なのだ。内部の環
    境が崩れたのを修正する為の働きである。すると、病原とされる細菌というは
    どう解釈するのだろうか。
    まったく正反対の考え方になるのだ。
    細菌はその手助けをしているーーーーーとてもパスツール党には信じ難い話に
    なる。
    なぜ強い毒性を持つ抗生物質に耐性を持つ菌が出現するのだろうか?
    なぜ普段おとなしい常在菌たちが病原菌として働くのだろうか?
    なぜ病原菌と言われている強い菌を飲んでも発症しないのだろうか?(コレラ
    菌を飲んで実験した学者の例)
    病原菌は何を餌にして繁殖するのだろうか?それも繁殖する時としない時があ
    るのはなぜだろうか?
    そして菌が見つからないのに同じ症状の病気として発症するのはなぜだろうか

    繁殖する菌はどのようにして成長し死んで行くのだろうか?最後には死滅する
    のはなぜだろう?いつまでも永久に増え続けていくのではないのだから。

    これらの疑問に答え、驚くべきばい菌(微生物)有用説を唱えたのが岡田茂吉
    であった。
    それらの詳しい論は直接読んで貰いたいのだが、ここではパスツールが唱えた
    病原微生物説(ウイルスも含む病原外部説)はこの二十一世紀においては成り
    立たない論となった事と、すでにパスツール自身が死の床において「それが間
    違いだった」と告白していた事実を紹介したのである。

    この事を知って医学専門家達は一度原点に戻って見直しを始めるべきだろう。
    そしていつかは一般の患者になり得る我々は、一人歩きしてしまった病原細菌
    説に固執している医師達に身を任せても良いのだろうか考えて見る必要がある
    だろう。なぜなら、その病原微生物説に従った医療のの“攻撃性”に遭遇する
    のは「あなた自身」に他ならないからだ。

    「飲む打つ切る曝す」この意味するところ。自分自身を攻撃される事に気がつ
    かないのだろうか。現代医学は病原を外からの敵とみなすため、敵を攻撃する
    という指向性を持つ。しかしその敵の内には「我が身」も加えら得ているとは
    知らないのだろうか。


    きっとパスツールはいまでも彼の世では楽々と眠りにつくことが出来ないでいる
    だろう。かつて自分が主張した論がこの世界から破棄されるまで。
    彼は大自然の偉大なる働き、微生物による「大調和」を見逃したのだから。

    参考図書
    超」細菌の報復−抗生物質がつくりだすスーパーバグ
    一九九六年八月三〇日第一刷発行
    ジェフリー・キヤノン 著
    今西二郎 穂北久美子 訳
    発行所  三田出版会
    ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー  

     

      拍手はせず、拍手一覧を見る

     

    コメント   01. 2010年8月28日 22:09:08: ikGWUyzR12
    >しかし、この医学の(獣医学も同様)病理観だけでみていると、「病気に罹ったなら治す」という感覚がほとんど無い様な気がします。

    「病気に罹ったなら治す」って、そもそも、治すという傲慢な考え方が間違っている。
    医学は治すのではなく「治る」手助けをしているだけです。


    >「治る」とか「治す」とかいうのではなく、「治らない」「治せない」という方だけが中心になっているから今の様な防疫対策が行われるのでしょう。

    口蹄疫に関して言えば、成獣は「治る」が、幼獣はほとんどが「治らない」、過去も現在も、今のやり方が一番効率的である。
    畜産業は営利を目的とした事業であり、もっとも効率の良い方法で対策をとります。
    こんな単純な論理に「パスツール」など、無関係なものを持ち出して知ったかぶりする方が馬鹿げている。

    <input type="checkbox" name="delete_idx" value="1" />
    02. 2010年10月01日 22:35:21: TlxjyIpZtE
    そんな難しい事を「寅蔵」さんが解る訳がないでしょう。
    この「寅蔵」と言う人の投稿に目通してみれば解りますけど、どう見ても「小学生」以下の知能レベルでしょう。 <input type="checkbox" name="delete_idx" value="2" />
    03. 竹心 2010年10月31日 09:01:08: RUFTQXkNLCn1g : 6L6w5AQuWQ
    パスツール・コッホの理論が間違っていても、それを是正する人や新しい理論が発表できない世界が存在する事に怒りを覚えます。
    日本の医学会に理性は、いつか消えてないと思いますが、日本人としての東洋医学の理性は早く取り戻して欲しいものです。
    人間は生物です。自然界の中で共生して生きる方法を見出さないと人類は滅びます。共に生きる生き方がものの真髄を見出して新しい生き方に繋がるのではないでしょうか?薬ずけにしていては生物は生き延びれません。
    製薬会社の利権に動かされていては医師としての資格は失われましょう。
    医師は人間の生命を預る立場にありますが、そのプライドも気概も見失い検査によってのみ判断するロボットでしかありません。
    医師自身が人間に戻る必要があります。
    竹心

    0 0

    ひっさつ暖め返しだが

    音声ケロログより

     

     

    2010.03/11   医師の告白 副島BBSより 副島隆彦先生の掲示板より
    ちょっとまとめて読ませてみました。

    現役の医師の告白記事を中心に、現代医療の実体を知ることができるかと思います

    医師の告白 副島BBSより     特におどろく話でもありませんが   なんと!  ニッポン!アチャチャ〜国では これを知らない人が多いらしい。          

    0 0

    よくまとめてありますね。

    ボクが書くと支離滅裂の文章になるけど(ザンネン)

     

    予防接種 ワクチンの恐怖!1 ワクチン接種は狂気沙汰 予防接種 ワクチンの恐怖!2 子宮がんワクチンも危険が 世界規模のバイオテロ

    三番目の子宮頸がんワクチンですが

    日本の厚労省薬剤技官たちはほんと知らないんですね。

    知っていたら、大鷺師ですから。

    まあ、しらないふりしてこ・・・なんて。

     

     

    大嘘を、さも真実であるかのように吹き込む  (おまえはヒョットコか?)

    大嘘の火をたきつける役目とはいえ、それに踊らされる大衆とのコラボレーション企画かい。

     

    岡田茂吉の医学論によれば、既に80年前に警告されていたが・・
    宗教にしちゃったからダメなんだなあ、きっと。

    現代医学も宗教信仰なんだけど・・・

    科学だと思い込んでいる。

     

    ワクチン信仰が消えるような世界が待ち遠しい。

    なんたって迷信なのだから。

     

    感染症は人体内の汚染毒素を排除するための自然の浄化作用である。

    浄化作用の手助けをする微生物たちを病源呼ばわりしてドースル!

     

    病源はもともとオマエタチの中にあるんだよ! 

    と、ウイルスや細菌達は口を酸っぱくして叫ぶんだけど

    肝心の人間共は

     

    おらあ、わるくないだ。

    わるいのはおまえらだ。

    と、o(;-_-メ;)o ワクワク珍病気にかかっているから

    もう始末に悪い。

     

    もう一度、ワクチンの正体を知り、

    感染症とは、伝染病とは何か?を知り

     

    いつかは気づかなければならない時が来る

    予防接種神話の崩壊は自然現象だから。

     

    まさか、自分の子どもが!

    と真っ青になったときは遅いんだO;

     


    0 0

    はしか(たしか)、みっかばなしかをふうひょう(風疹)というらしい。

    なんだか意味不明だが

    これはボクの頭脳同様、意味不明なのだな。

    ただし、現代医学においては

     

    しかし、これを岡田茂吉の医学論文集より解くと

    ようするに、浄化作用である。

    それは産まれてからの新しい毒素というよりも、

    産まれる前の、つまり親からのもらいもの毒素だというのだから
    あまり有難くないものであろう。

     

    まあ、本人はまだ幼稚だからいいとして、ご幼少の頃に出しておけばあまり問題が無いが、それをいやいやいやいやいやいやして、予防接種駄々のこねて延期してしまいがちだ。

     

    これが大人になってからの毒出しになる。

    が・・・

    けっこうこれがキツイことになる。

     

    やはり借金は早めに返しておいた方が後々まで楽なのだ。

    親からの遺伝的毒素はこのような幼少時にかかるという感染症(本当は単純に感染ではなく、誘因というべきものだろう)は、だいたい人間という生き物が、体内毒素を掃除しておいてできるだけ元気で長生き出来るように、さらに次世代に残さないように自分の代で解消しておくべきものである。

     

    しかるに、それをジンルイが鼻高々帽子で医学なるものを発明したが為に

    これらを忌み嫌い、かかるのはいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやして

     

    シマッタ。

     

    そう、最終的にはシマッタとなるのであるが・・・

    感染症とは究極的には自然界の微生物群の協力を得て、人体内の掃除を行うことであるから、その掃除を嫌うとオマエ(あ、ボクか!)の部屋の様になるという、至極とうぜん、当たり前だのクラッカー現象でしかないのであ〜〜る。(エバルナ)

     

    まあ、お笑い頭脳名跡としてのボクの岡田茂吉の医学論文集解説だったが

     

    分かったであろうか?

     

    なぬ、ぜんぜん!
    わからん!?

     

    じゃあ、以下読んでみて・・

     

     

    押し付け的予防接種等は帝国主義的強制ではないか。 - nigoron 2002/3/24 00:24:07 (9)

    Re:麻疹にかかることが悪事かのような医学者の狭量的見解が原因か - nigoron 2002/3/24 00:49:22 (8)

    Re接種禍・:山のような証拠があってもまだやりたがる理由は - niroron 2002/3/24 01:13:46 (7)

    Re: Re接種禍・ワレワレはダマサレていた。“帝国は感染症に勝利!”の大本営発表 - nigoron 2002/3/24 12:04:57

    (6) Re: Re接種禍これからは貴方に責任をとってもらいますよ。 - nigoron 2002/3/24 12:20:47 (5)

    Re:接種禍。いつか思い出す沈黙の春を くりかえすのか? - nigoron 2002/3/24 12:59:36 (4)

    Re: 麻疹の根本原理?異端の説より - nirgoron 2002/3/24 13:36:27 (3) 質問 - ・ 2002/4/10 01:33:49 (2)

    Re: 質問の解答になるかどうか? - nigoron 2002/5/05 11:11:35

    (1) Re: 妊娠の予定、接種の予定、発病の予定 - nigoronn 2002/5/05 11:28:48 (0)

     

    なお、英語に堪能なボクとしてはこれをキミはどう解釈するか問う。

    (胆嚢じゃないの?)

     

    http://genesgreenbook.com/resources/obamsawin/ImmunizationGraphs-RO2009.pdf

     

    http://childhealthsafety.files.wordpress.com/2009/02/vaccines-did-not-save-us-e28093-2-centuries-of-official-statistics.pdf


     


    0 0

    敵は7000マイル先ではなかった!

    敵は役員室に居る。

    説明など不要。

    だまって彼らの声を聞こう

     

     

    最悪な間違いだった...(目覚めはじめたアメリカ兵)

     

    なぜこんなことが?

    簡単です。

    嘘とねつ造満載の世の中を共同創造した私にある。

    ただ、だまされる役の方がずっと多く、だます役はほんのチョッピリだけ。

     

    そして、だまされる役がだます役につくという段取りだ。

    ようするに、気づいていないから、いつでもどこでも役割を演じられる。

     

    医学も同様、役人や医者は気づいていない方がずっと多い。

    ゆえに、いつでもどこでもだます役に「一生懸命」はまる。
    時には「善意」をもって・・・

     

    戦争も現代医学も守るために、犠牲者を大量に出している。

    戦争は国を護るために?

    医学は生命と健康を護るために?

     

    結果はどうだ?

    本当に必要なときは、ほんの少ししか無いのだ。

     

     

    大衆がそれに気づかないうちは

    ジョン・レノンの告白が理解出来ないだろう。

     

    ジョン・レノンのインタビュー―世界は狂人によって支配されている

     

     

     

     


    0 0

    いま医療界は

    精神医療のインチキさ100パーセント

    とか

    ワクチン(予防接種)神話の胡散臭さ99パーセン

    とか

    癌医療の出たらめ度 98パーセント

    とかありますが

     

    最後の98パーセントのガン医療ですが

    (ちなみにこのパーセントの数字には意味がありません、要するにボクの信用度
    をいれたものです    ←  なあ〜〜〜だバカバカしい  )

     

    真実を知るにはふたつの方法があります。

    ひとつは、情報を集めてそれを選択して決める (自分で)
    ひとつは、まずは現状では多くの人がやっている方向に乗ってみる
       いわゆる、多くのひとがやっているから自分もやる式

    ほとんどの人は後者の式で選ぶのでしょうが、これとても充分役に立つわけです。

    実際に身を以て体験するのですから、ハッキリと分かるのですね。

    ただし、時には肉体と引き替えなんって事もありますが・・

    それはまた今度生まれてくるときに貴重な財産として身に染みていることかと・・

     

    人生、無駄なし。体験こそ一番身につくのですから、なんでもかんでも情報だけで選べるようになったら、もうこの世に居なくてもいいんじゃない?

    面白くも何ともないじゃないか!!

    というわけで、体験こそ強み。

     

    癌になったら標準治療となっているガン三大治療に行くのも確信を得るためには必要不可欠なひとも居るわけです。

    その体験を通してこそ、頑固な考え方も「ちょっとおかしかったなあ・・・」と気づきを得られるのでしょうね。

    ボクはヤワなヤツですから、情報だけで遠慮します。

    そんな痛い目してまで納得したくないですから。(弱い犬は遠くから吠えています・・キャンキャン)

     

    Facebookは情報が多いのですね。
    それも反骨精神の塊が多い。

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    内海 聡 ニューヨークタイムズのベストセラーになった『ノックアウト、ガンを治しているお医者さんとの対話』(Knockout: Interviewswith doctors who are curingcancer)の著者、スーザン・ソマーズが今、ガン産業全体を震撼させている。知識に基づき希望を伝える彼女の力強い、感動的なメッセージが、何百万人という読者の心に響いている。そして、読者は、従来のガン産業の領域(化学療法、外科手術、放射線)の外側に、本当に効果的で安全なガンの治療法が沢山あ ることを学びつつある。

    「2010年には、ガンは世界最大の死因(殺人者)になります。皆が今のやり方のガン治療にはまり込んでいくのが心配です。ガン業界にとっては巨額な利益になることです。すでに今でも年間二千億ドルの規模になっています。このままでは患者の家族は破産します。死ぬためにお金をかけるだけです。お金をかけても、どうせ、ガリガリに痩せて、死ぬことには違いないのですから。だったら、私の本に書いてある方法を検討してみてください。ヒューストンのブルジ ンスキー博士(Dr. Burzynski)のことを調べてみてください。ニューヨークのゴンザレス博士(Dr.Gonzalez)や、ネバダのフォーサイス博士(Dr.Forsythe)のことを調べてみてください。どのお医者さんも、苛酷な化学薬品を押し付けることもないし、身体を痛めつけることもしません。別の方法を採用してます」

    マンモグラフィーは、害の方が多い

    「マンモグラフィーのことは『ノックアウト』に書いています。あまりにも衝撃的な事実なので、本には書きましたが、テレビでその話題を持ち出す気にはなりませんでした。 マンモグラフィーについて否定的なことを言うのは、医療界の黄金の規範に反逆することになるからです。
    だからこの報道を昨日見たときにはワクワクしました。誰も(マンモグラフィーが起こしている害悪について)本当の事実を話していません。パンドラの箱を開けたくないのです。
    けなげにも マンモグラフィーを受けた沢山の女性が、マンモグラフィーでガンになったなんてことを・・・」

    スーザンの本は、例によって、伝統的なガン業界とその強烈な仲間たち(主流メディア内部の若干の組織を含む)の激怒を買った。スーザンのメッセージが、伝統的なガン治療と化学療法の推進者から意地悪い攻撃を受けているのは、そのためだ。彼らは、『ノックアウト』に書かれた情報が、自分たちの(商売を続けるための)権威基盤を崩す脅威だと見ている。
    「私のメッセージは、巨大企業の利益を邪魔することになる」とスーザンは言っている。
    「でも、巨大企業が やっていることが私たちにとって良いことになるまでは、健康と人類の向上のために、私たちは声を大にして糾弾しなければなりません」(natural.news)

    0 0
  • 07/06/13--18:06: 最近のワクチン情報
  • 前振りがどんくさい?

    まあ、華麗臭が混じっているかも。

     

    それはともかく、Facebookから早速転載。

    要するにすでにクスリ産業は廃退間近ということ。
    新開発はもう無理なのね。
    だって
    クスリってのは毒だから

    あらたに毒を強めて効果を出そうとすれば当然のこと

    有毒性が強まる=害作用(副作用と都合の良い言葉があるが本作用のこと)

    ほんとは毒の本作用(主作用)こそ毒性の物質によって体に影響を与えるのが薬と言うもの。

    なかには運良く、刺激によって体調回復したりするが結局は元の木阿弥になるのは

    麻薬と一緒。

    その毒の作用のうちの一つを主作用にして(あの複数の作用を副作用としただけのことだが)
    薬の効果としたのはよいが、それは自然界の「原因と結果の法則」が遅延するのをうまく利用したところがあるのですね。

    その「原因と結果の法則」ってのは単純そのもので
    毒を盛れば害を及ぼす

    ただそれだけ

    だが、人体の毒素排除作用や抗毒素作用などで意外と長持ちしてしまうわけ。

    それが自然界のリズムに合っていたのが合わなくなってきたというトンデモ論だけど

    案外当たっているのかも。

     

    それはどうなるかというと、

    薬が効かなくなる

    と同時に

    害作用が早く出る

     

    これで新薬の開発が出来にくくなってきた影の原因だろうね。

    もう新たに薬を開発するには莫大な金がかかるのです。

    それは元々毒物を薬にするからですね

    毒物を入れても直ぐには害作用が出ないとともに期待する目的(効能)が出なければならないのですが、それは科学的な物でも何でもないから、実験を繰り返すことしか結果が出ないのでしょうね。

    マウスなどで何万回も実験を繰り返して、動物で何とかなるだろう!ってんで

    つぎは人間に(しかも丈夫そうなヤツを選んで人体実験)治験を。

    それでなんとかなるだろうってんで、認可後に

    本格的に人体実験(要するに治療に使う)でしょう。

     

    それが月日が経つにつれて、「効果が無い」とか「害作用が多すぎる」とかで

    廃止。

    じゃあ、別のもの出さないと食っていけないというので似たような分子式をいろいろ組み合わせてまた何万回も実験。そして動物、人間・・また廃止・・・死に薬、あ誤変換、新薬・・

    まあ、回る回る輪廻の糸車

    そして、多くの人の体には毒性物質が溜まってくる。それは放射能汚染のように次第に全国に平均化して・・・

    そうなると自然界はだまっていない

    当然その掃除が始まる。

    それが伝染病とか感染症とか呼ばれる微生物が関与して起こる浄化作用。

    自然界は常に環境の度合いを監視しているから

    毒のあるところには毒の分解掃除役が

    生命力あるところにはちゃんと生命アップのために発酵させたりしてやるけど、

    こと、毒性のあるところには一見、凶暴性として見られちゃうから、人間共は大変な目にあうのね。

    しかし、もともとは自分たちでつくって、自分たちが入れた有害物質。
    ひどい目にあう感染症や伝染病であっても素は自分たちの後始末でしかない。

    しかし、そうは行かない学の頭は頑固だから、バイ菌だウイルスだのと騒いで予防しなければならないと予防接種。

    この繰り返しが行われてきたんだけど。

     

    そろそろ終わりだねえ〜〜もうおわりだねえ〜〜♪ 

     

    限界灘に来てしまった。

    あとは在庫処分しかない残り道。新開発など夢の夢。

    しかし、まだ売れるうちに、売れまくってしまえ〜〜

    後は野となれ山となれ

     

    儲かりゃ善いという企業理念にのっとり
    知らぬばかりか知ろうともしないショミンも待っているから〜〜♪

    と拍手喝采の幕が下りて・・・

    だが、時には害も「直ぐ出ることもある」 本来は時間の経過と供に出るのが本筋なのだが。

     

    訴えてやる!

    でもずいぶん昔から言ってたじゃないか?

    いえ、聞いていません。

    言ったぞ、書いてあるぞ!

    いえ、見ていません、聞いていません!!

     

    やっぱり体験が一番か・・・

    百の説法、屁一つ・・・・・

     

    でもその屁がキツイ体験、しかも本人ではなく自分の子どもだったら

     

    アンタ、子どもから訴えられぞ。

     

    でもそんな話は昔っから繰り返していたなあ。
    当ボロ愚でもいくつか書いた記憶がある・・・

    本もあるし・・

     

    あ、前置きが長くなりすぎた。

    本番へ行こう!

    (え、もう前戯でヘタヘタ・・?)

     

    Facebookより

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    これも昨日の講演内容とかぶります。

    私は近日、フェイスブックやツイッターでは精神薬と同じかそれ以上にワクチンのヤバさを取り上げている。なぜこれを取り上げないといけないかというと、ワ クチンそのものヤバさの問題もあるが、外資系の製薬会社が精神薬からワクチンに重点をシフトしているからである。つまり諸外国においては精神薬ビジネスは すでに衰退の兆しがみられるということだ。実際製薬会社はほとんど新薬を開発しておらず、使いまわしに終始している。何よりも日本という強力かつバカな在 庫処分場があるので、わざわざ新しい新薬を開発費などかけて開発する意味がない。

    ワクチンそのものには秘められた野望がいくつも存在している。しかし根幹はすべて同じである。精神医学における精神薬とワクチンの思惑は共通する。これは 精神医学、ひいては優生学をもとにして遂行されている。つまり未来ある子供は早く殺すこと、市民が賢くなることを防ぐこと、支配者が支配者であってキミた ちは奴隷であること、これらの薬により更に病気を作って儲けること、そしてさっさとブタたちは処分すること、それが基本的な思惑であり根幹である。

    人々はワクチンを打って被害が出たものをつかまえて、親が被害者会などをたち上げて、まるで自分たちが被害者であるかのようにうそぶく。しかし親はそのま ま加害者である。もともとワクチンを打って被害を受けた子供たちになぜ差が出るのか、その意味もわかっていない。この構図もまた精神医学の親子の構図と同 じだ。何も調べぬまま親は精神薬を子に与え続け、事実を知った時には自分たちは悪くない、医者が悪い製薬会社が悪いと正当化するが、そもそも今の情報時代 少し怪しむ気持ちがあれば、こんな危険なものにもともと手を出さない。つまりその親は他の危険なものにもこれまで手を出し続け、権威に従属し子供をボロボ ロにしながら、子育てを一生懸命頑張ってきたなどときれいごとを言うのが目に見えている。

    親になんの言い訳の余地もない。自分たちこそが子供を殺した重宝人であり毒をもってきた重宝人であることを直視できずして、ワクチン問題も精神医学問題も 解決することはあるまい。ちなみに子宮頸がんワクチン(サーバリックス)は「蛾の幼虫」の細胞由来。ガンバッテ成虫になってくれたまえ。

    0 0

    最近は人様の方がよくまとめてくれていますね。

    ボクの出番はますます無くなってきた

    じゃないか!!

    ますます貼り付けがいそがしくなってきた増。

     

     

    昔は未だこういう医師が居たんですね。

    「それにはまず医師の注意に従い、間違いのないよう実行するよう心掛けたいものです。

    という言葉、

    もう通用しない医師が多すぎるのかもしれません。

    むやみやたらにクスリを出してリスクを高める・・・これも医学教育の成果なのでしょうが、医師が薬にのことを分からないのでしょうか。

    分からない者が知らない者と共同作業しているのですから、こりゃあもうダメだ。

    いくら言っても無駄なんで、お声もかけませんよ。(苦笑

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    昭和二十七年二月五日付 読売新聞


       「化学療法の手段」    東京慈恵医大教授 医博  片山良亮

     ストレプトマイシンその他の化学療法剤の発見は、従来の治療に大きな変革を来さんとしているが、マイシンでも結核の牙城を揺がす事は出来ない。マイシン治療を行っている内に、結核菌が次第に抵抗性を得て、効果を減滅するからである。その抵抗性の獲得は六〜九週以上の投薬の持続によって発生するが、その間に結核菌を絶滅する事は出来ない。だがマイシンを使えば病状は急に著しく回復するが、結核菌は消失しないから、その中止によって再発の危険がある。そこで現在の研究はその事実を、いかに補うかという事になる。――(後略)


    昭和二十八年六月九日付 時事新報紙

    肝心の時効かなくなる
      危い素人診断
       新薬ホルモン剤常用御注意 慶大医学部 西田敬教授

     近頃の新聞や雑誌を手にとって目につくのは、病む人でなくてもまず薬の広告でしょう。けれどもその広告にうたわれた効能をいわゆる素人診断で適応症にあてはめ、家庭で簡単に用いるのは危険です。特にペニシリン、ストレプトマイシン、オーレオマイシンなどの抗生物質の薬やその他の新薬は、いい加減に使っていると病原菌に抵抗性が出来、肝心の時に効目がなくなったり、思いがけない結果を招く事があります。

    それでなくても人間の身体は適応性を持っているので、たとえばある期間ビタミン剤を連用していると、純粋な形のビタミンがどんどん補給されるので食物の中から苦労して消化吸収する必要がなくなり臓器の能力がだんだんにおとろえて来ます。

     

    同じことはホルモン剤にもいえる。
     やたらとホルモン剤を服用することによって、体内での分泌能力がますます弱くなり薬の切れ目には以前よりも悪い結果になるだろうことは、学問的にとまでいわなくても常識で考えられることです。

    はっきりとした欠乏症状の現われた時に医師の指示を受けて用い治ったらやめるというケジメはどの薬についてもいえるわけです。予防の意味でなら薬にたよらず臓器自身の働きで、消化吸収または分泌をうながすよう、食事の注意から心掛けるのが本当でしょう。

    また一般に薬というと、目に見える効目(ききめ)を頼り熱が出れば解熱剤、頭が痛めば鎮痛剤と、その現われた症状だけをおさえつければなおったように思う人が多いようですがこれは間違いです。

    もともと身体はそのどこかに異状が起ると、熱や痛みその他の形をとってそれらと闘おうとする作用を持っているので、それぞれの症状にはそれ相当の理由があるのです。

    その原因もたしかめずにただ無闇とおさえつけてしまったのでは、かえって病状を悪化させることにもなるのは当然といえましょう。

    どうしても原因の分らない時とか、原因を探すよりさきに処置しなくては、生命に危険な高熱とか痛みでもない限り、薬はどこまでも原因に対して使うのが本当です。

    それにはまず医師の注意に従い、間違いのないよう実行するよう心掛けたいものです。





    TITLE:医学は結核を悪化させた - Welcome to 『CLUB 大自然』〜「医療」〜
    DATE:2013年7月9日(火)
    URL:http://kenko.club-daishizen.com/index.php?%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E3%81%AF%E7%B5%90%E6%A0%B8%E3%82%92%E6%82%AA%E5%8C%96%E3%81%95%E3%81%9B%E3%81%9F#lab69754
    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     


    0 0

    おいおい、また変な題名しおって・・
    しょうがないのう〜〜

     

    だって、じいさんよ〜〜
    医学が進歩したなんてこれっぽっちも思えないんだも〜〜ん

    アホ加減は年食ってもかわらんのう〜〜
    いや、年と供に栄えん・・か。

    それはともかく寿命が延びたというが、そんなのいったんマイナスの底に落ちたから

    それが普通に戻ろうとする過程において、平均寿命の数値が上がるのは当然のことじゃよ。

     

    マイナスの底状態?

     

    そうじゃな、まあ、歴代のショミンの寿命の記録などほとんど無いに等しいだろうが

    こと記録に残してあるのは時の権力者たちのものじゃろうよ。

    その中に皇室の記録が一番詳しいかもねギ

     

    あ、そういえばそうですねえ。
    天皇陛下のその時代の崩御された年齢を調べるといいわけね。

     

    そうじゃろうよ。調べてみると案外ふるい時代は今よりも長生きしていたらしいぞ。

     

    ふ〜〜ん、変ですねえ〜 栄養も今より悪かっただろうし・・・
    現代医学の様な進歩した医学も確率されていなかったし・・・・

     

    ふん、オマエわざと言っているだろう?
    進歩などしてないと思っているくせに。

     

    あら

     

    それよりもワシの見たところ、近年寿命が延びたと言っているが、これはまだ

    基本線にまで行っていない蛇老。

     

    基本線?_

     

    ああ120歳基本線じゃよ。
    いままでは何かの原因と意志によって120歳どころじゃない、もっとずっと下線を基準にして来たのじゃ老。

     

    へえ〜、まだ基準線にも戻っていないっていうのね。
    何かの原因? それよりも何かの意志?

    意志ってなに?

     

    もち、それは人類の共同の奥の意識じゃ老な。

    あまり長生きしたんじゃ辛すぎるしなあああ。頃合いの善いところでサッサと里帰りしちゃおうという設定意志じゃ労よ。

     

    そんなことあるかなあ〜〜?

     

    元気な者だけが長生きして、もう体力劣ってきたらサッサと帰る。
    だいいち食糧事情が頻拍していた時代じゃ。
    いつまでものんびり生きていられる程の余裕は無かったんじゃ。
    まあ、体験ツアーとしては上級舞台だった老。

     

    上級?あの食うや食わずの生活を余儀なくされていた時代が?
    じゃあ、いまは下級ですかいな?
    食うや食わずナンテのはこのニッポンじゃあり得ない悶ね。

     

    そうじゃ、だから生き延びるだけなら幾らでも延びられる余裕がある。
    だが、肝心の体が元気じゃない者も含まれるんじゃな。

     

    そうか、元気で長生きしている老人も多いけど、そうじゃない老人もかなりいそうですねえ。

     

    そこでじゃ。
    和紙は参考に書かせてまとめさせておいた記事をキミに紹介しよう。

     

    え?そんな助手が居たんですか?

     

    愚ふぉふぉ〜〜、この世の中は和紙が主役じゃから、あとはぜんぶ助手というわけじゃ。
    キミだってそういうことになるのが、逆立ちしたってそうは思えまい(愚ハハハア〜〜

     

    こんな爺さん相手にしないでその参考記事と前に書きかけてお蔵入りしていた自前の雉を出して来て、ごった煮鍋にしよう。 たまにはキジ鍋くいたいねえ。 食ったこと無いけど・・・・

     

    あんさん、それよりも人を食った様な作文はやめたらどうかね?

     

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    畑の作物でみる平均寿命観




    タネをたくさん蒔く。

    たくさん芽を出す。
    勢いの良いのを残して、適当に間引く。
    それが元気よく育って、その中からまた元気そうな野菜を残して、それからタネを採る。

    それでは、これを放置しておくとどうなるか?

    これはやってみるしかない。

    でも、自然に弱いものが消えて強いものが生き残る。
    (弱いものが逆に遠慮して、座を譲っているのかも知れない)


    昔はたくさん産んで、何人か死んだ。
    残った者が強いやつで、弱い者は残り少なかった。

    そういう者が元気で働き、元気で死んでいった。

    その子孫がいまのお年寄りだとすると。
    元気で長生きしている人が多い。


    だが、ここにちょっかいを出したがる輩が居た。
    長生きさえすればよいというのだ。

    元気で死ねない。
    弱らせて死なせるわけだ。

    その道具が薬というもんだ。


    薬という名の毒を盛っているのだからね。


    そういえば、近頃は少なく産んでいるから、当然ぜんぶ生き残らなければならない。

    まさか、自然の間引きなどしたら残る人数が少なすぎる。


    こうして、弱くても長生きできるように努力したわけだ。

    が・・・・

    世代交代を重ねるうちに、弱いものが多くなる可能性も高い。

    なんといっても間引きが無い。


    畑に一粒づつタネを蒔くと、当然ひとつづつしか発芽しない。
    こんなの間引きしたら作物が無くなってしまう。

    だから、弱くてもそれを大事に大事に育てなければならない。
    害虫や病気にかかったら大変だ。

    壊れ物を扱うがごとく、弱いながらも成長させる事に一生懸命になる。

    その作物からまたタネを採る。
    さて、弱いながらも長生きしたタネから次の代はどうなるのだろうか?

    キョクタンに虫や気候の変化に弱い作物が出来てくるのでは無いか?


    平均寿命が延びて単純に喜んでいるのも良いが、どのような状態で延びているかを見ないといけないようだ。


    本当の平均寿命が延びるのは、畑の土壌が健全な状態になることだ。
    これは畑の場合土は全ての作物の根源だからだ。

    この土壌から多種多様な作物が産まれる。


    では人間の土壌とはなんだろうか?

    それは個体で見れば人体内の状態であり、全体であれば人類共通のウニの塊、(ウニのトゲ部分が個々の人間とする 笑い)
    このウニの塊が健全な状態であれば、自然に間引きする必要も無くなるだろうし、寿命も平均化してくるだろう。

    世界的に感染症が大流行して、消滅して行くのは自然の姿であった。そこに人為的な介入が功を奏したというのはウソで、火事が自然に燃え尽きる頃に消防車がかけつけて放水した。
    これを我が消防隊の成果だと報告しただけのこと。


    自然界では自然に感染系に見せた浄化作用が時折行われる。
    それはウニの塊の状態が悪化したので、トゲの部分(個人)で間引きのような剪定作業が行われるのだろう。

    それは全体の浄化の為の個人の浄化(病気)という形であるが、結果として全体を活かすために個人がその肉体を捧げる儀式にも見える。


    世界的感染症が増えるかどうかは、病源を菌やウイルスに追い求めているうちは解決しない。
    病源はじつは人間の側にあるのだから。


    強い種を残すために自然は時々感染系の浄化作用で一挙にウニの塊を健全化するが、生き残るには自然に従うか逆らうかの二つだが、どちらが残る確率が高いかは考えることも要らないだろう。

    ボクの様に、アルコール飲んで甘いもの好きな奴は当然、抜け落ちて行くウニのトゲの様に・・・・悲笑


    平均点が80や90で喜んでいるばやいじゃないのだろう。

    本当は120点が標準になるくらいが目標だが、それには土壌悪化の畑ではそうとう無理があるね。


    除草剤だの殺虫剤だので不自然に守られてきた野菜が強いわけ無い。
    それに万能栄養食品の化学肥料じゃ、身が固くて美味しくも何ともなくなるわい。
    そして、土の中の微生物殺して土壌キレイでしょだって?

    冗談ジャナイよ。
    キレイなのは微生物がいっぱい居る状態だよ。

    人間でも美人の肌をキレイに護っているのは細菌だしね。
    化粧品でキレイになると錯覚させられて、けっきょく最後には肌荒れがひどくて
    化粧無いと外に出られなくなる美人というわけさ。


    畑だって最後には土壌がトコトン悪くなって、そこから産まれる野菜なんて食えたもんじゃない。
    山ほど積まれた野菜ながめて塩でもかけておまんま食うかい。


    弱い野菜(人間)には強い味方といって除草剤やら防虫剤やらかけていたんじゃ、人間共とおなじになってしまうぞ。
    彼らはけっきょく最後にはその退治したと思った害虫が妙に強くなってしまったスーパー耐除草剤虫の登場で一気にやられちゃうかもね。


    ようするに、小賢しい一時的寿命アップなど不自然なやり方じゃいっぺんにオジャンとなるかもね。
    不自然は一時的効果は抜群だが、長期的にはそのマイナス効果がプラスを抑えて出てくる。
    自然は一時的には惨めだが、長期的には永遠性がみえてくるプラス効果だ。


    元気で死ねない人間を増やした平均寿命なんてあっという間に元の木阿弥だよ。
    へたれ若人よ、君たちの余命じゃ無いんだよこれって。


    あ、ぼくも若人だった!(知能指数だが)


    おはり。


    追記
    自分ひとりで寿命を延ばすわけには行かない。
    すでに選んだ親の状態が自分にも影響する。

    ここから出発点だがあとは自己調整であるが、そこへ行く前に逝く場合は
    「ああ、ボクはここまでを選んだのね」と納得するしか無い。
    だが、あちらへ逝ってから知るのだろうが。

    同じ親から産まれた5人の兄弟姉妹。
    ぜんぶ同じ状態ジャナイ。

    強いもの、弱いもの・・

    そして、弱いものは言う。

    「どうして、ドウシテなの? ワタシだけどうして? こんなに弱いの?」

    運命のいたずらか?
    いや、それを選んできたのはアナタですよ!
    と言われたって

    そうそう簡単には納得出来ない。

    でも、寿命を延ばそうと一生懸命になっても
    畑の土壌がまだ悪い状態だと、だれかが間引き剪定を引き受けて
    土壌を浄化する。

    強者は今回は強がっていても、次回は弱者を選ぶかも知れない。
    奢るなかれ、おごる強者は
    明日はおごられるびんぼーにん(笑い)


    病気をするのも別に悪いことバカ理ジャナイ。  きょう仁のひとこと




    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

    おっと、先に自前の雉だった。

    ケ〜〜ン

    山の畑の周りには堂々と雉が歩いているぞ

     

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    長寿

    1676年、ノヴァ・スコティアでミクマック族の首長が語った言葉

    あなた方フランス人のつくるパンやワインは、わしらの生活の中に、つねにあったというわけじゃない。だが事実として、フランス人がこのあたりにやってくるまでは、わがミクマック族の者たちは、もっと長生きをしていたのではなかったか。わしらのなかに百三十歳や百四十歳まで生きる老人たちは、もはやすっかり姿を消してしまった。 理由ははっきりしている。わしらがあなた方の生活習慣を、しだいに取り入れるようになってしまったからだ。このことは、経験に照らしてみても明白だ。わし らの仲間のなかで、あなた方のパンやワインやブランデーを軽蔑して、わしらの祖先たちと全ミクマック族の習慣にもとづいて、ただビーバーやヘラジカや水鳥 や魚などの、自然のもたらす食べ物だけに満足しているものは、いちばん長生きをしているからだ。わしの兄弟よ、わしはあなた方に自分の心を開かなければと 思っているのだから、今度という今度はわかってほしい。ここらにいるインディアンで、自分のことをフランス人よりもずっとずっと幸福で、ずっとずっと力に 満ちていると感じていない者など、ひとりもいないのだ、ということを。

    不詳(ミクマック族)1676年

    平均寿命とは

     

    2010年、世界の178カ国を調査すると、日本は、

    男性79.4歳(世界4位)、女性86・4歳(世界1位)である。

    男女計で、82.9歳で世界1位である。

    イギリスは、男性78.5歳(世界16位)、女性82・4歳(世界26位)

    アメリカは、男性75.9歳(世界33位)、女性80・7歳(世界33位)

    であった。

    女性は、日本についで香港、フランス、スペイン、スイス、イタリアという順

    であるが、僅差である。

    そうして、日本の女性は26年間1位であるが、

    しかし、鼻の差でゴールしているのである。

    男女総合では世界1位である。

     

    また、平均寿命とは、昨年度の一年間の平均の寿命をいう。

    「昨年に亡くなった方(乳児や学生や大人など)寿命は何歳だったか?」である。

     

    イギリスでは、貧困地域が多い西部トクステスやエバートンに住む女性が、

    74歳、富裕層の多い南部ケンブリジッシャー州コンバートンでは94歳。

    世界の国々も、先進国ほど寿命が高い団子状態の分布を示している。

    経済先進国は、医療先進国でもあるが、日本は世界トップの医療レベルで

    医薬品や医療機器も世界トップレベルの種類と数である。

     

    しかし、医療費がタダ同然といわれる日本とその逆のアメリカを比較すると、

    医療を受けるほど平均寿命が長くなるということがいえるだろう。

    またロシアは男性63歳、女性74.9歳であったが、

    戦争も飢餓も無かった時代から低く、

    社会情勢の悪化やストレスがアルコール多飲となり、他殺と自殺が急増。

    国連開発計画は、ロシアの死亡率動向についてこう述べている。

    「21世紀初頭における人間開発の最も深刻な課題の一つを示している」

     

    平均寿命の算出データや方法は、非公開なので、正確性は不明です。

    日本は半年過ぎ遅れで、世界で一番あとに平均寿命を算出しているが、

    その理由を「補正」と言っているものの、その公開も無い。

    世界に誇る医療を自負する日本政府にとって、平均寿命は誇りかもしれない。

     

    平均寿命は、様々な原因によって影響しているが、

    医療先進国には、寿命を伸ばす「トリック」があるという。

     

    先日、入っていた某チラシにこう書いてあった。

    戦国時代は、戦で多くの方が亡くなり短命が多かったといえます。
    江戸時代には、平均寿命が推定三〇歳とされます。
    一九歳という村もありました。

    未熟児や障害児など生まれて亡くなる子が多かったため、
    母親は多くの子供を産みました。

    そうすると、成人まで育つ子が少なかった割には、成人は軽く三〇歳以上は生きていたことになり、平均寿命を引き上げたということです。
    葛飾北斎は九〇歳、など長寿もありました。
    (歴代の天皇をみますと、百二十歳以上も幾人かおります。平安時代以前は百二十歳まで生きていたとNHKで放映されたようです)

    終戦二年後になって、平均寿命五十歳となったようです。

    一九六○年でも、五歳未満の死亡率が四〇%もあり、まだまだ亡くなる子が多かったのです。

    その後だんだんと五歳未満の死亡率が減っていき、昨年には同3%くらいにまで激減しましたが、この漸次減少は、小児医学の発達で、産前の処分により短寿命人数を減らしたことが要因で、そして産まれた以上は死なせないように、医薬により根本治癒力である自然治癒力を弱らせ・・・云々


    http://club-daishizen.com/index.php?%E5%B9%B3%E5%9D%87%E5%AF%BF%E5%91%BD%E3%81%A8%E3%81%AF

     


    0 0

    【拡散希望!】モンサントの不自然な食べ物 (2/2): NHKドキュメンタリー「巨大企業モンサントの世界戦略」 後編

     

    NHKドキュメンタリー 前篇です。

    http://www.youtube.com/watch?v=CrrWY-tqNYQ


    除草剤、究極は除人剤と・・

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーフェスブックより

    内海 聡 · フォロワー21,456人   い わゆるラウンドアップ (Roundup) は、1970年にアメリカ企業のモンサント社が開発した除草剤(農薬の一種)です。そして遺伝子操作により分子育種されたラウンドアップに耐性を有する作 物(遺伝子組み換え作物)が主流として育てられており、それが「遺伝子組み換え食品」なわけです。ラウンドアップに耐性を有する遺伝子組み換え作物はラウ ンドアップレディーと総称され、ダイズ、トウモロコシ、ナタネ、ワタ、テンサイ、アルファルファが栽培されています。つまりラウンドアップと遺伝子組み換 え作物はセット商品なんですね。

    ラウンドアップには あらゆる植物の成長に必要なアミノ酸生成をストップさせてしまう作用があります。相手構わず枯らしてしまうということです。そんな猛 毒のラウンドアップですが、もっとも懸念されているのは発ガン性とされています。ある調査によれは ラウンドアップを使用している地域では非ホジキンリン パ腫というリノパ腺のガンがその使用量と比例して増加するとされています。ほかにもたとえばフランスでは、以下のような訴訟が起こっているようです。

    フランスの法廷はフランス農民を除草剤による化学中毒にしたかどで有罪を宣告。

    GMO CROP CATASTROPHE IN USA A LESSON FOR WORLD
    By F. William Engdahl

    フランスのカン大学の分子生物学者ジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)が率いた調査団の研究では、ラウンドアップには、一つの不活性成分、POEA(polyethoxylated tallowamine)が含まれていることが示されている。セラリーニの調査団は、ラウンドアップのPOEAは、人間の胎児・胎盤・臍帯細胞にとって、 グリホサートそのものよりも有害なことを証明した。モンサントは、「プロプライアタリー(特許で保護されていること)」を盾にして、グリホサート以外のラ ウンドアップの成分の詳細を公表することを拒否した。

    セラリーニの調査では、ラウンドアップの不活性成分が、人間の細胞に対する有毒性を増幅していることが判明した。
    農場や芝生に散布する際の希釈レベルより もずっと薄めたものでもそうだった。
    調査団は、農業や芝生用で一般的な濃縮液から、店頭で販売されている商品の10万倍薄い濃度に至るまで、様々な濃度で ラウンドアップを調査した。
    その全濃度で、細胞へのダメージが確認された。  ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

    人類は自分で自分の首を絞めるのかな?

     


    0 0

    日本怒り心党 発会式 2013年6月20日(また冒チャンネルにて)


    0 0

    ん、前に見た映画だな・・・・

    れれれ・・・こんな翻訳だったかなあ〜

    最後にヒドイラー閣下は「ドイツもコイツもニッポンも」と言ったとか言わないとか・・・

    コイツゥ(=^ェ^=)∂ポカ(^_^;)

     

     

    総統閣下 嘘字幕 マスコミが広めたSSRIと副作用にお怒り【うつ病】

     

    本編は↓こちらの様だな・・・

     

    医猟地獄 精神医学:死を生み出す産業 4_14

     

     

     


    0 0

    最近は一般書に現代医学の暴露本というか、凄い題名の本が次々と出版されているようですね。

    それは当ブログでも幾つも紹介してあります。

    昨日はベンジャミン氏の「人殺し医療」などという物騒な題名の本を少し読んだのですが、確かに裏にはある勢力みたいなものがあるのかも知れません。

    しかし、本当の理由は人類が共同して錯覚してしまった病気の本質の見誤りにあると思います。

    そこから、信じさせる者と信じたい者の共同行為の様なものが現代医学として結実したのでしょう。

    結実というと変な表現ですが、人類の思いがあってそれが実現したということでは今流行の引き寄せの法則のようなものでしょうか。

     

    ボクが1980年から13年間、浄霊医術普及会という小団体に入って活動してきたときに、教科書として(信仰者になれば「ごしんしょ御神書」と読んだ本)、「医学の革命書」という本を与えられました。

    「医学の革命書」上、中、下の三冊
    「文明の創造書」
    「救世の警鐘と・・」

    これは世界救世(メシヤと読ませた)教の教祖であった、岡田茂吉(信仰者は明主様と尊称していた)が残した、数々の論文を収録した本でした。

    それを集めて本にしたのが、野澤明一(信者は明一様と尊称していた)で、浄霊医術普及会の会主でした。
    その浄霊医術普及会(通称「浄霊会」)の中に、宗教部を置き教主として指導をしていたのです。
    のちの薬毒と医学の革命を訴えて参議院選挙全国区に出馬したのが「世界浄霊会」という奇妙な団体名で憶えていられる方も居るでしょうか?

     

    ボクはその頃は自称「熱心な信者」となり、直接の指導を受けたのは地方の支部であった庭山先生でした。(浄霊会副会長)

    退会したのは1993年の夏頃でしたが、最後は見事などんでん返しを喰らい、それから何年もかかってようやく、宗教信者としての信仰が抜けた者です。

    おそらく、自分の今の生も来世があるとしての来世も、二度と宗教団体の信者さんにはならないだろうという意識になっています。

    それは神と人間との関係を考えると、もう宗教の教祖と信者の関係は地球の分離思考から始まったという事を知ったからです。

    たとえ天地の差があるように見える人間であっても、それは分離思考から派生していま選んで演じている個々の姿にしか過ぎないということで、教祖と信者、神と人間という立場は分離意識の錯覚でしか無かったということです。

     

    たとえ教祖といえども同じ源から来ている人間です。
    神として見たがるのは信仰者としての信者さんの意識でしかなく、根源は同じところからきているものです。

    ただし、能力的にはこの地上物質世界では天地の差があるように見えるのですから、普通の人間からみたら岡田茂吉はまるで神のごとく見えるだけのことです。

    しかし、根源は同じです。

    それを基準にして岡田茂吉氏の残した数多くの論文を読むと、医学関係の論文は今でも捨てきれない程重要なものがたくさんあると思います。

    いまは信者としてではなく、過去の体験者としての第三者的立場で医学論文を見直して行きたいと思います。

     

    「たとえ教祖の教えであろうと、疑いの目をもって検証せよ」

    これが岡田茂吉研究の第一歩です。

    しかし、その前の第一歩は

    「先ず、読んで見ること」です。

    「どこが今の時代に有効か、無効か」という結論はその次です。

    読まないうちから「宗教家の書いた論など迷信に決まっている」と決めつけるひとは無縁でしょう。それは医学界において「専門家同士」の排斥する思考と同じです。
    古くからの既製の論に合わないと「新理論は潰される」ことがあまりにも多い医学界で専門家が専門家を無視する。論文の発表さえままならぬと言う閉鎖的は面が以下に強いかという事を知りました。

    そこにいかにもインチキ臭い世界メシヤ教などという教祖の書いた論などまさに論外だとされるのを承知していますが、いまの医学界は既に限界を迎えている今、どんなにトンデモ論であろうと、新しい医学の知識が必要です。

    それが岡田氏(あえて師とは書かない)の論文であろうと、他のひとの論であろうとよいわけです。たまたまボクが縁のあった所が詳しいので紹介しつつ、自分もその研究者のひとりとなって有用無用なものは何か?取捨選択眼をもって読み進めていこうというわけです。

    あなたもそれに参加してください。
    そしてあなたの取捨選択眼にて岡田茂吉研究を発表されるのが一番です。
    掲示板でもコメント欄でも発表出来るので、賛否両論がそろうのが研究というものです。

     

    いつでも参加ご自由。

    もちろん、組織とかの束縛もありません。
    ボクの方では浄霊会で戴いた「医学の革命書」を中心にして論文を選択してここに転載してゆくつもりです。

    そこにボクはボクの感想やら批判などを書いて行くつもりですが、あなた(読者さん)はあなたの批判を送りください。

    批判とは公正な目でみた取捨選択です。それが同意になるか反対論になるかは自由ということです。非難とは違います。比較検討してから判断する。その比較の対象は何かというとあなたの意識の中心です。

    すべての情報は他から入ってきますが、それに同調するのはあなたのチューニング次第。
    たとえ教祖といえども(イエスさん、お釈迦さんでも)他から入ってくる情報をチューニングして同期したから自分の考えのように、また他のひとに発信したのでしょう。

     

    間違っていたって、途中でいくらでもチューニングは変えられます。まずはやってみること。

    それには、情報を得なければなりません。

    その情報発信をこれから再開したいと思います。(過去にも幾つかやっていたので)

     

    でわ〜〜よろしく

     

     

     

    追記: メシヤ(救世主)とは他人が現れるというのは人類が大昔に共同創造したシナリオです。実際は自分の内に現れるというものでした。
    カゴメの唄  

    したがって、岡田教祖がつくったメシヤ教というのも分離思想から生まれた幻想が入って居るのです。神が別の場所に居るのでは無いのですから。全ては神。自分もその中に在る。他に神が居るのでは無く、神を忘れた神(の顕れとしての人間)が再び自分を思い出す旅の回帰(長期マラソンの回帰点にさしかかった今)ですね。

    じつにくだらない自分が神の現れだったとは!
    その思い出しコースのひとつが医学の革命だと思います。

    したがって、論文中の奇跡の浄霊もどうして今は絶対的で無いのかという理由(わけ)と、人類が薬という物質からの解放の理由(わけ)は、相反するようなものですが似たところもあるようです。

    それはオイオイと・・・

    もちろん、薬毒と浄霊法は正反対の性質のものです。
    薬は固め方法。浄霊は溶かす方法。

    しかし、ともすれば「他からの救い」に陥る点では似ているところがあります。
    物質科学(薬)と霊的科学(神)への依存、どちらも自分以外の他者に依存するという点です。

    でも使いようによってのこと。
    中心は自分に有り

    という事さえ忘れなければ。

     


    0 0

    医学の革命書(中)より

      ※読みやすくするために「。」のあとは改行してあります。

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

     

    迷信時代



     現代は迷信時代といったら、智識人は怪訝(けげん)な顔をするであろう。
    中には救世教という駈出し宗教のくせに“アメリカを救う”とか“結核信仰療法”とか“自然農法解説書”などと次々一般人の読書欲を刺戟するような、巧みな題名を付け、宣伝を兼ねて大いに売らんとするのであるから、中々抜け目のないやり方だと大抵な人は思うであろうし、またそのような噂もチラチラ耳にするが、しかしこれらの本を初めから終りまでよく読めば、全然見当違いをしていた事に気が付くであろう。
    だが余りに飛躍説なので、一時は何が何だか戸惑いするであろうが、ジックリ考えてみれば理屈に外れたところはいささかもなく、しかも裏付としての実証まであるので、なるほどと承認しない訳にはゆかないであろう。

     そんな訳で本来ならば、医学者も農学者も何とかして反駁(はんぱく)し、詰問してやろうと思うであろうし、私もそれを期待しているが、今日までそのような気振(けぶり)も見えないのであるから、負惜しみではないがいささか張合い抜けがするのである。
    最初私は殊によると問題になるかも知れないとの懸念もあったが、それは全然なさそうである。
    正直にいうと問題になれば結構である。
    というのはそうなれば本は大いに売れるに違いないし、売れるだけは読む人も多いから、それだけ救われる人も多い訳である。
    そうして今まで発行した本は、健康と食糧に関するものであるのは、人間の生活上この二つが最重要であるからである。
    この二大問題さえ解決出来れば、残余は派生的問題に過ぎないから、自然に解決されるのはもちろんである。

     右の外種々の問題についても、いずれはその本も出すつもりだが、それは別としてここで右の二大問題について論じてみようと思うが、まず現代を公正に批判してみると、恐るべき迷信時代といっていいと思う。


    もちろんその一つは医学であるが、これ程大きな迷信は世界肇(はじま)って以来、未(いま)だ嘗(かつ)てないであろう。
    すなわち新説の発表、新薬、手術、その他の物理療法にしても、ことごとく迷信ならざるはなしである。
    というのも当然であって、何しろ肝腎な病原が全然分っていないからで、徹頭徹尾暗中模索的である。
    ところがそれを進歩したと錯覚しているのであるから、実に情ない話である。
    従って病気の治らないのも当然である。
    つまり医療は治りそうにみえるだけの事で、実際は全然治らない。
    それに気が付かないだけの事である。
    つまり症状にのみ心を奪われて、症状だけを治そうとするので、その症状の発生すべき根原が分らないのである。
    ちょうど木の葉が枯れるのは、根に異常があるからで、それが分らないのは根は土に隠れて見えないからで、無いと思って葉のみの研究に耽(ふけ)っているので、その無智哀れむべきで、迷信以外の何物でもないであろう。

    昭和二十八年八月十二日 発表

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

    「医学は進歩している」という世界の常識に対して、

    岡田茂吉は「迷信」だと言うのですから驚きの論です。
    さて、医学の全部がそうかはまた否定論があるでしょう。

    ボクは一割くらいは必要だと思います。
    物理的にどうしても医学的方法が必要なものもあると思います。

    もちろん、輸血やほとんどの内科的手術は不要、消毒も有害だと思います。

    最近でた本で「医学不要論」でも9割不要とあります。
    また高名なアメリカのロバート・メンデルソン医博も約9割くらいは不必要だと書いてありますね。

    では、残りの一割は何か?をこれからみんなで検証してゆくわけですが、鼻から9割と言ってもトンデモ論となりますので、まずは岡田論文やその他の異なる方面の論などと比較研究して進めればよいのすね。

    唯一岡田茂吉の医学論だけというものでも無いでしょうから。

    ここで再び「たとえ教祖の論であろうと疑え」という鉄則は、他の論にも当てはめてみることです。それには「先ず知る事から」ですね。

     

    岡田茂吉は日本で最初に「自然農法」という言葉を発したというそうです。

    福島正則氏が有名にしたこともありますが、岡田式は「無肥料」が本筋だったのですがまだ戦後まもない時期だったので「自然農法」としたようです。

    「炭素循環農法」という方法がありますが、進化形なのかどうかは断定出来ませんが、現代では有効な自然農法かも知れません。
    ちなみに、ボクも試行錯誤でやっています。

     

    この論文での黒字部分

    「もちろんその一つは医学であるが、これ程大きな迷信は世界肇(はじま)って以来、未(いま)だ嘗(かつ)てないであろう。


    すなわち新説の発表、新薬、手術、その他の物理療法にしても、ことごとく迷信ならざるはなしである。


    というのも当然であって、何しろ肝腎な病原が全然分っていないからで、徹頭徹尾暗中模索的である。


    ところがそれを進歩したと錯覚しているのであるから、実に情ない話である。
    従って病気の治らないのも当然である。


    つまり医療は治りそうにみえるだけの事で、実際は全然治らない。


    それに気が付かないだけの事である。
    つまり症状にのみ心を奪われて、症状だけを治そうとするので、その症状の発生すべき根原が分らないのである。
    ちょうど木の葉が枯れるのは、根に異常があるからで、それが分らないのは根は土に隠れて見えないからで、無いと思って葉のみの研究に耽(ふけ)っているので、その無智哀れむべきで、迷信以外の何物でもないであろう。」

    上記の論を読んで即「トンデモナイ話」だと憤慨するのは常識人ですね。

    つまり普通の人は「こいつ、何を言ってるんだ!」

    とあきれ果てるかも知れません。
    「もう読む気も失せた」

    というひとはさっさと退場してください(笑い)

    研究者はいくらトンデモ論に見えても「いちおう読む」んです{笑い

    読む気も失せるひとは研究者にはなれません。あきらめてください(笑い)
    もうひとり、研究者にはなれないひとが居ます。

    それは岡田茂吉を信仰する信者さんです。
    信者さんは岡田茂吉を神のごとく、しかも救世主(メシヤ)として信仰の対象にしているもので(それは過去のボクが一番よくしっているが)、論文は「神の教え」であり、絶対のものです。だから論文を「御神書」と称して大切に大切にします。

    信仰者には教祖の論を「研究」など出来ないのです。
    だって、「研究」というのは「対象を取捨選択する」ことが必須ですからね。
    神の絶対なる教えを取捨選択するなんて信者のする事では無いからです。

    かくして

    今回でお二人が抜けていきました。

    ひとりは「読む気もしなくなったひと」
    ひとりは「論文に批判などトンデモナイというひと」

    でした。

     

    読んで、すぐ思ったことなど感想を送りください。左の項にメールや掲示板、さらにここにコメントでもよいです。
    同調、非同調おなじくらい重要ですからご遠慮なく。
    公開できる内容のものをお願いいたします。

     

     

    尚、信者さんには心のお気の毒になると思いますので、今後はこの岡田論文研究会には覗かない方が健康上のぞましいかと存じます。

    済みません。元信者ゆえにご心情がよく分かるからです。

     

     

     

     


    0 0

    電子書籍などだれでも作れる。

    こういう時代になりました。

    音声読み上げ版も含む

     

     

    いま話題のAmazon・Kindle版 あまぞん・きんどると読む

     

    ご存じデジタル出版の大手

    DLmarket で日真亜理(ひまあり)

    音声読み上げ版もあり。

    忍者サンドボックス  (音声読み上げ多数。無料版もあります)

     忍者サンドボックス



     

     セルフイメージを書き換え、現実を変えるオーディオセミナー、【Make Yourself Active 〜行動する自分を創る〜】引き寄せの法則、超実践的メソッド!

     

     


    0 0
  • 07/11/13--16:19: 「医療とは
  • 医学の革命書(中)より

     

    岡田茂吉論文研究家のみなさんへ

    今回は「医療とは何か」を知るためにご紹介。

      


    人気ブログランキングへ

     ↑マネしてこんなのいれました。

     

     

     

    「。」の所に改行をくわえてあります。

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    医療とは

    『栄光』185号、昭和27(1952)年12月3日発行

     これについて私は、筆に口に常に知らしているので、一応は言い尽したように思われるが、実はまだまだ足りない気もするのでここにかくのである。
    何しろ一般の人は医学迷信に陥っている結果、病に苦しんでいる人が余りに多く、到底見ておれないからである。
    といっても長い年月のコチコチに固まった迷信であるから、これを溶かすとしても容易ではない。
    そこで私はこれでもかこれでもかというように、あらゆる面から説いて来たがこれなら分らない訳はないと思う程に、本文は徹底したつもりであるから、その気持で読んで貰いたいのである。
    信者の中には標題だけでも直ぐ判る人もあろうが、しかし一般の人に分らせようとする場合、説き方の参考ともなるから、充分玩味(がんみ)されたいのである。

     まず人間何かの病気に罹るや、早速御医者さんに診て貰う。
    すると御医者さんは二、三の服み薬を呉れると共に、近頃は大抵注射をするからそれでちょっとよくなるので、これで治るものと思って毎日通うか、御医者さんの方から来て貰うかするが、実際は十人中八、九人は思うように治らないもので運よく一時治っても暫くすると必ず再発するのは誰も知る通りである。
    もちろん薬という毒で一時抑えをするだけで、本当に治ったのではない事はいつもいう通りである。

     右のように一時的で完全に治らないのは、御医者さんも充分知り抜いているはずであるが、しかし分っても現代医学ではどうにもならないから、こういうものだと諦めているだけであろう。
    そこでまずお医者さんの肚の中を想像してみるとこんなところであろう。
    病気というものは実に分らないものだ。
    だが今日までの学者、先輩が解剖や分析、機械などで、研究に研究を尽して作り上げた医学であるから、これを信ずるより外はもちろんない。
    これ程進歩した医学でも治らないのだから、まず気長に世界の学者達が協力して、たとえ僅かずつでも進歩するとすれば、いつかは完璧な医学が出来るに違いあるまいと、ただ漫然と時を待っているにすぎないのが実状であろうから、まことに心細い話である。
    だがそれだけなら我慢出来るとしても、それまでの間いかに多くの病人が出来、その苦しみは固より、生命の犠牲までを考えれば考える程恐ろしい気がするのである。

     ところで現在の病理であるが、病原は最初黴菌が口からか、鼻からか、皮膚等から侵入し、繁殖するためとされているが、これはまことに単純な考え方である。
    では御質ねしたいが黴菌が侵入しても病が発生する人と、しない人とが出来るのはどういう訳であろうかである。
    するとお医者さんは言うであろう。
    黴菌に負ける弱い身体だから発病するのだとの定り文句であろうが、事実はその反対である事が近来分って来た。
    それは結核は腺病質の子供は余り罹らないで、健康な子供の方が罹るという事実である。
    これだけでも医学は丸っきり判っていないのである。
    右は小さい例だが、大きい例といえば医学が益々進歩する程、病気の種類も増えどこもかしこも病人だらけである。
    何よりも薬の新聞広告をみても分る通り、デカデカな広告を出しても、割に合う程病人が多い訳である。
    従って真に薬が効くものなら段々病人が減ってゆき、ついには薬の広告主もなくなり、お医者さんは飯が食えず、病院は閉鎖する事にならなければならない。

     ところが事実はその反対ではないか、としたら大いに考えざるを得ないであろう。
    それについて私は長い間随分医学の盲点や、薬害の恐ろしさをかいて来たが、もしこれが間違っているとしたら、その道の人は大いに憤慨し凹(へこ)ませに来なければならないはずだが、今日まで一向そんな人はないのをみると、御説御もっともとしているのであろう。
    私といえども宗教家であり、人類愛をモットーとしている以上、悪口や失業者を作るような説は言いたくないが、何としても記かざるを得ない程悲惨な現状と、神から命ぜられた私の役目を思うからである。

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

     

    さて、ここでボクが注目した文を抜き出したものです。

    黒字のところが本論文です。

    一般の人は医学迷信に陥っている


    薬という毒で一時抑えをするだけで、本当に治ったのではない事はいつもいう通りである。

     右のように一時的で完全に治らないのは、御医者さんも充分知り抜いているはずであるが、しかし分っても現代医学ではどうにもならないから、こういうものだと諦めているだけであろう。

    これ程進歩した医学でも治らないのだから、まず気長に世界の学者達が協力して、たとえ僅かずつでも進歩するとすれば、いつかは完璧な医学が出来るに違いあるまいと、ただ漫然と時を待っているにすぎないのが実状であろうから、まことに心細い話である。

     

    黴菌に負ける弱い身体だから発病するのだとの定り文句であろうが、事実はその反対である事が近来分って来た。
    それは結核は腺病質の子供は余り罹らないで、健康な子供の方が罹るという事実である。
    これだけでも医学は丸っきり判っていないのである。

     

    医学が益々進歩する程、病気の種類も増えどこもかしこも病人だらけである。

     

    私は長い間随分医学の盲点や、薬害の恐ろしさをかいて来たが、もしこれが間違っているとしたら、その道の人は大いに憤慨し凹(へこ)ませに来なければならないはずだが、今日まで一向そんな人はないのをみると、御説御もっともとしているのであろう。

     

    さて、どうでしょうか?
    いろいろな反論があると思います。
    しかし、これが昭和27年1952年発表ですから、大胆ですね。まだ敗戦後7年ですし、当時の占領アメリカ軍にも気を遣っていたのでしょうがこれだけ書いたのですからね。
    おそらく、現代でもこれだけ書けるのは船瀬俊介さんクラスでないとね。
    最近はインターネットや本でも相当ヒドイ(じゃない)凄い題名の本が増えて来たので驚かないでしょうが。

    あの時代にこれだけ書いたのですから当局は医学界の目の敵にされたのかも知れません。そういえば何か別の件で逮捕されたりしたそうですし、岡田氏の死後は文部省より宗教認可の取り消しをちらつかされて、肝心要の医学論文を引っ込めたという話も伝わっていますね。

    そうして、後々は教団の勢力争い・・だなんて恥かしいなあ。

    みんなにんげんだもの(みつを)

    まあ、日本医師会だけじゃない、世界医薬産業界は鉄壁の防護壁をもって現代医学批判を封じてきましたし、一般庶民は徹底的に教育されたので皆信者さんバッカりになってしまいました。

    それでも近年になってようやく目覚めつつあるようで、こんなボクでもブログくらいでしかできないのですが・・発信を続けてこられました。

    インターネットが始まる頃に「これだ!」と思った通りになりつつありますね。
    やはり物質文明の進歩はありがたいものでございます。

    ただし、医学に物質一辺倒の思想を吹き込んだのにはへきえきしますけど・・
    まあ、目覚めるには時間がかかるんですね。

    原発神話なんてのは子供だましのようなものですよ。あんな単純な話ジャナイ。
    要は人類が共同謀議(笑い)して創りあげた医学神話ですから。

    信じる者は救われん(本当に救われないんでしょうが)

    医学を信じ切ってしまった世界中に人間たちがあらゆる教育、分化で常識としてしまったのですからね。これがひっくり返るには下準備が100年はかかったんでしょうね。

    その中にこの岡田茂吉という宗教家が加わったわけです。
    もちろん、医学界にも古今東西現れていたんですが、知られなかっただけのようです。

    そういう人たちも今浮上しつつあるようです。

    なんと言っても岡田茂吉の凄いところはこれを宗教にしたところかも知れません。

    なんとか治療としての組織だと案外弱い。それを宗教にすれば教祖対信者として絶対的信頼の上で成り立つわけで、その実効性も抜群のわけです。

    それにはなんと言っても

    「論より証拠」

    それが治療法としての「浄霊医術」だったんでしょうが、あまりにも奇跡が起きすぎた・・・

    起きすぎた?  いえ、治る確率があまりにも高かったのでしょうね。
    それが結局は「浄霊という方法」が主となって

    「薬毒からの解放」という目的が従になってしまった。

    したがって、主たる浄霊医術が効けば効くほど信者さんが集まる。
    まずは浄霊という効果を頼みの綱にですね。

    あとから論理を知ればよい。先ずは治るという結果を出すことが先決になる。

    かくして、奇跡の宗教と言われ、燎原の火の如しで拡大に拡大・・・

    ところが・・

    その裏に潜んでいたのは

    「依存」でしょう。
    何が何でも浄霊という依存

    だが、その浄霊法が効かなくなった(全然では無く、効くのだが以前よりも効果が薄くなった)としたら・・・

    そのときどうする信者さんたち。

    やっぱり医者だ薬だと里帰り。

    それじゃあ、元の木阿弥

     

    もともとは、医学の最大の誤りが毒を薬と称して、しかも体内毒素の浄化作用である病気に用いたこと。
    それに気がつけば人類は病気を縁を切ることが出来るという教え。

    その教えが徹底して腹に落ちなかったら、やっぱり浄霊でも治らないじゃないか・・・やっぱり薬にまた頼ろう・・・となる。

    これが世界メシヤ教の岡田教祖の失敗だったのかも知れません。
    奇跡の治療が永遠に続いているとすれば、それは薬から浄霊という治療に「依存」対象が替わっただけ。

    本来は自主独立の依存は自分に向かうべきものだった。

    それを岡田氏は「自然良能力」と称した。だが、信者さんはとにかく治ればよい。理屈はともかく早く楽になりたい一心で浄霊医術に頼って来る。

    そして、治る。
    やっぱり浄霊法だという。

    だが、そこには腹に落ちていなかった薬毒論。
    対象療法としての薬という毒の性質上、症状が止まって治るかのように見える治療法に対して、体内毒素を溶かして、ある程度ならそのまま消してくれるという浄霊法は正反対の性質であっても、それがもの凄く効いた時には・・・

    効くのは他からのものが主因

    という、要するに依存性では同じことになる。

    それを薬に依存したのを浄霊に依存するという方向転換はよかったのだが・・

    「依存」というものは同質で残されていた。

     

    浄霊法が以前ほど効かなくなったとき、依然として残っている依存性はどこに向かうのか?

    また薬や手術に頼る。

    徹底的に自己の持つ「自然良能力」に頼り切ることは至難の業だったのだろう。

    それは病気とはあまりにも苦しくて、しかも長期になるとあらゆる面で疲弊するからだろう。
    それを乗り越えるには力尽きてしまう。
    しかも死さえも覚悟しなければならない。

    そうなると、やはり周りの大反対や世間の常識に合わせないとやっていけない。

    かくして、岡田氏の創りあげた教祖没後は中心の柱としていた「医学の革命運動」を「従」にしてしまった。

    それが良い悪いの問題では無く、岡田茂吉氏の最大なる活動目的は「現代医学の革命」だったのだからだ。
    もちろん具体的には「薬毒からの解放」だろう。

    「薬というものが無くなれば浄霊法も必要なくなる」と言っていたのだから。

    しかし、薬が無くなる前の浄霊法が表舞台から消えたようだ。

    もちろん、裏ではやっているだろうが岡田氏ご存命の頃から言えば奇跡の奇跡は極少ないのだろう。そんなのがしょっちゅう起きていれば黙って隠していたって他人が黙っていない。

    もっとも、薬さえ絶てればそれでよいのだろう。
    むしろ、大奇跡など起こらない方が依存中毒にならないから良いのだろう。

    効果はあるけど主役は自分の「自然良能力」だということが分かれば、浄霊法も今でも活用出来るのだから。

    しかし、これが唯一絶対のとなると・・・期待に添わないことが起こる。

    なぜなら、個人個人によって方程式は異なるからだ。なぜ病気をしているのかという理由は単純ではないからだろう。たしかに薬毒は病の原料として間違いは無いだろうが、発症する、治癒するという事には治療法はあくまで「従」であって、治るも治らないも「主」は自分にあるのだからだ。

    むやみやたらに他人を治してはいけないというあるヒーラーの言葉があるが、ひとは自意識では分からない奥の意識の方が病気をいま選んでいることがある。その奥の意識と合わないうちに勝手に他人の病気を治してはいけない・・というのだ。

    となると、絶対神力といってどんな病気でも奇跡の連続で治るというのは、自意識(表面でわかる意識)では素晴らしいことだが、奥の意識からみると「いま必要あっての病気なのだから、余計な事をしおって」となるのだろう。

     

    これからも数々の岡田茂吉の医学論を紹介して行くが、それを念頭に入れて「浄霊なら何でも治る」というのは当時の奇跡であって、現代では通用しないこともあるのだと言うことです。

    もちろん、薬毒論と病気の浄化作用論は捨てられない論です。それに加えて人間の意識論も考えるとよいのではないかと思っています。

     

    2013年7月12日

     

     

    読んで、すぐ思ったことなど感想を送りください。左の項にメールや掲示板、さらにここにコメントでもよいです。
    同調、非同調おなじくらい重要ですからご遠慮なく。
    公開できる内容のものをお願いいたします。

    尚、信者さんには心のお気の毒になると思いますので、今後はこの岡田論文研究会には覗かない方が健康上のぞましいかと存じます。

    済みません。元信者ゆえにご心情がよく分かるからです。

     

     

     セルフイメージを書き換え、現実を変えるオーディオセミナー、【Make Yourself Active 〜行動する自分を創る〜】引き寄せの法則、超実践的メソッド!


older | 1 | .... | 5 | 6 | (Page 7) | 8 | 9 | .... | 71 | newer