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「医学革命」とは薬からの解放への「個人の気づき」の事である。雑多な情報も「取捨選択」&「鵜呑み厳禁」はセルフサービスにて
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    今年、トランプは本気でディープステートを追い詰めるつもりです。

     上記の話は日本の新聞紙では書かれておりません。

    どうしてかというと

     新聞紙はディープステート関係協力機関だからでしょうね。

    だから、トランプやプーチンの悪口は書いても、ほめることはありゃあせんのです。

     

     

     

    嘘っぽい話だと思っていた、大量起訴・・・

    どうやら、どんどんドンドンdondon~~~(ジョーズか)

     ババ抜き(クリントン婆を除いて)登場したトランプですが

    あまりにも派手すぎた言動には僕もスッカリだまされていました。

     

    が、やることなすこと、大きなかけひきを裏に秘めていたゲームのようでした。

    いちおう、金の切れ目が縁の切れ目現象にまで持っていくのでしょうか?

     

    古い金のシステムで成り立っていた世界がグレンとひっくり返るとき

    悪名高い団子5兄弟とか6兄弟も串(金)を抜かれて、バラバラになりそうです。

     

    まあ、ボクらの見えるところに来るまでは確信は持てませんが。

     

     一般人に見えたときは「終わっている」のでしょうし、後はもうお任せ気分ですね。

    世界はあらゆる嘘と捏造で牛耳られた来たということが明るみに出るとき、

    アッとおどろくためごろ~~~う~~~

    目が点になり、どんぐり眼となり、口からは出るのはakyooooon

    となることでしょうが、既に知る人は騒がずおちょこでひっそりと乾杯と。

     エラい時代に生き残ったモンじゃY

    いずれ、世界医薬産業主催の現代医学の9割の嘘もバレバレになって、薬信仰者の夢も一挙に醒めるとき、薬酔いも切れ出して悪酔いからゲロを吐き、ようやく健全な医療に大転換すること間違いなし (ただし、保証は当ボロ愚主の保証ではありますが・・・・そりゃダメだ!)

     

     何言ってんだか・・・・

    要するにですよ、ワクチン神話、癌医療神話、その他薬信仰の夢から醒めるってことですよ。まあ、今は薬で悪酔いしているので分からんでしょうけど。。

     

     

     まあ、裏の話はコズミックディスクロージャー(コーリーグッド氏関連)で既に知らされているのでそちらにて。

     

     

     

     


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    「壊れている私が」去年読んだ本(いやその前かな? )

     「医療は壊れている」

    忘れかけていたが、なぜか壊れた頭が思い出したのです。

     「悪の製薬」

    これは欧米の医療界を根本的に探り出した告発本でしょうか?

    こちらは、書いた人が医者ですから、壊れていないはずです。(笑い・・・医者でも壊れた人も居るようですけど・・)

    このほんの主張は
    医療界で中心となる「製薬は壊れている」というのです。

    欧州を中心としての話ですが、実情は欧米を筆頭に世界の西洋医療そのものを探求した話です。(もちろん、欧米大好きな日本の医療界も同じ穴の狢(むじな)でしょう)


    詳しくはネットでググると出てきますから、セルフサービスにてどうぞ。

      悪の製薬



    内容はかなり詳細な調査で出た結論、「世界中の医者は薬のことを知らない」のです。反論したかったら本をどうぞお読みください。

    ただし、全く知らないというのではなく、俗に言う「話半分的」というか、一部都合のよい話だけ知っているという意味ですね。

    もちろん、「都合のよい」側は製薬の方ですけど。


    例えば、船瀬俊介氏が書いている医療暴露本の類いだと思う方も居られるでしょうが、それは質が違います。
    (事実から基づいた話なので、異論のある方は連絡先も明記してあるようなので、そちらへどうぞ。 おそらく反証はできないでしょうけど。それだけ詳しい調査の結果を基に書かれているからですね)


    医者であり、西洋医学肯定論者である著者は「医療陰謀論」など否定しています。あくまで「薬は必要不可欠だ」というのが根本思想となっています。

    そういう意味では「同じ土俵上」の立場から世界の製薬業(企業だけでなく、国の検査機関、学者、マスメィデアも含まれます)の現実を暴いている本です。

    (そういうのを暴露本と言う人も居るでしょうが)




    くどいようですが、著者は西洋医療を信じ、西洋医療の大黒柱とも言える「医薬品」についての科学的根拠(エビデンス)を正す学術論文とも言えるでしょう。


    したがって、無闇矢鱈に(と思われているかな?)医療批判とはまったく立場が違うことを強調しておきます。(ボクとはまったく立場が違うということね。)

    西洋医学は立派だ。薬も必要だ。ただし、その薬の正体(科学的根拠エビデンス)の多くが隠されている。

    したがって、誰も薬の本当のことを知らない。
    そうなると、医者も薬のことを知らない。知らないのに処方される患者はお気の毒である。

    ↑は三段論法みたいですが、一度読んでみれば当たらずとも遠からずとわかるでしょう。


    以下、「悪の製薬」より転載

    ーーーーーーーーーーーー


    まえがき


     医療は壊れている。

    飛行機なら、飛びはするが常軌を逸した頻度で墜落するようなもの。だからわたしは心の底から確信している。

    患者や世間一般の人びとは、今までに自分がどんなことをされてきたか--つまり医者と学者と規制機関が何を容認してきたかーーをきちんと理解したら怒るだろう、と。


    怒るか怒らないかは、あなたしだいだが。

     医療は「科学的根拠(エビデンス)に基づく公正な試験の結果だ、と思いたい。

    だが実は、それらの試験には往々にして重大な欠陥がある。


    医者は研究文献を熟知している、

    と思いたいところだが、実は文献の大部分製薬会社によって隠されている。



     医者は立派な教育を受けている、と思いたいが

    実のところ彼らの教育の多くは、業界から資金援助を受けている。



    規制機関は有効な薬だけを市場に出している、

    と思いたいが実際には、箸にも棒にもかからない薬を承認し、副作用に関するデータを、平気で医者や患者に知らせずにいる。



     医療がどんなことになっているのかを、次ページの最後の一段落で述べるけれども、それはあまりにも馬鹿らしく、荒唐無稽な感じがするので、読んだらきっと、わたしが大げさなことを言っているのだと思うだろう。


    追い追い説明してゆくように、医療は全体が壊れている。


    そしてその理由は、わたしたちが判断を下すうえで使うエビデンスが、どうしようもないほど、組織的に歪められていることにある。



    しかも、これは決して、取るに足りない問題ではない。なにしろ医療では、医者と患者が、生身の人間のきわめてリアルな世界で、抽象的なデータを使って判断するのだから。

    その判断が見当違いであれば、結果として死や苦しみや痛みを招きかねない。


    ーーーーーーーーーー




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        医学界では非科学的根拠を「エビデンス」と称す   ウイクスピア辞典(あるか!)

    したがって、辞書を改訂して非科学的根拠を「エビダンス」とする   (あるか!!)

     この本を読んでビックリするひとはボクより遅れている

    ええ~~~ オマエだけはやめてくれ~~~~

     

    なんちゃって本じゃないですよ。以下は・・・

     

     

     「悪の製薬」」のまえがきを紹介しています。先回のつづきです。

    あるひとはトンデモ本だとか、陰謀論の本だかという人の居るでしょうが、それは本書を読まない人か読んでの頭に入らないひとでしょうね。

    文句あるなら反証しろよナ♪

    いえ、ボクにではないですよ~ 本の著者にですよ。

    「あなたは小学生並みの作文だ」とか「いや小学生にも劣る」とか、そいういう類いの非難はボクだけにしてね。

    というか、そういう幼稚園並の非難は通用しません! (きっぱり)

    文句あるなら全部読んでみろってバ!

    という訳で本書はさっと眺めただけで「まえがき」だけはよく読んだというボクが引用しました。 医療は壊れている証拠本「悪の製薬」のまえがきから飲用。ぐいぐい~~

     

     

     

     

     

    ーーーーーーーー以下「まえがき」(悪の製薬)より飲用ーーーーーー
        このあとどう展開するか

     本書はシンプルな道筋をたどる。

     まず、中心となる以下の主張の正しさを証明する。

    すなわち、業界から資金提供を受けた臨床試験は、資金提供者の薬をほめそやす結果を生みがちであり、それは今、最新の研究によって、疑いの余地なく立証されているということだ。


    最初の節では、初めて「系統的総説」という考え方も紹介する。
    システマティックーレビューとは、ある特定の疑問についてのあらゆるエビデンスを偏りなく査定評価したものだ。

    使えるエビデンスのなかでは最も質が高いので、システマティツクーレビューがある場合は、本書の全般でそれを利用し、個々の臨床試験は、もっぱらその研究がどのようにおこなわれたか、あるいは悪事がどのようになされたかの感じを伝えるための説明とする。



     続いて、いかにして製薬業界は、こうした自社の薬にとって好ましい臨床試験を生み出せるのかを検討する。

    まず足を止めるのは、好ましくない治験データを医者と患者に知らせずにおくのは簡単だ、ということを示す証拠を再検証するためである。


    企業は七件の臨床試験をおこなう権利が完全に認められているのに、二件の好都合な試験しか公表しない。


    しかも、こういう行為が当たり前になっている。

    おまけに、科学と医療のあらゆる領域でそんなことが起こっているのだ。

    選り好みをして公表するせいで、偽の肯定的な結果の文献だらけになるーー
    みんなの時間を浪費する〈基礎的実験研究〉に始まり、薬が危険かもしれないという証拠を見えないところに隠す〈初期の臨床試験〉を経て、日々の臨床診療に情報提供するのに利用される〈主要な治験〉にいたるまで。




    あまりにも多くの治験データが医者と患者の目から隠されているので、
    わたしたちは医療で毎日使う治療薬の本当の効果について、はっきりした考えが持てない。





    この章では、抗鬱薬の話に始まって、スタチン、抗癌剤、ダイエット薬、そしてタミフルの話へと進む。


    世界各国の政府は、世界的流行を恐れて、このインフルエンザ薬タミフルを備蓄するために何十億ドルも費やしてきた。


    にもかかわらず、この薬が肺炎と死亡の発生率を下げるかどうかのエビデンスは、現在、今日にいたるまで公表されていない。



     次に一歩引いて、薬が生まれる場所に目を向ける。

    ここで取り上げるのは、薬の開発の過程だ。誰かが新たな医薬分子を思いついた瞬間から、研究室での動物実験を経て、ヒトでの初めての試験、そして、薬が患者に有効であることを示すのに必要な初期治験。


    ここであなたは驚くべき事実をいくつか見出すだろう。危ない「ヒト初回」投与試験を受けさせられるのはホームレスの人びとだ。
    しかしそれだけでなく、本格的な治験はグローバル化が進みつつあり、わずかここ二年で急展開が見られた。これが深刻な倫理上の問題を引き起こしている。

    というのも発展途上国の治験参加者は、高価な新薬から恩恵を受けそうにないことが多いからだ。

    しかしそれはまた、データを信頼するうえでの新たな興味深い問題をも引き起こす。



     続いて考察するのは規制、そして薬を市場に出すために余儀なくされる試練だ。

    その基準がやけに甘いということを説明する。

    薬は、ないよりましなことが証明されればそれでいい
      効果の高い治療薬がすでに売り出されているときでさえ。


    それはつまり、本物の患者が正当な理由もなく見かけ倒しの偽薬を与えられることを意味するが、今ある治療薬より劣った薬が市場に出回るという意味でもある。


    企業は追跡調査に関する約束を破り、規制機関がそれを野放しにする、ということを説明する。



    また、副作用と有効性に関するデータが規制機関に提出されないこと、
    そして

    規制機関がこれまた異常なほど秘密主義で、自分たちが握っているデータを医者や患者に教えない、

    ということについても見て行く。


    最後に、この秘密主義がもたらす害悪について述べる。


    「たくさんの目」は、医薬品の問題を見つける際にたいへん有効であることが多く、最も恐ろしい薬害のいくつかは、規制機関に見逃され、データへのアクセスに悪戦苦闘を強いられた学者たちによってようやく発見されたのだ。




     それから「あくどい臨床試験」を見て回る。

    単純な臨床試験はつねに治療薬の公正な試験だ、と信じたいのが人情だろう。
    そして、適正におこなわれれば、そうだと言える。


    ところが、長い年月が経つうちに、いくつかのごまかしが取り入れられ、研究者は、自分が試している治療薬の有益性をことさら大げさに強調できるようになっている。



    ここに至ってあなたは、なかには悪意のない間違いもあると思うかもしれない。
    冗談抜きで、わたしはそうではないと思うと同時に、むしろ彼らがいかに賢いかのほうに興味をそそられる。


    さらに重要なことに、本書ではそれらのごまかしがいかに見え見えかを説明し、その一連の流れのあらゆる段階で
    ーーー倫理委員会から学術雑誌までーーー
    もっと分別があってしかるべき人びとが、いかに企業と研究者にこれらの恥ずべき、あからさまな歪曲を許してきたかについて検討する。




     ちょっと回り道をして、たちの悪いエビデンスと行方不明のエビデンスをとりまく問題のいくつかにどう対処できるかを論じてから、マーケティングの話題に移ろう。

    製薬会社についての従来の著書のほとんどは、これを重点的に論じていた。


     ここで取り上げるのは、製薬会社が毎年何百億ポンドも費やして、医者の治療薬の決定をくつがえそうとしていることだ。


    実際、彼らは新薬の研究開発に費やすのと同じくらいの金額を、マーケティングと広告に費やすのだ。


    誰だって、医者にはエビデンスにもとづく薬を処方して欲しいと思うし、エビデンスは普遍的なものなので、そういう巨額の出費の理由は一つしか考えられない。


    エビデンスに基づく診療を歪めることだ。

    このお金はすべて患者と政府からじかに流れてくるのだから、わたしたち自身がこの特権の代金を払っているわけだ。



    医者は、初期の研修のあと正式な教育をほとんど受けないまま、医療の実践に四〇年間を費やす。



    四〇年間で医療は一変し、その変化について行こうとするとき、医者は大量の情報にさらされる。


    新薬の有益性とリスクを偽って伝える広告からの情報。

    患者の秘密の処方記録をひそかに探る営業担当者からの情報。

    製薬会社にこっそり報酬をもらっている同僚からの情報。

    業界が資金援助している「授業」からの情報。

    製薬会社の従業員がこっそり書いた独立系「学術」雑誌の記事からの情報。

    そしてもっとひどい情報。






     最後に、どうすればいいかを考察しよう。

    マーケティングーキャンペーンの欺瞞は、倫理的な医者なら無視できるが、歪められたエビデンスから生じる問題は、すべての人に、もれなく影響を及ぼす。



    世界屈指の高額な医者でも、一般に入手できるエビデンスに基づいてあなたの治療を決めることしかできず、誰も特別に有利な立場にいない。


    もしこのエビデンスが歪められていたら、わたしたちみん
    なが、本来なら避けられる苦しみと痛みとが死にさらされる。



    制度全体を修正しなければならず、それまではみんなが本当に、一蓮托生なのだ。




    ーーーーーーーーーー転載終了ーーー

     

     

    エビダンスとは歪められたエビデンスに驚喜して踊り狂うさまを言う  ウイクスピア辞典より  (あるか!)

     

    医者や学者がよく言う「エビデンスに基づく ナンチャラ」とは、実はいい加減な科学的根拠だと認識して、ああ、そう・・・程度で聞いていればよいのでしょう・・・か? 

    もしかしたら、「エビダンス」と言っているかもしれませんので、ようく耳をかっぽじって。。。

     

    昔の大本営も真っ青、医学界のエビデンス

    エビデンスとは偏った科学的根拠を言う

    うまく使おうエビデンスという語句 

    これさえ使えば誰でも納得「エビデンス」という言葉

    エビデンスを連発する人を見たらドロ某と思え 

    エビデンスはドロ亡のはじまり

    エビもビックリ、ひとのエビデンス・ダンス

     

    なんちゃって語句でした。

     

     

     

     



     

     

    先回のつづきです。

    ーーーーーーーーーーーーーーーー転載ーーーーーーー



     これは漫画じみた単純な悪の物語ではないし、陰謀説があるわけでもないだろう。


    製薬会社は、癌を治す秘訣を隠していやしないし、わたしたちをワクチンで皆殺しにしようとしているのでもない。

    その手の話にあるのは、良くてせいぜい  詩の真実だ。

    わたしたちは、拾い上げたいくつかの断片から、直観で、医療の何かが間違っていると知っている。

    だが、医者も含めてほとんどの人は、何が間違っているのかを正確には知らない。


     こうした問題が世間の詮索の目から守られてきたのは、全貌があまりに複雑すぎて、マスコミ報道用に短くまとめた言葉では、いや三〇〇〇語くらい費やしてもまだ、捉えることができないからだ。

    だから政治家のお目こぼしに  少なくともある程度は   あずかってきた。しかしそれはまた、あなたが今、五〇〇ページ超のこの本を手にしている所以でもある。



    これらの問題を解決するうえで信頼できるはずだった人びとが、あなたを裏切ってきたのだ。


    だから、自力で解決するために、問題を正しく理解しなければならない。


    そこで本書には、あなたが知っておくべきことを残らず盛り込んだ。



     というわけで、はっきり言ってしまえば、本書全体は、次の一段落に記すそれぞれの主張の正しさを、細心の注意を払って証明するものである。


     医薬品は、それを製造する人びとによって、まずい設計の臨床試験で、あきれるほど数少ない、へんてこな、患者の代表とは言えない患者に試され、治療効果を強調すべく、意図的な欠陥がある手法で分析される。


    当然ながらこれらの臨床試験は、製造者に有利に働く結果を生みがちだ。


    企業側は、自分たちの気に食わない結果が出たとき、それを医者と患者から隠す絶対の権限をもっているので、わたしたちには、薬の本当の効能の歪んだ姿しか見えない。


    規制機関は、ほとんどの治験データに目を通すが、薬が誕生した当初のものしか見ておらず、その場合でさえ、データを医者や患者どころか政府の他の部署にさえ提供しない。


    この歪められたエビデンスが、のちに歪められた形で伝えられ、適用される。医学部を卒業してから四〇年間、医者は実務のなかで、何が効くかの情報を、製薬会社の営業担当者や同僚の医者や定期刊行物から、その場その場の口伝えに聞く。



    しかしその同僚は製薬会社に--しばしば内緒で--雇われている可能性があるし、定期刊行物も然り。患者グループも。



    そしてとどめは学術論文だ。

    これには客観性があると思いきや、じつは企業の社員が素性を明かさず極秘裡に企画、執筆していることがままある。


    ときには学術雑誌全体が、一つの製薬会社の完全な所有物になっていたりする。


    こういうことどもはさて置き、医療界が患う最も重篤でしぶとい病のいくつかにたいして、何が最善の治療手段なのか、わたしたちにはさっぱり分からない。


    というのも、臨床試験をすることが誰の金銭上の利益にもならないからだ。
    これらは現在進行中の問題で、人びとはその多くを解決すると言いながら、あらかた失敗している。

    それで問題はみな生き残っているのだが、状況がかつてないほど悪化しているのは、今やみんなが

        何の問題もないふりをできるからだ。




     まことにゆゆしい事態だ。そしてその詳細は、前の段落を読んで受ける印象よりはるかに恐ろしい。

    個々の話のいくつかに、あなたは関係者の人格を本気で疑いたくなるだろう。
    あなたを怒らせる話もあるだろう。そして、あなたを悲しませる話もあるのではないかと思う。



    けれどもわたしは、これはたんなる悪人についての本ではない、ということをあなたが理解するように願っている。



    実のところ善人が、よこしまに設計された制度のなかで不用意に、ときには自覚のないまま、見ず知らずの人に多大な損害を与える行為をすることもある。



    現行のーー企業、医者、研究者にたいするーーー規制はよこしまな動機を生む。だからわたしたちは世の中から貪欲をなくそうとするよりも、そういう壊れた制度を直すほうが得策なのだろう。



     本書を製薬業界への攻撃と見なす人もいるだろう。もちろん、そのとおりだ。

    でも、それだけではない。

    第一に、あとで詳しく論じるように、問題は広範におよんでいて、医者、規制機関、学術雑誌、薬剤師、患者グループその他がすべてそれなりの役割を演じている。


    第二に、限度がなくはない。製薬業界で働く人びとのほとんどは、きっと心根は良いのだろうし、

    薬がなければ医療は成り立たない。


    世界じゅうの製薬会社は、過去五〇年間で最も素晴らしい新機軸のいくつかを生み出し、並外れた規模で人の命を救ってきた。


    しかし、だからと言って、データを隠したり、医者を誤った方向に導いたり、患者に危害を加えたりすることが許されるわけではない。



     今日、学者や医者が「わたしは製薬業界の仕事をしていること言うとき、後ろめたい表情をーー 口にこそ出さないけれどーー浮かべることが多い。


    医者と学者が製薬業界との共同研究を前向きに明るくとらえ、より良い治療をし、患者をより良くすることができる世界に向けて、わたしは努力したい。


    それにはいくつもの大きな変化が必要だろうし、なかには非常に長い時間がかかるものもある。


     そのためには、これから語る話はひどく悩ましいので、たんなる問題点の列記にとどまらないものにするよう努めた。

    明らかな解決策がある場合は、それがどんなものかを説明した。しかしまた、各章の終わりで、事態を改善するためにあなたができることについて、いくつかの提言もしている。それらはどんな立場の人にも合うようになっている。



    あなたが医者であれ、あるいは患者、政治家、研究者、規制機関、製薬会社であれ。



     しかし何にも増して、一つ忘れて欲しくないことがある。それは、これが一般向け科学の本だということだ。


    ここに記されたごまかしや歪曲は、細部は見事で、入り組んでいて、ほれぼれするぼどだ。

    このきわめて厄介な災難の本当の規模は、細部のもつれが解きほぐされて初めて明らかになる。



    良質な科学は産業規模で歪められてきたが、それは長い年月をかけてゆっくり起こり、自然に進行した。


    すべてはごく普通の人びとがやってきたことなのに、

    彼らの多くは、自分が何をしでかしたかを知ってさえいないのかもしれない。




     あなたに彼らを見つけて欲しい。そして彼らに教えてやって欲しい。


    ーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー

    一蓮托生の類い? ボクも貴女も?

    (男性は入りません、論外対象ですねボク的には)

     

    そうです、製薬企業も国の省庁役人も学者のマスメィデアもぜ~~~んぶ団子兄弟ですが、じつはその団子が好きで好きでだいす~~きで~~♪ 食べさしてチョウダイ♪

    と要求してきたのがボクや貴女なのです。

    (男性は猿族に分類していますので、悪しからず)

     

    つまり、だれもがそのお仲間だったのです。彼ら供給側だけが犯人だとか悪人だとか言うのは筋違いです。

    筆者も「一蓮托生」と書いています。

    そう、ここまで持ちつ持たれつつやってこれたのはぼく達と君たちみんなお仲間だったのです。

    そうなると、解決法は自分自身が決めることであり、その発見の自分がすでに知っていることです。

    自問自答しましょう。ハイヤーセルフは自分です。

    ハイヤ~~シルバ~~

     






    0 0

    古い本だとお思いでしょうが、古いヤツほど古いものを欲しがるもんでゴザイマス。

     まあ、古いのは本だけでなく、人間の方も古くさくてあれから何十年経とうと、臭くて堪らないのが世界の医療というもんでゴザイマス・・・ぷっ!

    あ! つま楊枝と一緒に入れ歯まで飛んでイッチャッタ~~!!

     

    と言うわけで、ハンスリーシュ著 

    医療の犯罪―1000人の医師の証言

    が再び登場するのでありました。

    なんと言っても、あれから何十年・・・変わったのは女房、亭主の容貌のみ。

    世界の医療は質的にはnot at all(ちっちも)変わっていないからであります。

    従って、この古い本を読み返しても、現在にもぴったり当てはまるのではないかと思いまして。

    僕自身は全面賛成かどうかはいまだ迷っているという状態ですが・・(モゾモゾ)

    判断は貴女のハイヤーセルフ・サービスにお任せ致します。

    (貴男はどうしたって? ・・・・・イランY)

     

    以下印欧ーーーーーーーーーーー

     日本語版に寄せて

       ハンス・リーシュ

     私は出版社から日本の読者のために特に「まえがき」を書くよう依頼され、嬉しさと当惑と両方の気持を持っている。本書はその表題からもわかるように、私だけのものではなく、私と考えを同じくする1000人の、そして更に多くの医師達のものである。

    私はただ嬉しいどころか飛び上がるほど嬉しいのだが、それは世界のいずこの国に於いても動物実験の悪を進んで暴露する出版社は稀であることが分っているからなのだ。


     私の当惑について言えば、私も日本へ行ったことのない他のほとんどの西欧大と同様、ヨーロッパで数は少ないが美しい日本の映画を見て、ほんの僅かに日本の国と人々について知っているだけだという事である。


    どういうわけか、私かいつも漠然と個人的な概念として心にいだいているのは、東洋は知恵の在所であり、一方西欧は誤りの、しかも極めて重大な誤りの、源なのだ。サウジアラビアを舞台にした私の或る小説の中で、一人の遊牧民の長にこんな風に言わせるところがある、

    「太陽は別として善はすべて東から来るが、雨は別として悪はすべて西からやって来る」と。

    ともかく、うまく説明できないがこの信念がいつも私にまといついて離れない。


     私は非常な興味をもって、甲田光雄博士の本書への序文を読んだ。甲田先生の理論と方法をもっと詳しく知りたいと思う。

    ほとんどの人は自然の知恵のおかげで生まれながら健康であることに、先生も同意されると思う。それどころか、先生は「病気の大半は誤った生活が原因」と言っておられる。

    一つだけ御批判申し上げたい。
    先生は「動物実験の必要性を感じていない」と書いておられる。これは私に言わせれば、動物実験に反対する言葉としてあまりにも弱過ぎるのだ。

    考えある人々が増えて来て、私もその人達と意見を共にするが、動物実験は「不必要」であるばかりかそれをはるかに超えて、むしろ医学、したがって人類、に対する猛烈な害の絶えざる源となっているのだ。

    何故なら動物実験は、その信頼すらできない間違った答を、鈍感な自称「医学研究者」に与え続けているからなのだ。


     ヨーロッパの人口の半分を一掃した腺ペストのような中世の大疫病は、密集地域に住む人々の不衛生状態から起こったのだが、今日、人類を脅かす新しい病気のほとんどが動物実験場から発したものであるということは明らかなのである。
       

       一九九六年十二月二十六日



    ーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーー

     

    というわけで二五年前のハンスリーシュ氏の日本人へのおたよりですが、これは今デショの内容でも通用するかも知れませんね。

     

    甲田光雄博士の推薦文は次に続きます。

    乞う御期待!

     

     

     

     

     

     


    0 0

    二〇世紀からの伝言。

     二一世紀の「今デショ!貴女」に贈る

     

    古いヤツほど古いものを好むもんでゴザイマス ーーー シリーズ2です。

    シリーズ?   

    尻~ズ。

     

    と言うわけで、ハンスリーシュ著 

    医療の犯罪―1000人の医師の証言

    続きです。

    以下引用ーーーーーーーーーーー

         動物実験を廃止せよ

      日本動物実験廃止協会会長 

    医学博士甲田光雄

      「科学」の名のもとに出てきた薬害

     科学至上主義がまかり通ってきた二十世紀も、その終わりに近づいて大きな欠陥がつぎつぎと表に現われてきました。

     最近の薬害によるエイズの発生も、そのよい例であります。
     日本国民を恐怖に陥れ、新聞やテレビなども毎日のように犠牲者たちのいたましい姿を報じ、大きな社会問題になっております。

     非加熱製剤の輸血によるエイズの感染は、ほぼ間違いなしという症例が幾例も出ているのに。加熱製剤の使用を決断しなかった理由は、加熱製剤の安全性が「科学的」に証明されていないということでした。


      「科学」の名のもとにまかり通ったこの暴挙で、じつに一八〇〇名以上の人々がエイズに感染し四〇〇名余が死亡するといういたましい結果となってしまったではありませんか。


     その加熱製血液の安全性を「科学的に証明するため」に、まず動物実験を行なうというのが "有力″な条件になっているところに大きな問題があるわけです。
    こうして「科学的」にその誤りが証明されるまでに危険な薬剤や製品の使用が続けられた結果発生した大惨事は、薬害エイズの前にもいくらでもあります。


     昭和二十九年(一九五四年)に起こった森永ヒ素ミルクによる中毒、それに続く九州での水俣病などもその例外ではありません。またスモン病やサリドマイド事件などもまだ私たちの記憶にはっきりと残っております。



      「科学的にその誤りが認められるまでは」というこの「科学」の名において人類が蒙った被害がどれほど大きなものであるかを、いま私たちは謙虚に反省する必要があると主張したいのであります。


      「科学的」という言葉がいかにも正しくて、私たちの生活を幸せに豊かにしてくれるものと信じてきた人々が、いまや大きな衝撃を受けることになったわけですが、しかし、いまだになお「科学的」という名のもとに、その正当性を盲信している人たちが少なくありません。

     動物実験がそのよい例であります。






     二。動物実験は信頼出来るか

     医学あるいは薬学の分野で提出される論文で、動物実験の結果を証拠としてその論文の正当性を発表することが、学界での審査にパスする最も有利な条件とでも云うべき「暗黙の了解」があるようです。


     したがって、医学あるいは薬学の研究に従事する人たちは、まず動物実験が出来る教室や研究所を選択することになるのです。

    そして、動物実験を行なっているということがいかにも学究的な、レベルの高い研究者であるかのような妄想にとりつかれてしまっているわけです。



     こうして誰も彼もが、いたいけな動物を無惨にも殺生し、「無益とでも思われるような」実験にも手を下さざるを得ないというのが研究室での現状であります。


     その結果出てきた成績が、自分の論文に対する評価を高めることになるのだと信じているところに大きな悲劇があるわけです。


     しかし、このような動物実験で得られた成績を添えて提出された論文が、学界での審査にパスするための有力な「切符」となっている限りは、止むを得ぬ手段と云うべきでありましょう。


     問題はこのような動物実験を「正しい科学」として位置づけた学界の風習であります。



     色々な動物実験をよく検討してみると、その結果は人間にそのまま当てはまらないという場合が極めて多いことに気がつく筈です。


     例えば、痙攣を鎮静する作用があるスコポラミン(アトロピン類に属する)は、たったニグラムで一人の人間を殺すことが出来ます。しかし、犬や猫ではその1〇〇倍の量でも死なないのです。

     もし犬や猫での実験結果をそのまま人間に応用すれば大変なことになってしまうでしょう。


     またアヘン(モルヒネ、コデインなど)は麻薬として一般の人々は使用が禁止されておりますが、このアヘンの中毒患者が半月(十五日間)毎日使う量を、ハリネズミに全部一度に与えても平気であります。人間なら命にかかわる問題であるのにです。


     このように動物実験の結果をそのまま人間に当てはめることは出来ないのであります。

    そのうえ動物実験はその動物にとって強度のストレスとなっている場合が少なくないのです。


     例えばマウスに注射針を差し込んだ場合を考えてみましょう。
     体重五〇グラムのマウスに〇・二四の太さの注射針を差し込むとすれば、五〇キログラムの人間に換算すると(一〇〇倍)、なんと一〇mという太い注射針になってしまうのです。
     その一〇分の一の注射針であっても、それを腕や脚に差し込まれたら、どれほど強いショックを受けるか。想像出来るではありませんか。

     そのようなショック状態で得られた動物実験の成績を。果たして正しい評価としてよいのでしょうか。


     私は長年断食療法の研究を続けてまいりましたが、断食をする人の精神状態によってその成績がひじょうに違ってくることを痛感しているのであります。

     強い不安感や恐怖感をいだきながら断食を行なう場合、あるいはまた強制的に断食をさせられた場合と、「この断食で自分の病気は必ず治る」と確信して喜び勇んで断食を行なう場合とでは、その結果に歴然たる差が生じるのは当然であります。


     喜びや希望で、体内での芻エンドルフィン(ホルモン)分泌が増え、不安や恐怖ではアドレナリンの分泌が増えることからもその理由を説明できる筈です。


     しかるに動物を絶食させて実験するという場合は、ストレスにこそなれ、決して快感は生じないのであります。
    このような状態で行なった動物実験の成績をそのまま信じてよいものか、すぐ解るではありませんか。


     私か患者さんたちに対して「断食」という言葉を使って、決して「絶食」とは云わない理由はここにあるわけです。

     以上のことから、動物実験の必要性を謙虚に反省していただきたいと思うのであります。





     三。病気の大半は誤った生活が原因

     私は長年、西式健康法を基本にした断食療法、玄米少食療法を応用して、現代医学の治療法でも治らなかった難病疾患、例えば慢性関節リウマチや全身性エリテマトージス、多発性硬化症、強皮症などの膠原病、それに重症筋無力症や橋本病(慢性甲状腺炎)、或いは慢性肝炎や慢性腎炎などの患者さんたちの治療に当たってまいりました。

    その結果、注目に価いすると思われる好成績を挙げることが出来たのであります。


     この臨床経験の中で人間の病気の大半は、各自のライフスタイルの誤りが原因で起こってくる、ということを痛感した次第です。

     したがってこの誤れる生活内容を各自の患者さんたちがよく反省し、それを正しいライフスタイルに改めるならば、必ず病気は治ってくるという姿をあまりにも多く見てきたわけです。

     たとえ遺伝的な疾患と云われるものであっても、「正しい生活」の実行によって症状の改善が認められるということを筋ジス(進行性筋ジストロフィー症)の坊やたちの臨床で確認することが出来ました。
    この問題については拙著『ぼく筋ジスなんかに負けないよ』(せヽらぎ出版発行)の中で報告しておきました。

     以上の経過から私には動物実験の必要性を感じておらないのであります。




     四。真理の芽を抑圧する学界の風習

     ところで、この筋ジスの坊やたちに応用した栄養療法は、当院で創案した生菜食療法であります。これは火を加えたものは一切食べず、生の野菜と生玄米粉だけを長期に食べ続けるという厳しい食事療法であります。

     成人男子では一日に数種類の生野菜を泥状にしたもの1キログラム、生玄米粉一五〇グラムで、これを二回に分食するものです。一日の総摂取熱量は僅か九〇〇キロカロリー、蛋白質は約二五グラムという低カロリー、低蛋白食ですが、この食事で大の男が一年でも二年でも元気に働いてやってゆけることが、解ってきました。

     これは現代栄養学の常識では考えられないことです。大体、基礎代謝量にも足りない低栄養では早晩栄養不良に陥り、倒れてしまうに違いないと考えられるでしょう。
     ところが、どっこいそうはならないのです。

     これまで約六〇〇〇名の人たちがこの生菜食療法を実行してこられましたが、この食事で栄養不良になるどころか、現代医学で治らないとされている各種の難病も治ってくるという症例が続々と出ているのであります。
     この問題については、またの機会に詳しく説明することにいたしましょう。


     ところで甲田医院での生菜食療法に関する症例報告をまとめて、医学界に発表しても。結局は鉦視または黙殺されることになってしまうのであります。‥ 動物実験のような基礎的研究の手順を踏んでいないからだめだというのが学界側の意見ですが、
    これによって折角育ってきた新しい真理の芽が抑圧されてしまうことになるのです。

     人類の健康と福祉の増進のために誠に残念な風習と云わねばなりますまい。





     五。真の平等思想に基づいた医学

     人類はいまや有史以来、最大の危機を迎えているように思われます。
     加速度的に進展する環境問題、例えば大気中の炭酸ガスの増加による気温の上昇、フロンガスによるオゾン層の破壊、それに酸性雨、熱帯雨林の激減、砂漠の拡大等々、どれも皆人類ばかりか、地球上の全生物にとっても死活の大問題であります。地球が危ないーーーーという叫び声が世界の各所から吹き出しているのも当然のことと云わねばなりません。

     このような危機を迎えた原因は何か?
    それは人類がこの地球上に出現して以来、四百万年の間、 「人類独尊」という差別思想に終始した生活態度をとってきたことが根本原因であると、私は考えております。

     つまり、人類に都合のよい「いきもの」は飼いならして利用し、平気で殺傷してきました。動物実験もそのよい例であります。また、都合の悪い「いきもの」は皆殺しを強行してきたわけであります。

     農薬の乱用、抗生物質の乱用などがそれですが、その報いを受けて、今度は人類生存にも脅威が迫ってきたではありませんか。

     これは、病害虫を皆殺しにする差別思想の農業や医学に対する天の警告であります。


     いまこそ私たちは、この差別の農業や医学を反省し、あの二千五百年前に説かれた釈尊の「真の平等思想」に基づいた生き方をするのでなかったら、二十一世紀からの人類に、幸せな未来はないと考えられるのであります。

     つまり、人間の命だけでなく、動植物や微生物の「いのち」を含めた。すべての「いのち」が共存共生をはかるという生活態度が、いま問われているのです。

     したがって、動物実験の廃止は当然のことと私には考えられるのであります。






     六。動物実験廃止の大運動を展開せよ


     さて、それではいかにして動物実験の廃止を成功させるかという問題になるわけですが、これには想像以上に困難な障壁が、その前に立ちはだかっているものと覚悟しなければなりますまい。

     動物実験を廃止されては困る人たちがいかに多いかを考えればすぐ解ることです。

     しかもその最奥に「見えざる政府の陰謀」があることを理解しておく必要があるのです。

    この問題については『世界医薬産業の犯罪』((ンス・リュージュ著、太田龍訳。三交社)に詳しい説明がありますが、私たちが二十一世紀からの真の繁栄と健康を成就するために乗り越えなければならない最大の障壁であると考えられるのであります。

     しかし、「真理」に目覚めた先覚者たちの警告に耳を傾け、この社会の真実の姿を理解した人たちは正義の御旗のもとに一致団結して動物実験廃止の大運動を展開すべきではないでしょうか。

     その日が一日も早く来ることを願って止みません。
     

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

    見えざる政府の存在

    とありますが、現在アメリカを主舞台に欧州まで含んで行われている水面下の闘いに見られます。ロックフェラーとかロスチャイルドを主体とする世界の医薬産業の支配で世界中の医学者、医師、政府、ジャーナリストをはじめ底辺の一般人が濁脳(洗脳とも言うらしい)されている状況に置かれているのです。

    そこから抜け出す絶好の機会がいま起こっています。人々の気づきが進行中です。まずは世界の医療界に対するイエロージャケット運動が起こることを期待しています。

    それをやるのは貴女です!

    世界の事情は「今デショ!」の状況になっています。もう「起ち上がらない貴男」などほっぽいとって立ち上がるのは、貴女ですよ、アナタ¥


    コズミックディスクロージャーでおおよその見当が付きますね。

    いずれにしても、その決戦の勝利は既に決していると思われますが、多くの人の古い頭の切り替えが行われるには、日本の戦争終了時のようなショックが必要なのかも知れませんね。

    さて、世界の医療界の古い頭の切り替えに必要な原子爆弾的ショックはなんでやろ?


     


    0 0

    ??ペテン師ジェンナー?

    世界医薬産業の犯罪?

    みんな他からの引用です。

    が、 そのとお~~り~♪ (ピアノの買い取りじゃありませんよ)

     ジェンナーがペテン師だという証拠は

    ジェンナー氏の仕掛けた罠が天然痘撲滅の嘘を産み、ワクチン信仰を確立させた!?

    2008年12月22日

    のなかで紹介した、これも別にしょうかいした

    ジェナー(ジェンナー)と天然痘と偽りのワクチン登場(ワクチンの参考本)

     これ重要です。 

     

    を読む事をお奨め致しまして

     

    世界中がれっきとした医学界のトップたちまでが、天然痘は種痘によって撲滅出来たという説にスッカリだまされているのですね。

    欺されている? などとは誰もが思わないで来ました。

    それは、今でも製薬企業で行われている「大本営発表」的エビデンスなんですが、それを誰も見破られなかったのは人類というのはいかにだまされ易いかという証拠でしょうか?

    それは「悪の製薬」という本で詳細に調査され書かれていますが、「医療は壊れている」という著者の主張は今に始まったことではないのですね。

    感染症部門の元祖的存在ジェンナー師のペテンをそのまま受け入れ援助し、それを推進してきたのは世界医薬産業かも知れませんが、それを無意識であっても指示受け入れていた巨大な土台があったわけです。

    そうでなければ、こういうペテンや偽エビデンスがいつまでもずっと通用するわけがなく、早々にバレて無効になってしまうはずです。

    その土台となるのが吾ら人民、つまり一般大衆人と呼ばれるその他大勢なのでした。

    わしらが土台?

    そうです。簡単にコロリとだまされるボクらが支えてきたんですよ、アンタ。

    まあ、ここは苦笑して終わるか、ここらでそろそろ気づいて欺されないかは貴女次第ですのでお任せですが、「オレオレ詐欺」に簡単に引っかかる老人のようにコロリとだまされて偽のエビデンスでエビダンスを踊るのもよし、サッサと土俵から降りてオプジーボのような金食い薬から縁を切るか・・・

    どちらにしても、自由意志の選択です。

     

    天然痘の撲滅勝利宣言

    という詐欺的主張は天下のWHOが行っているようですが(製薬企業からの資金援助が7割以上と言うから無理もないかな?)

    一番欺しやすいのは「真実」と「ウソ」をチャンポンにするのが一番だと思われますが、それを見分けるのはやっぱりゼロポイントフィールドに繋がって自分にとっての真実を受け取るしかないようであります。

    やってますか?

    ゼロポイントフィールドに繋がるアノ手順を・・・

    (人様に言う前にオマエやってんのかい?)← 自縛 いや自爆

    ある意味、自縛って気持ちいいんです (!?)

     真実を知ろうとしない、聞かない、見ない・・これも自縛趣味です。

    嗚呼^^(?_?)

     

     はよ、縄といてみろって

     

     ところで、種痘は牛痘だと思っていたひと(多分、医学関係者をはじめ僕も含めてそう思ってきた、いや、今でそう思っているでしょう)に

    次のような記事が

    以下引用ーーーーーーーーーーー

    100年以上前に製造された天然痘ワクチンでも、ワクチンに含まれていたウイルスのゲノムは馬痘ウイルスとほぼ同一という結果が2017年8月に報告された。このワクチンは、現在のメルク社の前身の会社が1902年に製造したものである。そのゲノムをベルリンのロベルト・コッホ研究所のチームが解析した結果、馬痘ウイルスと99.7%という高い相同性が明らかにされたのである(4

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

    もしも、今でも種痘を牛痘だと言っている方が居られましたら罵倒してくださいね。

     

    まあ、牛でも馬でいいんですが、種痘は体内を汚濁するだけのシロモノ。

    種痘で天然痘を解決するどころか、むしろ悪化させていたという歴史があるそうですから、いかにワタシタチがカンチガイシタママしんでいったけど・・・じゃないか!! いかに勘違いしてきたかを知るきょうこの頃でゴザイマス。

    いずれは「薬が病気を治さない」どころか「病気を造り出す」という事が次々と明らかになる時代になったようです。なんとも怖いですねえ~オモシロですねえ~ それではまた次の幻想映画でお逢いしましょ ♪ 

    え? もう遭いたくない!

     

     

     

     

     

     

     


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    世界は細菌にあふれ、人は細菌によって生かされる

     

    世界は細菌にあふれ、人は細菌によって生かされる

     

    再度、図書館から借りて来ました。

    再読しているのですが、先回のはすっかり忘れていることにきづきました。

    そして、再び借りてくる時にも今回の内容はすっかり忘れていることでしょう・・・

    レンタルビデオでも、2回目に借りてきて見ていて・・・

    なんでやろ?見たような・・そうでないような・・・

    そして、後半になってようやく気づいたりしたもんです。

    二度も三度も食べてもまだ美味しい!

     

    そんな本かも知れませんね(オマエだけジャナイの?)

     

    それはともかく、最近は細菌やウイルスの本があふれて来ましたね。

    どの本にも共通している内容がありますので、サッと読みでもokですが、この本は細菌についてかなり広範囲の情報が集まっているようです。

    人間はまだこの微生物の働きがよく分かっていないのがよう分かりました。なにしろその数が多すぎることと、細菌単体の働きと言うより、グループ化した状態での働きの方が重要なのですから、研究室などの単純な環境では計り知れないのです。

     

    あの天才ペテン師ジェンナー(あ、ちなみにボクは転載ペタン師と呼ばれるかな?)や、後のコッホやパスツール師のような時代は、微生物単体の働きだけの科学でした。

    しかし、現代ではもうそのような単純な科学では追いつけないという事にようやく気づいてきたのです。

    もう少し進むと、微生物の働きは吾ら人民の生殺与奪権まで握っているのが分かるかも知れませんね。

    つまり、ニンゲン様が主じゃなくて、微生物たちの方がご主人様だと。

    そのご主人様に反抗するようなメイド(ニンゲン)たちはお払い箱にされて路頭に迷うことになりそうです。

    魔法のお薬、抗生物質が一時「救世主」のごとく登場してから、何十年以上たったか知りませんが、もともと自然界に対抗するものですから、ついには槍も折れ、歯が立たなくなってきたという事は専門家も言うようになりました。

    それにしても、一時的といえどもかなり強力な武器だったですね、抗生物質。

    その抗生物質を身体に入れると体内細菌(特に腸内細菌)がやっつけられる。その結果はどうなるかは、いろんな本でも書いてあるようにメチャクチャにされてしまうのです。

    そのうえに、やっつけようとした細菌は耐性を持ち、こんどは抗生物質なにするもんぞとエラい強力化して逆襲する。

    もう知られたことですし、今後のニンゲン様の様子を見ていれば分かることでしょう。もっとも気がついたときには遅い人も多いのでしょうけど。

    ウイルスにしてもそうですし、細菌よりももっと相手が悪い。ウイルスは細菌類まで操作できようなのです。しかも殺す手段も無いわけです。

    抗ウイルス剤は殺すのではない。

    もっとも、生物学も曖昧なことにウイルスは生物ではないとしているので、なんだかアチャコ症状ですね。 (え?アチャコ知らないって~)

    もうメチャクチャでござりまする~~~♪  ← 知らない?

     

    それはともかく、壊れているボクのアタマなので不確実性は高いのですが、医学は生物学からずっと遅れているようで、いまだに個々の細菌だけやっつければそれで良しという思想のようです。

    思想? まあロバート・メンデルソン医博によれば「近代医学は宗教信仰だ」と言うくらいですから、信仰教義くらいに思っていればダイジョウブでしょうね。

    え?ますます壊れている?

    ま、ひとのアタマの心配は後にして、世界は細菌にあふれ、細菌によって生かされる。そのままなのです。

    うえの「細菌」を「微生物」でも「ウイルス」でも同じ事です。

    ボクらは微生物の海の中に産まれ、微生物の海の中で活きて、活かされて、そして最後も微生物の中で分解されていくのです。

    燃やすからちがうでしょ?

    いえ、灰や骨だったやがて微生物が分解する運命です。ゴムだろうがプラスチックだろうがダイオキシンだろうが、この世界にある物質は最終的には微生物が片付けてくれるわけでして。

    それが当たり前だのクラッカー「微生物の海の中で活きているボクたち」と「活かしたり片付けたりするキミたち微生物」

    君たちが居て、僕たちがいた・・・・

    そんな微生物たちに立ち向かおうなんて大それた事を考えたのは浅墓でしたと、気づくのはいつのことやら・・・

    インフルエンザ、いやねえ~~

    ウイルスいやねえ~~

    細菌いやねえ~~~

     

    何言ってんだ、産まれるときにお世話になって、それからずっとずっとワシらの世話になりっぱなしでいて~~~!

    ワシらもいつまでも黙っちゃあいないべよ。湖の水面のごとく、石をつよく投げれば反発してはね返すし、やんわり投げれば受け入れてやるがね。

    だいたいが君らの細胞がわしらを呼び寄せているんじゃ。その時の都合の良いときは黙って知らんふり、都合の悪いときは反抗しおって攻撃するのはアンタらじゃいか!

    いいかね、君らはワシら微生物が地球のご主人様であり管理人だということを忘れ、ニンゲン様の方がエラいと勘違いして主客転倒しちまったんじゃ。

    これから目に物見せてくれるY 。

    強く叩けば強くはね返し、従順になれば助けてもやろうが、このままワシらを敵のように刃向かってくるならもう終わりじゃ菜。

    まずは風邪もインフルエンザも敵視せずに、従順にして温かくして寝て回復を待つことじゃよ。熱はありがたい。ウイルスもありがたい。下痢や嘔吐もありがたい・・

    こういう感謝の心を持って養生すれば、たちどころに(と行かない奴もいるけどな)治ってサッパリキレイになれるというものじゃ。

     

    あれ、いつのまにか微生物の亡霊に憑依されてシマッタ!

    とにかく、この本は面白いですよ。 (内容よく憶えていないけれど・・)

     

    いちおう、参考に まあ、2050までに持つかな? もっと早かろうね。

     2050年までに年間1千万人超!? 専門家が警笛を鳴らすガンよりも怖い「薬剤耐性菌」

     

    こんなのも

    人の遺伝子よりも体内の細菌の遺伝子の方がずっと多い。

     むやみやたらに抗生物質や抗菌剤などでやっつけるのは「天に唾するもの」でありましょう。

     

    以下引用ーーーーーーーーーーー

    人間はヒトの細胞と細菌から成る「超有機体」|WIRED.jp wired.jp 元のページを表示

    人体を構成する細胞の数は数十兆程度だが、体内に生息する細菌の細胞数は100兆を超える。こうした体内微生物が、免疫系など人体の仕組みと密接な相互作用をしていることを考えると、人間とは、ヒトの細胞と微生物とが高度に絡み合った集合的有機体とみるのが適切だ――イギリスの研究者がこのような内容の論文をまとめた。「超有機体」というこの視点は、将来期待される「個人の特質に応じた投薬・医療」の開発に際して、重要な意味をもってくるだろう。

    Rowan Hooper 2004年10月13日

     あなたの体内に存在する細胞のかなりの部分は、あなた自身のものではない。それどころか、ヒトの細胞でさえない。それは細菌(バクテリア)の細胞なのだ。目には見えないが足の指の間で増殖の機会をうかがっている菌類から、腸の中の1キログラムにもおよぶ細菌類に至るまで、さまざまな要素を考えると、われわれ人間は歩く「超有機体」[superorganism: 通常はハチやアリなど社会性動物の集合体を指す]であり、ヒトの細胞と菌類、細菌、ウイルスが高度に絡み合った存在とみるのが、最も適切なとらえ方と言えるだろう。

     以上のような見解を、ロンドン大学インペリアル・カレッジの科学者たちが『ネイチャー・バイオテクノロジー』誌10月号に発表した。この論文は、体内微生物と人体の相互関係のあり方を扱っている。個々人が抱える細菌の種類や分布によって、医薬品への反応が大幅に異なる可能性があるため、この超有機体の仕組みを理解することは、将来の「個人の特質に応じた投薬・医療」を発展させていくうえで不可欠だというのが、論文の主張だ。

     今回の研究では細菌に絞って調査が行なわれた。人体には500種を超える細菌が存在し、その細胞の数は合計で100兆以上になるという。人体を構成する細胞の数が数十兆程度であることを考えると、われわれ人間の身体は、数の上でよそ者にかなり劣っている。結果として、われわれの身体内に存在する遺伝子も、大部分が細菌のものだということになる。

     だが、われわれ人間にとっては運のいいことに、こうした体内細菌は総じて共生生物(commensal)と呼ばれるもので、人間の食べたものをエネルギー源にしているものの、人体に実害を及ぼすものではない(commensalという英語は、食卓を共にするという意味のラテン語を語源としている)。それどころか、細菌には有益なものも多い。共生している細菌は、人体の免疫システムと緊密に連携し、人に危害をもたらす可能性がある感染症からわれわれを守ってくれるのだ。

     今回の研究を率いたインペリアル・カレッジのジェレミー・ニコルソン教授(生化学)は、「多くの病気が遺伝的性質や環境要因など様々な要素の影響を受けていることは、かなり前から明らかになっていた。だが、今回の論文で提示した超有機体という概念は、病へと至る過程の理解に大きな影響を与える可能性がある」と語る。この手法の応用範囲は、インシュリン抵抗[肥満などによりインシュリンが十分に機能せず血糖値が上がる現象]、心臓病、一部のガン、さらには一部の神経疾患の研究にまで及ぶかもしれないと、ニコルソン教授は考えている。

     ヒトゲノムの解読完了(日本語版記事)後、科学者たちはすぐに次の段階を考えた。すなわち、ヒトの遺伝子が環境要因と絡み合いながら、疾病の発現リスクや、加齢プロセス、薬の効能といったものに影響を与える仕組みの解明だ。だが、環境要因には、100兆もの体内細菌の遺伝子から生み出される物質も含まれるため、その仕組みは非常に複雑なものになっている。30億の塩基対からなるヒトゲノム情報自体も、けっしてその複雑さを軽減する助けにはならない。

     「ヒトゲノムが与えてくれるのは、わずかな情報にすぎない。体内の微生物が病気に対する人体の反応に影響を与えていることが判明したからには、今後われわれはこの分野についてさらに研究を進めなくてはいけない」とニコルソン教授は指摘する。「体内微生物と人体の相互作用を理解すれば、ヒトに関する生物学や医学がヒトゲノムの領域を超えて発展することになり、遺伝子と環境との新種の相互作用の解明にも役立つ。こうした知見が得られれば、やがては病気の治療についても、新たな手法がとられるようになるだろう」

     ニコルソン教授とともに今回の研究に参加したアストラゼネカ社所属のイアン・ウィルソン博士も、「ヒトを超有機体と考える」概念は「医薬品の開発に非常に大きな影響を与える可能性がある。医薬品の代謝や毒性に対する反応が、各個人で大きく異なるかもしれないからだ」と述べる。

     「体内のpH値や免疫反応といった要素に、体内微生物は影響を及ぼしうる。薬の効き具合は、こうした要素によって変わってくる」とウィルソン博士。

     今回のインペリアル・カレッジの研究は、『X-ファイル』の熱烈なファンからUFOマニアまで、多くの人が長い間主張していたこと――「人類は孤独ではない」――を裏付けている。もっと言えば、生物としての人間の最重要要素の特定には、ヒトゲノムの情報だけでは足りないということだ。

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

    万人に共通の薬など存在しない。

    いや、それよりも「病を治す薬は存在しない」と気づいたときが研究の終了となるでしょう。

     

     

     

     


    0 0

     

     

     

     

     

    「眺める?」

     

     

     

     

     

     

    読むんじゃ無くて眺める?

     

    はあ・・・最初のところしか読んでないんです^~

    なんじゃ、そりゃ!

    だって・・でも・・

    なんじゃい!

    もともとボクは予防接種など要らないと思っていましたから。それもこの本の著者内海聡先生が気づく前からデスシィ~~

    なんだ、そんなに研究してたんかい?

    いえ、ただ「教え」を信じていただけですけど。宗教家の・・・

    なんじゃ~~! 「信仰」か! あの輸血拒否の信仰か!

    いえ、別の方でして・・・

     

    というわけで、いまさら容貌接種だの、惑沈だのという話には興味ないんですが、世間様があまりにもワクチン、惑沈、惑珍と騒いでいるのでついつい。

     

    結論だけ先に言うと。(オマエの尻ロンなど要らんY)

     にんげんは微生物の海の中に登場したその時から微生物に管理されているのであります。

    そして、にんげんはいろんな不要なものを取り入れたりして(昔はほとんど自然界の食べ物から)毒性のものが含まれたりして身体に溜まると、それを自然排泄するために浄化作用が起こるように作られていたんです。

    そして、まずは風邪みたいなもので排泄するのが一番楽で近道だったんですが、段々時を経るに従い、毒素の多いものは異なる浄化作用で排泄するようになったんです。

    そして、微生物の海にドップリ浸かっているにんげんは身体の中に居る微生物や普段は用のない身体の外に居る微生物の助けを借りて浄化作用をするようになっていたんです。

    それらを今では伝染病とか感染症と呼ばれている、「体内細胞と微生物のコラボで行われる浄化作用」なのですね。

    だから、いくら伝染性が強くても感染しない人、感染してもなんともない発症しない人が居るわけです。

    問題は自分の体内環境の状態に原因があるからです。

    だから、感染症、伝染病で人類が滅亡するなどということはあり得ないのですよ。

    ただ、その時代の生活状況やひとびとの精神状態(心の状態が身体に現れる)でキツイ伝染性の集団浄化作用が起こったりしていたんですね。

    本来は病気とは体内の浄化作用なので恩恵なのですが、ひとによっては浄化に耐えられないひとも居るわけで、そういうひとは浄化して逝くんですが、俯瞰的にみれば人類としてはそれによって次世代が強くなれる。

    野菜じゃないですが、弱い野菜が多いと次世代に残す種にそれが受け継がれる。じゃあ、自然としては弱い野菜には虫食いでダメになって、そこで残された強い野菜が種を残すことで、その野菜の次世代への存続が維持できる。

    弱いのは野菜で言えば土壌が悪化してそれを吸収した野菜が虫に食われやすくなる。ちょうど同じように動物、にんげんも毒素が溜まればそれを掃除してくれる味方として微生物が寄ってくる。

    いや、むしろ人体の方は浄化したい状態なのですから、そういうのに役立つ細菌やウイルスを呼び寄せると言った方がイイでしょうね。

    細胞には意志がある。

    という医学研究者もいるくらいですから、細胞にはそういう働きが備わっているんでしょうね。つまり、むやみやたらに細菌やウイルスが感染して増殖するのではなく、体内がそういう状態にある細胞が(全部の細胞ではなく、特定の細胞にだけ)呼び寄せると思えばイイデショ・

    だから、感染症とは細胞と微生物のコラボで成り立っている浄化作用と思えば、風邪引きケッコウ♪ めんどりケッコウ♪

    だから、微生物の海で生息するなら微生物に逆らうとしっぺ返しを喰らうわけですよ。そのよい例が抗生物質。抗菌剤、抗ウイルス剤等々・・

    微生物たちはドンドンどんどんドンドン変異しまくりますから、とてもにんげんの浅知恵などでは敵いっこないんです。

    でも、一時的に人類は微生物に勝利した などとカンチガイシタママしんでいった、じゃないか!! 昔の栄光を忘れられずここまで来ちゃったんですね。

    もともと、細菌怖い、ウイルス怖い という思想があまりにも蔓延したため、理路整然と思考できなくなったんでしょうが、現実はそうは逝かなくなってきた。

    まあ、世界中の学者さんを始め、大学教授などが医学生に教え込んできたわけで、こんな与太話など信じるわけないでしょうけどね。

    ウイルスは人類の敵か味方か?

    などという学者も現れてきたようですが、答は敵でも有り、味方でもある。ただし個人としてデスよ。全体から言えば「味方」でしょうね。

    さっきの野菜の例えでいえば、悪化した野菜がふえれば先々種が悪化して不良野菜ばかりになるのを防いでくれるでしょ。

    まあ、ボクなども不良野菜の部類かも知れませんので細菌やウイルスさんに片付けられるならショウガナイショウガナイですけど。

    悪い奴にとっては警察は悪だ。良い人にとっては警察は護ってくれる。

    まあ、あまり警察官は好きじゃないけどね。

    で、自転車に乗っていて「信号無視したでしょ」と呼び止められ、ボクは反発して「信号の変わり目でしょ!」というと、今度は自転車の鑑札を調べるからちょっと待てという。
    そこで、カチンと来て「ひとを犯罪者扱いにしおって!」とか「だから警官って嫌いなんだ!」と言ってしもうた。

    すると、警官談 「それが仕事ですから・・」と。

     

    なるほど、細菌やウイルスが病源として働くときに同じセリフを言うんでしょうね。

    「それが仕事です」 ただし、「あなたの身体が悪化している時だけですよ」と。

    微生物に助けられて浄化する。

    しかし、その浄化作用はかなりキツイ。だから嫌われる。まあせいぜい風邪くらいにしておけば済んだものをなんだかんだと防いだり余計なことを処置するから、もっと強い浄化作用をすることになった。

    それにしても、毎年毎年インフルエンザが流行っているけど、これがガス抜きだと知ればもっと癌などの重度の病気は減ってくるだろうにね。

     

    小学生の作文はこのくらいにして

    本書のまえがきをチョットだけよ~

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーー一部なので本を買ってくださいー

    前略


     ワクチンについて私が重視するのには理由があります。拙著『医学不要論』の中で、三つの聖水と名づけたものに精神薬、ワクチン、抗ガン剤があります。

     そのどれもが有害無益でしかありませんが、現在の医療において流されると困る情報の代表が、今やワクチンになってきたと言え、その点でも私はワクチンを重視しています。それはガンや精神科の問題よりも流されると困るという風潮があります。抗ガン剤や精神薬はある程度バレてきましたが、ワクチンは正体が見えづらいのです。





     しかし私がワクチンを重視する一番の理由はそこではありません。一番の理由は私自身の罪悪感です。私はワクチンに今でこそ反対していますが、7年ほど前までワクチンに気を配っていませんでした。私が今のような活動をして10年経ちますが、最初は精神薬や精神科の問題しか扱っていなかったのです。

     普通に効果はあるだろう程度に思っていた私は、自分の娘が1歳になるまでの間、打ってしまったワクチンがあります。

     その後、ワクチンの危険性や無効性を耳にし、驚きとともに徹底的にワクチンについて調べあげました。調べれば調べるほど自分の罪深さと無知さに絶句したのを、今でも覚えています。

     もちろんそのあとにすべてのワクチンをやめ、娘は今のところ健康そうには見えますが、すでに何らかの影響を受けていることは間違いありません。つまり私がこの活動をするようになった理由とは、自分の〝毒親〟ぶりに対する強い罪悪感なのです。

      (中略)



     この種の本を初めて読む人も、復習として読みたいという人も、あらためて罪悪感を持たれるかもしれません。でも持ってください。それが今の状況なのです。

     多くの人は政治やメディアや芸能人が?まみれだとわかっていても、医学にはまったく疑問を抱きません。それがワクチンとなると、ほかのどの分野よりも疑問を抱きません。しかしもし少しでもワクチンに対して疑問を持っているなら、この本をお読みください。

     今、私たちはワクチンについて学ばなければならないのです。

     後略



    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

    全文は本でどうぞ。

     

     

     内海先生でさえも、ここ10年くらいなんですね。

    それに較べてボクなどは30年以上 (えばりたいのね)

     もっとも、ご幼少のころはちゃんと予防接種受けていました (ばんざ~い無しね)

     

     akyoon語録

    「むちは痛い、ムチムチは彼女のもも、ムチムチ無知はワクチン禍」

     

    病気を呼ぼう、予防接種

    迷惑o(;-_-メ;)o ワクワク、ワクチン禍

     とりあえず

     

     

     


    0 0

    股股~~ド素人が~

    好き勝手に書いているらしいゾ~

    ま、いいじゃないですか。

    だれも頼んでないのに書く。これこそ風呂愚のいや、大風呂敷風呂愚の真骨頂ですから。

    先回もその股前から掻いていますが、ボリボリ。。

    感染症と言えば、外から勝手にむりやりやって来る微生物(細菌、ウイルス)が細胞をやっつける(破壊する)というのが馬鹿の一つ覚え、じゃないか!!医学のひとつ憶えだとして来ました。(ボクの勝ってですが)

    スカス、「細胞には意志がある」で有名なのは団まりな先生の本(これこそノーベル医学賞か生物学賞を戴く価値があるのではないかな?もっとも残念ながら素に帰りましたので戴けませんが)

     

    細胞の意思 〈自発性の源〉を見つめる (NHKブックス) | 団 まりな |本 | 通販 ... https://www.amazon.co.jp/細胞の意思-〈自発性の源〉を見つめる.../4140911166 かねがねDNAに意志があり、粘菌や木々にも意志があると考えていますので、細胞に意志があるのは当然のことと思います。最近、「量子力学が明らかにする存在、意志、生命の意味」(Amazonで発売)において、電子には意志があることが述べられています。

    ウイルスや細菌は細胞が呼び寄せる
     ここからマッタク視点が変わるわけです。なぜなら、感染症は人類の為にある。 なんとも逆転の発想でしょうか!  ま、おろろくには早すぎる。いや、遅すぎる。こういう話は既に何十年前からあったのですから。
    ところで、細胞は人体を構成する多田の部品だと言っている人がいまだにいるそうです。 (多田氏) ところが、実はトンデモナイ! 細胞にはこれこれしかじか意志があるかのように働き動いているという研究結果が出ているのですゾ~
    そうなると、なぜウイルスや細菌が特定の部位(臓器や細胞)にだけ感染するのかが自ずと知れましょう。 そうです、感染症は「夜這い」(窓を開けてまっている娘っこ=細胞)だったのです。  そこのイキナリ侵入してくるだけじゃなく、「おいでナサ~~イ♪」的お迎え状態が出来ているからこそ、ボクが侵入できるのでした。 え? ところで、「アンタのダメ~」とののしられ、スゴスゴと窓から出てきたあの時は人生の最低経験でした・・・
    それはともかく、いかに細胞には意識というものがあるか、けっして部品のひとつじゃないということは団まりあ師の本を読むとイイデショ。 ボクも読んだけど、例によってさっぱり憶えていませんけど。 ただ、憶えているのは「細胞には意志がある」という意識だけですね。
    なんでもあまり深入りする必要はありませんね。薬は毒だ。毒を飲めばいつか病気の素になる。毒が身体を癒すわけがない。まあ、これだけ分かれば、何万種類の薬の効能だの害だのという知識は不要と同じことです。 感染症とは身体の浄化作用を手伝う細胞と微生物と共同作業である・・・と理解すれば後は難しいことを憶える必要も無し。
    ところがオツムがあまりにも発達し過ぎた人たちはそれでは納得できない。エビデンスは科学的根拠は!! としつこいのでR
    そんなのいくらでもでっち上げることができるんだけどね。 ひとは自分が欲している情報しか耳に入らない、聞こえない、見えないのでRから、どんな科学的根拠を出そうが、気に入らないのは受け付けないのでR.
    他人に相談に行くとしても、自分の気に入る答を出してくれる人の方にだけ行きたがり、好みの答だけが耳に入る。
    そんなわけで、ここに「細胞には意志がある」などというエビデンスをだしてみても詮無し缶ビールなのですが、それでも。自己承認欲求が「どうしても!」というので、そうか「どうしても・・・」なら・・と。
    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー  NHK サイエンスZERO
     細胞「私」をつくる60兆個の力
    より一部抜粋転載

    アクセル役とブレーキ役が揃った高度な免疫システム。その発達は、他者である腸内細菌の助けなくしてはありえないという事実を日本人研究者たちのコラボレーションが明らかにしたのです。
    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー
    一部なので判然としないひとは本を読んでくださいね。
    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー 誕生時、すべてのシナプスは「自己」の初期状態としてセットされます。
     まだこの先、どんな人生を歩むのか、無限の可能性のある赤ちゃんにとって、どんなシナプスも、そのシナプスが構築する回路も、きわめて使用頻度の高いものになる可能性を秘めています。そのあいだは、ミクロクリア細胞も健康か否かという判断基準で選別すれば、事は済みます。回復できないとなれば、そのシナプスは他者の地位へと転落し、免疫によって攻撃される対象となります。

     しかし、成長していくにつれ、私たちの未来は少しずつ限定されていくことになります。その一方、選択した生き方において特に必要なものも、はっきりしていきます。

     もはや無限の可能性を優先する段階ではありません。
     この段階においておそらく、ミクロクリア細胞の選択基準として、「健康か否か」に加えて、「必要か否か」が重要になっていくと考えられます。

     必要性が確かなシナプスは保護される一方、不要と判断されたシナプスは、脳の免疫細胞であるミクロクリアの攻撃対象になるのです。細胞の免疫システムがあたかも他者と判断したかのようです。

     それまでは間違いなく自己であったものが一転して、他者になるi細胞世界の境界がもつ動的な一面がここにも如実に表れています。


     排除されたシナプスは、まったく違う人生の選択をしたとき、大切にされていたのかもしれません。違う人生を歩むなかでは、排除されたほうこそ、自己であったのかもしれません。

     それは偶然のようにもみえます。少なくともはっきりといえるのは、私たちの個のありようは、すべてが決定論的に決まっていたわけではないということです。決定論的な要素はあっても、その場その場の自主的な選択が新たな流れをつくっていくということができるでしょう。

     選択次第で自分自身が変わる、本当の自分も変わるIそんな人生の機微を、自己と他者が能動的に移り変わる細胞の世界は教えてくれているのです。

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー
    文字数制限がきになるので、続きとします。
    え? もうイイ?













    0 0

    感染症は「意志のある細胞」と微生物とのコラボレーション

     

    もうイイって言うので出しました。(天の弱)

     

    先回の引用のつづきです。

     

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

     細胞に刻まれる人生

     自己の形成において重要な時期である思春期についても、細胞の世界から定義すれば、「脳において、つなぎ換えが活発に行われる時期」ということができます。

     思春期にもっとも劇的に変化するのは、体型でも性器でもなく、じつは脳です。

    シナプスが多いといっても子どもの脳は、いわば「タコ足配線状態」です。不必要に冗長なつながりになっている神経細胞が少なくありません。そうした子どもの脳を大胆に整理するというのが、細胞の世界からみた思春期の大事な一面です。

     ここまでみてくると、私たちの個としてのありように、細胞が深く関わっていることが明らかになってきたと思います。

     私たちは個として生まれ、個としての体験を積み、個の特徴を磨き、そして変容させていきます。その変化を含めて、個性ということができるでしょう。
     よく人生は川にたとえられますが、細胞世界から眺めると、人間もまた川のようなものです。

     川の本質はそこを流れる水にあります。水がなければ、それは川でも何でもありません。大地に刻まれた溝にすぎません。しかし、本質を担う水はきわめて移ろうものです。上流から流れてきては下流へと去っていきます。二度と同じ水とはめぐり会いません。そんな動的なものが本質を担い、そして、川という実体をつくりあげているのです。


     細胞も次々と移ろいます。再生系といわれる体細胞は代謝で入れ替わります。そのスピードはかなりのものです。入れ替わる細胞は1日3000億個といわれていますから、単純に計算すると、200日でほとんどすべての細胞が入れ替わっているということになります。

    非再生系である神経細胞もめまぐるしく変わるという点では同じです。体験に応じてネットワークを柔軟につくり替えていました。

     そうした変化を含んでなお、私たちは個として成り立っています。川と同じように、その存在を実体として感じることができます。いえ、そうした変化があるからこそ、私たちは個として成り立っているのかもしれません。動的なことこそ、生きているということではないでしょうか。

     

     

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

    よく分かんない?

     ボクもデス。

    全文よめば分かるかも・・

    とにかく、細胞とは多田の部品ジャナイと佐藤さんも言うのです。

    じゃ、佐藤の部品か?

     

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

     

     ここでひとつ、細胞のさらに内側の世界を覗い、てみましょう。

     理化学研究所生命システム研究センター長の柳田敏雄博士は、およそ40年間、細胞のなかの運搬役として知られる分子ミオシンの姿を捉えることに挑んできました。

     細胞のなかには、さまざまある小器官のあいだを結ぶようにアクチンと呼ばれる構造物が張りめぐらされています。その上を動くのがミオシンです。小器官のあいだでタンパク質を運び、細胞の機能を維持する役割を担っています。

     ミオシンは2本足の構造をもっており、その足を交互に出して「歩く」とされていました(図21)。その動きは規則正しく、あたかも精密機械のように動くという予測もありました。しかし、実際にアクチンの上を歩くミオシンの様子は誰もみたことがありませんでした。
     壁になったのはその小ささです。ミオシンが動く様子を観察するには、生きたまま水溶液に入れた状態でなければなりません。しかし、シャーレの底にミオシンが乗ったアクチンを並べても、どうしても水やゴミなどがその上で動き回り、邪魔をしてしまいます。

     「1分子ですからね。非常に邪魔物がたくさんあるので、ゴミのなかで1個のダイヤモンドを探すという感じなわけです」 柳田博士は、動く1分子を観察できる顕微鏡の開発から取り組みました。25年かけてつくりあげたのが「全反射照明蛍光イメージング顕微鏡」です(図22)。

     顕微鏡といっても、大きな机いっぱいに広がる代物です。その机には、レーザーの太さを調整する絞りがいくつも並べられています。この顕微鏡の強みは、絞りによってレーザーの光をきわめて精密に調整できることです。発振器から出たレーザーは絞りを最大5回通って、20マイクロメートルまで細くされたのち、顕微鏡のなかに送り込まれます。そしてガラスに当たって反射します。このとき、わずかな光だけがガラスの上に染み出します。これが、顕微鏡の名前についている「全反射照明」ということになります。

     柳田博士は、この光で限られた厚みだけ照らして、蛍光分子で標識したミオシンを浮かび上がらせたのです(口絵5)。その成果をもとに、ミオシンの移動するモデルがつくられました。

     そのモデルを映像化してみると、「ミオシンの移動は規則正しいものだろう」という予想は大きく覆りました。その移動する様子は精密機械とは程遠いものでした。いいえ、それ以上に、妙に人間くさい歩き方でした。

    ゆらゆら揺れながら、まるで踏み出す足を迷っているように進んでいきます。1歩1歩、不規則な動きをしながら、結果として少しずつ前に進んでいる感じなのです。たとえとしては、千鳥足という表現がぴったりです(図23)。

     不規則な動きになる理由は、ミオシンが何もないところを動いているわけではないからです。細胞のなか、ミオシッのまわりには水分子など、さまざまな物質が詰まっています。そのなかで、足を踏み出して、次に進める場所を探しているからだと柳田博士はいいます。

     「ミオシン分子がどれぐらいのスピードでどれぐらいの力を出せばいいかという指令はありません。つまり、誰かにコントロールされることもなく、ミオシン白身が決めないといけないわけです。自分自身で決めるときに一番いい方法というのは、やっぱり試行錯誤するということです。すなわち、ふらふらするという運動は試行錯誤には非常に有効であったということです」
     この映像は、「細胞=部品」と考えることが、いかに実態とは違うか、能弁に語っています。

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

    なんだかよく分かんないけど。

    「細胞=部品」じゃないってことを強調しています。

     

    細かなことは本でも読んで、

    「細胞には意思、意志がある」ということが分かれば

    どうして、体内にいつも同居しているウイルスや細菌と付き合っているか、さらに身体の外からどうして取り込むのか?

    どうして、細胞自身を破壊したり、微生物に破壊させたり、ウイルスに目印を付けさせたり(目印のある細胞を実行部隊である自己免疫細胞が破壊する)、どうして特定のウイルスだけが特定の部位(細胞群)に入り込めるのか?

    どうして?どうしてなの?ねえ、どうしてなのよ?~~~~

     

    そりゃあ、アンタ、娘っ子が戸を開けて待っているからじゃよ~(娘の両親談)

    ただし、結ばれてめでたしめでたし? とならないけどね。

    だって、夜這い野郎と一緒に娘っ子は壊れて逝ったとさ。

     

    これでイッチガポ~~ントサケタ~(←これわかる人)