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「医学革命」とは薬からの解放への「個人の気づき」の事である。雑多な情報も「取捨選択」&「鵜呑み厳禁」はセルフサービスにて

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    昭和の初期ですが、よくここまで書けたなと思うくらい薬批判論です。

     

     

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー




    病気を治す薬は一つも無い

    『新日本医術書』昭和11(1936)年4月21日執筆

     薬では、病気が治らないという事は、医家自身も常に痛感している事であろう。

    しかし、ただ、苦痛を緩和する効果はある。

    要するに、病気を弾圧するか、又は、麻痺に寄〔依〕って一時苦痛の感受を軽減し得るだけの事である。

    薬剤とは、それ以外の何物でもないのである。

    しかしながら、常に私も言うごとく、苦痛とは病気治癒工作の過程であるから、苦痛緩和はそれだけ、病気治癒を遅らす道理である。

    のみならず、それに、薬剤の余毒が伴うのであるから、二重の不利を受ける訳である。

    実に薬剤による血液の汚濁は恐るべきものであって、それは、いかなる薬剤といえども、多少の血液汚濁は免かれないのである。


     血液汚濁の害としては、浄化力を衰耗させる結果、著しく活力を減退さす事である。

    故に、その結果として、病気に罹り易くなり、病気治癒の力が弱まるのである。

    それは、濁血程殺菌力が無いからである。


     かくのごとく、薬剤なるものは病気治癒を遅らせる事と、血液を汚濁させる害がある以上、他面、苦痛を緩和させるという益と比較してみる時、それは、害の方がはるかに優っている事を知らねばならないのである。


     しかるにも不拘(かかわらず)、近代人は無暗に薬剤を用いたがる。

    それは全く薬剤の害を知らないからであるから、一日も早くこの理を知悉(ちしつ)させなければならないのである。

    近代人の罹病率や短命の多きと病気治癒の遅々たる事実は、少くともこれが原因である事は、争う余地が無いのである。


     二六時中、薬餌に親しみながら、これという病気もなく、といって健康にもならないという人は、大抵皆、薬剤中毒患者と言ってもよいので、そういう人は薬剤使用を廃止すれば、漸(ぜん)を逐(お)うて健康は恢復するのである。


     私は大いに叫びたい。

    国民保健は、薬剤廃止からである……と。


        (昭和十一年四月二十一日)




    病気を悪化させる医療

    『新日本医術書』昭和11(1936)年4月22日執筆

     現代医療は、病気治癒でなくて病気遅延であり、病勢を悪化さすのであるという事は前述の通りである。

    その点について、今一層徹底的に説いてみよう。


     人がまず病気に罹るとする。

    そこで、医者にかかる。

    この場合医療は発熱に対しては解熱療法をし、咳嗽は止めようとし、腫物は散らそうとし、痛みには薬剤を塗布し、患部へは湿布又は氷冷法等を行うのである。


     これらはいずれも苦痛緩和の方法ではあるが、実は病気治癒の妨害である。

    浄化作用であるべき病気現象を軽減せんとするのは、取不直(とりもなおさず)治癒の妨害をする訳である。


     それ所ではない。

    もう一層大いなる誤りがある。

    それは、病気に対する抵抗力を強めようとして、滋養物と唱え、獣性食餌を摂らせようとするが、これは血液を溷濁(こんだく)させるので、即ち毒血増加法である。

    毒血は殺菌力弱く抗病力が薄弱であるから、結果としては病気を悪化させる事になるのである。


     又、薬剤の注射及服用は、これまた非常に血液を溷濁させるのである。

    特に、注射においてはいかなる注射といえども、血液に入る時、血液から言えば、不純物の侵入であるから、不純物侵入に遇った血液は、その血液本来の使命である浄化力が弱まるのは当然である。

    浄化力が弱まる結果、病気現象が一時引込むので、宛(さなが)ら治癒されるように見えるのである。

    これは後段、毒素療法の項に詳説してあるから、ここでは略する事とするが、ともあれ、前述のごとく、獣肉営養及び薬剤による血液溷濁が病気悪化に拍車をかけるのであるから、今日一朝罹病するや、その治癒の遅々たる事、余病の発生する等、悉(ことごとく)この理によるのである。

    実に恐るべきは誤れる医術と、それに因る無智な療法である。


          (昭和十一年四月二十二日)


    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

    千島、森下博士もビックリですかな?

    安保教授も?

    知ってか知らずか

    船瀬俊介氏も内海医師も岡田茂吉の医学論は言いませんね。

    なぜかしら?

    そりゃあ、いまの後継団体がみっともないからかな?

    いや、宗教即オカルト、インチキ迷信みたいなハンコおされちゃうから頭(かしら)?

     

    取捨選択すればいいのにね、そこは。

    お父さんのパンツは一緒に入れないでよ! (娘)   ← その洗濯かよ

     

     

     

     


    0 0

    現代医学は古いものでゴザイマス。 

     進歩的科学的という冠をとると・・・

    タダの老化した顔だった・・    (あ、オレのこと言うな!)

     

    そして、この新論文は・・・・昭和11年!

    なにしろ、古いのです。

    しかし、新しい者ほど、古いものを欲しがるものでゴザイマス。 ??

     

    いえ、むしろ古いなかに新しいものが含まれているものでゴザイマス。

     

     

    もちろん、精査のうえ取捨選択を。

     

     

     

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

     



             誤れる毒素療法

    『新日本医術書』昭和11(1936)年執筆

     そもそも、浄化力の強弱は、血液の清濁に因(よ)る事は前述の通りである。

    故に、血液が清浄であればある程、浄化力は旺盛であって、これが真の健康体である。

    この状態の人は罹病はするが、いつも軽微である。

    それは前に述べた通り、毒素が多量にならない内、早く排除されるからである。

    故に、罹病はしても発熱は無いのであって、伝染病にもほとんど罹らないのである。


     今日、健康であるという人も、第一種の人は極稀であって、普通健康者と言っても、第二種に属する人である。

    この第二種の人が偶々(たまたま)病に罹るや、薬剤の注射又は服用、滋養物と思って肉食を摂る為、血液は汚濁する。

    血液汚濁は浄化力が弱められるから、病気発生の勢を挫(くじ)かれ、病気現象は一時引込むのである。

    それを治癒したと誤認するのが今日までの医療であった故、治癒したと思った病気の再発が多いのは、この理由に寄るのである。

    又、近来流行する絶対安静法も、同一の理であって、それによる新陳代謝の退化、運動不足に因る胃の衰弱等により、浄化力が弱る故に、病気発生が一時停止される訳である。

    即ち、解熱、喀血、咳嗽減少により、病気軽快と誤認するのであるが、焉(なん)ぞ知らん、毒素還元の為による血液の汚濁、絶対安静に因る器能の衰弱と相まって、全体的衰弱は実に著しいのであるから、大抵は死に到るのである。

    これらは最も医療の誤謬であって、結核患者に対する医療は、ほとんどこれであるから、死亡率の高いのも無理はないのである。


     浄化力停止の例として、二、三を挙げてみよう。


     彼の梅毒に卓効ありとするサルバル酸〔サン〕であるが、これを注射する時、梅毒症状は速かに軽快するのである。

    宛(あた)かも一時治癒したごとくである。

    しかし、この薬剤は毒素である砒素剤が主であるから、その毒素に依って汚濁された血液は、浄化力が弱まるからである。

    発明者エールリッヒ氏が苦心惨澹(さんたん)の結果、漸(ようや)く六百六回目に完成したというのは、その毒素を、生体の生命に危険なからしむる程度まで成功し得たという訳である。

    故に、この注射によっての治癒は、一時的であるというのは、毒素療法に因る浄化力停止であるからである。


     次に、喘息における注射であるが、これも一時的顕著な効果はあるが、治癒力は毫も無いのである。

    医学上での理論はともかく、要するに一時的麻痺による毒素療法に外ならないのである。

    元来喘息は、横隔膜の下部に水膿が溜結するので、その排除作用としての咳嗽、喀痰、発作時の呼吸困難であるが、注射に因る薬剤麻痺によって、浄化作用を停止さすのである。

    故に、これが為に一種のモヒ患者のごとき中毒症を起すのは勿論、チアノーゼや呼吸困難の症状が、増大するのは実際である。

    又、肺結核における喀血の場合、止血注射をするが、これらも浄化力停止作用であって、折角排除されなければならない毒血を、停滞さす結果となるから、実は病気治癒の妨害でしかないのである。








            殺菌か養菌か

    『新日本医術書』昭和11(1936)年執筆

     西洋医学唯一の治病法は殺菌であるとしている。

    そうして、その殺菌法としては、現在薬剤と光線応用である。

    しかしながら、いかなる薬剤を以てしても、組織に無影響で殺菌し得る事は、到底不可能である事は瞭(あきら)かであるが、他の方法が無い為、止むなく不確実と知りつつ行っているのに過ぎないのである。


     奏効不確実だけならよいが、その殺菌法が、反って病菌繁殖となり、病気悪化の原因となる事は知識しないのであるから、まことに危険この上も無いのである。


     しからば、それはいかなる理由であるか、ここに説明してみよう。


     今、殺菌の目的を以て薬剤の服用又は注射をするとする。

    それら薬剤を吸収した血液は勿論、殺菌の目的は達し得るはずが無い。

    ただ溷濁(こんだく)するのみである。

    例えば結核にせよ、薬剤が幾種もの消化器能を通過し、又は、血管を通過するにおいて、その変化による殺菌力は薄弱になるのは当然であるから、患部へ作用する頃は、いか程減退しているか測られないであろう。

    この点試験管内で直接殺菌する事とは、比較にならないであろう。

    そうして、時日を経るに従い、血液の不断浄化によって薬剤は毒素となって、血液から遊離する事になるのである。

    それが時の経過によって、ついに膿汁化し、それがあらゆる病原となるのである。


     しかし、そればかりではない。

    異物によって溷濁せる血液は頗る危険である。

    何となれば、その殺菌力がまことに弱いからである。

    言い換えれば、濁血は病菌の繁殖力に都合が好いからである。

    この文の最初に述べた薬剤は病気悪化の原因となるという事は、以上のごとくである。






                物理療法の誤謬

    『新日本医術書』昭和11(1936)年執筆

     物理療法は近来種類も増加し、医家は治療補助として、大いに推奨しているのであるが、この効果について、私の観る所を述べてみよう。


     物理療法中、近来最も流行する光線療法から解剖してみるに、まず、ラジュウムを第一とし、レントゲン、紫外線、太陽灯等であるが、これらの療法の効果は、実は一利一害である。

    何となれば、まずここにある病気を治療せんとするに、病気現象は汚血又は膿汁の溜積であるが、これらへ向って光線放射をするにおいて、確かに軽快に赴くごとく見えるのである。

    ところが、これは実は病気が軽快したのではなく、容積が縮小したまでである。

    判り易く言えば、病気の容積を縮小して、固結せしめたのである。

    即ち、病気の容積を十とすれば、それが一ないし三位に縮小せしむるのである故に、容積のみから言えば、確かに七以上は減少したので、それだけ軽快に赴いたのは事実であるが、何ぞ知らん、実質が七だけ減少したのではなくて、実は十が三以下に縮小固結されたのである。

    一銭銅貨五十個を五十銭銀貨一枚に換えた様なものである。

    私が実験上、かくのごとき患部に対し、指頭探査の際、石のごとく触れるのがそれであって、その場合、一個又は数個の小石状の固結を発見するのである。

    かようになった石状固結は、溶解するに非常に困難を感じ、従って、時日を要するのである。

    故に、設(も)しこの患者が光線療法を受けなかったとしたら、容積は多いが固結してないから、容易に治癒さるるのである。

    この故に、一時的軽減には相当効果はあるが、全治さす上においては、反って大いに障害となるのである。


     電気療法の効果も、これに酷似しているので説明を省く事とする。


    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     


    0 0

    (^^;) 笑いながら怖がるなよ!

     

    最近見付けました。でも紹介するかどうか迷いましたが・・・(ウソだろ)

    以前に紹介した過去もありまして・・・

    やっぱり

    教えます。

    よく訪問されるページが

    海外のガン治療とは……「まったく治療しない」が基本

    ですので、ガンに関する怖い記事を読みたい方限定。

    恐がりの方はおやめください。 

     

     

    目次 1頁 2頁 3頁 4頁 5頁 6頁 7頁 8頁 9頁 10頁 11頁 12頁 13頁

     

    表現法は怖いですが

    内容はやはり

    本質を突いているのでしょう・・・・か?

     

    それはアナタの洗濯癌で・・・

     

     

     

     


    0 0

    この医療体制側というのは別に製薬メーカーとかそれに牛耳られている日本の医療界全体、つまり医療を施す側だけだと勘違いしないで戴きたい。

    じつはこの医療体制を根本から支えているのは

    一般大衆なのである。  ←これが一番の医療体制側


    底辺がてえへんなのである。

     

    そこへ近藤誠先生、船瀬俊介氏や内海聡先生が切り込み、はよ~わかれよ!と頑張っていられるのだが

    いかんせん

    医学側の体臭の臭いが強すぎて、どうにもこの腐敗臭をどうにかしなければならないのである。

    そこで、微生物界が動き出した。

    掃除役として。 もう癌にだけ任せて置くわけにはイカン是よ! 

    (ん?何を言いたいの・・・)

    話半分のよたばなし

     

    それはともかく

    万病の素は血液の汚濁である。

    その汚濁掃除の役割として、癌もその一役を担っているのだが・・・

    いかんせん、飲むことだけに専念する一般大衆(あ、おれのことだった!)はそんな興味ない話には耳も貸さないのであった。

     

    というわけで(どういうわけだ?)

     

    「ガン呪縛」を解く~千島学説的パワー 第5版 稲田 芳弘 株式会社 Eco・クリエイティブ

    ガン呪縛を解く (稲田氏の名著が書かれる過程をご自身のブログ記録のギョ拓より)

    勝手に音声読み上げ

      ガン呪縛を解く3

    ガン呪縛を解く4 ガン呪縛を解く5

     ときどきネズミが鳴きます♪  

    なぜか6が抜けている・・・・番号振り間違えたかな?

    ガン呪縛を解く7

     

     ガン呪縛を解く8

    荒野のジャーナリスト稲田芳弘―愛と共有の「ガン呪縛を解く」 稲田陽子 Eco・クリエイティブ

     


     

    隠された造血の秘密~腸管造血説と幻の幹細胞 改訂版 稲田 芳弘 Eco・クリエイティブ

     


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    以下転載

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     


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    ━■ 森下敬一先生 直近イベント ■━

    ●第一回 世界的長寿郷 探訪セミナー 発会式

    ★初の長寿セミナーを記念して、
    長寿郷カラー写真集(10,000円)をご用意しました。
    来場者の中の希望者50名様に、3,000円でお分けします。

    2016年5月19日(木)
    13:20開場
    13:45開演
    16:45閉会

    会 場/
    全水道会館4F 大会議室
    〒113-0033 東京都文京区本郷1-4-1

    参加費/
    (完全予約制)
    前振込4,000円

    申込み/
    https://ws.formzu.net/fgen/S14015339/
    定員120人、残席僅かです。お急ぎください。

    登壇者/
    森下敬一、MICHIKO(山本美智子)

    <MICHIKO先生プロフィール>
    料理好きが高じて大手企業の秘書から料理業界に転身する。
    活動のテーマは「食」と「健康」と「美」
    日々の生活を楽しむ快適な食生活を実現していただくため、幅広い分野で活動中。
    レシピや調味料の開発、ホテルや一流レストランにおけるイベントの企画開催、
    企業セミナー、講演などを手掛ける。テレビ・ラジオ・雑誌の出演も多い。

    ・食あとりえ「ひめ亭」in 代官山
    -日本野菜ソムリエ協会 認定料理教室-
    http://www.cookmiracle.com/

    著書に、主婦の友社『いちばんわかりやすい 塩麹 しょうゆ麹 甘麹』。
    共著に、エイ出版『和食の基本』、中経出版『調味料ノート』等がある。

    ━━━━━━━━━━

    ━■ 健康談義 ■━

    食事療法と健康食品の重要性

    ――血液の質が体質を決定

    食物が血液をつくり、血液が体細胞を支配する、という厳然とした流れの中で、
    血液の質が体質を決定することとなります。したがって、病氣の防止、健康の
    増進、そして長寿の実現には「正しい食物を選択する」ことが大切であり、
    その正しい食物とは人間本来の食性である穀菜食の原則にかなったものを食べ
    ることです。 しかし、環境全般が公害化して、食物の質がおちている昨今、
    玄米・菜食だけでは以前のような効果がなかなか得られないため、それを補う
    ために各種健康食品を合せて活用し、効率よく体質改善をすることが大切です。

    ◆血液の質が体質を決定

    病氣とは体細胞が生理的範囲を越えて、異常を示す状態である。では、なぜそ
    んな病氣と呼ばれる異常状態が引きおこされるのかというと、血液の性状が混
    乱するからである。
    われわれの体を巨視的にながめると、食物が血液をつくり、血液が体細胞を支
    配する、という大きな厳然とした流れが存在する。
    血液が体細胞を支配しているということは、具体的にいうと血液の細胞(血球)
    が直接、体細胞に変化発展していっており、同時に、その体細胞の機能状態は
    それを浸している血液の性状に左右されている、ということである。


    けっきょく、血液の質が体細胞の質(すなわち体質)を決定するのである。


    というわけで、病氣とくに慢性病は、体質が悪化することによって引きおこさ
    れる。その体質の悪化を招くのは、血液性状が不健康な状態になることが原因
    なのである。


    だから、慢性病を治療したり、予防したりするためには、血液性状を健全な姿
    に立ちかえらせなければならない。すなわち浄血をおこなわなければならない。

     


    そうなると、食生活の大転換が不可欠。なぜなら、血液をこしらえる素材は食
    物であるし、慢性病を生み出している元凶こそ、現代日本人がよしと信じてお
    こなっている食生活(白米・肉食)にあるからだ。


    ところで、いま述べた食物が血液と体細胞に密接不離なかかわりあいをもって
    いるということは、健康を保つためには蛋白質やビタミンがどれくらい必要、
    といったような現代栄養学式の考え方とは、根本的に異なるものである。
    その根本的な違いがあるからこそ結果にも決定的な差が生まれてくる。



    すなわち、私どもが提唱する自然食療法を実践すれば、誤りなく慢性病は治る。
    胃弱、肥満、カゼなどの半健康はもとより、大変に治りにくいとされている糖
    尿病や肝臓病、心臓病なども確実に治癒させられる。


    さらにガンなども、不治の病と恐れられている常識的な見方からすると、奇跡
    に近いほどのあっけなさで確実に快方に向うものだ。 一方、現代栄養学式の
    食事制限では、どんな病氣も根治に導くことなどはついになく、むしろ体質を
    いっそう悪化させて、いよいよ治りにくい病状に追い込んでしまうことが多い。


    では、その根本的な違いとは何か。それは、生命というもののダイナミズムを
    正しくとらえているか否かの違いである。


    そもそも食事療法という考え方が成り立つためには「食物が血液になり、その
    血液が体細胞に変っていっている。だから食事を改めれば血液性状もよくなり、
    次いで体細胞の機能状態も改善される」という、生命活動全体を生きた姿でと
    らえる目をもたなければならない。


    つまり、食、血、細胞の間に仕切りをつけないで、いずれをも同格に扱い条件
    の違いがそれぞれの存在の違いを生み出しているだけだ、という本質のとらえ
    方があって、はじめて「食物で病氣は治せる」という結論が引きだされるはず
    なのである。


    したがって、食、血、細胞の間に仕切りをつける考え方をするところには食事
    療法という概念は、本来生まれるはずのないものである。現代栄養学はまさに
    それで、食事療法という言葉はあっても実体はない。

    第一に、食物や栄養は、体を車と見立てた場合のガソリンに相当するもの、
    としか考えていない。そこから、体は蛋白質でできているから蛋白質を十分に
    摂らなければいけないとか、ビタミン、ミネラルは一日にどれだけ必要だとか
    いうようなピントはずれの結論が生み出される。


    また、食物は、簡単な栄養素に分解されて吸収されるとみなしているのも問題。
    すなわち、食物体の炭水化物はブドウ糖に、蛋白質はアミノ酸に、脂肪は脂肪
    酸とグリセリンに分解されて吸収される、というのだが、それは試験管の中で
    みられる変化にすぎない。

     実際のわれわれの消化管のなかでは、食物はかな
    り大きな塊のまま腸壁にとりこまれ、腸壁細胞に同化されるという姿で消化が
    おこなわれるものなのだ。


    そして、体細胞ははじめから細胞でどこまでいっても細胞だという現代の生命
    科学を根本から誤らせている基本概念を、何の疑いもなく引っぱりこんでいる。
    親の細胞が子の細胞を生み出す、ということをどこまでも続けていく、とみな
    している。だから、血液は、その細胞分裂のために必要な酸素や栄養分を供給
    するだけの「運び屋稼業」をしているだけの存在と割り切られているのである。

    このような食、血、細胞の間に仕切りをつける考え方は誤りであって、これこ
    そが慢性病を生み、慢性病の根治を妨げている元凶である。


    われわれの体では、そんな仕切りは設けられてはいない。では実際にはどうな
    っているのかということについて、私は新しい血液生理学の立場から『血球の
    起原』の中で述べている。


    ◆正しい食物の選択が重要

    間違いなく、食が血となり、血が細胞に変っていっている。
    だから、病氣の防止にも、健康の増進にも、長寿の実現にも一番重要なことは、
    「正しく食物を選択する」ことである。
    その正しい食物とは何か。それは、人間本来の食性である穀菜食の原則にかな
    った食物のことだ。この絶対性から足を踏みはずさないことが大切で、さらに
    原則に沿ってより効果的な食物の摂り方ができれば、さらに望ましい。
    前者は食事パターンを正すということであり、後者は薬効食品を活用すること
    である。
    日本人にとって最も理想的な食事パターンは、玄米・菜食である。玄米を主食
    とし、野菜、海藻、小魚貝を副食とするのである。 白米は、代謝に不可欠な
    有効成分のほとんどを失ってしまっている欠陥食品だから、こんなものを常食
    していると遅かれ早かれ障害がおこる。また、穀菜食の範囲からはずれる動蛋
    食品は、腸内で腐敗発酵をおこす。その結果、大量の毒素を発生させて血液を
    酸毒化させ、いろいろな病氣を引きおこす。

    そして、穀菜食の範囲内の食品には、それぞれの薬効がある。だから、体質や
    病状に合わせて利用すれば、病氣の予防や治療がより効果的にできる。
    食物を正しく選んで利用することが何よりも重要なのである。
    だが現代人としてのわれわれに負わされた一つの不幸がある。環境全般が公害
    化して、食物の質が全体的におちてきているのである。そのため玄米・菜食だ
    けでは、昔ほどの効果が得られないことだ。その弱点を補ってくれるのが健康
    食品なのである。

    健康食品は、急速に整腸・浄血ができるので、体質改善は著しく促進される。
    ただしその際、氣をつけるべきことがある。一つは食事パターンを正し、薬効
    食品をフルに活用することと合せて、健康食品を用いること。もう一つは質の
    よい健康食品を、体質に合わせて活用することである。
    この点を守ってこそ、最も効率よく、経済的に、真の健康体を得ることができ
    るのである。
    そこで、慢性病の早期治療をはかる上で特に次にあげる健康食品は、その薬効
    を再認識して、上手に活用してもらいたいものである。


    ◆特に活用したい健康食品

    【胚芽】

    胚芽は米および麦の発芽部位で、多彩な有効成分が集約的に含まれている。
    その主な有効成分は、ビタミンB1、B2、B6、B12、ナイアシン、ニコチン酸、
    パントテン酸などのビタミンB群、プロビタミンC、ビタミンEなどがあり、
    ことにビタミンEは疲労回復、性機能増進に役立つ。

    その他、不飽和脂肪酸であるリノール酸、リノレン酸、アラキドン酸が含
    まれる。これらは別名ビタミンF(現在は必須脂肪酸)とも呼ばれ、細胞膜の
    構成成分として不可欠である。

    胚芽の薬効としては、主に次のような事柄が期待される。

    ?肉食過剰などによる血漿蛋白過多や高血糖、高血圧を減少させ、正常値
     に回復させる。

    ?胃腸機能の低下による便秘や腸内腐敗を防ぐ。

    ?血管・心臓病そして脚氣、自律神経失調症、ノイローゼの快癒にめざま
     しい効果をあらわす。

    ?強肝、解毒作用で基礎体力強化、美肌づくりに有効。

    ?思考力や記憶力の低下を防止。

    ?貧血、痔、不妊症の解消。

    ?肥満防止。

    ?公害物質の排泄を促進する。

    ?発ガンを防止し、ガンの治癒を促す。

    ?骨の異常防止。


    【葉緑素】

    葉緑素は肉食過多などによる血液の酸毒化を解消して、各臓器に好影響を
    もたらす。それというのも、自然態の葉緑素には、緑の色素(クロロフィル)
    だけでなく、各種のビタミン、ミネラルを含んでいるからだ。

    葉緑素のフィトールとビタミンAおよびビタミンK(抗出血性ビタミン)はかな
    り類似しており、ビタミンCであるアスコルビン酸(抗壊血病性ビタミン)は
    葉緑素の光合成によって生成される6炭糖から作られる。葉緑素の中心金属
    であるマグネシウムがコバルトに変換されるとビタミンB12(増血ビタミン)
    になる。
    またマグネシウムが鉄になるとヘムとなり、ヘモグロビン(ヒトの赤血球中
    の血色素)はこれとタンパクが結合したものである。したがって葉緑素は
    腸造血の素材としてとくに意義の大きいものだ。その他、葉緑素には次の
    ような生理作用がある。

    ?糖質や蛋白、水分代謝を高める。

    ?すべての体細胞に活力を与え、また腸、肝臓、腎臓、心臓の働きを正常化
     させ、疲労を回復する。

    ?抗アレルギー作用や創傷の肉芽形成を促進し、創傷面を乾燥させて治りを
     早くする。

    ?タバコのニコチン、酒による二日酔いの起因物質などを無毒化する。


    【酵素】

    健康状態は腸内細菌の性状に左右される。その腸内細菌の性状を健全にする
    上で、酵素ほどめざましい効果をあらわすものはない。白米、白砂糖、肉な
    どの不自然食品を常食している現代人の腸内では有用細菌が影をひそめ、雑
    菌、腐敗菌がふえてきている。

    これが健康失墜の元凶だ。直ちに酵素を活用して、整腸をはかり腸内の健全
    な常在細菌を繁殖させることが必要である。とくに腸内の腐敗をおこす肉食
    にとって、酵素は不可欠である。

    酵素の薬効を要約すると次のとおりである。

    ?腸機能を健全にし血液を浄血するので、すべての臓器の機能を正常化する。

    ?特に肉食性ガン、糖尿病、高血圧、脳溢血、心筋梗塞などに有効。これら
     は肝臓、腎臓、血液などの酵素不足が主要因になっているからだ。活性の
     高い酵素は、酵素成分がストレートに吸収されて、臓器組織の酵素活性を
     高める効果も大いに期待できる。


    【ミネラル】

    ミネラルとは生体内無機塩類の栄養学上の呼び名である。ミネラルは生体の
    構成成分であり、体液の緩衝作用(血液?の恒常性を保つ)、浸透度の維持な
    どの重要な生理作用や、筋肉の強さや神経の刺激反応の賦活作用がある。

    このように多様な生理作用をもつミネラルが、日本人には著しく不足してい
    るため、スタミナ不足や無氣力、慢性病になりやすい。特に、肝臓病、腎臓
    病、糖尿病およびガンと、ミネラル不足は密接な関係がある。

    ミネラル欠乏食品の代表は、精白食品および食品添加物入りの加工食品(イン
    スタント食品など)。したがってこれらの食品は極力避けるとともに、各種ミ
    ネラルが効率よく補給できる総合ミネラル食品を活用することが大事だ。

    総合ミネラル食品では、特に次のような生理作用が期待できる。

    ?腸内異常発酵を防止する。そのため便秘、皮膚病、肥満、動脈硬化、高血
     圧症、自律神経失調症、ノイローゼの解消に卓効をあらわす。

    ?思考力、判断力の低下を防ぐ。

    その他の健康食品としては、

    ●高麗人参
    代謝全般を正常化する作用があるので、きわめて広範な薬効をあらわすが、
    特にめざましいのは、強肝作用、抗ストレス作用、そして強壮・強精作用で
    ある。

    ●ローヤルゼリー
    内分泌機能を正常化する効果が特に著しく、そのため女性には特効的な作用
    を及ぼし、子宮ガン、乳ガンの治療に卓効をあらわす。 花粉 含有される
    有効成分は多彩で、体内ではそれらが総合的に働いて、花粉特有の薬効をあ
    らわす。

       森下敬一 拝


    ━■ 編集後記 ■━

    発行責任者の白鳥です。

    号外と言えど、かなりの力作です。
    もったいないのでブログなどをお持ちの方は、
    全文掲載して良いのでアップしてください。

    その時、森下先生のメルマガの登録URLも記載をお願いします。

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    森下先生の提唱する【腸管造血】を今一度、世

     

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

    以上ですが

    ボクは前部を鵜呑みにしないんですね。(これは性格だから・・・)

     

    玄米菜食者でもないし、高麗人参とかロイヤルゼリーとか、いろいろな健康食品と名うった製品もほとんど買いません。

    なぜなら、

    お金がかかるの。。。「お金持ちだけが健康になれるのかよ!」という変な抵抗心があるからです。

    それは日本人はみんなが裕福だとしても、(そうでもないのだろうが)

    海外ではその日に食べることでやっとのひともいるだろうし、そういう人たちがどうやってそのような健康食品など余計なものを買えるのか?

    玄米でも、昔の日本人は完全玄米食ではなかったということと、そのひとによって合う人と合わない人があること。

    ただし白米じゃなくて何分付くらいでいいのじゃ無いのかな?

    90歳以上のひとで、ずっと白米のひとも居ますし。。

    まあ、食だけですべてが決まっているわけでも無いようですし。

     

    しかし、ボクの方がマチガッテイルかも知れないのでアナタにはアナタの洗濯をお願いします。

    ジャブジャブジャーブジャブ♪

     

    まあ、共通するのはできるだけ加工食品を減らして、自然栽培の生命力あふれる食べ物を増やすことかな。

    それと砂糖やアルコール類を減らすこと。

    う 、自分に言っているのかい。

     

    朝に決意して、昼に再確認、そして

    夜に破る

          ああ~~きょうもみんな飲んじまったあ~~~♪

     

    優等健康生活はあくまで目標として、自分のエゴの好みも聞いてあげたい

     

     

     

     


    0 0

     

     

    細胞分裂説と癌手術のエビデンスとは?  2008年のじあいネットラジオ放送より魚拓

     

    こちらも

    じあいネット放送の魚拓  2008年のじあいネットラジオ放送

    荒野のジャーナリスト稲田芳弘―愛と共有の「ガン呪縛を解く」 稲田陽子 Eco・クリエイティブ ソマチッドと714Xの真実 稲田芳弘 エコ・クリエイティブ 「ガン呪縛」を解く~千島学説的パワー 第5版 稲田 芳弘 株式会社 Eco・クリエイティブ

    0 0

     

    地球外生命体が認識されると、世界の宗教(組織的なもの)はどうなるのかな?

    まさか、宇宙人が神だなんて言わないで・・・

    ヒューマノイド型だけでなく、いろんな種族があったばあい、神の像はどうなるのかな?

    神は外に居るという概念で創り出された、世界中の宗教が転けたら?

    そんな不遜な想いを抱きながら、

    そうなると、救世主やらメシヤやらというのも創造の産物なのかな?

    過去、のめり込んでいた救世主信仰がメタメタに崩れ去ってしまうじゃないか!(ボクの場合)

     

    まあ、再掲になりますが、消えたHPの魚拓。

    「ニュー・メタフィジックス」(new Meta-Physics)

    より

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    宗教(religion)


                                      第一節


     それでは皆さんの星で宗教と呼んでいる概念について話を始めてみましょう。


    このテーマを最初に選んだのは、宗教が、人類が地上で肉体を持った存在として自らを認識した
    初期の状態から派生したものだと言っていいからです。

    それ以来様々な変化は、
     創造主であることから自らを分離することによって創り出されました。

    皆さんが本来宗教と呼ぶ
    考え方のすべてがそこから生まれてきたのです。



     皆さんの時間にすると約2万5千年前、皆さんがアトランティスと呼んでいる場所で
    (彼らの言葉で「Atalundi[アタルンディ]」と呼んでいました)、創造主であることから
    自己の分離が正式に始まりました(地球上に何らかの形で分離が姿を現したのはもちろんそれ以前のことですが)。


    その時代の人々にも集合意識レベルで「大いなる全てと自己との統合が必要ではない」という選択が
     あったことを 皆さんは理解するでしょう。


     自分こそが創造主だと思い込めるように、統合の変わりに大いなる全ての完全性から自らを分離し、
     物質的な形に投影することによって自分の力を直接に振るうほうを選択としたのです。

    そして
     この投影を続けるに従い、ある意味で物質的な形そのものが分離であり制限であることがわかってきました。


    その結果、魂が物質的な形態または肉体次元を体験すればするほど、ゆっくりと、しかし確実に
    肉体次元のエネルギーパターンに慣れていってしまったのです。


     彼らは次第に、非物理次元では出会ったことのないような概念、感覚、感情、して概念を感じ始めました。


    そして、この制限という魅力ある観念を創り始めたのです。

    大いなる全てが非物理的次元の中でできる
     さまざまな体験と同様に、この物理次元の中で可能な全てのものが体験できるように、
    この次元に自らをがんじがらめにしてしまいました。

    こうして彼らは「知恵」からの表現よりも、
     感情、思考、そして概念を通して物質的な方法で表現することに慣れてしまいました。


    もしくはそういう習慣を創り出したと言ってねいいでしょう。


    この習慣がある程度進んでしまうと分離がいくらか完結したことに気づきました。

    この頃には
    内なる「知恵」のからはだいぶん離れてしまってました。

    そして自分たちが輪廻転生という
    肉体のサイクルを創造したことに気づいたのです。

    地球のエネルギー場にどっぷりと
     つかってしまったと言ってもいいでしょう。

    地球の意識の一部になったのです。

    地球が彼らの
    意識の一部地なったのです。



     彼らは地球と同じ波動になり、時間と空間が作用し創り出されているこの特別に凝縮された
    濃度のゆえに、この強度なエネルギー密度のゆえに、地球を取り巻く一番表面に近いエネルギーの
    様々なサイクル、輪、または層の中に閉じ込められてしまったのです。

    そして、この種のエネルギーに
    対する魅力に勝てず、統合なくしてこれらの輪やサイクルを破ることができなくなってしまいました。


    このように、彼らは自ら、輪廻転生による道を創り出したのです。



     魂が物理次元に現れたのは、皆さんの時間で2万5千年よりももっと以前のことでした。


     初めの頃、人々は魂が「知恵」の部分とつながっていることに気づいていました。


    その後、地球上で様々な現実が創り出されました。

    地上の楽園または天国と呼ばれるものを
    現実化できるエネルギーや物質のコントロールが盛んに行われたのもこの頃です。


    しかし、内なる自己を見失ってしまうほど繰り返しのサイクルが進んでしまうと、人々は、
     環境や周りの人々を自分の思い通りにできなければ元の状態に戻れないと思い込み始めましたる
     お互いのつながりが感じられなくなり、もう実際にはつながっていないのだと思い込むようになりました。


     自己のうちに存在する自然なつながりを感じられなくなったために、代わりに、環境と周りにいる
    人を支配すればそのつながりを永続できると思い込んだのです。



    このようにして情報という概念が始まりました。

    全体に属さない考えをひとりで心に抱くことが
    可能であるという考え方、そしてそれをあたかも個人にとって価値のあるものだというフリを始めたのです。


    この結果、ある特定の個人が他を支配しコントロールすることをもたらしました。


    これは、自分の力を感じられなくなって人々が、その力を他人の中に見ることによって感じながら、
     自己の成長を体験するひとつの方法に過ぎませんでした。


    この分離から(すなわち、全てはつながっているという考え方ではなく、物は隠したり、
     離したり、判断したりすることができ、しかもそれらは永続することが可能だという考え方から)
    宗教、そしてある意味では政治という概念が創造されました。

    こうして人は自分を守るために、
     敵がいるぞといっている人たちに力を預けてしまう繰り返しのサイクルを創り出したのです。


     敵が実際に存在するかしないかまったくわからないまま、過去2万5千年間様々な形でこれが繰り返されてきました。



     皆さんの言葉で「キリスト意識」と呼ばれる高次元から意識が投入された時も、
     分離のサイクルがあまりにも完全であったためによく理解されませんでした。


    その「キリスト意識」が伝えていたメッセージは、簡単に言えば、人はそれぞれ
     キリストのような意識を持っているということ、実際には、人はキリスト意識そのものである
     ということでした。

    しかし分離のサイクルは皆さんの意識の中にあまりにも深く習慣となって
    根をはり、意識自体を硬直させ、その防壁を強化してしまいました。

    そのため、
     自分自身が実践者や指導者になる代わりに、これらのメッセージを受け入れるためには、
    すべての力をその個人(キリスト)に委ねて信奉者となるしかなかったわけです。



     気づいてほしいのは、キリスト意識は決して他人の指導者になるという望みを持っていなかったのです。


     決して指導者的立場を望んでいませんでした。

    彼は単にイエスという個人を通してひとつの鏡と
     なることを望んでいただけなのです。

    すべての個人が神または大いなる全ての延長もしくは
    (聖書的言い方をしたければ)子供であるという考えを反映する鏡となることでした。



    ですから皆さんが宗教と呼ぶものはすべて(すなわち、人々は指導者を必要とし、自分が神聖なる
    者以下の価値しかなく、そして神聖なる者に審判される立場にあると思うことを探求する概念)は、
     常に大いなる全ての内部における分離なのです。

    この宗教と呼ばれる概念はすべて、
     指導者自身が無意識の中に存在する無力感の真っ只中にもかかわらず、その力を維持してほしいと
     あなたに望ませることによって、他人や、自分もしくは指導者を大きく見せることを通して行います。


     人々は、自分は無価値であり、神聖なる物の一部ではないと思い込んでいるのです。


    しかし、自分が神聖なる者の一部であることを知ることは全ての人のもつ特権です。



     宗教に人が集まり、その上おびただしい数となるの、おおいなる全て(すなわち本来の自分)より
    事故を分離することから生じる混乱の自然の結果だということがわかります。


     「知恵」が放棄され、性格(物後に対する考えかたが肉体次元に表現されるメカニズム)だけに
    焦点をあわせる時、すなわち、様々な概念が知的部分によってのみ解釈される時、
    このような多様化されたものの見方が創り出されます。



    これは、宗教が発生したことに対する批判ではありません。

    皆さんの文明が選択したのです。


     皆さんの文明の意識がグループとして、大いなる全てから事故の分離を通して、
    あらゆる否定的な表現を探求してみることを選択したのです。

    これも大いなる全ての中の偉大な創造であり、
    それ自体には、大いなる巣へ手が自分自身をそのようにも見ることもできるという事実だけを考えれば
    別に否定的なものではありません。


     大いなる全てにとって、自らをあらゆる方法で表現するために究極的な目的は必要ないことを理解してください。


     大いなる全てはあらゆる表現をすることが可能であり、そしてそれをただ行っているだけなのです。


    これは存在自体のひとつの定義でもあります。

    目的という考え方が生まれた以前に存在していたものは、
    その存在を続けるために、目的は必要ありません。

    これは本来そういうものだというだけのことです。



     現在、宗教団体や静止組織そして社会組織の中で、統合や変化が頻繁に起きているのは、
     皆さんが2万5千年前に始めた分離サイクルの終わりに近づいているからです。


    そして今、「自分」というものもひとつの概念であり、ひとつの均一な現実であり、
    ひとつのエネルギー、ひとつの意識である徒を理解し、怖れをも自分の一部だと認めています。


     自分の人生は自分で創造しているという責任を取り戻し始めているのです。



     皆さんはその昔、この物質次元に自らを投影し、この惑星の輪廻転生のからくりの中に
    自らを委ねた時代の意識へと再び目覚め始めているのです。

    皆さんは今、始めにした同意を
    思い出すところに来ています。

    そして、自分をただの信奉者にしてしまい、自己の本来の神聖さを
     それ以下に見てしまい、
     自分がすでに完全であり何者からも救われる必要がないことを知る価値が
     ないと思わせてしまう宗教と、全ての分離から目覚め、真の自分を認識し始めました。


     大いなる全てが創造した本来のあなたを認め始めたのです。



    いわゆる救世主という概念、それがイエスであれブッタ(仏)であれモハメッドであれ、
    または、皆さんがそれらの意識に名づけているどのような名前であれ、地球上の肉体次元に
    具現化されたこれらのすべての存在の高次な見方たのすべては一致しています。


     皆さんが救世主と呼ぶ概念を通して表明された意識のエネルギーは、元々食い違いはありませんでした。


     救世主が一番最初に知っていることは、彼らが誰をも救いに来ていないということです。


     救われるべきものは何もないということです。

    様々な文献に見せれる食い違いは、皆さんの
    文明に存在した人々の個性と、その人の自身の考え方を通してみた救世主の解釈の産物なのです。


    それらの文献の食い違って見える部分はすべて、それらが伝えられた時代に存在した人々の
    個性を通して表現された結果です。



    このように、大いなる全てから自己の分離という否定的な側面を見せてくれる「救世主」という考え方も、
     自己の完全性を計る物差しとして、その目的を果たしているといえます。

    皆さんが
    救世主と四手いる存在が説いてきた生き方を、実際にいき始めることを自分に許していいことに気づいてください。


     彼らについて行くのではなく、自己の内なる存在に耳を傾け、宗教と政府(怖れているものすべてから
    個人を守ってもらい、案全を保ち高級の平和と安らぎと保証を得るために自分自身の怖れと
    力と強大な力に委ねるという意味で、政府も宗教のひとつと見ることができるでしょう)と
    呼ばれる組織は、人々が自分自身の怖れと責任を自分のものとしてみようとする意志の欠如から
    創り出されたものだということに、気づいてください。


     一度怖れから創造されたものは、それ自身を維持したいという欲求を持ちます。


     怖れから創造されたものが、自らの存在を維持するただひとつの方法は、更に怖れを創造していくことなのです。


     本来の自分から分離し、そして、より痛いなる力を持つ者と比較し、自分には価値がなく、
     責任を取る力もなく、自分の人生すら自ら生きることのできない幼い子供なんだと信じ続けることなのです。



    ここでわかってほしいのは、皆さんが組織を創造することを自分自身に許したとしても、
    その組織が皆さんに代わって皆さんの人生を生きることはできないというとです。

    組織は、
     皆さんに奉仕したいという意志を持った人々により提供される皆さんへのサービスであり、
     皆さんが組織に奉仕するためのものではありません。

    組織を動かす人々が、心に内在する
    「自分は無力である」という無価値間を認めないですむように、力があるんだと思い込ませてあげるために、
     皆さんが優越感を増す助けをするのが組織の目的ではないのです。



     自分の力を取り戻しましょう。

    自分自身が自分の政府、宗教となることを許してあげましょう。


     皆さんは社会の中に存在するこれらのどの概念にも自らなれるのです。

    説教する牧師も皆さん自身です。


     自分の説教に耳を傾けそれに従うために、皆さん自身が頭の名が手創り上げるだけなのです。



    これを覚えておこうと決めたものは、皆さんの中に存在する牧師の部分の一部となります。


    あなたが耳を傾けることを選択すれば、この部分が常に「自分は無価値な存在」とか
    「自分を創造した聖なるもの以下の存在」ということを繰り返し思い出させてください。


     皆さんを創造した聖なるものは、皆さんのことを低い存在とはまったく考えていないことを理解してください。


     皆さんの真の姿を知っています。

    聖なる者は、自らが意識であることを知っています。


    それと同時に、すべての意識の集合体であることを知っています。

    そして、皆さんの間に存在する
    「関係」という概念を理解しています。

    この「関係」が、分割することのできない完全性の中に
    存在する多数の対立する極、そして意識の多面性を創っているのです。

    そこには「関係」のみが存在し、
    また「関係」が多面性を持つ神、そして唯一絶対神と言う概念の定義となるのです。


    この「関係」そのものが実はおおいなる全てなのです。

    それがあなたなのです。

    あなたが「関係」そのものです。



     皆さんが肉体次元鳥輪廻転生のサイクルを自ら選択したにも関わらず、皆さんの全ての宗教、
    そして、全ての分離の概念は、この「関係」というひとつの考え方によって、すなわち何万年も何十万年も
    昔に皆さんが気づいていた知恵と理解の中へと溶け合い、融合していくのです。


    これが全ての救世主やメッセンジャーが皆さんに一番伝えようとしたメッセージでした。


    すなわち、「自分自身を知りなさい。

    自分自身を知ることによって神を、
    おおいなる全てを知ることができる」ということなのです。



    ここで指摘しておきたいのは、地球上のどんな宗教で使われている文献や経典にも、
     実際に述べられたことをすべてを記述しているものはないということです。

    いかなるメッセンジャーが
    述べたことも、その完全な記録はありません。

    部分的なもの、乏しい記憶、おおざっぱな記録、
    そして大半が実際に述べられた何年も後に記録されたものです。

    これらの文献はすべて歴史を
    描写しようと書かれたものではなく、「救われたければこれを信じなさい」と人々を納得させるために、
    もしくは納得させる試みから書かれたものです。



     宗教の教えの大部分は、自分が無力でゆえに、他人を自分の宗派に改宗させることによって
    自分の力をもっと感じられるということに関連しています。



     性格の構造を通して皆さんの存在の完全性を外に表現するには制限があるのと同様に、
     逆に性格を通して来る「ものの見方」もすべて、文献も含めて、それがどんなに創造的で素晴らしいものであれ、
     皆さんが宗教と呼んでいる、宇宙と自己との関わりの中でおきた大いなる全てからの分離という
    雄大な歴史ドラマを、どれだけ完璧に代弁しているものであれ、制限は避けられません。



     宇宙とのかかわりの中で自己を振り返ること、これが宗教となりました。

    ただこれは、
     宇宙と自己が分離しているという考え方や見方を通しての観点であることを、忘れないでください。



    この章の後半では、宗教と政府という障壁が解決した時に地球上に何が出現してくるのか、
    そして、皆さんのうちに存在する「知恵」の部分との融合に伴って、
     自己や性格の大いなる全てに対する新たな関係がどのように変化していくかを見ていきます。



    ここで言う「変化」は、力や暴力、そして憎悪による変化ではないことを理解してください。


    すべては今、皆さんが自己の内に気づき始めている大いなる全ての無条件の愛からおころ変化となるでしょう。


     宗教とか政府に対する皆さんの考え方に関係なく、そこに存在する障害や人工的な境界や仕組みを
    昇華してしまう愛です。


    この融合によって、宗教や政府が、皆さんの性格というフィルターを通して何通りにも分けてしまった
    全能の哲学のうち、たった二通りの概念に過ぎないということと理解できるでしょう。


    いわゆる、「唯一の道」はないことも理解できるでしょう。

    もし「唯一の道」があるとしたら、
     地球上に人間が一人いれば足りてまいます。


     地球上に存在するすべて、大いなる全てのひとつひとつの異なる面なのです。

    すなわち
    皆さんは、「ワンネス(ひとつであること)」の中に存在する全ての異なる面を通して自分自身を
    見ているだけなのです。



    この章の後半ではそれに加えて、大いなる全ての無条件の完全性とサポートという立場から
    皆さんの社会全体、そしてその社会の中に存在する個人を楽しみながら見ていきたいと思います。


    その過程で、皆さんは大いなる全てに奉仕していることが分かるでしょう。


    そして、これはとりもなおさず、大いなる全てが皆さんに他なりません。

    皆さん自身も大いなる全ての
    一部なのですから・・・・。

    もう分離は必要ありません。

    自噴には救いが必要だと感じる必要もありません。


     皆さんが救いそのものなのです。

    皆さんがすでに天国なのです。

    楽園そのものなのです。



    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

    つづく

     

     

    わしって、本当に神なのかな・・・・・

    どう見たって・・・・・

    どうしようもないキミを表現したかったんじゃないの?

     

    あ、そうか・・・・ ♪

      

     

     

    宗教(religion)


                                      第一節


     それでは皆さんの星で宗教と呼んでいる概念について話を始めてみましょう。
    このテーマを最初に選んだのは、宗教が、人類が地上で肉体を持った存在として自らを認識した
    初期の状態から派生したものだと言っていいからです。それ以来様々な変化は、
     創造主であることから自らを分離することによって創り出されました。皆さんが本来宗教と呼ぶ
    考え方のすべてがそこから生まれてきたのです。

     皆さんの時間にすると約2万5千年前、皆さんがアトランティスと呼んでいる場所で
    (彼らの言葉で「Atalundi[アタルンディ]」と呼んでいました)、創造主であることから
    自己の分離が正式に始まりました(地球上に何らかの形で分離が姿を現したのはもちろんそれ以前のことですが)。
    その時代の人々にも集合意識レベルで「大いなる全てと自己との統合が必要ではない」という選択が
     あったことを 皆さんは理解するでしょう。
     自分こそが創造主だと思い込めるように、統合の変わりに大いなる全ての完全性から自らを分離し、
     物質的な形に投影することによって自分の力を直接に振るうほうを選択としたのです。そして
     この投影を続けるに従い、ある意味で物質的な形そのものが分離であり制限であることがわかってきました。
    その結果、魂が物質的な形態または肉体次元を体験すればするほど、ゆっくりと、しかし確実に
    肉体次元のエネルギーパターンに慣れていってしまったのです。
     彼らは次第に、非物理次元では出会ったことのないような概念、感覚、感情、して概念を感じ始めました。
    そして、この制限という魅力ある観念を創り始めたのです。大いなる全てが非物理的次元の中でできる
     さまざまな体験と同様に、この物理次元の中で可能な全てのものが体験できるように、
    この次元に自らをがんじがらめにしてしまいました。こうして彼らは「知恵」からの表現よりも、
     感情、思考、そして概念を通して物質的な方法で表現することに慣れてしまいました。
    もしくはそういう習慣を創り出したと言ってねいいでしょう。
    この習慣がある程度進んでしまうと分離がいくらか完結したことに気づきました。この頃には
    内なる「知恵」のからはだいぶん離れてしまってました。そして自分たちが輪廻転生という
    肉体のサイクルを創造したことに気づいたのです。地球のエネルギー場にどっぷりと
     つかってしまったと言ってもいいでしょう。地球の意識の一部になったのです。地球が彼らの
    意識の一部地なったのです。

     彼らは地球と同じ波動になり、時間と空間が作用し創り出されているこの特別に凝縮された
    濃度のゆえに、この強度なエネルギー密度のゆえに、地球を取り巻く一番表面に近いエネルギーの
    様々なサイクル、輪、または層の中に閉じ込められてしまったのです。そして、この種のエネルギーに
    対する魅力に勝てず、統合なくしてこれらの輪やサイクルを破ることができなくなってしまいました。
    このように、彼らは自ら、輪廻転生による道を創り出したのです。

     魂が物理次元に現れたのは、皆さんの時間で2万5千年よりももっと以前のことでした。
     初めの頃、人々は魂が「知恵」の部分とつながっていることに気づいていました。
    その後、地球上で様々な現実が創り出されました。地上の楽園または天国と呼ばれるものを
    現実化できるエネルギーや物質のコントロールが盛んに行われたのもこの頃です。
    しかし、内なる自己を見失ってしまうほど繰り返しのサイクルが進んでしまうと、人々は、
     環境や周りの人々を自分の思い通りにできなければ元の状態に戻れないと思い込み始めましたる
     お互いのつながりが感じられなくなり、もう実際にはつながっていないのだと思い込むようになりました。
     自己のうちに存在する自然なつながりを感じられなくなったために、代わりに、環境と周りにいる
    人を支配すればそのつながりを永続できると思い込んだのです。

    このようにして情報という概念が始まりました。全体に属さない考えをひとりで心に抱くことが
    可能であるという考え方、そしてそれをあたかも個人にとって価値のあるものだというフリを始めたのです。
    この結果、ある特定の個人が他を支配しコントロールすることをもたらしました。
    これは、自分の力を感じられなくなって人々が、その力を他人の中に見ることによって感じながら、
     自己の成長を体験するひとつの方法に過ぎませんでした。
    この分離から(すなわち、全てはつながっているという考え方ではなく、物は隠したり、
     離したり、判断したりすることができ、しかもそれらは永続することが可能だという考え方から)
    宗教、そしてある意味では政治という概念が創造されました。こうして人は自分を守るために、
     敵がいるぞといっている人たちに力を預けてしまう繰り返しのサイクルを創り出したのです。
     敵が実際に存在するかしないかまったくわからないまま、過去2万5千年間様々な形でこれが繰り返されてきました。

     皆さんの言葉で「キリスト意識」と呼ばれる高次元から意識が投入された時も、
     分離のサイクルがあまりにも完全であったためによく理解されませんでした。
    その「キリスト意識」が伝えていたメッセージは、簡単に言えば、人はそれぞれ
     キリストのような意識を持っているということ、実際には、人はキリスト意識そのものである
     ということでした。しかし分離のサイクルは皆さんの意識の中にあまりにも深く習慣となって
    根をはり、意識自体を硬直させ、その防壁を強化してしまいました。そのため、
     自分自身が実践者や指導者になる代わりに、これらのメッセージを受け入れるためには、
    すべての力をその個人(キリスト)に委ねて信奉者となるしかなかったわけです。

     気づいてほしいのは、キリスト意識は決して他人の指導者になるという望みを持っていなかったのです。
     決して指導者的立場を望んでいませんでした。彼は単にイエスという個人を通してひとつの鏡と
     なることを望んでいただけなのです。すべての個人が神または大いなる全ての延長もしくは
    (聖書的言い方をしたければ)子供であるという考えを反映する鏡となることでした。

    ですから皆さんが宗教と呼ぶものはすべて(すなわち、人々は指導者を必要とし、自分が神聖なる
    者以下の価値しかなく、そして神聖なる者に審判される立場にあると思うことを探求する概念)は、
     常に大いなる全ての内部における分離なのです。この宗教と呼ばれる概念はすべて、
     指導者自身が無意識の中に存在する無力感の真っ只中にもかかわらず、その力を維持してほしいと
     あなたに望ませることによって、他人や、自分もしくは指導者を大きく見せることを通して行います。
     人々は、自分は無価値であり、神聖なる物の一部ではないと思い込んでいるのです。
    しかし、自分が神聖なる者の一部であることを知ることは全ての人のもつ特権です。

     宗教に人が集まり、その上おびただしい数となるの、おおいなる全て(すなわち本来の自分)より
    事故を分離することから生じる混乱の自然の結果だということがわかります。
     「知恵」が放棄され、性格(物後に対する考えかたが肉体次元に表現されるメカニズム)だけに
    焦点をあわせる時、すなわち、様々な概念が知的部分によってのみ解釈される時、
    このような多様化されたものの見方が創り出されます。

    これは、宗教が発生したことに対する批判ではありません。皆さんの文明が選択したのです。
     皆さんの文明の意識がグループとして、大いなる全てから事故の分離を通して、
    あらゆる否定的な表現を探求してみることを選択したのです。これも大いなる全ての中の偉大な創造であり、
    それ自体には、大いなる巣へ手が自分自身をそのようにも見ることもできるという事実だけを考えれば
    別に否定的なものではありません。
     大いなる全てにとって、自らをあらゆる方法で表現するために究極的な目的は必要ないことを理解してください。
     大いなる全てはあらゆる表現をすることが可能であり、そしてそれをただ行っているだけなのです。
    これは存在自体のひとつの定義でもあります。目的という考え方が生まれた以前に存在していたものは、
    その存在を続けるために、目的は必要ありません。これは本来そういうものだというだけのことです。

     現在、宗教団体や静止組織そして社会組織の中で、統合や変化が頻繁に起きているのは、
     皆さんが2万5千年前に始めた分離サイクルの終わりに近づいているからです。
    そして今、「自分」というものもひとつの概念であり、ひとつの均一な現実であり、
    ひとつのエネルギー、ひとつの意識である徒を理解し、怖れをも自分の一部だと認めています。
     自分の人生は自分で創造しているという責任を取り戻し始めているのです。

     皆さんはその昔、この物質次元に自らを投影し、この惑星の輪廻転生のからくりの中に
    自らを委ねた時代の意識へと再び目覚め始めているのです。皆さんは今、始めにした同意を
    思い出すところに来ています。そして、自分をただの信奉者にしてしまい、自己の本来の神聖さを
     それ以下に見てしまい、
     自分がすでに完全であり何者からも救われる必要がないことを知る価値が
     ないと思わせてしまう宗教と、全ての分離から目覚め、真の自分を認識し始めました。
     大いなる全てが創造した本来のあなたを認め始めたのです。

    いわゆる救世主という概念、それがイエスであれブッタ(仏)であれモハメッドであれ、
    または、皆さんがそれらの意識に名づけているどのような名前であれ、地球上の肉体次元に
    具現化されたこれらのすべての存在の高次な見方たのすべては一致しています。
     皆さんが救世主と呼ぶ概念を通して表明された意識のエネルギーは、元々食い違いはありませんでした。
     救世主が一番最初に知っていることは、彼らが誰をも救いに来ていないということです。
     救われるべきものは何もないということです。様々な文献に見せれる食い違いは、皆さんの
    文明に存在した人々の個性と、その人の自身の考え方を通してみた救世主の解釈の産物なのです。
    それらの文献の食い違って見える部分はすべて、それらが伝えられた時代に存在した人々の
    個性を通して表現された結果です。

    このように、大いなる全てから自己の分離という否定的な側面を見せてくれる「救世主」という考え方も、
     自己の完全性を計る物差しとして、その目的を果たしているといえます。皆さんが
    救世主と四手いる存在が説いてきた生き方を、実際にいき始めることを自分に許していいことに気づいてください。
     彼らについて行くのではなく、自己の内なる存在に耳を傾け、宗教と政府(怖れているものすべてから
    個人を守ってもらい、案全を保ち高級の平和と安らぎと保証を得るために自分自身の怖れと
    力と強大な力に委ねるという意味で、政府も宗教のひとつと見ることができるでしょう)と
    呼ばれる組織は、人々が自分自身の怖れと責任を自分のものとしてみようとする意志の欠如から
    創り出されたものだということに、気づいてください。
     一度怖れから創造されたものは、それ自身を維持したいという欲求を持ちます。
     怖れから創造されたものが、自らの存在を維持するただひとつの方法は、更に怖れを創造していくことなのです。
     本来の自分から分離し、そして、より痛いなる力を持つ者と比較し、自分には価値がなく、
     責任を取る力もなく、自分の人生すら自ら生きることのできない幼い子供なんだと信じ続けることなのです。

    ここでわかってほしいのは、皆さんが組織を創造することを自分自身に許したとしても、
    その組織が皆さんに代わって皆さんの人生を生きることはできないというとです。組織は、
     皆さんに奉仕したいという意志を持った人々により提供される皆さんへのサービスであり、
     皆さんが組織に奉仕するためのものではありません。組織を動かす人々が、心に内在する
    「自分は無力である」という無価値間を認めないですむように、力があるんだと思い込ませてあげるために、
     皆さんが優越感を増す助けをするのが組織の目的ではないのです。

     自分の力を取り戻しましょう。自分自身が自分の政府、宗教となることを許してあげましょう。
     皆さんは社会の中に存在するこれらのどの概念にも自らなれるのです。説教する牧師も皆さん自身です。
     自分の説教に耳を傾けそれに従うために、皆さん自身が頭の名が手創り上げるだけなのです。

    これを覚えておこうと決めたものは、皆さんの中に存在する牧師の部分の一部となります。
    あなたが耳を傾けることを選択すれば、この部分が常に「自分は無価値な存在」とか
    「自分を創造した聖なるもの以下の存在」ということを繰り返し思い出させてください。
     皆さんを創造した聖なるものは、皆さんのことを低い存在とはまったく考えていないことを理解してください。
     皆さんの真の姿を知っています。聖なる者は、自らが意識であることを知っています。
    それと同時に、すべての意識の集合体であることを知っています。そして、皆さんの間に存在する
    「関係」という概念を理解しています。この「関係」が、分割することのできない完全性の中に
    存在する多数の対立する極、そして意識の多面性を創っているのです。そこには「関係」のみが存在し、
    また「関係」が多面性を持つ神、そして唯一絶対神と言う概念の定義となるのです。
    この「関係」そのものが実はおおいなる全てなのです。それがあなたなのです。あなたが「関係」そのものです。

     皆さんが肉体次元鳥輪廻転生のサイクルを自ら選択したにも関わらず、皆さんの全ての宗教、
    そして、全ての分離の概念は、この「関係」というひとつの考え方によって、すなわち何万年も何十万年も
    昔に皆さんが気づいていた知恵と理解の中へと溶け合い、融合していくのです。
    これが全ての救世主やメッセンジャーが皆さんに一番伝えようとしたメッセージでした。
    すなわち、「自分自身を知りなさい。自分自身を知ることによって神を、
    おおいなる全てを知ることができる」ということなのです。

    ここで指摘しておきたいのは、地球上のどんな宗教で使われている文献や経典にも、
     実際に述べられたことをすべてを記述しているものはないということです。いかなるメッセンジャーが
    述べたことも、その完全な記録はありません。部分的なもの、乏しい記憶、おおざっぱな記録、
    そして大半が実際に述べられた何年も後に記録されたものです。これらの文献はすべて歴史を
    描写しようと書かれたものではなく、「救われたければこれを信じなさい」と人々を納得させるために、
    もしくは納得させる試みから書かれたものです。

     宗教の教えの大部分は、自分が無力でゆえに、他人を自分の宗派に改宗させることによって
    自分の力をもっと感じられるということに関連しています。

     性格の構造を通して皆さんの存在の完全性を外に表現するには制限があるのと同様に、
     逆に性格を通して来る「ものの見方」もすべて、文献も含めて、それがどんなに創造的で素晴らしいものであれ、
     皆さんが宗教と呼んでいる、宇宙と自己との関わりの中でおきた大いなる全てからの分離という
    雄大な歴史ドラマを、どれだけ完璧に代弁しているものであれ、制限は避けられません。

     宇宙とのかかわりの中で自己を振り返ること、これが宗教となりました。ただこれは、
     宇宙と自己が分離しているという考え方や見方を通しての観点であることを、忘れないでください。

    この章の後半では、宗教と政府という障壁が解決した時に地球上に何が出現してくるのか、
    そして、皆さんのうちに存在する「知恵」の部分との融合に伴って、
     自己や性格の大いなる全てに対する新たな関係がどのように変化していくかを見ていきます。

    ここで言う「変化」は、力や暴力、そして憎悪による変化ではないことを理解してください。
    すべては今、皆さんが自己の内に気づき始めている大いなる全ての無条件の愛からおころ変化となるでしょう。
     宗教とか政府に対する皆さんの考え方に関係なく、そこに存在する障害や人工的な境界や仕組みを
    昇華してしまう愛です。
    この融合によって、宗教や政府が、皆さんの性格というフィルターを通して何通りにも分けてしまった
    全能の哲学のうち、たった二通りの概念に過ぎないということと理解できるでしょう。
    いわゆる、「唯一の道」はないことも理解できるでしょう。もし「唯一の道」があるとしたら、
     地球上に人間が一人いれば足りてまいます。
     地球上に存在するすべて、大いなる全てのひとつひとつの異なる面なのです。すなわち
    皆さんは、「ワンネス(ひとつであること)」の中に存在する全ての異なる面を通して自分自身を
    見ているだけなのです。

    この章の後半ではそれに加えて、大いなる全ての無条件の完全性とサポートという立場から
    皆さんの社会全体、そしてその社会の中に存在する個人を楽しみながら見ていきたいと思います。
    その過程で、皆さんは大いなる全てに奉仕していることが分かるでしょう。
    そして、これはとりもなおさず、大いなる全てが皆さんに他なりません。皆さん自身も大いなる全ての
    一部なのですから・・・・。もう分離は必要ありません。自噴には救いが必要だと感じる必要もありません。
     皆さんが救いそのものなのです。皆さんがすでに天国なのです。楽園そのものなのです。


    0 0

     

    私は神なのです。

    え? そんなバカな!

    アナタも神です。

    えええ~~~!! そんなバカなぁ~~~!!

    いえ、そんなバカなアナタも神なのです。

    おい!”!

     

    心太(ところで)、この宇宙に神以外の領域はありますか?

    う^~~む、 孫悟空が世界の果てにたどり着いたと勘違いして山に書いた文字か・;モジモジ。。

    それはお釈迦様の掌(てのひら)だったという話ですが、その手のひらの裏側はあると思いますか?

    うう~~む、手のひらの内側が神の領域で、その裏側は別の神でしょうかねえ~~

    それなら、「神は全てである」という神とは異なりますね、別の神の領域があるとしたら、、

    ;;それならその上に神があるんだろうか?

    いえいえ、それを繰り返して行くと、神以外の領域は無い、つまり神の他に無い、というのが究極の神の定義でしょ。

    だったら、あんたは神以外のものでしょうか?

    あ、、、、 ワシは神で無いとすれば、神以外の領域の者となる。。。。。。

    そう、そんな愚図でマヌケでアホなアンタも神以外の何ものでも無いのです。

    おい!褒めてるのか!

    そう、損なアホでマヌケでバカでノロマでくズな、アナタも神なのです。

    ・・・・・・・(言葉を失っている)

     

    『私は紙だ』  (ポツリと)

    いえ、アナタはくず紙でもちり紙でもない、「神なのです」

     ホントカァ~~~~~ ?? (ボクはまだ信じられないのだった)

     

    ということで、ぐずでまぬけであほなあなたも神なのです。 (おい!)

     

    「ニュー・メタフィジックス」(new Meta-Physics)

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

      
    宗教(religion)


                                      第2節


    この節でも宗教と政府という概念を統合する立場から見ていきます。


     皆さんが無条件の愛を通して自分の力を取り戻していく時、すなわち

    自分が宗教や政府と対等であることを認め、そして大いなる全てと対等であると認め

    始めた時、社会の中においても、 性格の部分を通して、皆さん神聖さを創造的に表現することが可能であることが理解できるでしょう。


    (「性格」自体は肉体をもつ以上存続するものですが・・・・)。


    このようにして皆さんのいう地上の楽園が創られるのです。


    ここでは皆さんの宗教によって創られてきたシンボル(象徴)全てを見ていきます。


    それらがいかに地球上に形となって現たかも見ていきます。

    シンボルのメカニズムも理解できるでしょう。


     自分自身の典型的なエネルギーに触れそれが意識の奥深くに地下水のように流れているのを
    感じるかもしれません。

    そして、元型エネルギーが潜在意識の中でいかに幻想とシンボルを創りだしているかを見るでしょう。

    このエネルギーは、皆さんが周りの世界と関わり合う手段として、
     元型からの全てのシンボルを創造するために使われているだけなのです。

    その関わり合いの相手が
    本当は自分自身、すなわち創造主である大いなる全てであると気づくまで、これが続きます。


     元型のエネルギーから一度この分離を創り出すと、今度はその分離を強化するために必要な
     シンボルを常に使い始めます。

    これは皆さんが心理学呼んでいる一つの考え方を通して理解できます。


     実際にはすでに、心理学が宗教に取って代わり始めているのです。



    このようにして、自分が分離した存在であるという考え方から創造した、多数の意識の流れがあることが分かります。

    皆さんは自分の意識の中を、表層意識、無意識、潜在意識、超意識、
     集合意識、そして皆さんの性格の様々な部分にと分離してしまいました。



     今まで(といっても2万5千年サイクルの中ですが)これらの様々な性格に分離してしまった部分が、 悪魔、天使、その他の宗教的なシンボルを生み出してきました。

    これらのシンボルの背後に、実際の意識エネルギーがまったく無かったとはいえません。

    しかし、皆さんの新しく統合された観点をもってすれば、これらの概念の多くが自分の高次の意識の一部の反映であり、 人工的な人格化を施すことによって、いかに自分自身の目にとまるようにしていたかを理解するでしょう。



     自らが創りだした分離の中で、元型のエネルギーを用いることによって、自分たちが理解できるようなシンボルを創造してきました。

    大いなる全て、「知恵」、ワンネス(本来のあなたであるすべてに
     ひとつである状態)、これらから分離帯したいという望みがあったために創りだした「怖れ」を強化するために、これらのシンボルを創造したのです。



     皆さんの心理学や精神医学と呼ばれる道具を用いて、これらのエネルギーの流れや考え方を、自分や他の意識のもつ様々な側面に関わり合いというスクリーンを投影していることを理解し始めています。



    ひとつの例としては、皆さんは複数の次元にまたがって演じている全てのドラマ、全ての人生を見始めるでしょう。

    救世主と思われていた人々の様々に行為は、単に物理次元に
    限られた行為ではありませんてじた。

    それらは超自然的な行為でもあり、物理次元のみならず、多くの異なるレベルにわたってなされた行為でした。


    このようにして「ひとつの意識」がもつ数多くの側面の相互関係を理解し始めるでしょう。


     例えば前述したように、キリスト意識は、皆さんがイエスと呼んだ人物を通して表現されただけでなく、預言者エリヤ、洗礼ヨハネ、そしてユダの三人の関係が、同じく洗礼ヨハネとイエスとユダの三人の関係と重複しながら表現されたのです。

    この二つの三角関係は同じ意識から派生したものです。

    エリヤは町で叫びながら、皆さんの言う予言をし、それから行われるドラマがスムーズに演じられるよう事前に準備していました。

    大いなる全てからの分離というドラマの中で、その時代の人々が創造していた元型のエネルギーのすべての側面を映し出すために必要な鏡となるドラマの幕を開けるために。



    これらの分離のサイクルを通して、目に見えないところで常に起こっていた相互関係やつながり、そして共時性(シンクロにシティ)のパターンが皆さんの目に見えてきます。

    これらの出来事は、常に、明らかなつながりを持っていたにもかかわらず、皆さんが創造した性格や制限、そして、意識の分離がちょうど曇りガラスの役目を果たして、皆さんの目に届かなかったのです。



     今、皆さんは自分自身より透明にする作業を行っています。

    皆さん自身の人生においてて、透視能力が身につき始めている言っていいでしょう。

    透視とは透明に見ることができるという意味です。


    ですから、心理学者や精神医学と共に、今度は超能力も表面に浮上してきます。


    これは皆さんが、時間と空間を越えて存在するすべての意識と自分自身のすべての側面とが、
     常にコミュニケーションしていることに気づくことを許し始めているからです。


    これが精神医学を生み出すのと同じエネルギーで反対の極をなす、超能力(サイキアトリー)という側面なのです。

    超能力(サイキック)と精神医学(サイキアトリー)は同じエネルギーの両極です。


     自己を物理次元に創造する限りに極性は常に存在します。

    これが次に皆さんに理解してほしいもうひとつの見方です。

    すなわち、物理次元を定義付けるものとしての二極性なのです。



     分離した自己を融合させていき、再び大いなる全てとなる統合の立場からのシンプルなものの見方が、すでに皆さんが宗教と呼ぶものから何百歩も先に進んでいることを理解してください。


    このエネルギーが、地球上の他の全ての求道手段といかに自然に融合していくかという基礎を、すでに創り始めてます。

    これから、各章に進んでいくにつれて、これらすへてがどのようにつながっているか、そして基礎となる考え方が以下にすべてこの統合という観点から作られているかがわかるでしょう。



    ここまで来ると、哲学とは、統合されて宗教と呼んだ方がいいかもしれません。

    そして、哲学のその二極性を伴った表現が物理的次元を定義付けしていることを、皆さんは理解するでしょう。


     最初に宗教から派生して皆さんが体験するものはが、先に述べた超能力と精神医学です。


     同様に原子構造が、原始の雲状の性質から粒子を生み出すのも同じようなメカニズムに基づいていることを理解することができるでしょう。



    ある意味で単純なひとつの原始の雲のような性質から粒子が生まれるのと同様に、皆さんの社会が、より深い気づきをもって現実の持つ性質を定義付けしていることを学ぶ時、この精神医学と超能力という分極された考え方が、宗教という曖味な雲の状態から出ていることがわかります。


    このような二極性の並んでいる状態、または(原子の例で言えば)粒子の並んでいる状態は、話を簡単にするというよりは、より混乱させるかもしれません。

    しかし、自分自身や自分の考え方を見ていく方法を通して、ちょうど皆さんの物理学者が「統一場」と呼ぶ基本的なものの見方に到達しようとしているように、二極性のエネルギーそのものに関しての基本的な理解を深めることが出来るでしょう。



    ここで取り上げた例には、直接的な関連性があります。

    すなわち、超能力と精神医学は、哲学より統一場的な場から派生する二極化された二つの成分なのです。

    そして、この基本的な概念が、この見方が、皆さんの社会学的な考え方のものの見方を融合し統合する基礎となるだけでなく、 皆さんが科学そして経済と呼ぶものまで融合、統合する基となるのです。



    こうして以前に述べたように、皆さんが統合というものの見方を持ち始めれば、どのような分野においても、分離の中で創り出された間が赤宝非常に速く離れることが出来るようになります。


    そして、特定の概念の中に存在する多くの特徴を捨てることができます。


     超能力と精神医学は、自分の外にある慈悲の力にすがり、自分が判断される立場にあるという、宗教のもつ大きな特徴を最初に失います。

    超能力と精神医学は、両者共に自分自身を、そして大いなる全てと自分との関係を理解する試みのひとつです。

    ます、自分の力を取り戻すこと、コントロールする力を取り戻すこと、すなわち自分の人生の全ての面において、自分が選択権をもつていることを知ること。

    大して理解のできない外部の力や判断に、そして、神秘的な神、女神、神々などの非合理的な行為の慈悲にすがるのではなく、皆さん個人個人がそして集合的に、自分で望む社会を作る道具として、このコントロールが使えることを知ることです。



     私達が神という言葉を使う時、皆さんが社会の中で創り出した制限のある神について話していることを理解してください。

    私達は、創造とは、単に「大いなる全て」そのものだと考えています。


    この大いなる全ては、全てを包括し、それ自身ですへべてであり、そして自ら大いなる全てであることを知っている存在なのです。


    ここで気づいてほしいのは、神、女神、神々などという言葉の違いも、大いなる全てという概念に何らかの制限を与えてしまうということです。

    「神は全能である。
    しかし、どういうわけか
    神は私ではなく私の外にいる。
    そして私は神の外にいる」
    などという矛盾が出てきます。


     定義からすると、神はすべてであり、すべての場所にいるならば、皆さんは神の外には存在しないことになります。


     神も皆さんの外には存在しません。

    皆さんが神なのです。

    定義からして、神が皆さんなのです。


    ですから私達は、大いなる全てという言葉をこのんで使います。

    この呼び方にはそれほど制限はありません。


     皆さんは、神はすべての中に存在するという考え方の中でさえ、どういうわけか自分の内にだけは存在しないということを考え出してしまいました。



     融合という観点から見ていくと、皆さんの定義づけにも制限があること、また、それらの定義は皆さんの現在の価値観や、これなら安全だと思っている観点を反映しているだけだと気づくでしょう。


     皆さんが怖れの観念を創り出している限り、皆さんの性格、観念、感情または知性のどこかに危険な部分が潜んでいと考えてしまいます。

    皆さんの歴史に常にあったように、それが融合された時、異端者が出てきます(異端とは、皆さんの社会がそれまで認めていたもの以外に、個人の気付きが起こったときに対する社会の反応です)。

    皆さんが寄り基本的なことで、すべての宗教のカノン(キリスト教信仰および行為の基準)など現在までの分離主義に反するものです。



    このようにして、二極性そののは、皆さんの融合された新しい観点から見ると、時間と空間と同様に、この物理次元の定義付けのひとつだということがわかるでしょう。

     遊興(※誤字か?)と融合された観点から見た時、 分離主義という性格を失い、そして皆さんが科学と呼ぶ概念により近づいていきます。


    こうして、第2章の「科学」へとつながっていきます。


     第2章は科学ですから、分主義の時代に創造されたため、他の様々な学問の融合または統一できなかった多くの概念についても見ていきます。

    科学自体の統一化を通して、その統一化等定義の性質上、
    これ待て長い間科学の分野ではないとされていたものすら、その中に組み込まれ始めていることを見ていきます。



    それではこれから、各章の最後に毎回行うように、代表的な質問を受けることにしましょう。


    それぞれのテーマについて、この本を読んだり、もしくは人から読んでもらったりしている意識の中に浮かんでくる様々な考えを整理するために、質問を受けましょう。


    いま、質問してくれてもいいですし、各章の終わりに皆さんの社会からのコメント、もしくは個人としての
     コメントを私達と共に、この宇宙連合の精神にのっとって共同創造するのもいいでしょう。



    ここでは、皆さんの文明に私たちの宇宙連合の一部として参加する機会を提供していと思います。


    それによって、ステップ・バイ・ステップ、一歩一歩、一章一章と、手に手をとって融合という考え方を共闘創造し、皆さんの文明、私達の文明、意識のすべてのレベル、そしてこの本を共に創造してくれている
    巣へ手の人のカタルシス(感情の浄化)となるようにしていきたいと思います。


     今は、私達の文明は皆さんの文明とは異なるという考えの上に、この共同創造をしていきます。


    しかし、この本の終わる頃には、わたしたちはすべてひとつの文明という見方を始めることができるかもしれません。


     手に手をとって、共に探求し、助け合いながら新しい考えを創り、私達の探求する大いなる全てを、
    より深く認識する機会を私たち自身に与えていきます。

    言葉を変えて言えば、新たな宗教と
    読んでもいいかもしれません。

    しかし、これは皆さんが現在宗教と呼んでいるものとはまったく異なるものでしょう。



    それでは、この章について質問を受ける、分かち合いのときにしたいと思います。


    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

    わたしはかみだ・・・・わたしはかみだ・・・・・わたしはかみだ・・・・ブツブツ・・・

    (わけわからんけど唱えているわたし↑ )

     

     

     

     

     

     


    0 0

    先回のつづきです。

    バシャールはオッシャル。 宗教とは何かを・・・・質問してみてください。

    (ただし、自分が自分にデスよ)

     

    誤字脱痔があるようですね(web魚拓なので、ワシのせいじゃないぞ)

     

    「ニュー・メタフィジックス」(new Meta-Physics)

     

    音声読み上げ(宗教の項全文)  

         「宗教」 「ニュー・メタフィジックス」(new Meta-Physics)より

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

      
    宗教(religion)


                                      質問コーナー


    [チャンドリー博士]

    ????あなたの目から見て、すべての宗教に共通するものは何ですか?
    そして宗教はこれからどのような方向に進んでいくのでしょうか?

    [宇宙連合]

    ????今までお話したように、共通は部分、ある意味で、自分はどういう存在であるかと信じたいかを
    探求することといえます。皆さんが、本来の自分の姿である大いなる全てから自分自身を分離している限り、
    この探求は皆さんの外で行われます。これに伴って儀式というものも創り出しました。
     皆さんの現実に含まれるすべてを、自分に対して反映し理解するための儀式を創り出しました。
    しかかし、皆さんはだんだん統合されてきています。この探求が自分の内へと向かっていくことを知っています。
     儀式化された道具がもう必要なくなり、皆さんがひとつりひとつりが、自分自身の道となること、
     自分自身の宗教となることを認識していきます。
    こうして、大いなる全てと自分自身との関係を理解するために作り上げられた宗教という形は
    必要なくなります。これで、答えになっているでしょうか?

    [チャンドリー博士]

    ????はい、大体わかります。それでは、私達を救ってくれる一番の儀式は、何なのでしょうか?
    もし、今の私達と儀式が不要になった私達、この二つを橋渡しするように、私達の統合がより加速されることを
    許してくれる儀式があるとしたら、宗教的な観点から見た時、どのような儀式になるのでしょうか?

    [宇宙連合]

    ????それは無条件の愛を表現することです。地球上でのすへての宗教の根底にある原理は
    無条件の愛なのです。これは、創造は創造物に対して無条件の愛を持っているという考えが基礎になっています。
     皆さんが創造主なのです。そして、皆さんが創造物なのです。自分自身を愛してください。
    そして、お互いを愛してください。皆さんが統合する必要のある儀式は、人生と愛、この二つです。

    [チャンドリー博士]

    ????それでは、宗教的な儀式を自分自身、もはく度分と人をつなぐために使っている人からの
    質問に対して、あなたの答えは「その儀式は無条件の愛」ということですね?

    [宇宙連合]

    ????もし、皆さんが自分たちの習慣から創り出した儀式について質問しているのでしたら、
    もし、まだ儀式が必要だと思っているのでしたら考えてみてください。
     皆さんが儀式を創り出してきた目的は、皆さんを創造した創造者の内に存在していたと感じる
    「創造の愛」を表現するためだったということです。そうすれば、その習慣からきている全ての儀式を、
     無条件の愛の表現に帰することができます。すると、空虚な儀式ではなく新の積極的な分かち合いとしての
    儀式として見ることができるでしょう。皆さんが宗教と呼んでいるものが、地球上で、実際に
    役立っているところを見ることができるでしょう。

    [チャンドリー博士]

    ????どうもありがとう。宗教という考え方とちよっと違ったところで、宗教的な体験について
    質問があるのですが、宗教的体験における「一体感」に関して、コメントをくださいますか?
    そして、その一体感の文化的な違いについても話してください。

    [宇宙連合]

    ????それについてもある程度、今述べたと思います。「一体感」または「ひとつつである」という
    概念は、皆さんは全てであるという認識を基礎に置いています。皆さんは同じ概念をたくさんのことなっる
    方向から探求しています。これらの異なる観点が存在するのは、単なる異なる個人がたくさんいるということです。
     大いなる全てであるあなた自身を理解するためのただ一つの方法、一つの道というものは存在しません。
    もし、一つの道しかなければ、人間は一人いれば足りてしまいます。二人以上の人が存在するということは、
     同じ理解に淘汰するための道はたくさんあるということに他ならないのです。

    [チャンドリー博士]

    ????どうもあがとう。あなたの見方からすると、宗教の共通点に対する質問と
     すべての予言のもつ方向性に対する答えは同じになりますね。

    [宇宙連合]

    ????ある程度は、そうです。ここでもう一度言っておきますが、私達の観点からは、
     未来の予知とか予言というものは存在しません。予言は、その予言がなされた時に存在するエネルギーを
    感じ取ったものに過ぎません。宗教の中には集合意識に関する予言が非常に多く含まれていますが、
    それらはエネルギーの流れがどの方向に向かっているかということに関しては性格に捉えていたと言っていいでしょう。
    しかし、それらの予言に対しての皆さんの解釈の多くは、皆さん自身が大いなる全てであるということを
    理解するために選択している方法論に影響されたものです。本来の皆さんの姿である大いなる全てから
    自分自身を大きく分離していた時代には、統合という概念すら真実から外れているとみなした宗教もありました。
     現在、地球上で起きているこの統合は、彼らから見ると悪と呼ぶものに見えます。そう考えると
    簡単に理解できると思います。が、全ての予言、いわゆる予言は同じことを言っています。
     皆さんは今、統合の時代、変革の時代にあるということです。自分自身の捉え方が新しいものに
    変わっていくということです。しかし、審判とかハルマゲドン、非難そしてすべての分離の概念、
     平和と調和の中で生きるに値する価値を見出すためには火の試練を通して努力しなけばならいという考え方すべて、
    これらの予言がなされた時代がもっていた見方の産物なので。

    [チャンドリー博士]

    ????ノストラダムの予言についても同じことが言えるのですか?

    [宇宙連合]

    ーーーーある程度は言えます。未来の予言はありえないのです。予言は、単にその予言がなされた時点で
    存在指定したエネルギーを感じ、もし、そのままエネルギーが進化しなければ、将来一番現実化しやすいで
     あろうと感じるとることです。多くの場合、予言がなされた時点で、それを知ったことによって
    意味がなくなります。エネルギーがある特定の方向に流れていることを予言により知った人が、
    エネルギーをその方向に臨まないと主場その人の態度が変わり、それによってエネルギーの方向と
    量が変わり、結局その予言が意味がないものになるのです。

    る特定の時間枠の中でなされた予言、もしくは感じられた出来事は、その時代でよく知られている
    象徴を使っています。たとえば、その時代が、破壊のない変革というものを想像できない時代だあれば、
     変革を察知した時、ちょうど今皆さんの世界で起こっていることですが、破壊という象徴を使わずして
     その予言をすることができないことになります。

     今、皆さんが、自分自身の内に潜む力に目覚め始めています。そして、破壊ではなく分解という
    形で創造し現実化する能力を持っています。

     質問を分かち合ってくれて、どうもありがとう。思い出してほしいのは、質問を考え付いた時、
    もうすでにその中には答えが含まれているということです。質問という形式をとる時、
     皆さんの中にすでに含まれている答えを、知識から分離しています。でも、このような形で、
     皆さんの探究心を表現してくれる意志に、再び感謝したいと思います。そして、私達の文明と
    皆さんの文明が永遠に分かち合いを続けますように。

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

     

    紹介した記事は紹介者(つまりボクのこと)とは何ら関係ありません。

    それよりも、よく理解できない・・・・というのが本音です。(他の転載記事も同様ですが)

    それを知らないというか早とちりしちゃって(笑い)

    その転載記事を「アンタが書いたんだ」とか「アンタがまったく同意している」とか・・・

    いいですか、ワタシはラジオ、どこからでも放送されたものを引っ張ってきているだけ。

    ラジオに向かって「ばかやろ~~~」とか「素晴らしいバカだ♪」とか

    褒めて貰っても・・・・・ね。

     

    宗教・・・人類が何万年か知らないが、この宗教があらゆる分野に投影されてきたのではないのか?

    ようするに、分離の体験をするためには必須のアイテム(?)だったのではないのか?

    などと、自分でもよく分からん内容を考えてみても何にも無いよう~~

    まあ、医学なども科学だといまだに言い張って(笑い)頑張っている方も居るが、現代医学も立派な宗教だということは左のお気に入りリンク、ロバート・メンデルソン医博著「医者が患者をだますとき」に書かれているし、だいいち、医者さまたちが医学に騙されているわけで、

    まさか、近代医学が宗教だの、迷信だのと言われても、逆にアタマが逝かれていると思われるだけだから、言わないが、、(あ、言ってるか)

    特にひどいのは薬に関しては何にも知らないのに(言い過ぎからも知れんが、医者は製薬会社のいい加減エビデンスが科学だと信じている信者だから、本当の薬の情報を知らない===「悪の製薬」という本を読めばアナタもグー(^-^)g""の音も出ないだろ)

     

    まあ、グー(^-^)g""の音が出ているのはワシの腹くらいで、まさかまさかの『医学が宗教』だなどと言えば、狂っているとか小学生か!と言われる世の中において、ボクは居直って言う。

    薬に頼る宗教だよ。すべては『私は無力だ。だから他に頼るのだ』という意識から生まれたのが薬信仰。

    それをまとめたのが医学。医学こそ「自分を忘れた」ために落ちた度ツボにはまった宗教なのだよ。

    なぜなら、医学は「自然治癒力を認めていない」というじゃないか。

    自然治癒力=自分自身が治す=自分が主人公=治癒の内なる神

    これを認めないということが、神は自分以外の他に居る・・という宗教なのだよ。

    となると・・・・他の諸々の療法も「主」でなく、「副」なのか・・・・と気づくワタシ。

     

    ¥「とにかく、自分の力では治らない」  だから「他に任せる」

    そこから始まった。

    薬、祈祷、おまじない、治療グッズ、、浄霊(あらら)

    副を主にしちゃダメじゃない?

     

    そこで、自分が自分を治すという重要な点を忘れちゃったんか?

    もちろん、薬には病を治す力を持ち合わせておりません¥ (薬学博士の弁)

    治るのは自分自身の力なのです(同上)

     

    ところが、薬という毒分が苦痛の緩和によく効いた(症状停止とは病気の延期)ので、そこで薬信仰が生まれた。 人間の治癒力で治っているのに、薬が治したと勘違いして何千年?

    化学薬品など無かった時代から始まってシマッタ・・・まま、今日まで続いてきたのだが・・

    それは人間の生命力を減衰させ、ついには短命にまで進むのかも。

     

    なんだか話が全然飛んでイスタンブールになってシマッタ!

    長くなったので、後書きにしました。

     

    病気とは内なる神の恩恵なのでした。

     「素に戻す」ためにね。

    素に戻りたくない・・・ために薬飲んだり、予防接種してみても・・・・

    内なる神はいくら嫌われても憎まれてもあなたに最大の恩恵として「病気」を与え続けてくれるのです。

    (大苦笑)

    ただし、素に戻ればその恩恵も機会を失う。

     

    恒常性機能==素(神)に戻る機能

     

    免疫力==病気をする力を含めた恒常性機能

    多田氏、「必要あるときね」

     

     

     


    0 0

    「ニュー・メタフィジックス」(new Meta-Physics)

       web魚拓です

     

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    「ニュー・メタフィジックス」(new Meta-Physics)

     


      
    第2章 科学(Science)


                                      第1節


    この章では、皆さんが科学と呼んでいる哲学のひとつについての話をしましょう。

    以前に述べたように、
     皆さんの惑星では、すべての考え方は「性格」の中で創られたものの見方を通してチャネリングされます。


     「性格」を通すことによって、それらの「ものの見方」が、皆さんの文明のもつ目的に応用できるように、
    そして、この目的を達成するために、皆さんは、宗教とか科学など多くの手段やシナリオを
    創り出したと思い込んでいるのです。



     皆さんが、科学と呼んでいるものすべては、本来の自分である大いなる全てから自己を分離してしまった
    2万5千年サイクルの中で創られたものです。

    このような背景自体が、皆さんの科学が創り出した
     いわゆる「科学的見解」の大きな基となっています。

    この方法を通して、自分と自分の周りにある
    存在のつながりを探求する努力をしているのです。

    科学的な疑問をもつことや質問をするという
    考え方自体も、宇宙と自分は分離した存在だという同様な観点から出ています。



    ここで思い出してほしいのは、質問の中に答えはすでに含まれていることです。

    質問は答えが
    自分の中にあることを思い出させるためのもの、もしくはそれを分離した観点から鏡として
    自分に見せてくれるものなのです。


     皆さんは答えを外に見ようとして質問というひとつの極を創ります。

    ここで理解してほしいのは、
    もし皆さんが質問を想像できるならば、すでに自動的に園の答えを毛取っているということです。


    それがあなたの感染性なのです。



     分離の時代には、皆さんはすでに自分たちには知らないものがあると信じてしまいました。


    ですから科学を創り出す過程で、答えを得るためには多くの努力を要し、背伸びをしなければ
     ならないというシナリオを創り出してしまいました。

    私達は、別に皆さんのやり方を非難しているのではありません。


    ただ、これが、自分自身を分離した観点から探求するときに出てくる、方法論のひとつに過ぎないと言っているのです。



    この章の後半では、少数の地球の物理学者たちがすでに気づき始めているように、皆さんの外に存在する
     と見ていた宇宙が、統合された観点を通して見ると、皆さんの一部、そして皆さんの「ものの見方」
    の一部に過ぎないということについて話を進めていきます。

    これらは分離できるものではありません。


    その中で、皆さんが宇宙と統合されていると気づくことからくる効果について話します。


    それでは、まず最初に分離を、皆さんが現在まで科学の中で創造してきた概念を用い、
     進化というものについて見ていきましょう。



     科学と精神世界、または宗教(これについては第4章で再び触れます)について話をする時、
     価額は信じようとするものについて証明を求めるが、精神社会または宗教は(科学的な観点から見れば)
    証明を求めずに、ただ信じたり信仰を求めたりするものだと言われます。


     進化というテーマは、証明、観念、そして進行というものに関してのよい論議(多くの場合
     論争となりますが)の場となってきました。



     最初に言いたいのは、科学者もある特定の観点に自分達を閉じ込めながら(多くの場合そのような見方は
     みとめないのでが)、自分たちが証明だと思っているものを創り出すために、偉大な観念と信念を
    持っているということです。

    皆さんの物理学者の多くが、何かを証明しようとしている時でさえ、
    その人がその状況の中で何を信じているかということに応じて、自分の望む実験を設定してしまい、
    それによつて自分で期待する結果を常に得ているということに気づき始めています。


    これらは本質的に関連があるものなのです。

    皆さんは、証明という概念でさえ単なるひとつの
    観点であること、どのような見方をしても宇宙の不変の法則ではないことに気がつかず、
     証明という概念を造り上げてしまいました。



     皆さんのこの宇宙の集合意識の中にもいくつかの同意があり、これに基づいて、皆さんの物理法則の
    骨格が築かれているように見えるのです。


    これも「鋳型の超物理学(テンプレート・メタフィジックス)の章で述べる、全体的な意識から
    作られたものに過ぎないのですが、これについてはその章で詳しく述べます。


     今は、皆さん進化と呼ぶ概念に応用できるように、科学の定義づけに戻りましょう。



     皆さんがもつているいくつかの宗教的な概念に反し、意識の中に存在する考えが現実化するのには
    「時間がかかる」物理的な宇宙が存在すことを理解してください。

    そういう意味では、
     生物の進化の概念は少なからず現実的だと言えます。

    この進化の概念の中には、皆さんがまだ
    発見していないいくつかの要素があります。

    それらが発見されることにより、進化のメカニズムが
     この物理次元で厳密にどのように働いているかを、より理解できるでしょう。


    ただ、ここで理解してほしいのは、科学的な見解に反して、意識は物理次元の進化の産物ではないということです。


     肉体が(これも創造の一つの投影に過ぎないのですが)進化のある一定の波動に達した時、
     非物質である意識が肉体次元と同化、または別の言い方をすれば、自らを肉体次元に投影することができるのです。


     皆さんの霊魂創造説(訳注:紙は人をはじけから人間として創ったという説)と呼ばれる概念と、
     科学における生物の進化と呼ばれるものは、全体的に見た時、両方とも正しいのです。


    ある時点までは生物の進化というものはありました。

    そしてもそれ以前にすでに創られた意識は、
     自分自身を物理次元に投影し、そこに融合と統合が起きたのです。



     人類が創造されてから、まだ4、5千年、もしくは6千年くらいしかたたないにも関わらず、
    この融合と統合は何百万年もの昔に起きました。


     霊魂創造説も進化論も一つのフィルターを通した見方なのです。

    皆さんの言い方を借りれば、
     自己の源を肉体の外に存在すると見た時、そして肉体は単に皆さんの乗り物であるという見方を許す時、
     進化と創造説の融合を見始めることができるでしょう。


     非物理次元の加速されたスピードの中での一瞬、または瞬をする間(例えば、キリスト教で神が
    人を創造するまでの「6日間」も、物理次元においては、非常にゆっくりしたスピードになります
     ですから何百年もかかったとしても、同時にそれは「6日間」だと言うことがこともできるのです。


    もちろん、私達は正確な数字だとは言っていません。

    単なる例に過ぎません。

    しかしながら、
    この考え方はやはり正しいものです。

    このようにして、非物理次元において創造された存在するものの目には、
     同様のものを物質宇宙で創造した時よりも、より加速して見えます。

    )

    この章の後半では、二極性、時間、空間などという実際の物理次元の定義について少し話してみたいと思います。


     私達が言うまでもなく皆さんは、長い間空の星を眺めてきました。

    科学における啓示のいくつかは、
    このような星を眺める中でひらめきました。

    現時点における皆さんの天文学という科学の分野は、
     皆さんの惑星の大気が作るベールをどの程度通り抜けるかによって、比較的制限されています。


    そしていろいろな意味で、重力テンソルのダイナミック場(これにより、光が薄暗くなったり曲がったりすることですが)の
    影響や、また、皆さんが未だ発見していない(または、ちょうど発見しつつある)
    エネルギー場の概念のいくつかが、光学望遠鏡や電波望遠鏡を通して皆さんが観察すするものの
    理解を制限しています(これについては第7章で論じます)
    最近、特に皆さんが興味をもっていることのひとつに、他の惑星に知的生物がいるか否かがあると思います。


    そして様々な手段を塚かって、他の文明との間にコミュニケーションが認められるかどうかの試みがなされてきました。


     皆さんの電波望遠鏡は、主にこの目的のために造られたものです。

    ここで言わせてもらえば、
     現時点においては、近くのどの文明からも、皆さんが電波望遠鏡を通して何らかの信号を受け取ることは
     あり得ないということです。



     電子的な手段によるコミュニケーションを始めた文明は、皆さんの周りにも二、三ありました。


     皆さんが電波と呼ぶものです。

    しかし、一番近かった文明も、皆さんが無線通信を始める前に
     それを止めてしまいました。

    そして、それ以前に彼らが発した電波信号は、
     遠い意過去に皆さんの惑星を通り越して言ってしまいました 
      ここで理解してほしいのは、多くの文明は電波を使ったことがないということです。


    これは驚かせるかもしれません。

    皆さんはラジオ雑音というものが宇宙の中の自然な発生物と考えているからです。


     皆さんの固有の歴史の中で起きた郷土の分離は、意識と意識の直截なコミュニケーションを
    皆さんに許してきませんでした。

    しかし、技術的なコミュニケーションが一切存在しなかった文明も
    多くあるのです。

    技術的なコミュニケーションが存在した文明でも、多くの場合、皆さんの導体
    (ケーブ)と呼ぶものによって伝達されたり、もしくは強度にフォーカスされたエネルギーのビーム
     という形で使用され、単に外に向かって放射されることがなかったのです。

    ですから、
     皆さんの目には、これらの文明は常に沈黙の文明として移ることになります。



     多くの文明は、皆さんが超空間(hypper-space=ハイパー・スペース)現象と呼んでいる考え方を応用しています。


    これは単に、コミュニケーションが発せられた場所に発生し、そして、皆さんが言う三次元物理空間を
    伝わることなく、受け取られる場所に現れるのです。

    これらのことから、皆さんの電波望遠鏡から
    何かが聞こえてくるまでには、非常に長い時間がかかるかもしれません。

    言ってしまえば、
     皆さんが電波望遠鏡で何かをキャッスル以前に、私達の文明との肉体次元でのコンタクトがあるだろうということです。



     皆さん自身が大いなるすべてであるという理解と統合へのアプローチとしては、地球上では
    科学が一番近いものでしょう。

    ですから、皆さんの物理学、特に量子力学と呼ばれる分野が、
     皆さんの意識と宇宙とのつながりについて気づき始めたのです。

    しかし、まだ科学には証明が必要であり、
     多くの場合、新年や観念などを度外視しようとしてしまいます。



     精神世界の分野でも、物理的な証拠を必要とするという考えを用いては、皆さんがサイキック現象
    または超常現象と呼ぶものに関して納得のいく証拠を集めることは決してできません。


    なぜなら、この分野においては、皆さんの定義自体が、こうあるへきだという皆さんの考え方によって
    影響されるからです。

    これが理解できるまでは、証拠を見つけることはできないでしょう。



     皆さんが超常現象と呼ぶものを実験しようとする時、多くの場合は、高度に非感情的な状態の下で行われます。


     皆さんが気がついていないのは、生命の自然な反応そのものが、超常現象を引き起こす要因の
     ひとつだということです。

    ここで科学自体が壁を創ってしまい、多くの他の分野とのつながりを
    妨げてしまっている部分なのです。

    他の学問分野も、皆さんがすでに化学的に理解している知識の中に
    取り入れることは可能です。

    ただ、それらが常に、皆さんが分離の中で創り出してきた科学的手法を
    用いて得られるわけではありません。



     皆さんの科学者の多くは、これを受け入れることは困難事だと思っています。

    現在まで、可能な限り
    冷静な分析プロセスとして発達させてきた科学でさえ、実際には、ただ単にひとつの体験的な観点でしか
     ありえないということ、そして、自己という存在から分離したものではあり得ないということを
    理解し始める必要かあるのです。


     皆さんの科学は、見なさが懐疑主義と呼ぶ姿勢を尊重してきました。

    ここで気づいてほしいのは、
     本筋をはずれた無関係な情報に迷い込まずに探求を続けるためには、懐疑主義が必要である反面、
     懐疑主義そのものが、多くの場合非常に狭い視野を創ってしまうということです。

    そして、
     疑いだけで終わらずに、偏見となってしまうときもあります。

    再び言いますが、懐疑主義は、
     科学的に何をどこまで受け入れるかという観念によるせい原野を超える能力を、科学者から
    奪ってしまっています。

    そして多く場合、これは人の感情部分にまで及んでいるのです。

     

     現在私達は、皆さんの科学者の中にも自分に感情的になることを許している人達がいることを知っています。


     彼らのように他の科学者も、少なくとも個人レベルでは「厳密に言えば科学的ではない考え方」と
    遊んでみることをお薦めします。

    これらの非科学的と呼ばれるものも、特に家族のように感情的に
    近い人間関係などでは、よく体験されるものです。


     科学者が彼ら自らの感情すら非合理的と片付けずに、エネルギーの動き(訳注:英語で感情は
    Emotionすなわち、エネルギーの動きということ)、すなわち数式に当てはめることの可能な
    一種のエネルギーであることを認めようとする意志をもった時、より自由な動きを自分自身に
    許し始めます。

    そして大いなる全てと自己とのつながりに対するより深い洞察を得ることができるでしょう。



    それではこの章の後半で、意識、観点、探求という考え方の統合について、時間と空間と二極性が
     ひとつになった時に活用できるテクニックについて話していきましょう。

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

    2にづつく

    あ、つづく

     

     

    「ニュー・メタフィジックス」(new Meta-Physics)

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    第2章 科学(Science)


                                     第1節


    この章では、皆さんが科学と呼んでいる哲学のひとつについての話をしましょう。以前に述べたように、
    皆さんの惑星では、すべての考え方は「性格」の中で創られたものの見方を通してチャネリングされます。
    「性格」を通すことによって、それらの「ものの見方」が、皆さんの文明のもつ目的に応用できるように、
    そして、この目的を達成するために、皆さんは、宗教とか科学など多くの手段やシナリオを
    創り出したと思い込んでいるのです。

    皆さんが、科学と呼んでいるものすべては、本来の自分である大いなる全てから自己を分離してしまった
    2万5千年サイクルの中で創られたものです。このような背景自体が、皆さんの科学が創り出した
    いわゆる「科学的見解」の大きな基となっています。この方法を通して、自分と自分の周りにある
    存在のつながりを探求する努力をしているのです。科学的な疑問をもつことや質問をするという
    考え方自体も、宇宙と自分は分離した存在だという同様な観点から出ています。

    ここで思い出してほしいのは、質問の中に答えはすでに含まれていることです。質問は答えが
    自分の中にあることを思い出させるためのもの、もしくはそれを分離した観点から鏡として
    自分に見せてくれるものなのです。
    皆さんは答えを外に見ようとして質問というひとつの極を創ります。ここで理解してほしいのは、
    もし皆さんが質問を想像できるならば、すでに自動的に園の答えを毛取っているということです。
    それがあなたの感染性なのです。

    分離の時代には、皆さんはすでに自分たちには知らないものがあると信じてしまいました。
    ですから科学を創り出す過程で、答えを得るためには多くの努力を要し、背伸びをしなければ
    ならないというシナリオを創り出してしまいました。私達は、別に皆さんのやり方を非難しているのではありません。
    ただ、これが、自分自身を分離した観点から探求するときに出てくる、方法論のひとつに過ぎないと言っているのです。

    この章の後半では、少数の地球の物理学者たちがすでに気づき始めているように、皆さんの外に存在する
    と見ていた宇宙が、統合された観点を通して見ると、皆さんの一部、そして皆さんの「ものの見方」
    の一部に過ぎないということについて話を進めていきます。これらは分離できるものではありません。
    その中で、皆さんが宇宙と統合されていると気づくことからくる効果について話します。
    それでは、まず最初に分離を、皆さんが現在まで科学の中で創造してきた概念を用い、
    進化というものについて見ていきましょう。

    科学と精神世界、または宗教(これについては第4章で再び触れます)について話をする時、
    価額は信じようとするものについて証明を求めるが、精神社会または宗教は(科学的な観点から見れば)
    証明を求めずに、ただ信じたり信仰を求めたりするものだと言われます。
    進化というテーマは、証明、観念、そして進行というものに関してのよい論議(多くの場合
    論争となりますが)の場となってきました。

    最初に言いたいのは、科学者もある特定の観点に自分達を閉じ込めながら(多くの場合そのような見方は
    みとめないのでが)、自分たちが証明だと思っているものを創り出すために、偉大な観念と信念を
    持っているということです。皆さんの物理学者の多くが、何かを証明しようとしている時でさえ、
    その人がその状況の中で何を信じているかということに応じて、自分の望む実験を設定してしまい、
    それによつて自分で期待する結果を常に得ているということに気づき始めています。
    これらは本質的に関連があるものなのです。皆さんは、証明という概念でさえ単なるひとつの
    観点であること、どのような見方をしても宇宙の不変の法則ではないことに気がつかず、
    証明という概念を造り上げてしまいました。

    皆さんのこの宇宙の集合意識の中にもいくつかの同意があり、これに基づいて、皆さんの物理法則の
    骨格が築かれているように見えるのです。
    これも「鋳型の超物理学(テンプレート・メタフィジックス)の章で述べる、全体的な意識から
    作られたものに過ぎないのですが、これについてはその章で詳しく述べます。
    今は、皆さん進化と呼ぶ概念に応用できるように、科学の定義づけに戻りましょう。

    皆さんがもつているいくつかの宗教的な概念に反し、意識の中に存在する考えが現実化するのには
    「時間がかかる」物理的な宇宙が存在すことを理解してください。そういう意味では、
    生物の進化の概念は少なからず現実的だと言えます。この進化の概念の中には、皆さんがまだ
    発見していないいくつかの要素があります。それらが発見されることにより、進化のメカニズムが
    この物理次元で厳密にどのように働いているかを、より理解できるでしょう。
    ただ、ここで理解してほしいのは、科学的な見解に反して、意識は物理次元の進化の産物ではないということです。
    肉体が(これも創造の一つの投影に過ぎないのですが)進化のある一定の波動に達した時、
    非物質である意識が肉体次元と同化、または別の言い方をすれば、自らを肉体次元に投影することができるのです。
    皆さんの霊魂創造説(訳注:紙は人をはじけから人間として創ったという説)と呼ばれる概念と、
    科学における生物の進化と呼ばれるものは、全体的に見た時、両方とも正しいのです。
    ある時点までは生物の進化というものはありました。そしてもそれ以前にすでに創られた意識は、
    自分自身を物理次元に投影し、そこに融合と統合が起きたのです。

    人類が創造されてから、まだ4、5千年、もしくは6千年くらいしかたたないにも関わらず、
    この融合と統合は何百万年もの昔に起きました。
    霊魂創造説も進化論も一つのフィルターを通した見方なのです。皆さんの言い方を借りれば、
    自己の源を肉体の外に存在すると見た時、そして肉体は単に皆さんの乗り物であるという見方を許す時、
    進化と創造説の融合を見始めることができるでしょう。
    非物理次元の加速されたスピードの中での一瞬、または瞬をする間(例えば、キリスト教で神が
    人を創造するまでの「6日間」も、物理次元においては、非常にゆっくりしたスピードになります
    ですから何百年もかかったとしても、同時にそれは「6日間」だと言うことがこともできるのです。
    もちろん、私達は正確な数字だとは言っていません。単なる例に過ぎません。しかしながら、
    この考え方はやはり正しいものです。このようにして、非物理次元において創造された存在するものの目には、
    同様のものを物質宇宙で創造した時よりも、より加速して見えます。)

    この章の後半では、二極性、時間、空間などという実際の物理次元の定義について少し話してみたいと思います。
    私達が言うまでもなく皆さんは、長い間空の星を眺めてきました。科学における啓示のいくつかは、
    このような星を眺める中でひらめきました。現時点における皆さんの天文学という科学の分野は、
    皆さんの惑星の大気が作るベールをどの程度通り抜けるかによって、比較的制限されています。
    そしていろいろな意味で、重力テンソルのダイナミック場(これにより、光が薄暗くなったり曲がったりすることですが)の
    影響や、また、皆さんが未だ発見していない(または、ちょうど発見しつつある)
    エネルギー場の概念のいくつかが、光学望遠鏡や電波望遠鏡を通して皆さんが観察すするものの
    理解を制限しています(これについては第7章で論じます)
    最近、特に皆さんが興味をもっていることのひとつに、他の惑星に知的生物がいるか否かがあると思います。
    そして様々な手段を塚かって、他の文明との間にコミュニケーションが認められるかどうかの試みがなされてきました。
    皆さんの電波望遠鏡は、主にこの目的のために造られたものです。ここで言わせてもらえば、
    現時点においては、近くのどの文明からも、皆さんが電波望遠鏡を通して何らかの信号を受け取ることは
    あり得ないということです。

    電子的な手段によるコミュニケーションを始めた文明は、皆さんの周りにも二、三ありました。
    皆さんが電波と呼ぶものです。しかし、一番近かった文明も、皆さんが無線通信を始める前に
    それを止めてしまいました。そして、それ以前に彼らが発した電波信号は、
    遠い意過去に皆さんの惑星を通り越して言ってしまいました 
      ここで理解してほしいのは、多くの文明は電波を使ったことがないということです。
    これは驚かせるかもしれません。皆さんはラジオ雑音というものが宇宙の中の自然な発生物と考えているからです。
    皆さんの固有の歴史の中で起きた郷土の分離は、意識と意識の直截なコミュニケーションを
    皆さんに許してきませんでした。しかし、技術的なコミュニケーションが一切存在しなかった文明も
    多くあるのです。技術的なコミュニケーションが存在した文明でも、多くの場合、皆さんの導体
    (ケーブ)と呼ぶものによって伝達されたり、もしくは強度にフォーカスされたエネルギーのビーム
    という形で使用され、単に外に向かって放射されることがなかったのです。ですから、
    皆さんの目には、これらの文明は常に沈黙の文明として移ることになります。

    多くの文明は、皆さんが超空間(hypper-space=ハイパー・スペース)現象と呼んでいる考え方を応用しています。
    これは単に、コミュニケーションが発せられた場所に発生し、そして、皆さんが言う三次元物理空間を
    伝わることなく、受け取られる場所に現れるのです。これらのことから、皆さんの電波望遠鏡から
    何かが聞こえてくるまでには、非常に長い時間がかかるかもしれません。言ってしまえば、
    皆さんが電波望遠鏡で何かをキャッスル以前に、私達の文明との肉体次元でのコンタクトがあるだろうということです。

    皆さん自身が大いなるすべてであるという理解と統合へのアプローチとしては、地球上では
    科学が一番近いものでしょう。ですから、皆さんの物理学、特に量子力学と呼ばれる分野が、
    皆さんの意識と宇宙とのつながりについて気づき始めたのです。しかし、まだ科学には証明が必要であり、
    多くの場合、新年や観念などを度外視しようとしてしまいます。

    精神世界の分野でも、物理的な証拠を必要とするという考えを用いては、皆さんがサイキック現象
    または超常現象と呼ぶものに関して納得のいく証拠を集めることは決してできません。
    なぜなら、この分野においては、皆さんの定義自体が、こうあるへきだという皆さんの考え方によって
    影響されるからです。これが理解できるまでは、証拠を見つけることはできないでしょう。

    皆さんが超常現象と呼ぶものを実験しようとする時、多くの場合は、高度に非感情的な状態の下で行われます。
    皆さんが気がついていないのは、生命の自然な反応そのものが、超常現象を引き起こす要因の
    ひとつだということです。ここで科学自体が壁を創ってしまい、多くの他の分野とのつながりを
    妨げてしまっている部分なのです。他の学問分野も、皆さんがすでに化学的に理解している知識の中に
    取り入れることは可能です。ただ、それらが常に、皆さんが分離の中で創り出してきた科学的手法を
    用いて得られるわけではありません。

    皆さんの科学者の多くは、これを受け入れることは困難事だと思っています。現在まで、可能な限り
    冷静な分析プロセスとして発達させてきた科学でさえ、実際には、ただ単にひとつの体験的な観点でしか
    ありえないということ、そして、自己という存在から分離したものではあり得ないということを
    理解し始める必要かあるのです。
    皆さんの科学は、見なさが懐疑主義と呼ぶ姿勢を尊重してきました。ここで気づいてほしいのは、
    本筋をはずれた無関係な情報に迷い込まずに探求を続けるためには、懐疑主義が必要である反面、
    懐疑主義そのものが、多くの場合非常に狭い視野を創ってしまうということです。そして、
    疑いだけで終わらずに、偏見となってしまうときもあります。再び言いますが、懐疑主義は、
    科学的に何をどこまで受け入れるかという観念によるせい原野を超える能力を、科学者から
    奪ってしまっています。そして多く場合、これは人の感情部分にまで及んでいるのです。

    現在私達は、皆さんの科学者の中にも自分に感情的になることを許している人達がいることを知っています。
    彼らのように他の科学者も、少なくとも個人レベルでは「厳密に言えば科学的ではない考え方」と
    遊んでみることをお薦めします。これらの非科学的と呼ばれるものも、特に家族のように感情的に
    近い人間関係などでは、よく体験されるものです。
    科学者が彼ら自らの感情すら非合理的と片付けずに、エネルギーの動き(訳注:英語で感情は
    Emotionすなわち、エネルギーの動きということ)、すなわち数式に当てはめることの可能な
    一種のエネルギーであることを認めようとする意志をもった時、より自由な動きを自分自身に
    許し始めます。そして大いなる全てと自己とのつながりに対するより深い洞察を得ることができるでしょう。

    それではこの章の後半で、意識、観点、探求という考え方の統合について、時間と空間と二極性が
    ひとつになった時に活用できるテクニックについて話していきましょう。


    0 0

     

    web魚拓から転載 (残念ながら3月にHPは停止されていました)

    宇宙から見た「地球の科学とは?」「ニュー・メタフィジックス」  第二節

     

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

     

    第2章 科学(Science)


                     第2節


    ここでは、統合された観点から見た科学について話しましょう。地球では、量子力学の分野において、
    皆さんが宇宙を創造しているという考え方と意識とのつながりを、すでに理解し始めています。
    しかしながら、地球の物理学者の多くは、皆さんが文字通り宇宙を創造しているという考え方に
    直面した時、少し身を退いてこんなふうに言うでしょう。
    「これは単にひとつの解釈なのであって、実際に文字通りこれかが起こっているなんてことはありませんよ。
    今、可能な、一番ベストな解釈だというだけです」統合を少しずつでも受け入れるようになると、
    科学者もこれが文字通り起きていることだと理解するでしょう。

    皆さんの存在を許しているのは、時間し空間そして二極性です。同時に、これらは、皆さんの
    物理次元における存在そのものを定義づけしています。本来の姿である大いなる全てからの
    自己の分離という創造を皆さんに許した定義そのものであり、パラメーターであり、基礎となる
    骨格そのものなのです。


    皆さんの文明がもっと好奇心を活用し、皆さんの科学的探究の中に充分受け入れられる形で、
    意識(非物理的意識)を含む数式を導入することを許した時、その好奇心のは波動が、求道者である
    科学者の意識の中に多くの「情報」やデータを自然に引き寄せることを理解し始めるでしょう。

    皆さんは、「知恵」の波動を創り出すことができます。現在、皆さんの物理学で発見しつつある
    すべての観点かに見た現実を任らしきすることができます。そしてこれは、皆さんが統一場理論と
    呼ぶ考え方の中で、ある程度表現されています。


    皆さんと皆さんの意識は「場」であり、よって統一場理論の中にもひとつの「場」として含まれなければ
    ならないことを理解してください。皆さんの量子力学は、弱い力と電磁気力、そして強い力を
    統一してきましたが、重力はまだ現在の統一場理論には含まれていません。これでは、「場」の
    物質的な次元に現れた部分しか説明出来ません。


    重力は第7章で述べる「鋳型(テンプレート)」の中において、物理的そして非物理的な対を持つように
    見えることに気づいてください。意識場も、後に定義するこの鋳型(テンプレート)場の一部となります。
    皆さんの統一場は非物質次元ままで拡張されることを理解してください。それにより、
    意識と基本となる鋳型(テンプレート)が、皆さんが統合しようと探求している最後の二つの場を
    形成することを理解するでしょう。このようにして、皆さんが現在考えている4っのエネルギーを
    統一するのではなく、実際には6つのエネルギーが存在することになります。これについては、
    後にもっとわかりやすい見方やシンボルの例を使って話します。

    ここで、場、エネルギー、波動、そして力の違いを明確にしてみましょう。

    *放射はエネルギーを絞った状態、または拡張させた状態によって、説明することができます。

    *場とは、通常はエネルギーの拡散された状態を表します。そしてこれは、体積をもつ空間を満たします。

    *力は数学的な表現であり、複数の交差しているエネルギーの一つのベクトルです。

    *波動は周波数です。すなわち、エネルギー場の中の変調の速さです。

    「全ての概念は波動である」ということを科学者が認識できれば、宇宙旅行を可能にすることが出来ます。


    これによって、皆さんが時間と空間の中に存在しているものではないことを理解し、時間と空間は
    すべてのものの内部に存在する、単なるひとつの性質であることがわかるでしょう。


    私達のコミュニケーションと宇宙旅行の両方共、波動の理解を基礎にしているのです。
    次の「思考実験」では、たとえ皆さんが知覚し得る全ての物理的観点から、まったく同じに見える
    二つの物体があったとしても、すなわち大きさも、そして分子と分子、原子と原子、
    クォークとクォークも全て同じく作られた二つの物体があったとしても、これらの物体が占める
    空間が異なれば、この二つは異なる物体だということを理解するでしょう。

    今、位置的な波動をもそれぞれの物体の性質だと仮定しましょう。

    一つの物体は、Aという位置を
    所有しています。もう一つの物体は、Bという位置を所有しています。意識と鋳型(テンプレート)を
    利用することによって、その物体が存在していると特定の物理次元から、その物体自体の波動を
    分離する場を創ることがてきます。その上で、その位置的波動という性質をそこから取り除いたり、
    もしくは別のものと置き換えたりすることが出来るのです。


    例えば、位置Aという性質を取り除き、位置Bという性質と置き換えます。そして次に、
    この分離している場をとくと、その物体が元の次元に再物質化することがわかるでしょう。
    ただ今度は、その物体は位置Aではなく、定義によって、位置Bという場所を占める必要が出てきます。
    こうして物体はAとBの郷里を移動したように見えます。皆さんの言葉を借りれば、実際の移動がないのに、
    それが「魔法のように」起きたことになります。

    別の見方をすれば、その物体が一つの地点から消え、
    そしてもう一つの地点に現れたように見えるわけです。

    これはそんなに神秘的なことではありません。いつも起こっていることなのです。なぜならば、
    時間も皆さんが創り上げたものだからです。そして、皆さんがすでに理解し始めているように、
    時間と空間は断続的なものであり、滑らかに連続しているものではありません。ある意味で、
    カチカとONOやOFFに常に切り替わっているといっていいでしょう。ただOFF担っている状態
    の方が少ないのです。皆さんはこのように簡単に。、ほかの次元との間を行き来しています。


    しかし、そのONとOFFのスピードが非常に速いために、意識的に同調しなければその次元を
    体験することができないのです。皆さんは、一つの瞬間に一つの次元に同調します。皆さんが
    過去とか現在と呼んでいるものも含めて、同調します。皆さんが現実と呼んでいる毎瞬毎瞬の狭間に存在しているのです。

    皆さんが普段道を歩いていると思っている時でさえ、毎瞬、毎瞬、断続したイメージをこの次元に
    再現しているだけだということを理解してください。ただそれが非常に速く振動しているために、
    滑らかに連続しているように見ることを選択しているだけなのです。位置Aと位置Bに存在するステップの多くは
    取り除くことができます。そして、その間の部分を滑らかな動きで埋める必要もなしに、
    ただAからBに移動することができるのです。


    これらのすべての概念は、皆さんが皆さんの意識を統一場の中の一つの波動としてみることを許した時に、
    物理次元で実験を行うことが可能となるでしょう。
    今、皆さんは、科学も単に哲学だということを理解し始めています。そして、科学と信念という概念が、
    以下に融合できるかを見始めています。皆さんは自分自身の現実、そして物理次元の波動そのものなのです。
    自分の性格を反映させるように現実を想像しているのです。この性格の中には、五感を含む
    知性の部分も含まれています。同時に皆さんは、この統合を通して、皆さんの科学が仮定している
    「目で見なければ信じられない」ということから、今度はも正反対の極である「信じれば見れる」という
    体験を自分自身に許し始めることができるでしょう。それと共に、この二極性の考え方そのものが、
    皆さんを宇宙から分離することを可能にした波動であることを理解するでしょう。皆さんが、
    時間と空間の概念を、ひとつの物理的な数式の中で理解するに従って、これらの性質を測定することも
    可能となってきます。

    また、宗教、社会学、経済学、そして政治学と呼んでいる概念のすべてが、いかに科学と数学に
    当てはまるかが見えてきます。それと同時に、数学と科学においては、観測者と観測される
    現象というよりは、観察という行為自体が実際そのものだということが理解できるでしょう。
    別の言い方をすれば、皆さんの数学と科学は、次第に、物理的宇宙の中に存在する物体を表現するだけではなく、
    もっと、物理的宇宙の相関関係を表現するものとなっています。これによつて、より完全な会念となり、
    すべての概念を含むものとなります。地球上のいくつかの文化に見られる象形文字のような
    表現法に変わっていきます。これらの象形文字は、ただ単に、音声成分をあらわすだけではなく、
    その概念全体を表現するものなのです。


    皆さんの数学にもこの考えを取り入れることができます。だからこそ、言語と音楽が数学という
    概念を表現できるわけです。なぜなならばこの両者とも、すべての相互関係と相関関係を創り出す
    エネルギーの波動的な結パターンを反映する、相関関係を含んでいるからです。そして、これらの
    結合パターンが、皆さんの様々に二極化してしまった性格を通して知覚され、いわゆる物理的現実を
    創り上げいる個々の物体や粒子すべての元となっているのです。

    さて、次に「創造性」の章では、科学と信念がイマジネーションの中で融合し、それでいて
    双方の立場からそれぞれを体験できる現実だと理解できるようないくつかのテクニックや方法論を
    述べていきます。

    このようにして「創造性」の中で、私達は道具としてのイマジネーションの
    使い道を探っていきます。分離された観点からではなく結合された観点からこれを見ていきます。
    科学において、イマジネーションは、理路整然とした証明を飛び越し、多くの発見を生み出してきました。
    次章では、これに関連して、皆さんが「原因と結果」と呼ぶ概念についての話をしましょう。

    それでは、このテーマに関する質問を受けて、皆さんとの交流をともに分かち合いたいと思います。

     

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

    つづく

     

    理解できましたかね?

    うんうん♪   (←ほんとにわかってるの>自分 爆)

     

     

     

     


    0 0

    内容にトゲトゲしい文が含まれますが

    現代医学の魔坂のまさか「ガン細胞分裂説の疑惑」説を問う。

    昔あったが今は消えたHPのギョギョ焚くです。

     医学界が炎上しちゃうかも、・・・・これが本当ならだが・・・

    判断はアナタ任せ¥

     

    web魚拓です。https://web.archive.org/web/20090913091043/http://hon.hp2.jp/sai.html

    より

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    1ページ
    ガン治療の根本理論から間違い

    ガンはガン細胞が分裂して増えるという説には

    重大な疑惑と矛盾があった!

    ガン細胞が分裂して増えるというのは真っ赤なウソ

    細胞分裂映像の盲点とトリックを検証する

    細胞分裂説には長年指摘され続ける重大な矛盾と疑惑があった!
     「ガンの元はガン細胞。ガンは必ず局所から発生し、それが勝手に猛烈な勢いで分裂・増殖していく」という説は現在のガン治療の根本的に土台となっている基本理論である。
     それは真っ赤なウソであり、殺人収奪医療の騙し目的の理論に過ぎない。
    ガンはガン細胞から生まれていない可能性がきわめて大きい!証拠映像にも重大な欠点がある。
     数十年前からガン治療の根本理論に重大な間違いと矛盾と故意による大量殺人疑惑が指摘され続けている。それを現代医学は何度指摘されても強行に無視し、黙殺し続けてきた不都合な真実である。
     顕微鏡もまともなものがない時代の150年前に提唱された細胞は細胞から生まれるという細胞分裂説、その定説を裏付ける証拠映像とされる分裂映像や写真は何が間違っていたのか?
     このページと細胞分裂説に重大な疑惑詳細篇でその矛盾と疑惑を徹底検証する。


    騙し、騙しに続けてきたウソにも限界の歪みが生じてきている
    人間の細胞は細胞分裂によって増えていない可能性が高い
     癌細胞は癌細胞が分裂して増えていない。「何をばかな珍説を…バカバカしくってありゃしない」と拒絶されるかもしれない。
     ところが、実際にガンがガン細胞から分裂では増えていないという説は過去に何度も学界では取り上げられ、世界でも一時は大ニュースになり、日本でも5人 の学者が学術賞まで受賞している何度も浮上している説である。ガン細胞分裂説は大量殺人の陰謀がささやかれている重大な疑惑なのである。
     当然と思っている人もそのようなガン細胞分裂の現場を見たわけではないはずである。ということは、それは単に繰り返されてきたことを信じこまされているにすぎないのである。
     ではなぜ、それがいまだに認められないのか?ということである。
     誰でも何度か見た記憶がある細胞分裂映像や写真というものを、その作成された前提からよく検証してみます。そうすると、細胞分裂説の何がおかしいのか、見えてくるはずである。
     その一例として以下の映像である。これは、取り出したガン細胞組織が、分裂して増えていくという映像である。NHKなどでよくやっているタイプの映像で ある。こんな映像を見た人々はガンは分裂して増えていくという恐怖と、ますますの確信に向かうはずである。
     ところが、この細胞分裂の証拠なるものがまるでデタラメ。こんな映像はどうやって撮影して結論を出しているかご存知であるか?

    よくみせられる細胞分裂映像の怪 分裂する乳がん細胞の映像

    ガン細胞が増殖する映像。多くの人は、これらの映像やグラビアで生物は細胞分裂によって増えているという説を何ら疑うことはない。
    しかし、この映像を撮影した前提には重大な盲点とトリックがあった!
    検証すればこのような現象は人間の生体内では絶対にあり得ない条件での撮影であり、この現象は起こりえない現象であることに気づく。
    形がいびつで、それぞれに類似性のある形をしていないことに注目。生体内でこんな不規則な体型や不規則な動きをしているだろうか?重大な疑惑である。再生速度は不明。

    こんな速さで分裂したら1日で体中がガン化するはず

    ということは、こういう映像はおかしいのではないか!

    よく考えてみると不自然で撮影の前提条件がおかしな映像
     この映像をみれば、細胞分裂しているように見える。たいていの人は、今の最高の医学が持ち出してきて、これらの映像で説明すれば、権威という巨大な心理 的圧力と、映像という決定的な証拠によって、これこそ間違いのない証拠だと無意識のうちに思いこんでしまう。そしてガン細胞がこのように恐ろしい増殖をす るという確信をますます確定的なものにしている。
     しかし、この映像には重大な盲点やおかしな事が多々ある。
     この映像は速回しで再生されたものだろうから、実際にはこんな猛烈な速度で分裂はしていないはずであるが、仮にそれを60倍の速さで、早回ししているとしましょう。(600倍であろうが何倍速で再生しているかは重要ではない)
     癌細胞は、1回分裂するのに、体内で60秒に1回分裂しているとする。
     そうすると1回分裂して倍の大きさになったものが、2倍になるには、約2分かかる。
    さらに4倍になるとしたら、3分かかる。さらに倍になるには4分となる。これが15時間と置き換えて解釈してもかまわない。なぜなら、どっちにしてもおかしいという結論は同じだからである。

    映像のような現象が生体内で起きるとしたら、人間は1日で死んでいるはず
     もし、この撮影された映像のように、人間の体内で、ものすごい細胞分裂(速回しされている分は考慮する)が起こってガン細胞が増殖しているとしたら、だ いたい2~3日もすれば癌細胞が、体中を占拠して、人間の体は、たった1日か2日で、癌細胞化して死んでしまうはず。
     ところが、この映像で起きていることを人間の体に当てはめたら、けっしてあり得ない現象であることに気づくはずである。ガンは直径1cmになるのに数年 かかる(それが1年と仮定しても結論は同じ)といわれているにもかかわらず、こんな映像のようにガンが増えたというガン患者は、この世に誰ひとり存在しな い。こんな現象はあり得ないことである。
     実際には一センチのしこり、つまりガン細胞の数が倍になるのに何年とかかる。たとえば2倍になるのが単純計算で5年かかるとする。そうすると、たとえば 10億個のガン細胞の組織が一回分裂して20億個に増えるのを撮影するだけで5年間カメラをまわしてなければならない。実際には数年かかっていることにな る。魚の刺身であるら1日で腐るのに死んだ細胞を撮影して、そんな長く生きているはずがない。ということはどういうことか?
     現代医学が証拠映像として自信を持っている、これらの現象を撮影した細胞分裂は絶対に生体内では起こりえない現象であることは、ちょっと疑いの心を持って考えてみれば、明かに気づくはず。

    映像が真実なら、人間の体は1日でガン化しているはず
     もし先の映像が真実というなら、人間は1日でガン化して死ぬはずである。どうやったら体内で、さっきのような増え方が生体内で起こりえるか?そんな分裂する映像が外部でもけっして撮影できるはずがない。
     このことから考えれば、この細胞分裂映像は、実際の生体内で起きている現象とは、あまりにも不自然で、おかしなことが多いこと、実際の生体内では絶対に あり得ない現象であることに気づかれるはず。そのあり得ないことを生体で日常的に起きていると現代医学の人間は主張している。なんという恐ろしいことか! それを世界中の人が今も信じて切り刻まれているのである。
     本当はこのような現象は実際の生体内においては起きていないということである。このような映像を人間の生体内で起きていると拡大解釈しているのが根本的 に今の医学狂育、三大治療というガン治療の間違いであり、何千万人と悶死させてきた悲劇なのである。
     そして次にこの映像には、重大な疑惑や盲点が他にもたくさんあるということである。

    重大な欠陥は切り離した死体細胞で観察していること

    こんな過酷な環境で細胞は普段通りの行動を示すのか

    死体細胞と生体細胞は同じ働きをするのか

    ましてや薬品、光、電磁波、放射線環境下である

    よく見る細胞映像はこんな環境に入れられて撮影されたり、培養されている。当然、本来あるべき生体内ではない。生体内に置かれた細胞を見ていたのではなかったのである。

    生体内では撮影していない!彼ら現代医学の医学者たちはこの内部↑に切り取った細胞を観察、又は培養した環境と、この下↓の生体内での細胞の働きや性質が同じ生理現象を起こすと考えている!
    だから、今の医学は究極の愚行であり、彼らは究極の知能を破壊され尽くした低知能なのである!

     こんな違いで細胞が生体内と顕微鏡内で同じように行動するはずがないことはド素人がどう考えてもわかるはず。こんな愚行研究が今の医学理論の根本理論として100年以上も信じられている!そしてそれをもとに33兆円が使われている!
    一事が万事、今の医学理論は、超弩級のオソマツな理論がブロックのように積み上げられているメチャクチャな学問である。その90%超が子供の自由研究にも劣るチンケなレベルである。
     ちまたで医学の進歩はすごいなど大ウソである。出産ビジネスの愚行を 読めばわかるように騙されて、ゴキブリにも劣る産まれ方しかできないのが今の文明人である。そんなものをマスコミにバラまいた莫大なカネで風説を流し、世 界一の医療だと騙されているのが家畜国家日本人である。マスコミは莫大なエサ代をもらって彼らに頼まれたとおりに風説を流す。今の医学は想像を絶するよう な低級学問なのである。それは知能も精神レベルも究極に低いのである。

    白黒映像や写真は電子顕微鏡内で撮影した映像
     生物学で習っている細胞の写真は生体から切り離された切り身を走査顕微鏡で観察して撮影されている。映像や写真が白黒であれば、さらに猛烈に不自然な環境下である電子顕微鏡が使われている。上記の映像は白黒であることに注目である。
     こんなプレパラートに載せられ、切り離されて機会に入れられた肉片で生物の通常の生命の営みを観察できるだろうか?こんな不自然な環境では、細胞が通常 時の生命活動を行うことはまったく出来るはずもない。ましてや全体のつながりから、完全に切り離されたものである。死体と生命を同列に解釈していることで 最初から頓挫しているのである。
     生きた生命から切り離されて、このような異常極まりない環境に置かれた肉片が絶対に、生体で通常時に起きている自然な生命の営みなど観察できないこと は、疑いの心を持って考えれば、すぐに気がつけるはずである。鰹節に薬品をかけて、顕微鏡で見ながら、それがカツオの生体反応だと思いこんで得意になって いるのだ。そのバカさかげんに唖然とするはずである。しかし、それが今の医学のゲンジである。だから、あらゆる医学理論がメチャクチャなことに連鎖的に気 がつくことになる。
     それらの写真や映像で映し出された現象は本当の日常の生命現象では絶対にありえない。その重大な観察の欠陥、盲点に気づかずに世界中で細胞分裂説が信じられて、今の殺人療法が150年間続けられている。


     顕微鏡撮影はプレパラートに載せてガラスなどで挟んで観察するから圧力がかかるし、温度もまったく違う。細胞が生体内で そんな特殊な環境におかれることはまずない。細胞の形を観察することは出来るが、この上に載せた肉片が生命の生体内と同じ活動をして撮影できると本気で信 じているなど、正気の沙汰ではない。
     医者達は、気が狂っているのではなく、本気で信じて、治療に当たっているということが空恐ろしい。昔から指摘されても、気づかないのである。文部科学省が知能を破壊し尽くしてしまったからだ。

    顕微鏡映像を生体内と同じことが起きるなどと本気で信じているのか
     細胞分裂説映像を根拠に細胞分裂説が正しいと主張するのであれば、その医学者にこう訊いてみたい。
    「あなたの細胞を切り出して、こんな顕微鏡で見て起こる現象は、あなたの生体内で日常的に起きている生命活動と同じであるか?あなたはそんな環境で人為的に起こした現象を人間の生命の営みだと本気で信じているのでのか」と。
     それは生きた人間と死んだ人間は同じ働きをしていると主張するに等しいことである。荒唐無稽きわまりない主張の滑稽さに気づくはずである。そのチンケきわまりない定説に何百億人が騙されて殺害されてきたわけである。

    トリック映像のカラクリに大衆が気づくとマズイ
     殺人産業の主張のウソに気づいてみれば、なんのことはない。
     彼らはこの殺人トリック映像は、生きた生命としては事実ではないことに気づいている。そのホンネは大衆がこの重大な盲点、撮影トリックに気づくとマズ イ。獲物を罠に誘導し、飯を食うための殺人トリックがバレるからである。自分たちがあぐらをかいてきた既得利権が脅かされるからである。
     もはやセンセイ、センセイと尊敬されてきた日々も凋落し、アイツら殺人犯やと罵られることがわかっているからである。尊敬されて、頼られて、豪邸住まいの日々ともオサラバである。過去の栄光や業績は一気に犯罪歴に変わるからである。
     これは数十億人を収奪、殺害した殺人療法のトリックの種明かしである。彼らのエビデンス、証拠、理論には、ほとんどすべてが自分たちの利権を持ち上げる ための作為的な操作、トリック、これと同じような拡大解釈があるのである。ある種の特殊環境で、強引に現象を起こさせ、撮影トリックを駆使し、極端に自分 たちの出したい結論に到達するように、作為が行われる。治験のデータも都合の良いデータを盗るためのシカケがある。手品といっしょである。種明かしされは ば、なんだ!と思うようなウソなのである。
     不都合な事実は脱落し、都合の良いことだけは強調する。だから、中立的に検証すれば、その前提は一事が万事でメチャクチャである。
     それも彼らが人を騙して、悪化させてうまい飯を食うためである。医学理論が悪化させてリピートさせ、莫大な利益と利権を拡大させるための殺人理論だらけ になるのも当然である。それを信じたら最後、二度と降りられない殺人罠にかかったも同然である。

    映像や写真による細胞分裂映像は証拠にはならない

    死んだ肉の細胞を観察して生きた生命を研究する医学の愚行

    メチャクチャな結論に達することは子供でもわかること

    死んだ肉で生きた豚を想像する?


    生きた木から切り離して観察した葉っぱは本来の活動ができない

    気孔の観察写真
    葉っぱ組織の観察は出来るが切り離した時点で木にくっついていたときのような活動状態は観察できてない。
    全体のつながりがあって、葉は葉としての機能が動作する。そしてその活動は寒いとき、熱いとき、昼と夜、光、成長期と環境に応じて違う。全体から切り離した時点で葉っぱの役目や活動が出来なくなっているから、これでは本当の生体はわからない。
    切り取って持ってきた葉っぱを顕微鏡で観察して気孔の役割を観察しても本来の木についているときの活動ではない。
    そのため切り離して観察した葉っぱでは、植物としての生理学、本来の活動を解明することは出来ていない。それでわかったような気になっているだけ。
    生物の細胞観察も同じこと。医学者は、知能が低いため、この重大な欠点がわからない。今の医学はこんな観察の盲点すらも気づけていない。
    また植物の葉は時と環境に応じて違う活動をする多様性がある。ひとつの観察で見えた現象がすべての活動パターンではない。これも医学理論の盲点である。

    荒唐無稽な現代医学の主張
    「死体細胞の外部観察も生体でも同じことが起きているはずだ」

    強引なこじつけは子供の自由研究のレベル以下

    撮影された状況と生体内の違いを考えてみると…矛盾だらけ
     それはこの映像がどのようにして撮影されたのか、ということを実際の人間の生体内の状態と比較して考えれば、いかにおかしいかが、よくわかるはずである。
     こうした映像の多くは、カエルや動物などの細胞をメスなどで切り取って、それを顕微鏡のプレパートに移して薬品などを使って、細胞組織に刺激を与えて、生体外において撮影されたものである。
     ところがこの撮影の仕方には重大な欠点が多数ある。
     それはこうして細胞を観察したときに、撮影される細胞が置かれていた状態と、実際に人間が普通に生きた状態で、生体内に、置かれている細胞と言うのは、 どこをどう比較しても全く似つかないほど、切り離された細胞と生きた生体では、細胞が置かれた環境が違うということである。
     現在の細胞研究のは、そのほとんどが死んだ細胞を観察したことが土台となっている。撮影された映像は生体から切り離された死体細胞に薬品をかけたり、人 為的な操作をして作為的に現象を生じさせて観察し、それを人体の正常時の細胞の営みとして拡大解釈したものだからである。
     そのような生きた生命という全体のつながりから、切り離された死体細胞の組織を外部で人為的に薬品や光りを使って、観察した映像と同じことが本当に普段の生体内で日常的に日々起きているだろうか?
     この撮影条件が生体とはまったく異なる似ても似つかない条件において撮影したということは、こうした映像の盲点中の盲点であるにもかかわらず、今の医学 界はその重大な観察方法の欠陥を全く無視して、この映像で起こっていることが、人間の生体内で日常的に起きていることであると主張するのである。そしてガ ンもこのように増えると医学生にも大衆にも思いこませて騙し続けているのである。

    自然の生きた生体のままで細胞分裂現象が見えたのか?
     
    切り離して観察したものと生きた生体を全く同じように解釈している重大な矛盾
     従来の細胞観察による細胞分裂の映像には、重大な欠点、トリック、拡大解釈があるということに気が付かなければならない。
     それは、実際の生きた細胞には血液が流れ、酸素が供給され、体という生命体全体と調和したつながりをもった本物の細胞が、生きた生体の営みの中で、起き ている細胞の現象と、それをメスで外部に切り離して、死んだ細胞を全く血液も流れず、酸素供給もされず、温度も圧力も違う環境で、しかも、細胞が、分裂し ているように見える映像撮影するために、薬品をかけて、観察した条件では、細かくいえば何百もの条件が、まったく異なっているのである。たとえばたとえ魚 の刺身を観察しても魚の細胞の働きはわからないということである。
     生きた生命の細胞では絶対に起り得ない条件が、何百もの全く違った条件の重なった環境で観察されている現象を撮影したものだということである。ましてや 切り離されたものである。血液も流れていなければ酸素供給もない。そこで起きたことが生体で日常的に同じだろうか?
     スルメに薬品をかけて顕微鏡で観察して、その変化をそのまま生きたイカの生体の営みとしてあてはめて解釈するようなものである。なんというお粗末な学 問!それが現代医学の根本理論の実態である。小学生の自由研究の結論よりもレベルが低いのである。
     こんなお粗末な理論を前提に世界中が細胞分裂説を信じて、ガンは無間に増殖すると信じて、猛毒、メス、放射線という殺人療法が行われているのである。

    スルメを顕微鏡で観察して、生きたイカの生体と解釈する自由研究レベル
    こんなお粗末な結論がいまだに150年間も信じられ、治療の根本原理になっていることの驚き


    現代医学の治療のもとなっている定説はどれもこんな仰天するような幼稚な観察や解釈、こじつけばかりである

    検証すれば現代医学の基礎理論や根拠の大半が崩壊する!

    それで何百兆円と世界中で間違った治療が行われている!

    間違った理論と言うより、壮大な詐欺である!

    部品だけを取り外して、単独で、その本来の機能が観察できるか

     機械やパソコンのパーツでも全体から切り離して観察したら、その 本来の機能をまったく発揮しないん。全体のつながりと適正な電気が流れて、はじめて、CPUやメモリやハードディスクとしての機能を持つのである。電気が 流れていないだけでもまったく違うし、それどころか、電圧が変わるだけでも、パソコンの働きはまったく違う動きをする。メモリだけ取り外して何に使うと言 えば何に使えるだろうか?何の意味もないはずである。電圧が半分になったり倍になってもダメ。正確な測定は出来ない。
     細胞観察においてもおなじことである。切り離されて、血液が流れていないと言うことは、パソコンのパーツに電気が流れていないのと同様である。
     生命もパソコンもそれだけデリケートなもので、あんなメチャクチャな撮影の仕方で生物の細胞の本来の姿など撮影できるわけがないのである。絶対にあり得ないことである。
     ましてや、CPUだけ取り外して、電気も流れていない、信号も送られてこない、それを見ても何の働きもないこと、また普段とはまったく違う性質であるこ とくらいわかるはずである。それを現代医学を信じている医者なら、おそらく何の役にも立たないものだろうと判断するだろう。基本が何もわかっていない愚者 だからである。

     切り取った細胞の観察もおなじこと
     細胞観察で言えば、血液も酸素供給もないのに、切り取って、プレパラートで薬品をかけて、それで見えた現象が生体内の人間の生理現象とおなじだと本気で思っているとしたら、クルクルパーの世界である。



     以下は略

    全文は https://web.archive.org/web/20090913091043/http://hon.hp2.jp/sai.html


    ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー

     

    この内容の検証はアナタの厳しい取捨選択眼でよろしく

     

     


    0 0

    魚拓を採ってきてみたはよいが・・・

    さっぱり分からん・・・・などとオマエのことなどどうでもよい(という自虐ツッコミをおいといて)

    「科学」とは一体なんぞや?

    この疑問に答える宇宙連合(バシャールと呼称する)からの解説

    あなたは十分理解できたことでしょうから(笑い)

     

     

    魚拓のせいか、文字化けがあるようです。

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーweb魚拓よりーーー

     

    第2章 科学(Science)


                                    質問コーナー


    [チャンドリー博士]

    ????マインドはすべての意識を代表視し、そして脳はその生理的な部分を代表しているという
    見方もできると思いますが、これについてコメントをもらえますか?

    [宇宙連合]

    ????いわゆるマインドとは、生理的な脳というフィルターを通した意識の産物です。
    マインドは、すべてが意識ではないのです。そして、マインドは、地球の電磁気場を利用して、
    皆さんが知性と呼ぶものを創造します。これが、皆さんの脳が電気的に、磁気的にそして化学的な
    現象により機能する理由です。脳は皆さんが物理次元でコミュニケーションができるような形に意識を
    変える意識のプロセッサー、すなわち処理機なのです。

    このような形をとった意識がマインドもしくは知性と呼ばれ、地球上で皆さんすべてをつないでいる
    電磁気場における変動や振動と共鳴します。これが、皆さんがテレパシーをもてる理由です。
    皆さんはすべてこの電磁気場という液体の中に漬けられていいて、脳はそこに接続されています。
    パイプに液体を流すごとく、脳は常に電磁気の波動の流れを自分の中を通して流しています。
    そして可能な限り、他人の脳の中にあるパターンと同じものを自分の中に創りれ出します。
    こうしてこの流体は普通、各個人の中で同じように流れ、これによって、マインドとマインドが
    認識あったり、一致したりすることが起きます。このように、一個人から他人へ、似たような波動を
    送る能力が生み出され、双方がひとつの概念、ひとつの思考を知的レベルで分かち合うことができるのです。

    [チャンドリー博士]

    ????脳の中にあるブラックホールについて少し話してもらえますか?それは私達の身体の
    中にあるブラックホールということに関連すると思いますが。

    [宇宙連合]

    ????皆さんの体内にあるすべての細胞は、ある意味で、小さな脳だと言えます。
    なぜかというと、意識を電気化学的及び磁気的な方法でパイプのように流すことにおいて、
    同じような機能を果たしているのです。

    皆さんが、自分自身をひとつの電磁気的なパターンとして創り上げていくに従って、
    そしてこの電磁気的波動の波と波とが重なり合うに従って、これらの重なり合ったすべての
    連結点が、すなわち交差するすべての点が、皆さんのすべての細胞の中心にある主要なブラックホールの
    点を表すことになります。それらはすべて脳にある、いわゆる扉もしくは門となるもうひとつの
    ブラックホール(というよりは、ホワイトホールと呼んだ方がいいかもしれませんが)につながっています。
    このように、皆さんは脳の中心にブラックホールまたはホワイトホールがあることを発見するでしょう。
    そしてブラックホールまたはホワイトホールが、先程述べた、皆さんのすべての細胞の中心に
    ある連絡点に存在することを発見するでしょう。

    皆さんの脳の中心と、ひとつひとつの細胞の中心にある主要なブラックホールは両方とも皆さんの
    意識のエネルギーが、プラスとマイナスに変動する流れを表しています。
    これらがONになったりOFFになったりすることによって、皆さんの意識のエネルギーが、
    物理次元の現実に向かったり、物理次元から外に向かったりします。
    皆さんの物理学者がすでに発見しているように、皆さんの物理次元の現実は断続的なのです。簡単に言うと、
    物理次元の現実は、毎瞬毎瞬再現を繰り返しながら存在しているのです。

    [チャンドリー博士]

    ????二重螺旋は、今の話に何か関係ありますか?

    [宇宙連合]

    ????はい、二重螺旋はエネルギーの流れをある程度表現していると言えます。これは、
    皆さんのオーラ場(すなわち、皆さんのエネルギーパターの場)にも見ることができます。
    そして、皆さんの鍼の効果もここから来ています。エネルギーの流れには方向がありますが、
    鍼はいろいろな意味で流れの方向を変えたり、時には妨げたりします。外に向かい、
    そして中に向かう螺旋を描きながら、上そして下に同時に流れる状態のんです。

    [チュンドリー博士]

    ????その考え方は、以前にあなたが話した時間と空間の概念と、何か関係がありますか?
    そして、それは私達が発見したクォークよりももっと基本的な部分なのでしょうか?

    [宇宙連合]

    ????ある意味では関係あります。鋳型(テンプレート)の上では、エネルギーはすべて
    螺旋運動を描いていることがわかるでしょう。ただ単に、螺旋の中に螺旋があり、またその中に
    螺旋があるということです。

    [チャンドリー博士]

    ????どうもありがとう。物理的な法則と精神世界の法則との関係について話し、
    そして、定義してもらえますか?

    [宇宙連合]

    ????両者は、根本的には同じものだと言っていいでしょう。この物理的宇宙の創造に参加したすべての
    意識が、非物理次元においてしたいくつかの同意があります。皆さんの宇宙の中で皆さんが
    物理的法則と呼んでいるのは、この同意を表しています。ですから、物質次元化された法則も
    、最初は精神世界が源であったものの反映だということを、皆さんは理解するでしょう。
    いわゆる物理学の法則の元に現れるすべての「精神世界の法則」(もし、皆さんがこういう名前で
    呼びたければの話ですが・・・)は、エネルギーが様々な形を取れるように、意識が鋳型(テンプレート)
    にぶつかるとき鋳型(テンプレート)上でエネルギーがどう振舞うかという法則を反映しているのです。
    法則の組み立てかたに関しては、精神世界の法則も物理学的な法則も、非常に似ています。

    皆さんが、いわゆる精神世界における法則と考えているものは、皆さんが物理学的な方法を通して
    発見しているのと同じエネルギーを、ただ単に、精神世界の見方を通して異なる観点から見ている
    だけなのです。異なるラベルを貼っているだけであって、大部分は同じひとつの概念です。
    以前にも述べたように、理由付けという概念を精神世界に取り入れ、意識という概念を物理学的な
    考え方に取り入れた時、皆さんはこの双方のアプローチの仕方に共通部分と共時性(シンクロシティ)を
    見ることができるでしょう。

    [チャンドリー博士]

    ????それらの二組の法則は、個人個人のプロセスとはどのような関係があるのでしょうか?

    [宇宙連合]

    ????そこで起きていることすべてが皆さんなのです。なぜなら、皆さんが自分自身の分離というものを
    体験できるように現実を創り出したことによって、皆さんの文明に存在するすべては、皆さんが
    創り出したすべての状況において二極性を体験します。

    [チャンドリー博士]

    ????どうもありがとうございます。それではここで、講師の働きと講師の存在のサイクルについて
    説明してもらえますか?

    [宇宙連合]

    ????光子エネルギーは、時空という概念の定義付けの一つだと見ていいでしょう。皆さんの現実、
    時間、空間そしてすべての物質、そしてエネルギーとして知覚するすべてのものは、
    物理的な観点と精神世界の観点のどちらからみても、光子が変化したものだということです。
    光子は、象徴的な意味で、対称構造した四面体のゼロ点の中心から直接発生するものだと理解してください。
    そしてこれは、2重四面体の結晶構造を形作ります。このようにして、光子が、現実という概念を
    運搬するのです。光子は自らを反映するひとつの量子であり、それ自体が両極を内包しています。
    すべてであり無なのです。光子は、プラスとマイナスの両極を反映します。個々の講師の中に、
    すべての可能性の完全性を含んでいるのです。

    これが、皆さんが光を通してホログラム(訳注:レーザー光線を使い、三次元立体像を空間に再現する方法)の
    概念を発見した理由です。なぜなら、光は、それ自体がホログラフィックな宇宙の完全性のすべてなのです。
    そして、宇宙のあらゆる場所に、あらゆるものの存在を創り出す能力を与えるものなのです。
    それはすべてをどこにでも同時に創造するON、OFFのスイッチなのです。
    それはすべての点における無のひとつの表現だからです。

    [チャンドリー博士]

    ーーーー原子という単位が、すべての次元の最大公約数なのはなぜですか?

    [宇宙連合]

    ーーーー原子はすべての次元の最大公約数ではありません。原子は、皆さんの物理かされた次元、
    そして他の多くの次元においての最大公約数ですが、これは、皆さん自身を宇宙の外にある存在としてみる
    波動パターンのひとつなのです。それと同時に、皆さんが複雑にしてみているすべてのものは、
    ひとつの統一された意識とエネルギーの表現から導き出されたものだ、という考え方を思い出させてくれます。

    皆さんの質問を分かち合ってくれてありがとう。同時に、質問を考えた時点で、すでに答えは
    その中に含まれていることを思い出してください。質問という形は、すでに知識に含まれている
    答えという概念を皆さん自身から分離しただけなのです。それれでは、ここで皆さんの探究心を
    表現する意志に再び感謝します。皆さんの文明と私達の文明の分かち合いは、これからも 永遠に続くのですから。

     

     

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

     

    どう、よく理解できましたね。

     

    うんうん♪   (ほんとかいな  自分)

     

     


    0 0

    40兆円もの国民医療がどう無駄に使われているか?

    その代表的な分野が大量消費、高額商品、抗癌剤だという。 癌、ガン、がん使いまくるゾ~~

    じゃない、その癌医療に昔から異議が唱えられてきたのですが、

    ぜんぶかき消され、そして、未だ日々いまこの時にも抗癌剤は使われています。

     

    あまりにも辛辣な医療批判で注目を浴びたHP

    いまは大変な時代ですねえ。 よくもわるくもですが、一度発したら残っている魚拓。

     

    嗚呼、ボクはどうしよう~~~~

    過去記事をぜんぶ消し去って、きれいさっぱり忘れたい~~~

    と思っていたら、

    なんとweb魚拓が・・・・

     や、止めて~~~~♪ 

    なんて、もがいてみても・・・・・

    曝かれちゃうんですね・・・・・・・・・日々のアダルト閲覧記録が・・・・どんだけ覗いたことか・・・・

      ま、いいっか♪

    それはともかく・・・

     

    いまガンになっている人も、将来がんになる予定の人も(いるか!)

    社会の癌だと言われている人も (あ、ボクの事か!)

     

    癌に限らず、ガンのひとも、がんのひとも、そして立花隆氏も(?)

    癌から始まる現代医療の盲点をつく  強烈なギョギョ焚くです。

    閲覧禁止!!

     

     

    医療地獄の犠牲になるな 目次1


    目次 1頁 2頁 3頁 4頁 5頁 6頁 7頁 8頁 9頁 10頁 11頁 12頁 13頁 14頁 15頁
    ↑ここはweb魚拓 (あまりにも辛辣な医療批判で消された?のか) 過去記事からです。



    0 0

     

    消えたweb魚拓から

     魚拓ばっかりじゃないかよ!   ←自己ツッコミ

     

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

    「ニュー・メタフィジックス」(new Meta-Physics)  

      第3章 創造性(Creativity)                  第1節                

     第1章と第2章で、皆さんの社会における宗教と科学という根本的な二極性について話し、  更に、これらの二つの概念を二極性という観点(信念と科学的証明)と、統合された観点(すなわち、 信念と科学的証明が共に同じものを探求し表現しているという、統合された全体的理解の観点)から、 皆さんが哲学と呼ぶ包括的な考え方を通して見てきました。

    この章では、皆さんが創造性と呼ぶ概念について話します。

     二つの極の間に存在するものについてはすでに話をしました。

    物理次元に表現された二極性はたくさんあります。

    すでに述べたように、二極性とは、物理的現実そのものに真実味を加えるような定義づけの概念、パラメーター、または境界を創り出すもののひとつです。

    そして、皆さんが、物理的または肉体的に自分自身を表現することを可能にするために創り出した、性格の構造の基礎となる概念のひとつです。

    この「性格のプリズム」と呼ばれるメカニズムは、創造性が皆さんの存在の中に湧き出で、そしてイマジネーションを通して出て行く際、最後の出口となるものです。

     夢の現実つと物理次元の現実は両方とも、本当の現実であると述べたことを思い出してください。

    *夢の現実は、より気づいている状態であり、その意味では、皆さんが真に目覚めている状態です。

    *物理的現実とは、皆さんがその中でたんん級したいと望んでいる制限の結果であり、夢より深い眠りについている状態です。

    どちらかと言えば、本当は、この物理次元のほうがより夢に近い状態だと言うことができます。

    なぜならば、皆さんが普段使っている夢の定義付けに、より近いものになるからです。

     分離された観点から観た時とこの現実世界の中では湯のほうがより制限される状態と思います。

    そして、現実世界の方が、夢の世界よりももっと現実的だと思い込んでいます。

     皆さんのイマジネーションが、皆さんの夢の世界と物理的世界をつなぐ架け橋なのです。

    イマジネーションは、皆さんの意識の中の物理的そして非物理的な両方の方の見方を引き出し、 融合することを可能にする道具のメカニズムなのです。

    イマジネーションは科学と宗教における二極性にも当てはまり、特定の性格構造のタイプによって科学的な証明もしくは信念のどちらかを通して、 創造性を表現していると言えます。

    イマジネーションのメカニズムは、科学的または宗教的な一方的な味方をする人達にとって、 両方からのものの見方が可能であることを教えてくれます。

    簡単に言えば、宗教的な人も科学的なマインドを持つことができるということです。

    そして、どんな科学的な頭をもった人でも、宗教的な考えを もつことができるということです。

    多くの場合は、概念そのものの中に、信念の源に対して膨大な研究を必要とする多くの分析や定義付けが含まれています。

    同様に、科学的な功績には、イマジネーションのひらめきや、集合意識の部分から来る分析ではない、啓示などが含まれています。

    そして多くの方法論は(皆さんの多くが長い間これを認めるのを渋ってきましたが)科学と宗教という両極に様々な形で応用できるのです。

    どちらにせよ、この両者は同じ意識から見た「ものの見方」からの派生物です。

    さて、皆さんのイマジネーションは、意識の中の創造的な部分を表現する道具です。

    そして、この人生において表現することを選択した「自分」という人工的な性格の波動に常に完璧に同調されます。

    ですから、皆さんがイマジネーションの中で見せるもの、感じるものは、常にその瞬間に皆さんが探求しようと望んでいるもの、または必要としてている自己の意識の一部を代表して見せてくれているわけです。

     多くの人が、イマジネーションは現実なのか非現実なのかということに関して非常に混乱します。

    ここで、二つの考え方を説明するために、イマジネーション(想像)と空想という言葉を使い分けさせてください。

     別に私達は、イマジネーションが現実であり、空想が非現実であると考えているのではありません。

    イマジネーションも空想も両方とも現実だと考えています。

    しかし、ここで皆さんの物理的次元の生活に何が応用できるのか、この物理的次元の人生において 皆さんが探求している目的を表現するために、 自分自身に創り出したある特定の性格構造に対していかに創造的応用ができるかということについて話をしたいのです。

    ですから、ここで私達が「イマジネーション」と呼ぶ概念は、皆さんの言葉で言えば「物理的現実の中である程度できる目標を示し、また、その目標と共鳴できる波動」のことを言います。

    なぜなら、これらは皆さんが肉体を持つことを選択した理由と調和し、共鳴するからです。

     空想も現実ですが、この物理的次元の生活には応用できないということだけです。

     皆さんの言葉で言えば、空想はこの次元の現実、または平行次元の現実、もしくは意識の密度レベルの中では応用できないということです。

     皆さんが住んでいると思っている宇宙とその周辺の物理次元においては、皆さんは創造のエキスパートです。

     皆さんは常に創造してきました。

    肯定的な創造も否定的な創造も、どちらも創造には代わりありません。

     これは誰にでも当てはまります。

    皆さんは常に創造し続けています。

    否定的な創造をしていたとしても、それは決して皆さんが劣っている存在だということではありません。

    皆さんは好みを元に(判断からではなく、ただ単に、好みの問題なのです)この物理次元で望むもの、そして自分がより調和し共鳴できるものに対して、 子怒涛する機械を自分自身に与えるだけなのです。

     皆さんは現在の人生で肉体を持つことを選択した目的に向かっていくために、次のものを 自ら体験することを選択をしました。

    *皆さんの現実の中のすべての考え*すべての状況*すべての関係*すべての物質*すべての考え*すべての出会い*すべての日*すべての夜*すべての思考、フィーリングそして観念これを認めることが、皆さんが創造的に創り出した人生の障害を取り除く最初のステップです。

     皆さんは、自分の歩むべき道から外れたり、妨げられたりすることが可能だと思っているかもしれません。

    でも、それは、皆さんの本来の姿である大いなる全てからの分離を探求してみる機会を自分自身に様々な手段を用いて、とても創造的に与えられるだけなのです。

    前に述べたように、ここ過去2万5千年間は地球は分離のサイクルの中にいました。

    ですから、そのような状態に置いてしまうのも皆さんの創造性の中で創り上げられたクセなのです。

    しかしここで理解してほしいのは、皇帝的な創造性も否定的な創造性も同じメカニズムに基いていることです。

     日常生活中で何か否定的な出来事が起きた時、自分が創造的でないと感じるのも ひとつの見方に過ぎません。

    皆さん自身である大いなる全てからの分離と判断と考え方を、 皆さんの方程式の中に当てはめただけなのです。

    ここで大切なのは、皆さんに降りかかるものは何もないということです。

    すべては皆さんが創り出しているのです。

    二極化された観点ではなく統合された観点から自分自身の行動を見てみる時、 皆さんの創造性は、否定的なものより皇帝的な現実をより好み、そして選択ができるとがわかるでしょう。

    だからといって、肯定的な現実がより良いものであり、否定的な現実が悪いものであると言っているのではありません。

    ただ単に、みなさんん自身の創造性の中で、すべてが平等であることを認識できるというだけです。

     意識的なものを創造していく上で大切な考え方のひとつは「あなたの現実に存在する巣へ手が平等」ということです。

    これを踏まえて初めて、皆さんは自由な意識をもった創造主となることができるのです。

     創造性において「好み」はヒ上に大きな役割を果たします。

    なぜなら、皆さんは自分が表現したいと望んでいる特定の見方や概念に、常に自分自身を合わせてしまうからです。

    これは、別に判断ではなく、 単に好みからくるものです。

     社会の中での二極性を伴った全ての行動を融合すると共に、皆さんの創造性にこの「対等性」と「選択の自由」を加えた時(観なさにの一部の人は、時々これを自分自身に許していますが)、 皆さんはあらゆる分野で創造的に活動できることを知るでしょう。

    時には、物事がうまく運ぶために、 必ずしも決まった方法がなくても可能なのです。

     別の言い方をすれば、皆さんは多角的な機能を持った存在になれるということです。

     本来の姿である多面的そして多次元的な存としての自分を表現することができるのです。

     信念と科学的な証明の両方を実践することができることがわかるでしょう。

    皆さんは哲学者にも科学者にもなれるのです。

    医者、数学者、農学者、先生、生徒、探求者など、何にでもなれるのです。

     人の上に立つ人にもなれます。

    技術者にもなれます。

    想像の対等性の中で、皆さんはこの人生で自分が望むどのようなものをも自己の内に見つけることができるのです。

     重ねて言いますが、皆さんの創造性は、このように皆さんから分離したものではありません。

     創造性はどのような次元においても、単なる道具ではないのです。

    単なる才能ではありません。

     創造性はまさに皆さんの本質そのものなのです。

    皆さんは創造物であると同時に、創造主でもあるのです。

    どのような現実においても、皆さんが想像していない状態はありえないことを知ってください。

     皆さんがなすことすべてが創造なのです。

    このように創造は(それ自体の内に、創造可能なすべての創造物が含まれているという意味で)完結していると言えます。

    それにも関わらず、更に新しいものも創造できるのです。

    なぜなら、この「新たな物を創り出せる」ということ自体、想像の中にすでに含まれているひとつの概念だからです。

     「新たなものを創造できる」ということは、単に皆さんの中にすでに創造性があることであり、 皆さん自身が創造性そのものだということです。

    それと同時に皆さんの完全性を表現しているのです。

     皆さんが、自分自身の完全性のどの部分を探求したにせよ、それは自分自身を創造する行為、 創造を創造する行為、そして創造性を拡張する行為となります。

    このように、創造はすでに完結しているにもかかわらず、終わることなく続くのです。

     「(物事が)おきることを許す」、これが皆さんと皆さん自身である宇宙を創造性で満たす要素となります。

     創造的になるために何かをしなければならないとか自分ら無理に強いる必要はありません。

     一歩下がって客観的に見れば「自噴に何かを強いる」行為自体が、芸術的で創造的なアイディアであり発明であることがわかるでしょう。

    自分自身に何かを無理にさせなければならないという概念すら、それ自体がとても創造的だと言えます。

    このように、皆さんは常に創造し続けるのです。

      皆さんが、創造的に表現し探求している中で、壁にぶっかったと思う時、皆さんが期待していたのとは違う形で創造的な機会を自分自身に与えていると気づいてください(通常、期待とは自分自身に対する判断であり、制限を作ります)。

    壁すら、そこに存在することを「許す」ことによって、 自分に役立つような創造的な目的を持った壁となることを「許す」ことが゛できるのです。

     皆さんが、これらの創造的な壁を見ることに多くの時間を費やしているとしたら、本当は皆さんが心から探求したいと望んでいるものは(そして、多分その時に一番役に立つのは)壁そのものだと いうことに遠慮なく気づいてください。

    その壁自体を研究すること自体が創造的な探求となり、それによって、鎖から解き放たれたり、その壁を取り除くことができるでしょう。

     不思議なことに、その壁が意味を持つことを許してあげるや否や、壁ではなくなります。

     皆さんの前に立場かっていると感じていたくらい壁、障害物、空虚さなどに光が射してきます。

     光が射し、その新の性質が現れ始めます。

    やがて、それがひとつのメッセージやひとつの目的に変化し、 皆さんが物理次元で探求したいと望んでいたものに姿を変えます。

    ここで、繰り返し言いたいのは、どのような障害も、皆さんがそれを障壁だとみなすことを選択するまでは障壁ではあり得ないことです。

    皆さんの物理次元で起きることすべてが、完璧なタイミングで花開いているだけだという見方ができれば、皆さんの創造性はスムーズに邪魔されることなく流れていきます。

    なぜならば、皆さんの皆さんに対する新しい見方と波動になるからです。

    ここで覚えてほしいのは、皆さんが自分自身をどう見ているかによって、創造性が大きく制限されてしまうことです。

    セルフ・イメージ、自分自身をどう思っているか、どんな自分になりたいか という観点と、そして、なりたい自分をどれだけ表現していこうかという信念の強さが、 皆さんの意識の上で感じられる創造性の加速を決定します。

    このように、ひとりひとりがすべての二極性の統合を許し始め、そして、すべての出来事が大いなる全てへの奉仕であり、それより自動的に自己に対する奉仕になるという見方をし始めるに従って、それぞれの個人の創造性の流れは増します。

    この創造性の流れの波動が、その人の魅力やが輝きだすような波動まで達すると、周りの人々にもそれが感じられるようになります。

    これがすでに創造性を自由に表現している人々を引き付けます。

    そして、はじめに創造的な表現をした人が、 必要な状況、人、人間関係、情報やものなどを、完璧なタイミングで無尽蔵な源から引き出すことを可能にし、その人の目的をも充たすと同時に、他の周りに  集まって来た創造的な人々の持つ目的や奉仕に対する鏡の役割を果たします。

    これは常に、起きていることです。

    今までは、単に、大いなる全てへの奉仕と人の鏡となることを あらゆる分離の方法を通して探究していただけです。

    そして変革期に入った地球上で、 探求が肯定的実現化、許可、統合などを通しても可能だと言うことを理解し始め、これらの新しい方法を意識し統合していくことを決めました。

    こうして、地球における一種の創造的な推進力、 私たちが「偶然の恍惚的爆発」と呼んでいる楽しい偶然の連鎖反応を各個人が体験できるでしょう。

     自分の外に対して奉仕を行っている人は、その人が選んだ目的や奉仕に必要な全ての情報を自動的に引き付け始めるでしょう。

     可能な限り意識的に感じるままの自分になることを許すこと自体が、他の全ての人にとっても自動的に奉仕となります。

     皆さんはただ存在するだけで、そのユニークな物理次元化した性格を通して自分と言うものを表現することにより、単に自ら自分自身の道となることができます。

    すなわち、他人の尺度で計った自分ではなく真実の自分に忠実で、ありのままの自分をただ受け入れ自由に表現することにより、 周りの人すべてに対しても、もっと偉大な奉仕ができるのです。

    見なさなの文明全体を多くの面を持った水晶に例えれば、その時初めて、その中のあなたである面を完全に表現することができるのです。

     可能な限りの表現に満ちた「面」となることによって、その他のすべての面(実はこれもあなた自身なのですが)に対しても、真実より明確に反映する鏡となることを許していることになります。

    あなたは完全な自己を体験し、周りの人々はあなたと言うもうひとつの面を知ることができます。

    これにより、他のすべての面とつながっている自分を見、そして体験することができるのです。

    もうこれからは自分が他の面とつながっていないと感じて孤独になったり、非難されていると感じて、ひとり引き込もらなくていいのです。

    この孤独な状態は、ちょうどひとつの水晶でありながら、れぞれの面が隙間を持っていて互いに触れ合っていないようなものです。

     自由で創造的な表現ができるようになると、ひとつの完全な表現力をもった面となることを自らに許すだけでなく(こができれば、皆さんの社会のすべての知的側面を自動的にサポート することができるのですが)、あなた自身も完全な多面的水晶そのものとなることができます。

    あなたの統合が進めば進むほど、他の面があなたの中にも反映されるからです。

    そして、その多面性の中に、あなた自身の多次元的な完全性のすべての木月が含まれているのです。

    このようにして、ホログラフィー的に見れば皆さんひとりひとりは、創造の中のすべての面の完全性そのものなのです。

    その水晶全体が皆さんであると同時に、皆さんはひとつの面であり、全体であり、そして同時に他のすべての面に向かって光を反射します。

    皆さんを含むすべての面が、 様々な反映やアイディアを無限に引き出す源となることができるのです。

    創造性と創造は常に前進します。

    それには始まりも終わりもありません。

    終わりのない球体の水晶のようなものです。

     常に、内にそして外に向かって反射を続けているのです。

    無限に、そして永遠に。

    これで、この章の第1節を終わります。

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

    わかりましたかねえ?

    ・・・・・・・

     

     


    0 0

    スタップ細胞はあります

    いや、

    宇宙人は居ます!

    ああ¥¥¥  君たち地球人も じつは宇宙人なんだよ。

    ここ地球が故郷じゃ無い (宇宙連合)

     

    なんだ~~

     

    ポール・ヘリヤー元カナダ国防相TVインタビュー FC2 Video

     

     

    こちらでも同じだが鮮明かな

     

    コメント欄から

     

    (アタマおかしいんじゃ無い?  というコメントに)

     

    +黄金飛蝗 どこがだよ? そう感じる君の思考こそ統合失調症を感じるw その原因は元から「あり得ない」という前提があるからではないだろうか?

    youtubeに上がっている以下の動画を見てみるがいい。

    「元カナダ防衛大臣によるUFOエイリアン情報開示」では多くの議員が賛同の拍手を送っている。

    「UFO情報隠匿の現状 2013(日本語字幕版)」では、こちらの人は知的レベルが高いのは明らかで実に納得のいく論理的展開をしている。

    「ビートたけし 超常現象(秘)Xファイル UFO 12月27日 Part 6/8」では5分10秒からエドガー・ミッチェルが証言しているし、 「余命わずかの元CIA職員が語るエリア51と宇宙人」では死にゆく人だからこその何も怖くない、信憑性を感じられるだろう。

    「UFO ディスクロージャー・プロジェクト(日本語字幕)」では知的レベルは無論社会的地位の高い人たちが政府の隠ぺいを開示するよう推し進めている。

    極めつけは、「矢追純一さんに「UFOや宇宙人の真実」を聞いてみました!」で語っているように、すでに1978年にアメリカではCIAがUFO情報を隠ぺいしている事実が裁判で負けて明らかになっている。

    「韮澤潤一郎 vs 元空将・佐藤守 2010」では、自衛隊のパイロットが多数目撃している事実を語っており、本まで出している。

    メキシコでは国民の半数と言われるほど多くの人がUFOを目撃しており、UFOの存在はむしろ普通だ。これらの動画を見てもまだおとぎ話と思えるのであれば、もう死ぬまで時代遅れの「井の中の蛙」でいればいい。

     

     


    0 0

    このブログも閉鎖されるかな?

    そうなると・・・・楽ちん

    あとは野となれ山となれ~~~  どうせ他人事♪

     

    などと・・・・うそぶいているが・・・・内心は・・・・・冷やソー面;

     

    消えた、見てはいけないHPの魚拓

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    覗いてはいけません!!

    あ、あなた

    ポチするのはランキングだけにしてよ!!

     

    もう~~し~~らない~~~[\

     

     

     

     

     


    0 0

     

     

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

     

    第3章 創造性(Creativity)   :  第2節

     

       これまで、信仰の統合と科学の統合、そして結果とて出てくる哲学的なものの見方の中で色々述べてきました。

    これらの両極来の統合と様々な新しい創造的な考えが進むに従い、皆さんが意識の中で創造したものが、非物理次元から皆さんの地球上での物理次元へと少しずつ漏れ始めることに気づくでしょう。

    通常はこの非物理的次元の中に皆さんの創造性が追いやられているわけです。

    皆さん自身が創造性そのものであるという考え方によって、今まで、単に頭の中で考えているだけだと思っていたものを、実際に物理的に体験することを許してくれるでしょう。

    このようにして、皆さんが引き付ける状況の多くは、必ずしも皆さんの物質宇宙からやってくる必要はないことを理解できるでしょう。

    これらは、次のように物質化し現実化します。

    1)まず、創造性に満ちた意識そのものである皆さん自身の鋳型(テンプレート)からイマジネーション(ワクワクする波動)の中へと入り、2)次に、(概念、感情、そして思考により構成される)「性格のプリズム」を通り、3)360度の「現実」というスクリーンの上に投影します。

    4)そして、スクリーンに投影されたものが、更に(人工的な性格のプリズムの思考の部分 から創られた)五感へと反映され戻ってきます。

    このようにして、皆さんの創造的な部分が実際に働いているということを、すなわち、内なる創造性の真の「反映」を、リアルタイム(訳注:時間の遅れなく、同時に)で体験できるでしょう。

    皆さんの文明においてもこれら、皆さんの創造性と思考の部分が、以前、もっと統合されていた時のように、投影した意識がある種のエネルギーとなって固体化したり、または具現化して直接見えたり、体験できたりする機会が増えてくるでしょう。

    これらのエネルギーを、皆さんの元型の象徴や元型の意識として抽象的、具体的、もしくはその他の形で、皆さん自身から分離した存在やエネルギーの存在としてみることが可能でしょう。

    しかし別に怖れたり、自分頭がおかしくなってしまったのてはないかと心配する必要はありません。

    これは単に、未来のより拡がった自己の自分に気づかせているだけなのです。

    ただ、自らまだ肉体次元にいる関係上、肉体を通して表現しているだけです。

    皆さんが創造性と呼ぶものは、多くの場合、狂気と天才という二つの極に分かれているように見えますが、実は、これは同じものなのです。

    皆さんの多くは「狂気」と「天才」、すなわち、物理次元において自由に表現し、演じ、そして実現化している状態が、ということに気がついているてしょう。

    しかし、これら二つをつないでいるメカニズムについては理解していません。

    簡単に言えば、人間はひとりひとりが文字通り 完全な宇宙なのです。

    皆さんが他人と分かち合っている現実、すなわち、皆さんの宇宙の中で共通体験している部分は、個人個人がテレパシーや魂レベルでの統合されたコミュニケーションを通して、無言の内に同意されているものなのです。

    複数の人があるひとつの似たような体験を分かち合うためには、そこに関係する(完全な宇宙である)ひとりひとりが、まず分かち合う事に同意し、次に共通体験したい概念の自分版の解釈を創り出し、それを文字通り自分の周り360度のスクリーンに投影するのです。

    人によっては、自ら選択した目的に応じて、創り出したい観念を「予知現実」の中に創り出します。

    ここで注意してほしいのは、これが他人ではなく、その人自身に対して創られるものだということです。

    ここで私達が「予知現実」と呼んでいるものは「未来の記憶」のことで、皆さんが「予知」と呼んでいるものです。

    過去の記憶や思い出と同じ考え方です。

    そこに過去とか未来という時間のレッテルを貼っているだけなのです。

    皆さんが鋳型(テンプレート)宇宙の中における予知現実は、ただ単にその人がこれからどのような現実を体験する事を決めたかを知ることです。

    多くの場合、予知できたと感じられる方法でやってきます。

    この概念が物理次元に放出される時、物理的なシンボルまたは抽象化された様々な形態をとって現れることになります。

    予知現実は、皆さんがよくデジャヴと呼ぶ形で体験されることもあります。

    また時には、皆さんが求めている真の自己を反映するような声で聞こえたりすることもあるでしょう。

    「そこにないもの」を見ることもあります。

    これらは、予知現実からやってくるものです。

     捜し求めていながら、未だ統合された見地からのつながりを見出せないものが見える時です。

    皆さんは、未だに自分自身を判断してしまうことによつて、他人の自分に対する判断も受け取ってしまいます。

    そして未来の記憶である予知現実とコミュニケーションをする能力を分離してしまいます。

    その結果として、予知現実は未来に留まります。

    このようにして、皆さんは分離を維持してるのです。

    皆さんが狂人とレッテルを貼っている人々には、ただ単に予知現実を現在へうまく伝えられない人達なのです。

    分離したまま自分の自分の内にしまい込んでしまっている人と言えるでしょう。

    彼らは、皆さんが「普通の現実」以下の現実を体験しているわけではありません。

    ただ単に、集合された同意されたこと以外の現実を体験しているだけなのです。

    天才と呼ばれる人達は、その人の予知現実、未来の記憶、予知能力、そして知恵の部分と現在の自己の存在とを分離してる人達です。

    このように周りの人々に理解できるようにコミュニケーションができる能力をもった人達は天才と呼ばれるわけです。

    皆さんの分析や証明を必要とすする科学的な考え方の中では、多くのものが体験されないまま予知現実の中に残り、現在へと統合されていません。

    しかし、皆さんがより多くの考え方を受け入れる創造性を今の自分に統合した時、皆さんの物理的次元の世界にも、以前に見えなかったものがたくさん見えてきます。

    繰り返し言いますが、これは皆さんが今までに何回もやってきていることなのです。

    しかし、そこには常に、未来の姿である大いなる全てから自分は分離しているという考えがありました。

    そそれゆえに、自分とはまったく関係ないと信じ込んでいる宇宙のメカニズムが許す範囲の中でこれを起こしてきました。

    これらの新しい発見は、皆さんが無理なく慣れることができるように、ゆっくりしたペースでなされるでしょう。

    発見といっても、そりらはもうすでに予知されたものなのです。

    皆さんは、それらが存在することを知っています。

    そうでなければ、「発見している自分」を想像することさえできません。

    発見とは、実はそこにすべて存在しているものがかぶさっている覆いいを取るだけなのです。

    これは、どのような発見にも言えることです。

    イマジネーションも夢も本当の現実なのです。

    このイマジネーションのもつ完全性をより深く認識していくに従って、皆さんの夢の現実と物理的現実が更に融合し、ひとつになっていくことがわかるでしょう。

    多くの人にとって、この話は狂気の沙汰にしか聞こえないかもしれません。

    そう聞こえる人は自分というアイデンティティ、すなわち、「自分の観点」を失うのを怖がっています。

    しかし、ここで考えてみてください。

    これは地球上で芸術家と呼ばれている人たち多くが常に感じているものなのです。

    すべての人は芸術家です。

    創造主なのです。

    ただ各々が、異なったパレットや道具を使っているだけです。

    私達は、別に今やっていることとは異なったことをやれと提案しているのではありません。

    ただ、皆さんが想像性のメカニズムについてより深く理解するに従って制限が少なくなり、今まで「非現実的」だとか「目に見えない」と思っていたものを、皆さんのパレットに描くことができるようなると言っているだけです。

    文字通り、そして比喩的にも、皆さんは新しい色を使い始めるでしょう。

    自分自身に対しての新しい考え方を使い始めます。

    皆さんの新しいメッセージ、新しい絵、新しいセルフ・イメージを描き始めるでしょう。

    それれは皆さんの歴史のサイクルにおいて近年では長い間体験されなかったような光と色と波動の中で起きるでしょう。

     

     ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

     

     

     


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    文字制限のため分割  

    後編

    ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

     

     

    第3章 創造性(Creativity)   :  第2節 後編

     

     

    それでは、ここで質問を受けたいと思います。

    [チャンドリー博士]????バシャールとして知られている存在の波動がもつ様々な側面について教えてください。

    今のように、人間という媒体を通して(チャネリングという形)情報の正確さについてうかがいたいのですが。

    [宇宙連合]????どうもうりがとう。

    私達がバシャールとして皆さんと分かち合っている人格について、まず最初に気づいてほしいことがあります。

    それは、私達自身と(肉体を持った)チャネラー、両者によって何回も分かち合った何回もの人生において体験された様々な考え方、そして現在の地球上のこの変革の時期に奉仕しようという目的のために創造されたこれらすべての概念の集合体がバシャ?ルと呼ばれる人格だということです。

    以前にも述べたように、私たちの社会には名前はありませせん。

    バシャールというのは皆さんに便利なようにつけたひとつの波動です。

    それと同時にチャネラーの過去世と現在の人格、そしてこり変革のためになされる活動を反映た名前だということができるでしょう。

    この波動(バシャールという名前)は、別の宇宙の時流に存在する過去世(皆さんはこれを別の文明と呼んでいますが)における名前と、チャネラーの先祖から現在へのときの流れの中で使われたいくつかの名前との組みあわせなのです。

    バジャ?ルという言葉は、一般的には「指揮官」と訳されます。

    だからといってこの名前が人に命令するための名前ではないことをわかってください。

    どちらかというと自己を統率する、統合がもたらす調和の完全性、または、現在、変革期にある人々の内面で起きている様々な意識レベルの融合や超次元意識のあらゆる側面との融合という意味なのです。

    そして、皆さんが目の前に見ているチャネラーの未来世でもある私を通して、皆さんひとりひとりに肯定的なエネルギーと否定的なエネルギーの両極の融合が選択できることを見せています。

    これが充分な変革の力を創り出すためのちょうどテコの役目を果たせることを願って。

    これにより、地球全体として見た時に、人々がどのような現実を体験したいかを選択できるようにサポートしているのです。

    自分の中の「知っている状態」を使ってください。

    チャネリングによる情報の伝達はイマジネーションのメカニズムに類似しています。

    前途のように、皆さんは物理次元の中で、このイマジネーションを使って自分新を探求する様々な手段を創り出しているのです。

    皆さんは、ひとりの人格として私というものを促えていますが、それは本当の私ではありません。

    もちろん私はこの肉体を持ったチャネラーでもありません。

    皆さんがコミュニケーションしている、バジャールという概念上の人格は、肉体を持つ他チャネラーの島時ネーションと私自身のイマジネーションの波動が同調した結果として生まれる第三の人格です。

    二人の波動が同じ周波数で出会い、この二つの波動が、そこから更にステップアップして同一のものとなります。

    横に平行して並んでいるような感じで振動します。

    ちょうどレーザー光線のように同じ波動で振動するように固定されます。

    これにより、私と肉体を持ったチャネラーによって一組の極を創造することができます。

    この極の片方がチャネラーという人格であり、もう片方が私という人格なのです。

    私達は、存在または概念の相互関係の結果であり産物なのです。

    私達が融合する時、この第三の人格となります。

    皆さんがエンティティ(存在)と呼んでいるのは、この第三の人格なのです。

    ですから、別の見方をすればチャネラーと私は、逆にこの第三の人格の相互関係の産物とも言えます。

    この「関係」自体がまさに創造性なのです。

    皆さんの物理次元において、分極して見えるすべての極の間に存在する関係やその関係への働きかけ、またはその関係を表現していること自体が本当の現実だと認識することです。

    反対に、皆さんが肉体を持ち続ける限り、この「関係」は、常に二極性を通して表現されます。

    皆さんが、天才とか創造性と呼ぶのは、このつながりの部分なのです。

    このように、相互関係そのもんが真の現実だとみなすことができます。

    観測者と非観測物という見方ではなく、その「観測」自体が実際の存在そのものなのです。

    実際の意識なのです。

    大いなるすべての様々な側面であり一部なのです。

    皆さんの物理次元の言葉を借りれば、存在とは「相互関係を創り上げている物質や個人に対して定義付けを与える一連の連続した相互関係以外のなにものでもない」ということになります。

    これが毎回皆さんがチャネリングと呼んでいる創造的な行為の中で起きていることです。

    それが意図的なチャネリングであれ、もしくは、個人の様々な見方や考え方を通して表現する、いわゆる才能と呼ぶインスピレーションであれ、同じことが言えます。

    これらは何も特別なものではなく、ただ単に同じものを違う方向から見ているだけに過ぎません。

    [チャンドリー博士]ーーーー創造性を豊かにする鍵は、多感覚的統合(multi?sensory integration)だといえると思いますが、この多感覚的統合の意味とその統合がどのようになされるかにいて説明してもらえますか。

    [宇宙連合]ーーーーそれはとても簡単なことです。

    皆さんがすべてのものにつながっていることを知ることそれなのです。

    目の前にすべての扉が開くのを許すことにより、皆さん自身に究極的な選択の自由を与えることになります。

    そにより、皆さんは創造性において制限をまったくもたない存在となります。

    [チャンドリー博士]ーーーー多感覚的というのは、この肉体の中のすべての感覚を統合されたバランスの取れた状態までもっていくということですか。

    [宇宙連合]ーーーー皆さんが常に、自分に必要なすべての概念を引き付けることができることを知っていれば、ある意味では皆さんのイマジネーションはすべてが現実であり、そして、異なるレベルにおいて知覚できるものすべても現実であると言えます。

    これを認め、許すことによってバランスをとることができるでしょう。

    感覚に心を開き、その感覚に従って自由な表現をさせてあげてください。

    [チャンドリー博士]ーーーーこの多感覚的統合という考え方は、私達が統合しようとしている四つの意識の考え方と同じなのですか?[宇宙連合]ーーーーもし皆さんが多感覚的な統合が起きることを許せば、それが皆さんの意識のすべてのレベルにつながっていることを発見するでしょう。

    時には、この統合が起きていないという見方を皆さん自身が創り出すことがあるかもしれません。

    そして、多感覚的統合を達成しようと思うこと自体が、実は「存在のすべてのレベルにおける分離」を解決しようと選択していることに気づくでしょう。

    [チャンドリー博士]ーーーーどうもありがとう。

    創造性と無条件の受容との関係について説明してもらえますか。

    [宇宙連合]ーーーー創造性とは、自分のすべてを無条件に受容する部分に従って行動しようとする意志にほかなりません。

    [チャンドリー博士]ーーーーどうもありがとう。

    あなたの説明を基にして考えると、物理次元の脳がイマジネーションや高次意識と同じ周波数で出会う、その相互関係そのものが、まさに、創造性だと言っているのですね。

    そのような相互関係、またはこのバランスを達成するのに必要なステップやプロセスに ついて話してもらえますか。

    [宇宙連合]ーーーー方法はたくさんありますが、ここで再び強調したいのは、まず意志が第一だということです。

    行動する意志、イマジネーションの中で皆さんが創り出したものを行動に移すことによって波が起きるのです。

    この「行動を起こす」ことがいかに、次の行動や機会や状況を生み出していくかを実際に見ることができるでしょう。

    このような加速された生き方をすることが、更に次の創造へと進むために必要なすべてなのです。

    [チャンドリー博士]ーーーーチャネリングは、これにどう関係しているまですか?[宇宙連合]ーーーーある個人のイマジネーションがその人に対して、このような特殊な表現方法も可能だということを知らせるひとつの方法にしか過ぎません。

    これを行動に起こすことにより、すなわち大いなる全てに対するその人なりの奉仕として使うことにより、自動的に、そのひとにとっての統合そして融合となります。

    [チャンドリー博士]ーーーー肉体次元のチャネラーと夢の次元の存在が、第三の観点を生み出すような関係を形作るのですか?[宇宙連合]ーーーーはい、そうです。

    [チャンドリー博士]ーーーーチャネラーというのは、その第三の観点から情報を伝達する媒体なのですね?[宇宙連合]ーーーーそうです。

    チャネラーというのは、あなたが言うように新年、意志、そして現実化のための媒体です。

    そして、皆さんの現実において、二つの概念の産物として皆さんの目に映るものすべては(ある特定の関係を創り出すためにやって来る存在や、その関係が創り出すすべては)「相互関係そのものがそこに関わっている真の存在の反映である」ということを皆さんに見せるひとつの機会となっているということです。

    この事実を反映し知らしめる媒体となるのがチャネラーだと言えるでしょう。

    このようにして、私たちの話を皆さんに伝えてくれるこの肉体を持ったチャネラーの意識と私の意識は、皆さんとのコミュニケーションを可能にするために形成された「関係」の両極だといえます。

    普通この「関係」は、いわゆる存在としてではなく、単なるひとつの行為として促えられていますが、これが、私とこのチャネラーを含むひとつの大きな魂、または意識の現われなのです。

     わかりますか?[チャンドリー博士」ーーーーはい、あなたとチャネラーの間の「関係」はどのようにして達成されるのですか。

    [宇宙連合]ーーーー信頼と信念によってです。

    イマジネーションが現実のひとつの次元であるということを認める意志によってです。

    すべての宇宙はイマジネーションの中で創造されました。

    皆さんが意識的に知覚できるあらゆるタイプの現実の中で、イマジネーションの次元を活性化させるのに必要なものは、信頼と信念だけなのです。

    [チャンドリー博士]ーーーーあなたの話をチャネリングする際に、チャネラー自身の観念によって情報にフィルターがかかりませんか。

    [宇宙連合]ーーーーチャネラーはフィルターをかけることもできます。

    しかし、今まで信頼と信念の話をしてきましたね。

    もし、確固たる信頼があれば(すなわち、大いなる全ての中に存在するすべてをサポートし奉仕するという意志があれば)、両者の融合は、結果とて皆さんの次元の仲で表現され得る限りの正確な表現となるでしょう。

    わかりますか。

    [チャンドリー博士]ーーーーはい、わかります。

    そして、その次元の中での相互関係の結果が創造性なのですね。

    [宇宙連合]ーーーー原因と結果の両方ともが創造性なのです。

    創造性は、常に新たな創造物を創り出していきます。

    私達と質問を分かち合ってくださって、どうもありがとう。

    ここで再び思い出してほしいのは、皆さんの質問は創造する時、皆さんの中にはすでに答えがあるということです。

    質問をすることは、単に皆さんの知識からすでに答えを持っている部分を分離しているだけなのです。

    ここで、再び探究心を分かち合ってくれた皆さんの意志に感謝します。

    皆さんの文明と私たちの文明は、永遠に続く分かち合いなのです。

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

     

    第3章 創造性(Creativity)


                     第2節


    これまで、信仰の統合と科学の統合、そして結果とて出てくる哲学的なものの見方の中で色々述べてきました。
    これらの両極来の統合と様々な新しい創造的な考えが進むに従い、皆さんが意識の中で創造したものが、
    非物理次元から皆さんの地球上での物理次元へと少しずつ漏れ始めることに気づくでしょう。
    通常はこの非物理的次元の中に皆さんの創造性が追いやられているわけです。皆さん自身が創造性
    そのものであるという考え方によって、今まで、単に頭の中で考えているだけだと思っていたものを、
    実際に物理的に体験することを許してくれるでしょう。

    このようにして、皆さんが引き付ける状況の多くは、必ずしも皆さんの物質宇宙からやってくる
    必要はないことを理解できるでしょう。これらは、次のように物質化し現実化します。

    1)まず、創造性に満ちた意識そのものである皆さん自身の鋳型(テンプレート)からイマジネーション
    (ワクワクする波動)の中へと入り、

    2)次に、(概念、感情、そして思考により構成される)「性格のプリズム」を通り、

    3)360度の「現実」というスクリーンの上に投影します。

    4)そして、スクリーンに投影されたものが、更に(人工的な性格のプリズムの思考の部分 から
    創られた)五感へと反映され戻ってきます。
    このようにして、皆さんの創造的な部分が実際に働いているということを、すなわち、
    内なる創造性の真の「反映」を、リアルタイム(訳注:時間の遅れなく、同時に)で体験できるでしょう。

    皆さんの文明においてもこれら、皆さんの創造性と思考の部分が、以前、もっと統合されていた時のように、
    投影した意識がある種のエネルギーとなって固体化したり、または具現化して直接見えたり、
    体験できたりする機会が増えてくるでしょう。これらのエネルギーを、皆さんの元型の象徴や
    元型の意識として抽象的、具体的、もしくはその他の形で、皆さん自身から分離した存在や
    エネルギーの存在としてみることが可能でしょう。しかし別に怖れたり、自分頭がおかしくなってしまった
    のてはないかと心配する必要はありません。これは単に、未来のより拡がった自己の自分に
    気づかせているだけなのです。ただ、自らまだ肉体次元にいる関係上、肉体を通して表現しているだけです。

    皆さんが創造性と呼ぶものは、多くの場合、狂気と天才という二つの極に分かれているように見えますが、
    実は、これは同じものなのです。

    皆さんの多くは「狂気」と「天才」、すなわち、物理次元において自由に表現し、演じ、
    そして実現化している状態が、ということに気がついているてしょう。しかし、これら二つをつないでいる
    メカニズムについては理解していません。簡単に言えば、人間はひとりひとりが文字通り 完全な宇宙なのです。

    皆さんが他人と分かち合っている現実、すなわち、皆さんの宇宙の中で共通体験している部分は、
    個人個人がテレパシーや魂レベルでの統合されたコミュニケーションを通して、無言の内に
    同意されているものなのです。複数の人があるひとつの似たような体験を分かち合うためには、
    そこに関係する(完全な宇宙である)ひとりひとりが、まず分かち合う事に同意し、次に共通体験したい
    概念の自分版の解釈を創り出し、それを文字通り自分の周り360度のスクリーンに投影するのです。

    人によっては、自ら選択した目的に応じて、創り出したい観念を「予知現実」の中に創り出します。
    ここで注意してほしいのは、これが他人ではなく、その人自身に対して創られるものだということです。
    ここで私達が「予知現実」と呼んでいるものは「未来の記憶」のことで、皆さんが「予知」と呼んでいるものです。
    過去の記憶や思い出と同じ考え方です。そこに過去とか未来という時間のレッテルを貼っているだけなのです。
    皆さんが鋳型(テンプレート)宇宙の中における予知現実は、ただ単にその人がこれからどのような
    現実を体験する事を決めたかを知ることです。多くの場合、予知できたと感じられる方法でやってきます。
    この概念が物理次元に放出される時、物理的なシンボルまたは抽象化された様々な形態をとって
    現れることになります。

    予知現実は、皆さんがよくデジャヴと呼ぶ形で体験されることもあります。また時には、
    皆さんが求めている真の自己を反映するような声で聞こえたりすることもあるでしょう。
    「そこにないもの」を見ることもあります。これらは、予知現実からやってくるものです。 捜し求めていながら、未だ統合された見地からのつながりを見出せないものが見える時です。

    皆さんは、未だに自分自身を判断してしまうことによつて、他人の自分に対する判断も受け取ってしまいます。
    そして未来の記憶である予知現実とコミュニケーションをする能力を分離してしまいます。
    その結果として、予知現実は未来に留まります。このようにして、皆さんは分離を維持してるのです。

    皆さんが狂人とレッテルを貼っている人々には、ただ単に予知現実を現在へうまく伝えられない人達なのです。
    分離したまま自分の自分の内にしまい込んでしまっている人と言えるでしょう。
    彼らは、皆さんが「普通の現実」以下の現実を体験しているわけではありません。ただ単に、
    集合された同意されたこと以外の現実を体験しているだけなのです。

    天才と呼ばれる人達は、その人の予知現実、未来の記憶、予知能力、そして知恵の部分と現在の
    自己の存在とを分離してる人達です。このように周りの人々に理解できるようにコミュニケーションが
    できる能力をもった人達は天才と呼ばれるわけです。

    皆さんの分析や証明を必要とすする科学的な考え方の中では、多くのものが体験されないまま
    予知現実の中に残り、現在へと統合されていません。しかし、皆さんがより多くの考え方を
    受け入れる創造性を今の自分に統合した時、皆さんの物理的次元の世界にも、以前に見えなかった
    ものがたくさん見えてきます。
    繰り返し言いますが、これは皆さんが今までに何回もやってきていることなのです。
    しかし、そこには常に、未来の姿である大いなる全てから自分は分離しているという考えがありました。
    そそれゆえに、自分とはまったく関係ないと信じ込んでいる宇宙のメカニズムが許す範囲の中で
    これを起こしてきました。
    これらの新しい発見は、皆さんが無理なく慣れることができるように、ゆっくりしたペースで
    なされるでしょう。発見といっても、そりらはもうすでに予知されたものなのです。皆さんは、
    それらが存在することを知っています。そうでなければ、「発見している自分」を想像することさえ
    できません。発見とは、実はそこにすべて存在しているものがかぶさっている覆いいを取るだけなのです。
    これは、どのような発見にも言えることです。

    イマジネーションも夢も本当の現実なのです。このイマジネーションのもつ完全性をより深く
    認識していくに従って、皆さんの夢の現実と物理的現実が更に融合し、ひとつになっていくことがわかるでしょう。

    多くの人にとって、この話は狂気の沙汰にしか聞こえないかもしれません。そう聞こえる人は
    自分というアイデンティティ、すなわち、「自分の観点」を失うのを怖がっています。
    しかし、ここで考えてみてください。これは地球上で芸術家と呼ばれている人たち多くが常に
    感じているものなのです。

    すべての人は芸術家です。創造主なのです。ただ各々が、異なったパレットや道具を使っているだけです。

    私達は、別に今やっていることとは異なったことをやれと提案しているのではありません。
    ただ、皆さんが想像性のメカニズムについてより深く理解するに従って制限が少なくなり、
    今まで「非現実的」だとか「目に見えない」と思っていたものを、皆さんのパレットに描くことが
    できるようなると言っているだけです。文字通り、そして比喩的にも、皆さんは新しい色を
    使い始めるでしょう。自分自身に対しての新しい考え方を使い始めます。皆さんの新しいメッセージ、
    新しい絵、新しいセルフ・イメージを描き始めるでしょう。それれは皆さんの歴史のサイクルにおいて
    近年では長い間体験されなかったような光と色と波動の中で起きるでしょう。

    それでは、ここで質問を受けたいと思います。

    [チャンドリー博士]

    ????バシャールとして知られている存在の波動がもつ様々な側面について教えてください。
    今のように、人間という媒体を通して(チャネリングという形)情報の正確さについてうかがいたいのですが。

    [宇宙連合]

    ????どうもうりがとう。私達がバシャールとして皆さんと分かち合っている人格について、
    まず最初に気づいてほしいことがあります。それは、私達自身と(肉体を持った)チャネラー、
    両者によって何回も分かち合った何回もの人生において体験された様々な考え方、そして現在の地球上の
    この変革の時期に奉仕しようという目的のために創造されたこれらすべての概念の集合体が
    バシャ?ルと呼ばれる人格だということです。

    以前にも述べたように、私たちの社会には名前はありませせん。バシャールというのは皆さんに
    便利なようにつけたひとつの波動です。それと同時にチャネラーの過去世と現在の人格、そしてこり変革のために
    なされる活動を反映た名前だということができるでしょう。この波動(バシャールという名前)は、
    別の宇宙の時流に存在する過去世(皆さんはこれを別の文明と呼んでいますが)に
    おける名前と、チャネラーの先祖から現在へのときの流れの中で使われたいくつかの名前との組みあわせなのです。

    バジャ?ルという言葉は、一般的には「指揮官」と訳されます。だからといってこの名前が人に命令するための
    名前ではないことをわかってください。どちらかというと自己を統率する、統合がもたらす調和の完全性、
    または、現在、変革期にある人々の内面で起きている様々な意識レベルの融合や超次元意識の
    あらゆる側面との融合という意味なのです。そして、皆さんが目の前に見ているチャネラーの
    未来世でもある私を通して、皆さんひとりひとりに肯定的なエネルギーと否定的なエネルギーの
    両極の融合が選択できることを見せています。これが充分な変革の力を創り出すためのちょうど
    テコの役目を果たせることを願って。これにより、地球全体として見た時に、人々がどのような
    現実を体験したいかを選択できるようにサポートしているのです。

    自分の中の「知っている状態」を使ってください。チャネリングによる情報の伝達はイマジネーションの
    メカニズムに類似しています。前途のように、皆さんは物理次元の中で、このイマジネーションを使って
    自分新を探求する様々な手段を創り出しているのです。
    皆さんは、ひとりの人格として私というものを促えていますが、それは本当の私ではありません。
    もちろん私はこの肉体を持ったチャネラーでもありません。皆さんがコミュニケーションしている、
    バジャールという概念上の人格は、肉体を持つ他チャネラーの島時ネーションと私自身のイマジネーションの
    波動が同調した結果として生まれる第三の人格です。二人の波動が同じ周波数で出会い、
    この二つの波動が、そこから更にステップアップして同一のものとなります。
    横に平行して並んでいるような感じで振動します。ちょうどレーザー光線のように同じ波動で
    振動するように固定されます。これにより、私と肉体を持ったチャネラーによって一組の極を
    創造することができます。この極の片方がチャネラーという人格であり、もう片方が私という人格なのです。
    私達は、存在または概念の相互関係の結果であり産物なのです。私達が融合する時、この第三の人格となります。
    皆さんがエンティティ(存在)と呼んでいるのは、この第三の人格なのです。ですから、
    別の見方をすればチャネラーと私は、逆にこの第三の人格の相互関係の産物とも言えます。

    この「関係」自体がまさに創造性なのです。皆さんの物理次元において、分極して見えるすべての極の間に
    存在する関係やその関係への働きかけ、またはその関係を表現していること自体が本当の現実だと
    認識することです。反対に、皆さんが肉体を持ち続ける限り、この「関係」は、常に二極性を
    通して表現されます。

    皆さんが、天才とか創造性と呼ぶのは、このつながりの部分なのです。このように、相互関係
    そのもんが真の現実だとみなすことができます。観測者と非観測物という見方ではなく、
    その「観測」自体が実際の存在そのものなのです。実際の意識なのです。大いなるすべての様々な
    側面であり一部なのです。皆さんの物理次元の言葉を借りれば、存在とは「相互関係を創り上げている
    物質や個人に対して定義付けを与える一連の連続した相互関係以外のなにものでもない」
    ということになります。

    これが毎回皆さんがチャネリングと呼んでいる創造的な行為の中で起きていることです。
    それが意図的なチャネリングであれ、もしくは、個人の様々な見方や考え方を通して表現する、
    いわゆる才能と呼ぶインスピレーションであれ、同じことが言えます。これらは何も特別なものではなく、
    ただ単に同じものを違う方向から見ているだけに過ぎません。

    [チャンドリー博士]

    ーーーー創造性を豊かにする鍵は、多感覚的統合(multi?sensory integration)
    だといえると思いますが、この多感覚的統合の意味とその統合がどのようになされるかにいて
    説明してもらえますか。

    [宇宙連合]

    ーーーーそれはとても簡単なことです。皆さんがすべてのものにつながっていることを知ること
    それなのです。目の前にすべての扉が開くのを許すことにより、皆さん自身に究極的な選択の
    自由を与えることになります。そにより、皆さんは創造性において制限をまったくもたない存在となります。

    [チャンドリー博士]

    ーーーー多感覚的というのは、この肉体の中のすべての感覚を統合されたバランスの取れた
    状態までもっていくということですか。

    [宇宙連合]

    ーーーー皆さんが常に、自分に必要なすべての概念を引き付けることができることを知っていれば、
    ある意味では皆さんのイマジネーションはすべてが現実であり、そして、異なるレベルにおいて
    知覚できるものすべても現実であると言えます。これを認め、許すことによってバランスをとることが
    できるでしょう。感覚に心を開き、その感覚に従って自由な表現をさせてあげてください。

    [チャンドリー博士]

    ーーーーこの多感覚的統合という考え方は、私達が統合しようとしている四つの意識の考え方と同じなのですか?

    [宇宙連合]

    ーーーーもし皆さんが多感覚的な統合が起きることを許せば、それが皆さんの意識のすべてのレベルに
    つながっていることを発見するでしょう。時には、この統合が起きていないという見方を皆さん自身が
    創り出すことがあるかもしれません。そして、多感覚的統合を達成しようと思うこと自体が、
    実は「存在のすべてのレベルにおける分離」を解決しようと選択していることに気づくでしょう。

    [チャンドリー博士]

    ーーーーどうもありがとう。創造性と無条件の受容との関係について説明してもらえますか。
    [宇宙連合]

    ーーーー創造性とは、自分のすべてを無条件に受容する部分に従って行動しようとする意志にほかなりません。

    [チャンドリー博士]

    ーーーーどうもありがとう。あなたの説明を基にして考えると、物理次元の脳がイマジネーションや
    高次意識と同じ周波数で出会う、その相互関係そのものが、まさに、創造性だと言っているのですね。
    そのような相互関係、またはこのバランスを達成するのに必要なステップやプロセスに ついて話してもらえますか。

    [宇宙連合]

    ーーーー方法はたくさんありますが、ここで再び強調したいのは、まず意志が第一だということです。
    行動する意志、イマジネーションの中で皆さんが創り出したものを行動に移すことによって波が起きるのです。
    この「行動を起こす」ことがいかに、次の行動や機会や状況を生み出していくかを実際に見ることが
    できるでしょう。このような加速された生き方をすることが、更に次の創造へと進むために必要なすべてなのです。

    [チャンドリー博士]

    ーーーーチャネリングは、これにどう関係しているまですか?

    [宇宙連合]

    ーーーーある個人のイマジネーションがその人に対して、このような特殊な表現方法も可能だと
    いうことを知らせるひとつの方法にしか過ぎません。これを行動に起こすことにより、
    すなわち大いなる全てに対するその人なりの奉仕として使うことにより、自動的に、
    そのひとにとっての統合そして融合となります。

    [チャンドリー博士]

    ーーーー肉体次元のチャネラーと夢の次元の存在が、第三の観点を生み出すような関係を形作るのですか?

    [宇宙連合]

    ーーーーはい、そうです。

    [チャンドリー博士]

    ーーーーチャネラーというのは、その第三の観点から情報を伝達する媒体なのですね?

    [宇宙連合]

    ーーーーそうです。チャネラーというのは、あなたが言うように新年、意志、そして現実化のための
    媒体です。そして、皆さんの現実において、二つの概念の産物として皆さんの目に映るものすべては
    (ある特定の関係を創り出すためにやって来る存在や、その関係が創り出すすべては)
    「相互関係そのものがそこに関わっている真の存在の反映である」ということを皆さんに見せる
    ひとつの機会となっているということです。この事実を反映し知らしめる媒体となるのがチャネラー
    だと言えるでしょう。

    このようにして、私たちの話を皆さんに伝えてくれるこの肉体を持ったチャネラーの意識と
    私の意識は、皆さんとのコミュニケーションを可能にするために形成された「関係」の両極だといえます。
    普通この「関係」は、いわゆる存在としてではなく、単なるひとつの行為として促えられていますが、
    これが、私とこのチャネラーを含むひとつの大きな魂、または意識の現われなのです。 わかりますか?
    [チャンドリー博士」

    ーーーーはい、あなたとチャネラーの間の「関係」はどのようにして達成されるのですか。

    [宇宙連合]

    ーーーー信頼と信念によってです。イマジネーションが現実のひとつの次元であるということを
    認める意志によってです。すべての宇宙はイマジネーションの中で創造されました。
    皆さんが意識的に知覚できるあらゆるタイプの現実の中で、イマジネーションの次元を
    活性化させるのに必要なものは、信頼と信念だけなのです。

    [チャンドリー博士]

    ーーーーあなたの話をチャネリングする際に、チャネラー自身の観念によって情報にフィルターがかかりませんか。

    [宇宙連合]

    ーーーーチャネラーはフィルターをかけることもできます。しかし、今まで信頼と信念の話をしてきましたね。
    もし、確固たる信頼があれば(すなわち、大いなる全ての中に存在するすべてをサポートし
    奉仕するという意志があれば)、両者の融合は、結果とて皆さんの次元の仲で表現され得る限りの
    正確な表現となるでしょう。

    わかりますか。

    [チャンドリー博士]

    ーーーーはい、わかります。そして、その次元の中での相互関係の結果が創造性なのですね。

    [宇宙連合]

    ーーーー原因と結果の両方ともが創造性なのです。創造性は、常に新たな創造物を創り出していきます。

    私達と質問を分かち合ってくださって、どうもありがとう。ここで再び思い出してほしいのは、
    皆さんの質問は創造する時、皆さんの中にはすでに答えがあるということです。

    質問をすることは、単に皆さんの知識からすでに答えを持っている部分を分離しているだけなのです。
    ここで、再び探究心を分かち合ってくれた皆さんの意志に感謝します。皆さんの文明と私たちの文明は、
    永遠に続く分かち合いなのです。

     

    ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

     

     

     


    0 0

     

     

    がんになる予定の人

    すでにガンになった人

    そして、癌になっても「癌医療の真実」を知ろうとしない素人たちと、

    知っていても「知らせない」玄人たち

     

    これはクレクレ詐欺の根本的構造なのでしょうか?

    一方は要求し、一方はウソをついてでもくれたがる・・・

     

    これは患者側の狂言に抗しきれない、気の毒な医師達の逆転した構図なのではないのか?

     

    などと意味不明なまえがきはともかく

    癌医療の真実とは驚愕の事実だった。

    それを刺激的な表現ではあるが本質を突いた、「禁断の頁」である。

     

    だから、いまは消滅した・・・・

    だが、web魚拓という「いちど覗いたら、あなた履歴に残りますよ~」という恐怖の裏技があったのだ~~

     

    と自分自身が過去覗いたあの仇留都頁を思い出し、(いまでものぞいているじゃないかよ!)

    恐れに震えている始末。

     

    ちょっと古いかも知れないが、初めて見る人にとっては驚きのあまり、入れ歯を飛ばすという。

    (よい子は人の顔面にとばさないでね)

     

    こういう前書きを書くと、いかにも怖ろしくない内容に思えるだろうが・・・

     

      ↓  ↓  小心者、頑固者は決してのぞかないでください。

     

     のぞき穴 →         

     

     


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